※伏見と秋山
「氷杜って、どんな名前なんだ」
「はぁ、どんなってそのままですが」
好きと、伝えた相手は殆ど態度が変わらない。それは助かるのか、寂しいのか、分からない。けれど不変なのもどうだろうかと、名前の事を尋ねてみれば、全く詰まらない答えばかりだ。
「どんな由来なの、それ。中々聞かないだろ、そのなまえ」
「あぁ、そうゆう事ですか。…俺は正妻の子じゃないから知らないですけど、どうも母は女の子を望んだらしいんです。」
そう言えばこの前の奴は秋山の種違いだか腹違いだかの兄弟だったのだ。喚いていた彼は結局は背後にいた男を引き出す丁度良い駒に過ぎなかったのだが。
「女の子、ねぇ」
「女の子なら、最悪殺されないと思ったのでしょうね。まぁ、それもあってそうつけたらしいですよ。」
「逆にその名前の方が目立つんじゃないのか」
「さぁ、この名前を付けられた時、父親は母親が実の弟の妻だとは知らなかったから。」
ただ呼んだ感じが気に入ったんだって父は言ってましたね。今思えば少し不思議な人だったのかもしれません。
「ふぅん。お前はその名前嫌じゃないのか。」
成人してから手続きをすれば、一部名前を変える事だって可能の筈だ。がらりと変えるのは早々いないけど。
「嫌じゃないですよ。だって名前は親がくれる最初のプレゼントですから。俺は親孝行出来ないから」
これを名乗り続ける事で親のそのくれた名前を、受け止めて行きたくて。そう言う彼はやはり少し、親の愛に飢えていたのかもしれない。
「ふぅん、お前は親を好きだったんだな」
「そうですね。幼い頃は、親のような優しい親になりたかった。」
そう微笑む秋山がその夢を諦めたのはいつだろうか。その組織の人間に犯された時だろうか、と考えて心の中をドス黒い感情が身を支配しそうになって、思考をシャットダウンした。
「…伏見さんは、その名前は」
「確か、親父だったかがコテコテの日本、の何か名前にしたかったらしくてこれになった。…反対するお袋は、」
「…伏見さん、言いたくない話題でしたか?」
話の途中で止まったのを不審に思ったらしい。けど、止まったのは最後に見た親の姿だっただけだ。あれが今生の別れではないだろうが。
「別に、お袋は今は信じられない位に親父にべた惚れだったし、名前は親父がって決めてたらしい」
「今はどうなんですか?」
「今は?…あまり見てないし連絡してないから知らないけど。」
家を出たのは、赤を裏切ってここに入る時だ。風の噂で美咲と仲違いしていると聞いていたのだろう、八田君はどうするつもりなんだと言う親の言葉を遮って家を出たのだ。
「こんな事を言うのもアレですが親には会っておいた方がいいですよ」
そう言う秋山の顔は寂しそうだった。そんな顔、するなよ。そう手を伸ばして抱き寄せてやると華奢でありながらも筋肉のある身体がびくりとする。人と人の触れ合いがどうも苦手、らしい。かく言う自分も得意ではないが。彼は人当たりの良さそうな人間の振りをして実は中に踏み込んでくるのを恐れる。
「俺、あんたの事好きなんだけど」
「あ、はい。どうも」
「どうもって…それで、次に行きたいんだけどいいですか」
きょとんとした顔で彼はえ、と驚いた顔になりながら答える。でも、俺は伏見さんの想像している以上に穢れています。それでもですかと。
「穢れてたらしたらいけないのか」
「いや、あの」
「世の中にはお前よりも汚い奴もいる。けどそいつらだって情を交わす事もあるだろ」
だから、俺もお前と触れ合いたい。これはいけないことなんかじゃないと思う。だから、今度の定時あがりできたら、俺の部屋で色々話したい。そう言えば彼は少しばかり逡巡した顔をして、わかりました、宜しくお願いしますと頬を赤らめて答えたのだった。
まだ手も繋がないけど
END
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