※ジローと日吉
それは、初めての部活でのこと。小学校にあたる所ではクラブ活動なるものはあってもそれはお遊戯の域から脱していなかった。それが、酷く退屈なものでしかなかった。だから、このテニス部が楽しみだった。型破りな新しい部長だからこそ、入ろうと思ったのだ。でなければ入ろうなどとは思わないだろう。
最初の初日に、新入生は挨拶をする。それは定例通りの姿だ。ずらりと先輩の前に整列させられてまるで兵隊みたいだと思った。自分の番になって名前と当たり障りのないプロフィールを口にし、この部訓が好きだと言った時だ。誰もいなかった筈の観客席から、声がしたのだ。口にしている自分でさえもがその声の正体に目がいっていた。
「あぁぁっスッキリしたC!ん?」
それは、先輩にあたる人物なのだろう。彼の、着ているそれは見間違いでなければレギュラーが着るユニフォームだ。(だって部長と同じユニフォーム、だ)
「ねー、跡部その人ダレ?すげーC!」
あからさまな言葉に跡部部長は溜息を着きながら、新入部員の日吉だ、新入部員の挨拶くらい聞いておけ、と言う言葉は恐らく彼の耳には入っていないだろうと思った。それが、慈郎さん、彼との出会いだった。
最初は信じられない程に朝練に出なくて本当にレギュラーなのか、疑問を抱くほどだったが、彼が部長とする試合を見てやはり彼はそれだけの実力がある実力者なのだと知った。あの最初の初日の一件以来、彼とは全く接触がなかった。レギュラーの彼と、ただの部員では学年も違えば、実力も違うのだから当然と言えば当然の事実だった。一年の終わり頃、ある時、二年である向日先輩に、彼を起こす様に言われた。組み合わせの発表があるのだと言う。
「あいつ、多分コートの裏とか日当たりの良い場所にいると思うから頼むな」
そう、後から宍戸先輩は付け足し、跡部部長の準備を手伝っていた。その日は樺地は跡部の言いつけで別の仕事をするためその場にいなかった。仕方なしにコートの裏手側にまわると其処には彼はいなかった。代わりにいたのは同じ一年の部員だった。なんだ、サボりか。溜息を着いたのが奴等の感に触れたらしい。ギロリと睨まれて壁に押し付けられた。コンクリートの壁に顔を押し付けられて肌がヒリヒリした。抵抗すると益々調子に乗るだろう、そいつらは腹や背中に手を上げた。古武術の訓練で怪我をするのは慣れてる。けど、やはり痛いのは痛いのだ。
「…ねぇ、何してんの?痛そうだC、やめたら?」
「あ、芥川先輩…」
「ち、行こうぜっ」
見つかった事にバツの悪そうな顔をした彼らは走り去って行く。ジャージが肌に擦れるだけでヒリヒリしたので恐らく背中はかなりやられたらしい。やれやれと溜息を着きながらも彼、芥川先輩に呼び出しがある事を伝えた。
「分かった。ありがと!ね、日吉も行こ!」
結局、彼の悪意の無い笑みに押し切られて、彼とコートへ戻ってきてしまった。それは、珍しいらしく、向日先輩や宍戸先輩にどうやってジローを起こしたんだと問い詰められる程だった。それがきっかけで少しずつ、芥川先輩から話し掛けてきたりして距離が縮まって行った。けれど、あの一件以来、自分に目を付けた奴らが暴力をやめる事はなかった。呼び出しがある訳ではないのである意味楽なのかもしれない。彼らは、自分が皆から見えない場所へ行くのを見て近寄って来る。それを見つけるのもまた芥川先輩だった。彼は比較的人のいない場所をさがして昼寝をするので見つけやすいのかもしれない。黙って、包帯や、湿布を貼るのはいつからだろうか。その手の温もりが見なくてもわかる程に、慣れてしまったのはきっと、彼の手が心地よいのだろうか。触れる手が、暖かくて涙が零れた。
好きだと、素直に言えたなら
END
←