※伏見と秋山
※K
※腐向け
※アニメ9話捏造
「伏見が、緑のクランに…」
情報を手に入れるためにと、パーティー会場に潜入した先に、伏見が現れた。ただ現れただけなら、良かったのにと、淡島は呟いた。
「秋山、悪いのだけど画像の集約を頼む」
「はっ」
報告を終えた、淡島から依頼されて、秋山は執務室への長い通路を歩く。東京法務局の戸籍課の第四分室の外部機関の執務室は全体的に青い塗装をしている。青の王の力の恩恵を受けているからか。それを、秋山は気に入っていた。凜とした色の青が好きだった。
「ー伏見、さん」
タンマツを取り出して、メッセージを打ち込む。彼が入ってきてすぐに世話役を命じられたのが秋山だった。最初の頃は引き抜いてきた(らしい)伏見に世話など不要ではないかという考えは二週間足らずで打ち砕かれた。外を巡回し、異能力者を取り締まるーそのための巡回であるので、たとえそこが他の王のエリアであってもセプター4は要請があればそこへ赴く必要性があるのだが。
「みぃーさぁーきぃー」
「この裏切り者がぁ!」
かつての仲間であった矢田美咲に対して強い執着心を抱いている有能な年下の上司は彼を見ると止まることはできずに、秋山が結果としては彼のストッパーをこなすことになった。
それは、秋山であったり弁財であったり、彼の部下であったりした。それをこなして数年、プライベートでも少しだけ彼と接する期間が増えていただけに、彼の離反は秋山に何とも言えない感情を残した。
「俺、基本自炊はしないんです。だからそんなのいりません」
仕事中もビタミンのドリンクしか口にしない年下上司はいつも青白い顔で打鍵の音を響かせている。そのくせ、仕事を仕上げる時間だけは人の何倍も早いのだからさすがとしか言えなかった。
「すみません、出すぎた真似をしました。」
「チッ、いいですよ、別に。アンタは毒を盛るってタイプじゃなさそうだから」
彼のそばに置いていた、軽食。パンに昨日の残り物を詰め込んだだけの簡単なものを彼は無造作に掴んで口の中へ放り込んだ。肉とジャガイモ、パプリカの炒め物。同室の弁財にリクエストされるメニューの一つだった。その日は何事も無く終えた。伏見は相変わらずの有能ぶりを発揮し、道明寺の報告書に舌打ちを連発させた。これはいつもの事だ。
「あ」
「あ、お疲れ様です」
数日後、宿舎の入り口で伏見と鉢合わせするまでは秋山と伏見は仕事以外の接点は無かった。時間が時間だけに、秋山は社交辞令の様に言葉を並べてエレベーターのボタンを押そうとした。
「秋山、さん、あの…サンドイッチありがとうございました」
照れた様にモゴモゴと口にする彼は、秋山に既視感を感じさせた。
「いえ、気に入ったのなら嬉しいです」
笑って、ではと別れるつもりだった。けれど、伏見はまた作って欲しいから、連絡先教えて欲しいと言ってきた。それは仕事上でも見ない彼の表情だった。その日、秋山の個人タンマツに一件、新しく連絡先が追加されたのだった。彼は時々、サンドイッチが欲しいです、という短文を秋山のタンマツに連絡してきた。その度に、彼の部屋のポストにそっと入れるという流れが発生した。それも、楽しかった。まるで、弟みたいで。
秋山には少しだけ歳の離れた弟がいた。无月という和風な名前の。とても、可愛かった。けれど、どうも友人と衝突があったのか、中学を上がる頃には喧嘩を繰り返す粗暴な少年になっていた。あの頃は、自分も国防軍に入る為に周りが見えていなくて。その弟が悲鳴をあげていたのに、声を掛けてやれなかった。本来は動植物が好きで。国防軍に入って数年、事故の処理に向かった先で瓦礫に押し潰され、亡くなったのを見た。喧嘩を繰り返す彼は倒壊しそうなビルでそれをした。彼はストレインだった。その力を発動させて、自分がそれに巻き込まれた、というのが報告書のないようだった。死ぬ間際、无月は笑った。
「やっぱり、国防軍のにいちゃんはカッコいいや」
そう言って、意識を失い、そのまま死んだ。親はショックを受けていたが、気丈に振る舞った。无月が元気にしてないと悲しむから、と両親はそう苦笑いして彼が身につけていたアクセサリーを箱にしまった。それ以降、仕事に邁進して気付けば秋山は、第四部室へ異動になっていた。その時に出会った上司が酷く无月に似ていた。だからか、必要以上に彼を心配し、フォローしたのかもしれなかった。最近は料理以外にも話す事が増えた様な気がして嬉しかった。あの頃、何もできなかった秋山の償いのつもりだったのかもしれない。
「再び、緑との争いが起きるかもしれない。皆、心してかかるように」
集まった一室で青の王である宗像が告げたのは再度の緑との争い。石板を奪われた今、やることは、こちらから仕掛けること。おそらくアジトの場所を割り出すことに成功したのだろう。
「室長、それは…」
話を聞いていた淡島が宗像に声をかける。彼の力の象徴、剣は綻び始めているのを最早隠すことができない、という事を理解していた。今できるのは彼の王としての命を延ばすこと。ダモクレスダウンを防ぐこと。
「淡島くん、君にも重荷を背負わせてしまうかもしれませんが…これが最善たる道なのですよ」
ちらりと淡島を見て、宗像は苦笑気味につぶやく。その言葉には何度も議論を重ねた結果だということだというのがにじみ出ていた。
「室長が進まれる道でしたら、付き従うまでです」
その言葉を受けて、宗像が笑みを浮かべる。変わらない二人の信頼の形がそこにはあった。
+++
「どうやら、青や赤、白銀の彼らがこちらにやってくるらしいわよ?」
にっこりと楽しそうに、紫がつぶやくそれを伏見はPCを操作しながら聞いた。ぴくりと動く、その動きさえもきっと、彼らには筒抜けでいつ倒されるかも分からなくなってしまうのだ。平常を装い、作業を続ける。未だに彼らは仲良しごっこをしているのかと、呆れる。だから負けたのだと、まだ分からないのだ。
「いいでしょう。相手をしましょう。楽しみです。サルヒコ、君も出動です。」
「新人、足ひっぱんなよ」
「お前もだ、スクナ」
やれやれと、嘗ての灰色の王はまるで世話を焼く様に言う。もう、青は捨てた。何も無いのだというのに、伏見の脳裏にはあの深緑の髪がゆらゆらと掠める。兄がいたらこんな感じなのだろうと思わせた、世話係だった、部下。通路を封鎖しているUランカーはある程度は足止めが可能だろうが、王クラスの人間には歯が立たないのは目に見えていた。だから、緑の王は拘束具を外し、迎撃体制でいる。その彼らが疲弊するようなトラップを発動するのが伏見の役目だった。
「…あきやま」
一人になった部屋でモニターに映し出される周辺の一つに、懐かしい顔が映り込んでいた。横には淡島と、善条もいる。隻腕の剛健、鬼の善条。彼のそばに控えてあちこちに指示を出している様子から恐らくはNO.3の位置にいるのだろう。隻眼に疲労が見て取れる。その様子を黙っていた善条が話しかけている。周囲に目を配っていた先ほどとは違う表情を見せた、善条に秋山が苦笑する様子にちくりと胸が痛む。あの日、始めて入った青の王の組織で世話役だと紹介されたのが秋山だった。あの頃から片目を髪で隠す、ひょろりとした青年だった。巡回して美咲と遭遇する度に騒ぎを起こす伏見を諌めたり、フォローしたり、していたのは彼だ。兄のように、優しく諭してくれた時もあった。サンドイッチの味が絶妙で、家ではジャンクフードしか食べたことのなかった伏見は気になった。それから彼はリクエストすれば持ってきてくれたし、世間話もしてくれた。空気のように優しい気配はいつもギスギスしていた伏見にはちょうどよかった。少しだけ打ち解けたその最中に、彼は伏見のことを弟みたいで気になるんですよと笑ったその笑顔が気になった。気になって、そして好きになっていた。(だからって告白とか付き合うとかしようとは思わなくて、結局あいつにも言わないでいなくなったんだけど)離反したその日、彼から送られてきたメールには、きちんと休んでください、といういつものような言葉しか並んではいたけど、それが別れの言葉なのだろうと画面を見ていた。その彼が敵の1人として立ちはだかる。極力対面しない様に、立ち回るしかない。あの凪いだ目とは会いたく無い。
「…サルヒコ、出撃です。」
「ああ。」
アジトで様々な色が火花を散らす。イルミネーションみたいだと、攻撃を繰り広げながら、伏見は思う。
「先に、僕が出ます。サルヒコは後からやって来る彼らをお願いします。」
「分かった。」
「弱味を握られるのは弱点と同じだと思います。僕はそれをなくします。」
その言葉の意味を知るのはそれからすぐだ。彼を見送って、担当となった遠隔操作の画面で映し出されたもの。対面したセプター4の何人かが、電撃で倒れている。その中で人に取り囲まれているのは、秋山だった。奴には何か特定の感情があるとバレていたらしい。チッ、と舌打ちを響かせる。その数分後、伏見のタンマツからはランクポイント消失、という表示が現れる。なるほど、そういうことなのか。そう感じると伏見はふらりと其処から立ち去った。争いの最中の事だったからか、伏見は誰にも咎められる事は無かった。
結果的には、石盤の奪還には彼らは成功したらしい。けれど、もう解放してしまったものを制御している状態に戻す事は出来ない。結局は、ストレインを増やさない様に再び制御する事になった。そう、ニュースの報道を見ながら伏見は缶に口をつけた。
「なぁ、あの騒ぎの後どうだったんだよ」
ハッとすると青服の隊員が歩きながら話をしている最中であった。多少力はあるらしいが、顔に見覚えが無い辺り、多少なりとも力のある隊員というところか。そっと死角に入り込み、話を聞く。
「あぁ。悲惨だよ。秋山さん、緑の王に電撃を喰らってさ心臓だぞ?やっと意識が戻ったんだ」
「よく生きてたよなぁ…けどさ、室長は秋山さん異動させるらしいじゃん。」
「そうだ。後遺症で手先が動かしにくいらしいからって事務の方に回したらしい。国防軍に行ったっていうのにさぁ、俺なら屈辱かもしれないな」
その隊員の言葉を聞きながらも感じる不甲斐なさに、気付けば伏見は缶珈琲を握りしめていた。
+++
サーベルが擦れる音が懐かしい、そう思うようになったのはいつだろうかと秋山は目の前のパソコンの画面に文字を入力しながら考える。ここは酷く平和だ。ストレインも緑も赤も、流れていく情報だけ。秋山は剣を握る力を、半分近く失っていた。あの後、生きているのが奇跡に近いとまで、医師に言われる程秋山が受けた電撃は酷かったらしい。いつどうなるか分からないので覚悟しておいて下さいとまで、秋山の親族は聞かされていて目が覚めた時には周りに親戚が囲んでいて何かあったのだろうかと思うほどだった。目が覚めて聞かされて秋山の配属が変わった事に割と衝撃なく受け入れる事が出来たのは長く彼の下についていたからだろう。何を考えているのか分からない秩序を司る青の王。その彼が無用になるような部下をいつまでも、在籍させておくはずが無い。目が覚めたら職なしという状況にならないだけまだマシな方なのだろう。
「む、秋山くん。もう大丈夫なのですか」
「善条さん、ありがとうございます。何とか。今日、此処を辞めるのでお会いできて良かった。お世話になりました。」
辞める、と言うと善条は驚いた顔をしてしかしすぐにいつもの難しい顔をしてそうですか、と言っただけに留まった。きっと、彼には彼の思うところがあるのだと理解したようだった。秋山は善条の踏み込んでこないこの距離が有難かった。青の庇護から外された秋山はふらりとその辺りを歩いてみた。仕事以外で外を歩くのは久し振りだった。田舎に帰るか、仕事を探すかと考えながら歩いているとどくり、と腕が鼓動したのを感じて見ると其処には花が咲いていた。黒い、花。それが、紫、青、緑、と変化していく。マズイ。ドレスデン石盤の力か。まさか、青の力を失って直ぐになるとは。マフラーで腕を隠し、近くにあったバーに入った。幸いだったのが、そのバーは昼間から営業していたことだ。酷く喉が渇いていた。
「…大丈夫?」
「は、…え、赤の王の…」
「あなた、腕から力を感じる。」
水を、と注文して飲み干すと声を掛けられたことに顔を上げると横に赤いドレスを身に纏った少女、櫛名アンナが其処に立っていた。そろ、と手を伸ばした時に熱を感じて見るとそこから、花が火を出していた。まるで、受粉する粉が飛散するように。
「…ヒ、モリ。あなたを私のクランズマンに出来る。貴方は今、青の力がないから。」
「…それしか、方法がないのでしょう。宜しくお願い致します」
礼をしようとした時、がし、と頭を掴まれた。何だ、と顔を上げようとした時、グルルと獣が唸るような声が聞こえた気がした。
「徴を、その腕にした。嫌なら、ゴメンなさい」
「気になさらないでください。俺のこの、力は何をするものなのかは、分かりませんが、能力の制御は出来そうもありませんから。」
それからは、あっという間の出来事だ。戻ってきたらしい、切込み隊長であろう八田に見つかり殴られそうになった。それから、アンナが理由を話すと新たな赤のメンバーとして祝賀会が行われた。規律に厳しい所にいたからか、こういう対応は初めてで、新鮮で楽しいと感じた。
それからというもの、秋山は住む所のないということもあって、ホムラの二階で暮らす事になった。殆ど、出動してすることがなく、秋山はアンナの家庭教師をしているようなものだった。
+++
緑を抜けてからというもの、伏見は日課が増えた。青の動向を見ることだ。今更、という事を言われそうだが伏見はどうしても知りたかった。緑の王に攻撃を受けて数日間気を失っていた秋山が今、何処にいるのか。どうしているのかを。
「ち、何も書いてねぇ」
「そりゃ当然やで、伏見。」
独特のイントネーションに、伏見がハッとして顔を上げるとサングラス越しに赤のクラン、参謀である草薙が横に座っていた。
「何が当然なんです、草薙さん」
「秋山はアンナが赤のクランにしたからや。」
な、アンナ。そう声を掛けると彼の背後から、ちょこんと赤いドレスを覗かせてアンナが顔を出す。
「ヒモリは、ストレインとなってた。このままだと大変だったから。」
「あ、そ。」
「ヒモリを通してサルヒコが見えたから、教えようと思ったの。」
あれだけいがみ合っていた青服の一員なのに、良いのかと思っていると草薙は苦笑いして、まぁ、疑うくらいなら見にくればええよ、と歩き出したのだった。
結局、伏見がホムラのバーに顔を出したのはそれから2週間後の、寒い日のことだった。一段と冷えると、あの時のことを思い出す。今の赤の王の初めての赤を教えた人物が消えた日のことを。
「ああ、ここは違いますよ。アンナさん。先ほどの公式をあてはめるんです」
「ヒモリ、ありがとう」
「いいえ。」
入り口でその光景に遭遇した伏見は間違って来たのだろうかと踵を返そうとして、すぐに草薙に見つかった。
「伏見、よう来たな。あと10分くらいそこで待っとってや」
くわえタバコをしながら、草薙はワイングラスを磨いていた。声をかけられた以上逃げることができなくなってしまい、伏見は舌打ちをした。
「美咲、あれなんだよ」
「あれ?秋山のこと?一ヶ月くらい前に赤のクランズマンになったんだけど、住む場所ないから二階を草薙さんが提供してるけど。」
「なんで、ここに」
「なんでって、青の王から離れたんだよ。あいつが。そうした途端にストレインの能力を発症しちまった。」
ストレインの力を発症した事例は世界各地で報告されている。というのは緑の王が石板の力を最大までに引き上げてしまった所為だ。だから、石板を破壊したとしても、その能力を閉じることはできない。その能力を持ってしまった人間は等しく、青のセプター4の管理下に置かれるはずだ。
「だったら、セプター4が」
「それを嫌がった、からですよ。伏見さん」
「秋山…」
再び見えたかつての部下は腕にホムラの徴を灯していた。その腕からは、蔦が巻き付いていて、これが奴の力なのだろうと想像はついた。
「久しぶりだな、秋山。」
「ええ。もしかしたら俺はここにはいなかったのかもしれないですから。」
「…知ってる。緑の王から攻撃されたんだろ」
「ああ、伏見さんは緑でしたからね。俺が説明するまでもないでしょうけれど」
「…あれは、俺の所為だ。あいつに、弱みは不要だからって。」
きっとずっと抱いていた感情をあの王は瞬時に把握していたのだ。だから。
「悪かった。」
「俺はね、伏見さんに話をしたかった。恨んでもいないよって。だからこうして話せただけでいいんです。それに、あそこよりもこうしてのんびりくらしている方が今の俺にはちょうどいい」
だから気にしないでいいんです、という秋山の言葉に伏見は衝動的に抱きしめた。周りには草薙だってアンナだって八田だっているのに、我慢できなかった。きっと誰もいなかったら押し倒していたかもしれないけど。
「おい、猿!?」
「好きの形はいろいろあるから、それでいい。サルヒコはこの形なだけ。」
アンナに諭されたらしい八田が口を閉じて、草薙が何か言っているけれど、伏見には何も聞こえなかった。きっと二人にしてやれと、外に連れ出したのだろう。あとで何か言われそうだけどそれでも十分すぎた。
「伏見さん」
「…ずっと好きだったんです。秋山さんのこと」
この想いは歓迎されるものじゃないから、黙っていようって決めてた。緑になったって問題ないとさえ考えていたから。だけど、それが原因で失うかもしれないなんて考えていなかったから、だから。
「…アンナさんは伏見さんのところへ行った時に何か言っていませんでしたか」
「秋山さんを通して俺が、見えたとか」
「あれは、あなたの大切な人を、って言われて見えたものなんですよ」
そう言われてぎゅうと抱きしめ返されて伏見はありがとうと、返したのだった。
END
←