※宍戸と日吉
鳳視点
日吉は人と馴れ合う事が苦手で孤高が好き、な人だ。最初の頃は話さなくて此方がびくびくしながらも話しかけたものだ(何しろあの目付きで反応されると怒ってるのかと思うのは無理もない話だろう)。そんな彼に最初に気さくに話しかけた勇気ある強者は、テニス部の先輩にあたる、宍戸先輩だった。彼は、このテニス部の面子の中でも努力、という言葉が似合う男だった。
一度は、レギュラー落ちして再び戻るだけでもその努力の度合いは他の先輩達よりも多いだろう。そんな宍戸先輩が、部の中で恐らく誰もが話しかけたくない日吉に話しかけたのだ。話題は何て事ない、ラリーの相手をして欲しいという事だった。何でダブルスのペアじゃなかったかと言うと、跡部さんの提案だった。たまにはダブルスのパートナー以外とも組んでみろなんて、言った。彼はその提案に従って日吉に話しかけたのだ。それからか、何回か彼が日吉に話しかける姿を見た。その度に忍足さん達は宍戸もチャレンジャーやなぁ、と言っていたけれど、ある時を境に彼の日吉に対する呼び方が変わったのだ。彼の下の名前である若、と彼を呼ぶようになった。
日吉がそれを嫌がる素振りはない。それは、日吉がそれを許したという事になるのだろう。名前を呼ばせるなんて、いつの間に、と彼を見る。今日はたまたま、日吉が委員の集まりで遅れているのか来ていなかった。
「よし、全員集まったか?」
「跡部、若がまだだぜ」
「アーン?若だぁ?」
「跡部さん、日吉ですよ」
そう言うと、彼は腕を組んでそう言えばいないな、どうしたんだと尋ねるが答える同学年の仲間はいない。同じクラスの仲間でさえ、彼の事を知らない。
「跡部、若なら委員らしいぜ。さっきメールで来た」
「宍戸、何時の間に仲良しになったんだよ」
つか、あんなツンケンしてる奴よく話しかけられるな。俺は無理だぜ、と向日さんが呟く。
「そっか?意外に可愛い所あんだぜ?」
その時に、不思議な感じがしたのだけどそれの正体は結局分からなくて知ったのは、それから暫くした、昼休みだった。たまたま、部室にタオルを取りに行った時だった。昼休みの部室は基本的には誰も居ないのだが、その日は、先客がいた。
「若、大丈夫かよ」
「…ええ、何とか」
不安そうな宍戸さんの声に答える日吉の声はいつもと違って少し弱々しい。何かあったのかと、部室のドアを開けようとした時だった。
「っ、ちょっと宍戸さん…!」
「悪い。けど、ちょっとだけだから…」
ドサ、と何かが倒される音の後に少し言い争う声がする。けれど、それは酷く言い争うのではなくて。次に聞こえたのは、聞いた事のない声だった。
「ぁ、ん、はっ…」
「そんなに誘うなよっ、若…」
甘い二人の空気に、そっと離れる。何だか空虚な感じがして屋上でぽつりと昼を食べた。美味しいと感じるそれが味気なくて、ああもしかして自分は知らないうちに好きだったのかもと思った。
さよなら初恋
END
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