※文スト【腐】
※捏造
※中原さんと芥川さんと
あゝ、またかと太宰は美麗な顔を歪ませた。何度言っても彼の子は治らないし、弱いままだ。能力だけは中々悪く無いのに。ポンコツだ。傷を負って向かってくる様は手負いの獣みたいで、太宰しか世界にいないと思っている様で太宰は表情には出さないが、少しだけ機嫌は良くなった。太宰は目の前で苦しそうに空咳をしている部下ー、芥川に対して歪んだ愛情を抱いていた。言葉なんて、一過性のものだ。肉体に刻まれた傷を見てその人の事を思うのは、その人の事をずっと支配できる。その人の世界を自分だけにしたい、他なんか考えられないくらいに。そう考えている内に太宰は芥川に対して折檻を行う様になっていた。そして、今日も。彼が、どんなに折檻を行ってもびくともしない豪傑であれば楽であったが、太宰はあと数歩したら限界になる際で、止める。そして、扉を開ける。それが、芥川に今日の折檻は終了だと伝える様になっていた。
「芥川君のお陰で、私は拷問部屋の常連になりそうだよ。」
「すみませぬ。」
「口先だけの約束じゃあね。言・動も伴わないと。どうしたら良いのか位そのポンコツな頭でも分かるだろう?よくよく考え給え」
拷問部屋から出て、歩いている時だ。聞き慣れた靴の音にチラリと視界を動かせば悪趣味な帽子を被った相棒が歩いて来ていた。
「太宰!首領から直々に企画考案の依頼だ…、ん?」
影に隠れるようにしていた芥川に中原が気づいたのかちらりと目を向けてくる。ち、と太宰は舌打ちをする。面倒な奴に芥川を見られてしまった。太宰に対して寛容な首領とは違い、相棒の中原という男は何かと煩く言ってくるのでたまったものではない。
「森さんのね。早々に取り掛からねば。」
手に収まっていた書類を抜き取り通りすぎようとした時に中原が芥川の衣服をぐい、と掴んだのである。折檻で襤褸襤褸になっていた芥川には反抗する力は残っていなかったようで、ぐい、と引っ張られてしまった。
赤錆色の髪を揺らし、芥川の前に立つ。ぎくりとした芥川に中原はちらりと太宰を見、大きなため息をついたのである。
「森さんもお前には甘い。早いところ、幹部に昇格して正式な部下にしてやれ。あと、それはやりすぎだ。」
いつか部下として使う時に、そいつは使い物にならなくなっちまう、という忠告に太宰はふふ、と笑う。何も知らぬ女性が見ればを赤く染めてしまう様な笑みではあったが、芥川や中原はその笑みに狂気を感じてぞくりとした。
「だって、それはこの子のあった教育だもの」
あと、幹部はもう少しで承認が得られるって森さんからも報告を受けてるから、中也が心配することじゃないよ。それよりも身長を伸ばした方がいいんじゃないかな。ああ、魚を食べるといいらしいから今度おくってあげようか、などと人の神経を逆撫でる言葉を並べて太宰は立ち去ったのである。
太宰が、貧民街の出の異能者を拾ったのだという話は聞いていた。内々に彼が、幹部昇格する事を見越してか、首領は何も言わなかった。だけど、姿は見たことが無かった。どんな能力なのかは気になっていた、その矢先に件の少年を見たのだ。真っ白な肌に闇を象徴する瞳。その少年が太宰の拾ってきたものか。貧民の街で仲間と支え合って生きてきたのだという、その少年はいつまでも貧相な体の様で、まるで枯れ枝みたいだと、太宰の後ろに控えている芥川を見て中原は思う。指導されていたのか、体は傷だらけである。それを見る太宰の瞳は嬉しそうに歪んでいた。この最年少の幹部候補殿は愛情表現の考えの螺子がいくつかぶっ飛んでいるのだ。恐らく、傷がある事は己を示す最上の愛情表現だとでも思っているのだろう。とんでもないことだ、と中原は帽子を深く被りなおす。
「その件で首領から直々に指示があるから行けよ」
「ああ、ありがとう」
芥川くん、今日はここまでだからと言い残してさっさと歩いて行ってしまう太宰に中原はちらりと枯れ枝の様な少年を見やる。世話焼きな性格の中原はこれを放置し、洒落た酒に手を伸ばしたりなんて事は出来なかった。
「おい、お前。芥川って言ったか。」
「貴方は、中原さん。太宰さんがいつも話している」
「どうせ蛞蝓だのなんだのって言ってるんだろ、」
「悪口、なのかは僕には判断しかねる。だが、信頼しているのはわかる。僕が立ち上がるまでの間太宰さんは話している」
そうか、と言って彼の手を掴んで中原は自室へ向かった。どうせあの太宰だ。消毒などしてやっていないのだろう。人目もあるので極力人が通らない通路を選び自室へ向かう。戸棚に仕舞い込んでいた救急箱を取り出し、外套を脱がせ(この時、芥川と一悶着あったのも追記しておく)、消毒処理を行う。身体のあちこちに傷を付けられても顔一つ動かさない。一応様子から、敵対するものではないのだと認識したらしい、ありがとうございます、と頭をさげる芥川に怪我するなよと返し、頭を撫でた。頭に触れる事は、教育のための、殴打。そう教えられてきたのだろう、触れる瞬間芥川の体がびくりとしたのを中原は見ないふりをし、ぽんぽんと撫でたのである。それからというもの、中原は時間があれば拷問部屋に行っては倒れている芥川を連れて消毒をすることをした。ただでさえ、線の細い体だ。怪我を放置し、化膿させるのはあまり良いことではない。実際、芥川は、怪我を放置させて熱を出して寝込んだことがあったようだ(それは、中原がまだ芥川と対面する前の話ではあった)。治療をしながら、中原はいろんな話を芥川に聞かせた。最近話したことは、太宰が幹部に昇進したことだろう。腹立たしいが、芥川は堂々と部下として力を発揮できる。だから、頑張れよと元気付ける。
「ー彼の人はまだ僕は出ることはしないと、仰った。」
「状況を見極めてんだろ。そういうところだけは一流だからな」
「ポンコツだから、全滅させるくらいしか能がないからとも」
そう言われて苦しいと感じた、という言葉にあゝこの男にも感情を持つことがあるのだと中原は歓喜した。人形の様で動かぬ表情筋が少しは動くのだ。太宰がこう指導を施す理由の一つに表情の変わらない芥川もあると思う。どこまでやったらその表情が変わるのか、試したくなるんだとある時云っていたそれは中原を戦慄させた。自らの部下を玩具か何かと思っている言葉だった。それ以前に、芥川の知識はほとんど無い。生活を営める様にと危機感を覚えた中原は、消毒処理をしながら芥川に話した。知識が無いだけで思った程覚えは悪く無い。
「今日、任務があってなぁ、道端に咲いてたタンポポが懐かしく感じたぜ。」
「タンポポとは?」
「そうだな、黄色い花さ。足元に小さく咲く花だ。最後は白い種の塊を作る。遠くから見ると球体に見えるかもしれねぇな。」
「種を作るとどうなるのです」
「何も。」
「何も?」
「そう。風に吹かれるまでそこにある。種は風邪に吹かれて飛ばされた所で芽をつける。」
そう、ですかと芥川は呟いたきりになった。ふ、と笑って中原は外套のポケットから一枚の布を取り出し、芥川に渡してきた。
「何ですか?」
「開けてみろ。」
治療の終えた芥川は布を開けてあ、と呟いた。硝子に入り込んでいる黄色い花。中原が、異能の使い方次第でこんな事も出来るぜと笑う。
「ありがとうございます。」
そう言った芥川の表情は仄かに口角が上がっていた。
貧民街で生を受けて、妹という肉親とその場で身を寄り添い協力しながらずっと生きていくのだと芥川は漠然と思っていた。そのうち、仲間は口封じのために殺されてー、生きる意味を与えられると言い切った男・太宰についてきていた。彼から与えられたものが世界の全てだった。
「私はね、そのうち君を正式に部下として使う心算なのだよ。そのための教育なのだから、理解し給えよ」
「僕は太宰さんに生を与えられた故貴方の意志に従う所存」
「その心意気はいいね。だが、私は残念ながらマフィアに飼われる存在でね。上の意志に動かないといけない。芥川くん、君もさ」
正式に部下にするまでは表立って紹介出来ないのだという太宰の言葉に芥川こくりと傷だらけの体で肯定の意を示した。その体には太宰からの折檻の跡があちこちに点在していた。師匠として、彼は優秀なのだろうとは思う。その折檻の数が増えるたび、芥川その考えを再認識していく。
「太宰!首領からの企画の依頼だ」
泥沼のような折檻の後は意識が混濁している。鬱らとする、芥川の耳に師を呼ぶ、別の声が聞こえた。姿から折檻の折に話していた彼の相棒の男と一致したのでそうなのだろうと想像する。赤胴色の髪に、黒い外套。何度かやりとりをする二人にきょろきょろとした瞳に太宰がああ、と納得した様に、中也と呼ばれた男に紹介する。そして、首領に呼ばれた資料を作り上げるのだろう、さっさと去っていく姿を見ていると声をかけられた。
「おい、お前。芥川って言ったか。」
興味深そうに此方を伺う彼は芥川を見るとにやりと笑った。それは今まで見たことのない表情のようだった。
「貴方は、中原さん。太宰さんがいつも話している」
ぽつりと零せば、当たり前の様に言葉を返してくる事も芥川からすれば珍しい事だ。彼の人は、気が向かなければ言葉にも反応しない。至らない金の卵にもならない卵だから。
「どうせ蛞蝓だのなんだのって言ってるんだろ、」
「悪口、なのかは僕には判断しかねる。だが、信頼しているのはわかる。僕が立ち上がるまでの間太宰さんは話している」
その日、芥川は初めて太宰以外の人間から治療をされた。人から施される治療はこんなに暖かいものなのかと治療を受けながら芥川は思う。
「もう、怪我なんて無茶すんじゃねえぞ」
そういう姿が芥川は珍しく映った。一度きりと思っていたそれは何度もあった。その度、中原は話をした。それは次第にマフィアの事以外にもなり、世界の理にも及んだ。貧民では知り得ない情報を彼は丁寧に話しながら消毒処理を行っていた。それが、不思議で一度何故、と尋ねた。
「お前が気に入ったからじゃダメか?」
「そう、ですか」
その、答えに芥川はますます疑問を抱いた。だが、太宰が中原との治療の事を好ましく思ってないのは事実であった。彼が、治療した後、話した後(事務処理的なものから雑談まで兎に角口を聞いたところを見ると)の折檻はいつもより、厳しくなった。だから、きっと中原が芥川と話すのを良しと思っていないのだろうと芥川は考えていたのである。そんなある日、彼は自分の異能を使って花を持って見せてくれた。道端によく咲いているのだというタンポポは黄色く、可憐に見えて知らず芥川は口角が上がるのを、実感した。芥川にとって中原は、世界を教えてくれる教師であり、憧れであった。
「中也と話しているみたいだけどそんな暇があるのなら、異能の一つでも物にしたらどうだい。」
本当に、使えないね。
その日の折檻は熾烈を極め、辛うじて意識を保っているくらいが限界であった。その次の日に言い渡された任務から帰還した芥川の耳に入ったのは五大幹部最年少の太宰が失踪したという報せであった。
蒲公英の幸せ
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