※白石たちが卒業
明日、先輩達は卒業する。面白い中学校だったからきっと卒業式もおもしろおかしくなるだろう。そう思いながら音楽を聴いていた時、ぶーぶーと机が振動した。イヤホンを外して音の発生元を見るとそれは携帯電話だった。どうやらメールの様でチカチカと点滅している。こんな時間に誰やと思いながら携帯を開く。差出人は部長だった。我が四天宝寺中の聖書とも言われる白石部長は、無駄を嫌った先輩であの青学の天才不二周助を破った事のある実力の持ち主である。技は特段珍しい程でもないだろう(越前みたいに何か目の引く技はないように思える)。だが、彼は努力を怠らない聖書(バイブル)だ。教本テニスというものかもしれない。その先輩からメールとは。
【俺が卒業したら、財前。金ちゃんのこと頼んだで】
その文字だけで、何か熱い物がこみあげてくるのはきっとこの人達の時間が楽しかったからだろうか。しかし、最後まで部長は、金太郎のオカンのようだ。ゴンタクレる金太郎に一番手を焼いた彼はありもしない毒手で彼を何とか諌めて来た(今でも金太郎はそれを本当の毒手だと思っているらしい。ほんまに純粋というか馬鹿というか)。試合を放り出したり何処かを歩いているだとかを、それで何とか方向修正していたのを知っている。ついでに言えば試合中にそれをして他校の選手からイチャモンをつけられてやり返すという暴挙に出た事もあった。
「あの部長ですら手を焼いてるん奴をどないせいっちゅーねん」
ぽつりと呟いた声は、思いのほか大きく響く。確かに金太郎とは小学校は同じで、ついでに言えば家も割と近い。不思議な程に小学時代は触れ合いが無かった。やたら五月蝿い同学がいるという認識でしかなかったのだ。それが千歳さんらとの試合を見に来た時に初めて近くになって声を聞いた。
「ワイ、遠山金太郎いいますねん。よろしゅう!」
にっこりというより大阪の商いの様なからりとした笑顔で言われて思わず後ずさったのは自分が笑いが余り得意でないからだろう。静かに、音楽を聞いていたい。だからだろう。やれやれと、その携帯をぽちりと押して、返信をした。
【部長よりは上手く出来ないかもしれへんけど。ま、頑張ってみますわ】
するとまた再び携帯が震える。どうやら起きているらしい。カチ。と開くと其処には一言、財前もそのうち分かるわ、とだけあった。意味が分からん、とそのままに考えるのを放棄し眠りに入った。
翌日の卒業式は普通の卒業式とは違ってにぎやかだった。いつもの挨拶から皆がずっこける事から始まる。三年はこれで最後という事もあり思いも強いらしい。そんな中でちらりと1年を見る。1年の中であんな髪の色をしたのは金太郎しかいない、というよりこの学校でも金太郎くらいだ。探すのは簡単だ。ちらりと見るが赤い色は無かった。まさか、寝坊しとるんか、あのアホ。最後やっちゅーに。はぁ、とため息を付きながら校長の話を聞きながら思う。わいわいとにぎやかな講堂から先輩よりも先に出て向かうのは、テニス部だ。がらりと戸をあけると其処には赤い髪が机に突っ伏していた。何やきとったんかい。起こそうとゆさゆさと揺さぶるとちらりと彼の横顔が見えた。いつもはにぎやかな彼は眠ると年よりも幼く見える。
「…ん?」
その頬からは一本線の跡が見える。泣いていたのか。誰にも見られたくなくて。男だから、泣いたらアカンと言った部長の言葉を守るために。最後だから笑って見送りたくて。
「金太郎、起きなや」
「ん…光?もう、卒業式終わってもうたん?」
「おう。これからは頼りないかもしれへんけど、俺がお前と全国目指すんやで」
金太郎に言い聞かすつもりで自分にも言い聞かせていたのかもしれない。まだ先輩に甘えていたいという気持ち。それが心の何処かであったのかもしれない。くりくりとした目で金太郎はこくりと頷いた。
「おん。わい、頑張るで」
今にも零れ落ちそうな涙をこらえる彼に笑ってそっとその涙を舐めとってやる。
「金太郎、約束はなしやから、好きにせえ。ただし、」
「「勝ったもんがち」」
そういうと、大きな瞳がにっこりと笑みをかたどる。そしてその小さな体を包み込んで抱きしめてやる。子供体温なそれは暖かく、じんわりと広がって行く。それを、手放してはならないのかもしれないとその時、唐突に思った。
「金ちゃん、財前…」
「いやん、財前ったら男前やわ」
「おうおう、金ちゃんのオカンが固まっとるで」
「財前、俺の目の黒い内はそないな、ふしだらな事は許さへんで!!!」
最後の最後で部長のオカン発言にはちょっと(いやかなり)先は遠く思えて来たのは気のせいって事にしておこうと思った。
守ってやる
END
←