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中島敦が探偵社の一員になったことで、太宰の中では全ての欠片が嵌り、一つの形になっていると思った。彼の子を迎えに行き、一緒にやっていくのも悪くない。相棒となった国木田に、迎え入れる面子がいるのだと告げたら、彼は面倒な事にならねば俺は文句は言わん。と返されて太宰は笑った。それを聞いていた乱歩が腕を組んで、考え込む仕草をした。
「それ、難しいと思うよ。時期的に」
「…超推理かい?でも大丈夫だよ。きっとね。乱歩さんを驚かせてみせよう。」
にこりと笑った太宰は国木田のおい、仕事があるぞという声を聞きながら、外に向かった。情報によればあの男は今日は任務を終えて酒場に寄るはずだ。本格的に返してもらうのだと、ひっそりとしている酒場へ足を向ける。きっともう中原は太宰が来る事を理解している。太宰が中原がいる事を理解しているのと同じに。
「中原さんは、僕にとって第二の師匠です。」
仕事を終えてのひと休憩の合間に芥川はそう言った。そんな事を改まって言われると、中原は内心、鼓動が跳ね上がる。何も知らない卵から雛へ。と教えている内、中原には特殊な感情が芽生えていた。一般的にいえば少数派なものだと、思ったものの、まだあまり上手ではない笑みを見るとその感情は益々膨らんでいくのだと理解していた。
「ありがとよ。そう言ってくれると嬉しいぜ。」
「師匠が困っている時は弟子が助けるべきだと、だから何か悩んでいるなら僕に話して欲しいのです」
嬉しいねぇ、そう言ってポンと肩を叩いて中原は馴染みの酒場へ足を運ぶのを芥川は見送った。
ぼぅと見送っていると、聞き慣れた衣擦れの音がした。
「芥川、どうかしたのかえ?」
五大幹部である尾崎が其処に立っていた。彼女ならば数多の修羅場を超えてきたのだから何かいい答えを出せるかもしれない。芥川は、話を聞いていただけますかと呟いたのである。
中原が馴染みの店の扉を開くと其処には太宰がいた。互いにここに今日来ることがわかっていた。けれども此処に互いにやってきたのには、気持ちをはっきり伝えるためだ。
「最終通告だ。ー中也。芥川くんを連れて行く。」
「…あんなに傷だらけになって放置してたお前が?巫山戯るな。お前に彼奴は渡せねぇよ。」
それに、首領の息の掛かる直轄部隊の隊長を引き抜くなんて骨の折れることがお前一人で出来るとでも?
「ー嫉妬?醜いね」
「醜くてもいい。彼奴からお前みたいな害虫が守れるならな」
「君がそう思ってるだけで彼は違うかもしれない。彼は私だけを映す。そのために私は彼を置いていった」
だから、中也にはあげれないんだよ。あの子の一つは今も昔も私だけなのだから。そう言うと、中原の拳が太宰の腕を直撃した。人の疎らな時間であったことで然程見られていないが、中原は帽子を被りなおすと、お前のその考えが違うことを証明してやるよ、と言い残し店を出て行った。乱暴な素振りに太宰はふふと笑う。
「…いてて、ヒビが入ったかなぁ」
でも、彼を得るためならそれでいい。笑って、太宰は主人にアルコォルを注文したのである。
「最近、中原さんは何かを考え込むことが増えました」
「中也がのぅ」
「僕は太宰さんがいなくなって憔悴しているところ何度も助けていただいた。何か助けになりたいのです」
相談、ということならばと尾崎が向かったのは自室である。部下の構成員が入れてきた紅茶の容器を手で包み込みながら芥川が言えば、尾崎はふむと手元に扇子を当てた。
「ー中也もまだまだ若いということじゃのぅ。私が言わなくとも、きっと近いうちに中也が芥川に直に話してくれる筈じゃ。」
私の見つけた最高の子じゃ、信用してくれんかの?そう美しく言ってきた幹部の言葉に芥川はこくりと頷いたのである。そして、それはその夜形となって現れる。
酒を引っ掛けて帰ってきた、中原に芥川は二日酔いのために冷水を寝台の脇机に置こうと側に寄った。その時、寝ていたと思っていた中原に強い力で抱き込まれた。
「畜生、あんな野郎に渡せねぇ!」
ぎゅうと、圧迫するような抱擁に芥川は処理する術を持たない。抱き返すべきなのか。己がやすやすと触れて良い相手なのか。
「芥川、好きだ。お前と一緒にいたいんだ。」
その言葉は芥川の心を震わせた。ストンと、落ちてきて一本の線で繋がる様に芥川の中に入ってきたのだ。だから、迷わずに口にしたのだ。
「その言葉を僕はずっと待っていた」
今度は迷わず、己より小柄ではあるが、逞しい体に芥川は抱きついたのである。その温かな手が心地良かった。
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