※捏造
※ルキとスバル
昔から、思い通りに行く事の方が少なかった。小さな自分はそれを発散する術を知らず、壊す事を覚えてからはそれを怒りの捌け口にする事になった。母親は、ヒステリーを起こし悲鳴を上げ自分を否定する。いつか、彼女に言われた事を実行する為に生きているというのも過言ではなかった。暴力的な自分は他の兄達からは放置されているがそれが、スバルには心地よかった。基本的には放置されている親からの目も気楽だった。人間のように絆だとか愛だとかそういうものが不要に感じていたからかもしれない。
だから、喧嘩を低俗な奴らから売られるのも気にすることじゃなかった。ただ、相手が多勢だったくらいで。ぼたぼたと溢れる拳からの血液に着ている服で拭おうとするとバタン、と扉が開いた。
「無神ルキ…」
「名前を覚えていたとは光栄だな、逆巻の六男」
そこにいたのは、無神家の長男であるルキだった。奴らは血の繋がりはないが、それでも逆巻家よりも互いを大事に思いやっていて兄弟らしかった。その長男は、コツコツと歩み寄ると唐突にその血が垂れる拳を掴むと懐から取り出した包帯であっという間に巻いてしまった。吸血鬼の王である彼奴の血を引くスバル自身には治癒力が高い為に暫くすれば傷口が塞がる。なのに、この男はまるで人間のように治療する。
「お前みたいな弟がいるものだから手当てが上手になってしまった。血の匂いを少しでも塞いでおく事に越した事はないだろう」
その血の能力を狙う奴らがいるのは確かな事なのだから。そう諭されて確かにそれもそうだった。何度かある事ではあるが、乗っている血族の車が狙われたりした。大体が礼節を重んじるレイジ辺りが後々に手を下していたらしいが。そもそもスバルはこの体に何の価値を見出していなかった。狙いたければ狙えばいい。上手くいかない世の中の苛々とした感情をぶつけられればそれでよかった。けれど、この男は違う考えを持っているらしくまるで弟達に言い含ませるかのように、体を粗末にするのではないと言うのだ。
「…お前、変な奴だな」
「褒め言葉として受け取っておこう。お前はまるで弟達のようだな」
見ていて危なっかしい感じが特に似ている。そう苦笑気味に言うルキは確かに弟達を思い描いているのだろう。スバルにはない経験だ。兄達が可愛いのだとスバルやアヤトを脳裏に描くなんて。最も問題を起こした場合は別だが。
それから、ルキは事あるごとに屋上に顔を出してはスバルの世話を焼いた。着ている服がボロボロになっていれば繕ってやるまるで親が何かの様であったがいつしかその時間は刺々しい空気を纏うスバルには心地良い時間になっていた。
そんなある日の事だ。いつもの様に屋上に横になっているとバタンという荒々しさで扉が開いた。ルキはゆっくりと開けるので違うのではと思いながら顔を上げるとそこにはルキが立っていた。最も、体は埃だらけで所々怪我をしていて何かあったのは明白だった。関係ないとは言いつつ、暫く世話を焼いていた相手が怪我などしていればいくら無関心と雖も情は多少ある訳で。顔を上げて、ルキの目を見てスバルは止まった。その目は何を求めているのか、理解してしまった。
「…吸えよ。今ならまだ誰も気付いてねぇ」
差し出した腕に触れるルキの手は熱く、それだけ血が欲しくて堪らないのだと伝えてくる。今や花嫁はアヤトのものに近い。最近は真面な食事に遭遇していないが症状は出ていなかった。薔薇の生気だけで1週間が経過していた事にルキの牙が肌に食い破り血を啜る音を聞きながら思い出していた。今まで血を飲む事は有っても、飲まれる事は無かった。痛みと少しの肌が泡だつ感覚にぞくりと何か体を支配されそうになる。
「お前の血は、甘いな。甘くて、熱くて。まるで酒の様だ。」
「酒?そんな変な感じなのか?」
ウゲェ、と顔を顰めると彼は苦笑して抜けなくなるという意味でだ。と訂正していた。けれど、飲んだ後のルキの表情は獣の目をしていた。そういう事なのか、とスバルは理解した。流れる様な動きで差し出されたルキの腕にスバルが牙を立てたのも、自然な動きの様になった。流れ込んでくる血潮。熱く、苦い。そうかこれがルキの言う事なのかとスバルは飲み干しながら思った。
それから事があればルキは何故か人ではなくスバルの体に牙を差し込んで血を補給した。そうされると、スバルもルキの体の血を飲む訳で。その行為は愛を囁く行為の様に甘美なものになっていった。そんな中で、アヤトは益々力を得ている様で機嫌が良い。完全に花嫁はアヤトのものとなっていた。他の兄弟でさえ簡単に触れる事出来ない様な環境下が楽しいらしかった。最も、スバルにはそんな些事関係無かった。
「おいスバル」
「なんだよ」
がしり、と存外強い力で肩を掴まれて逃げる事が出来なくなりスバルは答える。
「お前から無神の匂いがしやがるが」
「しらねぇよ。それより、あの女が探してたぞ」
あの男だけは、近付くなよ!と叫んでアヤトは踵を返していった。そして腕を近づけてみるが然程不自然な匂いはしない。首を傾げながらもスバルはバラ園へ足を向ける。微かな生気しか摂取していないのに、スバルの体は身軽であり、血を欲しているという訳でも無かった。
「逆巻の三男に?奴が花嫁をものにした段階で他所の血族の匂いには敏感になるものらしいな」
後日、放課後。屋上に来ていたルキに話を出すと顎に手を当てて、考える仕草をした。ルキ自身にも匂いの変化は分からないらしい。
「そんなもんか…」
肩を抱き寄せて、そうだな、と答えるルキに頭を寄せれば苦笑した様な空気が伝わる。その時に、バタンと扉が開いて辺りが黒く塗り潰された。一気に夜になったのではない。夥しい蝙蝠の群れが空を埋め尽くしていた。そんな事ができるのは、逆巻のもので。しかも気配を上手く誤魔化せるなんて芸当は。ハッとして入り口を見ると其処にはアヤトが立っていた。顔には笑みを張り付けていた。
「負けた家畜が血の弱いスバルに近寄るなんて中々考えたじゃねーか」
「悪いが、そんな考えはない。子供ではないのでな。」
「俺様は、この血が汚れるのが嫌なんだよ!」
次の瞬間、辺りが一層黒く染まってスバルの記憶が停止した。次に目が覚めたのは何度か見た記憶のある逆巻の屋敷の地下にある牢だった。仇なす敵を閉じ込め、拷問にかける部屋だと幼いスバルがカールハインツから聞かされた事が思い出される。
「血が混ざることは弱さの象徴、親父もあの阿婆擦れも言ってた。スバル、お前の血がこの血を求めるまで此処からは出れないぜ」
にやりと、牢の前でアヤトがにやりと笑って離れていく。ハッとして周りを見回すも、ルキの姿はない。あの時確かにいたのに。まさか、と全身が震える。
「ルキ…」
スバルの声が虚しく空気に溶けて消えていった。部屋に置かれた唯一の白薔薇と水が乾燥と日数の経過と共に無くなった頃にはスバルの体は一回り細くなっていた。このまま一層の事懐にある白銀のナイフで死んでしまおうかと考えが過るも、それを実行する力がスバルにはなかった。牢の中では、日数の経過があやふやになる為に、感覚があやしくなるために今日が何日なのか把握することができなかった。それでも、体の中は飢えを訴えてはいなかった。不思議なことに。
「…スバル」
「、ルキ?」
「ああ、」
眠りに落ちるような感覚のスバルの耳を震わせたのは、ルキの声だ。のっそりと身を起こすと懐からナイフが落ちてあたりに硬い音を立てた。それをルキではない誰かが拾い上げた。その指先を辿っていけばそこにいたのは吸血鬼の王、カールハインツが立っていた。普段目の前に姿を表すことのない父親。
「…アヤトにも困ったものだ。弟を怖がらせることはしてはいけないと。こればかりは私の教育不足だ」
けれど、スバルはバンパイアが求める感情を得たようだ。アヤトやレイジたちとは違う、スバルだけが得ることができた感情はもしかしたら、お前が一人でいたことがあったからかもしれないな、とカールハインツは落ちていた剣をスバルに差し出した。
「…好きに生きたらいい。きっとベアトリクスも、わかってくれる」
一瞬ののち、風が吹いたあとに目をあけるとそこは薄暗い牢ではなく、日の光が差し込む、どこかの森だった。
「…、ここは」
ルキがあたりを見回して苦笑した。なるほど、ここに飛ばすとは彼も少々意地が悪い。足を踏み出すと、カサ、と草の感触がする。歩き出したルキにスバルが焦ったように声をかけてくる。
「安心しろ。ここは没滅した貴族の跡地だ。もう残された人間がいない空のいれものだ」
「なんで知ってんだ、もしかしたら何かいるんじゃねぇのか」
「…俺がかつてここの人間だったからさ。俺はかつては人間だった」
屋敷の中はあれ以来人の出入りがなかったのか、薄暗い埃をかぶっていたが、少しの活動を行えるようだった。
「…すごいな、この屋敷」
「それなりの、地位にあったものだからな。多少の年数は耐えているようだ」
慣れた足取りで扉を開くとそこは一瞬だけ黴くさい匂いを感じるも、然程変ではなかった。寝泊り程度の安全は確保された環境が其処には広がっていた。
「此処は、客室だ。たまにやってくる客人を、とめていたりした部屋で俺は初めて入るな」
あの頃は幼くて何も分かっていなかった。愛も、この安全な環境でさえも。
「っ、ぅ…っ」
ポスリとベットに触れると背後からスバルががくりと崩れ落ちる音がして振り向くとスバルの目は赤く染まっていた。吸血衝動だと、理解して首を差し出した。吸われる感覚に呼び覚まされる体の快感が色んなものを起こしていく。どさり、と彼を押し倒して足を押し付けると何を求めているのか理解したのか顔を赤くしたスバルが顔を背けた。
「…好きにすればいい」
俺は、お前のものだから。お前が俺に好きだって感情をくれたから。
そう言う彼にそっと、キスを落として舌を絡め合う。その中でも血の味は酒の様にとろみを感じて、体が暑くなる。カチャカチャとベルトを忙しなく外して指を差し込んでやる。いつもは生意気なスバルが一瞬で顔を赤くして声を上げる様は見ていて中々の光景だった。
「痛ければ噛めばいい。」
「っは、何だっていい。」
与えてくれるそれが、お前のものだから。そう浮かべる笑みに体が熱を上げて、衝動的に中に入り込む。案外ややこしいと思っていた入り口はすんなりとルキを受け入れて、体がルキの形を覚える様に蠢く感覚はルキにさらなる快感を芽生えさせる。
「最高だ…っ、くぁ」
「俺が許すのはずっとお前だけだ」
ぐっと腰に抱きついた足に答える様に中に熱い奔流を迸らせて放ったのであった。
数ヶ月、カールハインツのもとに、一通の手紙が届く。それは、我が子からのものでカールハインツは笑みを浮かべて空を見上げたのだった。
愛を知らなかった子ども
end
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