※捏造
※善条と秋山
※一部伏秋表現あり
好きだという言葉は無かった。それすらも秋山と伏見の間には必要じゃ無かった。秋山は彼が本気で好きだと自分を相手にしているとは思っていなかったのを知っていた。それでも、温もりを感じ与え、1つに溶け合う感覚は秋山に充足感と幸福感を与えてくれた。いつかは、という淡い期待を抱いていた。けれど、伏見が宗像と言い争いをし、衝動的に姿を晦まして。彼はあろうことか緑のクランになっていた。それは、自然消滅を形作る最初のきっかけだった。直接的な言葉はないものの、コンタクトのない、相手は歯向かってくる別のクランを楽しそうにやっているらしい。それでも、緑のクランになる前までは一応は肉体関係だってあったのだ。やはり、肉体の快楽を求めただけ、なのだろうか。そうこうしている内に、全面的に緑のクランと戦う事になり、伏見の抜けた穴を埋めるべく伏見が順当に昇格し、No.3になった。その際に、宗像の右腕となる男を紹介された。前の青の王の右腕、ダモクレスダウンに巻き込まれて片腕を失った隻腕の男。秋山は彼を知っていた。善条という名前だけで身の引き締まる感覚になる。片腕であってもその威力や強さは変わりない。
「今後は、彼の言葉に従って下さい」
少しだけ疲労の色が強くなっている宗像の言葉に秋山ははい、と短略的に返事を返した。一番指示を受けるのは恐らくはNo.2である淡島であるのだろうと片隅の頭で考える。それよりも、秋山は仕事を求めていた。何でもいい。寂しさをわすれるほどの仕事が欲しかった。一緒にいた時は仕事なんて少なくて良いと思っていたのに。1人になったら仕事が少なくて道明寺などはここぞとばかりに有給を消化している。その仕事を求める姿は少しばかり異端に映ったらしい。同室の弁財は少し休まないと駄目だと勝手に秋山の有給を出していた。それでも私服で仕事をしていた。まだ仕事をしている方が秋山には幸せだった。
「秋山くん、少し良いですか」
そんなある日の事だった。唐突に善条から声を掛けられた。何かあっただろうかとも思いながら彼のがっしりした背中を見詰めながら彼の後ろを歩く。着いた場所は、過去の事件の書類を保管している倉庫だった。とは言え、殆ど出入りの少ない場所で今はサーバー上で管理している事が多い。伏見がこの書類を電子化するのに一番尽力していた。タンマツからもアクセス出来るシステムの構築に一番に携わったからこの部屋の出入りが多い人で、その配下だった秋山も必然的に多くなった。思い出が溢れるこの部屋は今は秋山には辛すぎる。
「君は、少し働き過ぎだと思うのですが。休みを取っては如何ですか。」
至極真面目に仕事の延長線上の様な話し振りで秋山に話しかけた善条は表情は真面目だった。それに、一瞬だけ驚いた秋山だがポツリと、疲れてないんですと零した。
「伏見くんという元No.3のことですか。」
「あ、はい」
「ですが、彼を心配しすぎて貴方が倒れるのはどうかと。」
「きっと、弁財や、宗像室長とではそうなりませんよ。俺は、彼と関係を持っていたんです。誘ってきたのはあっちでしたが、声を掛けるのも全て俺からで。」
「そうでしたか。それは立ち入った事を聞いてしまったようだ。」
「嫌悪しないんですか」
同性と異性。どちらが、周りに反対されるかと言えば問答無用で同性だろう。少しずつ世間の目も緩くなってきているものの、まだ同性に対する意識はきついのだ。
「人間の数だけその人の好きの形があるので嫌悪はしませんが」
ただ、少し驚きましたと零す善条を秋山は少しだけ驚いて見つめた。そして彼の事を不思議な人だと思った。それ以来、善条の後ろを秋山は従い、時にはサポートをした。善条にとってその感覚は久方ぶりだった。そして、心地の良いものだった。何度か目の巡回でそれは発生した。善条は元々話好きでは無い故にあまり話を振る事はない。だから、専ら話しかけるのは秋山で秋山の問いに彼が意見する位ではあるものの、善条からは話題の提供は皆無であったが、互いにそれが居心地が良かった。横を歩いていた秋山がある一点を見たまま停止した。釣られてみた善条の視線の先には彼の大部分を占めている伏見が八田と話していた。視線に気付いたのか、此方に目を向けて少し驚いた表情をしたが、すぐに口角を上げ、近寄って来た。青服の時とは違う、私服の姿。秋山の頭に警鐘が鳴り響く。このままでは、いけない、逃げろ、自分は恐らく傷つく。けれど肝心な時になって秋山の体はピクリともしなかった。その時、視界一杯に青い色が広がった。カーテンのようなそれは、善条の身に着けている制服の色だった。先ほどまで横にいた善条は気付けば秋山の前に立ち、伏見から見えるのを遮っていた。突然間に立たれた伏見は怪訝な顔を表し、誰だと問いかけようとして片腕に気付いて薄ら笑った。
「前青の王の右腕が俺に何か用か?」
「…生憎と、君には何の用もないが今の私の部下を傷付けるようなら君と戦うつもりだという事です」
一番辛い時期に側にいた善条には秋山の状態が手に取るように理解できていたのだろう。その心に、秋山がはっとして善条を見る。
「その男に何の未練があるとか思ってるのか?だったら見当違いだぞ。俺は、秋山とそんな感情でやってた訳じゃないから」
それは、理解していた事だったが、いざ言葉にされるとズキと、心を抉る言葉だった。きっと伏見はセプター4に入ってからずっと心の中に描いていたのはオレンジ色の髪色の彼だけ。彼の為に、彼を傷付ける欲望も全て経験になるならと、他人である秋山がその相手になる事に何の感情も抱いていなかったのだ。
「そうですか。近々、我々は貴方の所に戦いを挑むでしょうからそれまでは我等は何もしない事にしましょう」
では、失礼、とスタスタとその場を秋山と去っていく善条に伏見はハッ、と鼻で笑い踵を返した。己の所属する緑にはまだ隠し玉がある。奪った石板。あれが手中にある内は平気だろう。時間制限のある王ではあるが爆発的な力は中々の攻撃力の高さだ。他の面々も個々に能力が高い。どの道、どちらが勝とうとも伏見自身には何の影響もないのだから。
「すみませんが、秋山くんの有休を依頼したいのですが」
「構わないですが、秋山くんは顔色が悪いようですね。暫く休養するといいでしょう」
そのまま、戻った善条が向かったのは、室長室であって、伏見に遭遇したという報告をするのではなく、部下になっている秋山の有休を依頼することだった。宗像はちらりと秋山を見た後、すぐに了解した旨を答えボタンと印一つで決済を済ませた書類を善条に渡したのである。最も、横に控えている淡島などは内心いつも早くそうやって書類を処理してくれていたらと思わないでもなかったとか。
「君に必要なものは休養だと思います。何も考えずただ眠ること。今は何も起きていないのですから」
部屋に戻った秋山を心配してなのだろう、善条は暖かな手で秋山の頭を撫でた。ゆるゆると撫でられると貯めていた感情が、決壊したようにぼろぼろと溢れだした。秋山は善条の前でいると自分が保てなくなっていた事に気付いた。
「、すみません…やはり、疲れてるみたいですね。善条さんも仕事に穴を開けて申し訳ないです」
ぺこりと頭を下げようとすると、善条は頭を横に振ると懐からタンマツを取り出して秋山に見せてきた。そこには、有休の申請完了の画面が映し出されていた。ぽかんとしている秋山に先ほどの時に室長から二人いないと話にならないと言われたので私も申請をしたまでですよと呟いたのだった。
「それに、私は君の世話をするのが好きなようです」
少し照れたような仕草の善条の表情は恐らく初めて見る彼の素の表情に違いなかった。翌日から彼は何度か秋山の寮の部屋に訪れてきた。様子を見るためのようであったが、秋山の料理の相手をすることもあったらしく、最後は秋山の料理に目を輝かせていた。隻腕の為に自分で料理は難しいらしい。
「秋山くんの料理は私も好むものです」
「そうですか?料理を提供することはあまりないので」
そうだ。伏見の時は一切何もしなかった。体だけの関係にそんなものは不要だったから。そう考えると確かに、目の前で誰かが食べてくれるのを見るのは悪い気がしない。
「…今日、室長から連絡が入りました。明朝、戦を仕掛けるようです。我らは先鋒部隊となります。」
夕食の後、善条はぽつりと零して明日の予定を告げる。そろそろだなぁと秋山自身も感じていたことだったので秋山は驚きもない。こくりと頷いて傍にかけてある制服を見上げた。
「無事に、生きてください。五体満足でない私が言うのもなんでしょうが」
「いえ…善条さんとの休みの間のことも俺は楽しかったです。」
そう言うと、善条は決着がついたらまた料理をご馳走になるつもりですので宜しくお願いします頭を下げる彼に秋山は一瞬呆気に取られてくすりと笑ってしまった。
「赤の王と白銀の王、青の王の連合に緑のクランズマンが怯んだり、逃亡したりしているようだ」
先鋒部隊として進んでいる秋山には情報が入ってくる。いざ、戦いとなると頭はぱちりとスイッチが切り替わる。下位のクランズマンを倒し、上の者が通る道を切り開くのは秋山や弁財の役目だった。ひと段落した頃には、既に上の王達が戦いを始めている頃であり、顛末を祈るのみであった。
結局、石板を破壊することで戦いはひと段落の決着を見せた。殆どのものが怪我を負わず、終わりを迎えた。クランズマンという呼び名は今後言われず消えていくものになるのだろう。日頃の労を労ってなのか、分からないがしばらくの休みが与えられた。今目の前には宣言した通りに、善条が座っていた。
「あまり上手いもの出せないんですけど」
「構いません」
麻婆豆腐、という中華風味なものをコトン、と置くと慣れたようにスプーンで掬って食べ始める。その光景は秋山に安心を与えてくれる。
「…自分ではわからないですけど、善条さんと食べる夕飯は安心します」
「それは、嬉しいことだ」
夕食後、少しの間話す事は先の戦いのことだ。これからどうなっていくのか、先が見えないこともあり、話は尽きない。
「ー…秋山くん。話があるのですが」
「はい。」
「…私とずっと一緒にいてくれませんか。あなたが好きです。」
気づけば、善条が膝をつき、秋山を見上げながら、騎士のように、その掌に唇を落とす。忠誠の誓いの証のようだと、秋山はそれを嫌悪なく受け入れていた。
「俺で。良ければ」
するりと流れ出た言葉はきっと久しく言わなかった言葉であって、けれど、この秋山の頬を滑る片手の温もりは酷く熱を与えてくれるものに違いないと秋山は理解していた。そっと寄せる唇に落ちるざらとした無精髭に、彼なのだと実感した。
「あ、」
「上手くないかもしれないですがー、貴方に触れたいという気持ちは真実です」
だから、どうか、触れることを許してほしい。そう懇願するような彼が酷く熱く熱を訴えてくるのに秋山は拒否することはできなかった。
その夜、秋山は久しぶりに人の肌の熱を分け与えられた。揺蕩う熱に体の熱が溶ける快感を与えられて頭が真っ白に染まる感覚を知った。
「俺も、善条さんが好きなんです、きっと」
だからもっと触れてくださいと囁くのはきっと遠くない日のこと。
END
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