白石と金太郎
それは、酷く他愛ない会話だった様に見える。部活が終わると仲間でたこ焼きへ向かう中、部長の白石がふ、と顔を覗き込んで来たのだ。顔にさっき、謙也との試合の時にスライディングしてつけた痕が残っているのだろうかと、覗き込んで来た白石を見て聞こうとして、声は出なくなった。代わりに目の前には白石がいる。さっきまで少しあった距離はゼロの所に白石の顔がある。とっさの事で悲鳴もあげることなく、彼に与えられるのをただ受け入れることしか出来なかった。
「蔵に、金太郎、置いて行くで。」
現実に引戻したのは謙也の声だった。はっとしてる中で白石は既に皆の所に戻る最中だった。それは、今まで生きてきた中で初めての経験に違いなかった。いくら、自分が恋愛関係に無知だと言われていても、さっきの行為が何か位は知っている。唇に触れるそれは、キスだ。けれど、彼が自分にする理由が分からない。その日のたこ焼きは食べた感じがしなかった。
「金太郎、どないしたん?」
帰る途中、家が近い光が聞いて来た。幼馴染の様な関係の彼には自分の様子が違うのがすぐに分かるらしい。けれど、こればかりは光にも言えなくて何でもないでと、笑って誤魔化した。
次の日、好都合な事に学校は休みだった。もしかしたら白石はそれを利用したのかもしれない。無駄を嫌う白石は頭も良い。もんもんと昨日の事が気になってしまう。駄目だと、ラケット片手に学校へ足は向かっていた。壁打ちなんてあまりしないけど、何かしていないと昨日の事ばかり悩みそうで嫌だった。
「そないにガンガンやるもんやないで、金ちゃん」
はっとすると、そこには白石がいた。悩むのは相に合わない。
「なぁ、白石、」
「なん?」
「何でわいにキスなんかしたん?」
そう言うと驚いた白石が金ちゃん、キス知ってたんやね。なんて呟いていた。ドラマでも漫画でも何回か見てる。だから知らない訳ではないけど。
「金ちゃん、キスってどんな時にすると思う?」
まるで、勉強みたいに聞いてくる白石は、やっぱり頭も顔も良い。漫画では、主人公はヒロインとの想いに応えてるから、やっぱりお互いが好きな感じじゃないだろうかと、彼に言えばにっこり笑って、よく出来ました、と頭を撫でられる。
「俺が金ちゃんにキスした理由も同じやで?」
ほんまはな、卒業まで我慢しようと思ってたんやで。でも我慢出来んかったわ、と照れた様に言う白石は、頭を撫でていた手を離してぎゅうと抱きしめてくれた。
「でも、わい、男やで」
漫画やドラマでは男女がキスしていた。だから男女がするものじゃないかと思っていたけど、違うのか。
「おん、ついでに俺もな。」
だから、卒業まで我慢しようと思ってたんや。金ちゃんは、こんな世界も俺の気持ちも知らん方が良いかもしれない、なんて思ってな。つまり、この感情は一般的にはあまりない事なのだと、何と無く理解した。
「なんで?」
「ん?」
「何で白石は卒業まで我慢とか思うん?好きならはよ言えばええやろ。」
わいかて、白石のこと、すきやもんと言えば阿保みたくぽかんとした彼がこちらを見ていた。それでも、彼が気付いてぎゅうと抱きしめて来て大好きやで、金ちゃんと柔らかい声で言われておんとしか返事が出来ないでいる自分に彼は二度目のキスをしてくれた。
絶頂休日
END
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