※マギ
※シンドバッドとジュダル
※アルサーメンはシンドバッド達が倒した捏造
小さな頃からそいつらは周りを離れることは殆どなかった。今思えばそれは催眠術の様な暗示の様なものだったのだろう。
ガキだった自分はあっさりとその暗示に掛けられてそれからずっと、最近まで奴らの操り人形だったのだ。情けない。時々、何かが靄にかかったかの様なそんな不思議な時があった。それはもしかしたら、なんて今更考えても意味がないのだけれど。けれど、あいつらがいたこの国に自分の居場所はない。仲良くしてくれていたのだろう紅玉はもしかしたら挨拶なしで消えると哀しむのかもしれない。だって彼奴は煌の中の奴らの中でも一番黒く染まり切らなかった奴だから。そう考えると、やっぱりあのチビのマギの定めた王の器だと言うアリババに近いのかもしれない。今となってはもう何も残らなかったのだ。夜の月の綺麗なその日、そっとその窓から蹴ってその国から飛び出した。
+++
煌帝国の神官であったジュダルが姿を眩ましたと情報を受けたのは、アルサーメンが壊滅して翌日の事だった。その連絡を寄越してきたのが、彼とは少なからず信頼があったという紅玉だった。彼女が悲しみにくれていたのだろう事は彼女の目元を見れば嫌と言うほどわかった。居なくなって一週間という期間を聞くと、彼らが消えるのを何と無く理解していたのだろうか。
マギとして、役目を失った彼が後ろ盾のあった場所から姿を晦ますのもある意味当然の行動かもしれなかったが、彼の行きそうな場所を知らない自分にも少し内心おどろいていた。結界を容易く破ってはからかいにやって来ていたジュダルと、神官であったジュダルの行動は違っていたが。もしかしたら、それはアルサーメンの束縛から逃れていた微な素のままのジュダルだったのかもしれない。泣き崩れる紅玉に情報が入り次第連絡しますからと何とか落ち着かせて後ろに控えているジャーファルに彼女を案内するよう指示を出す。
駒として利用されていたに過ぎなかった魔法使いは、忽然と姿を消しー、数週間後八人将の一人であるマスルールと彼と同じファナリスであるモルジアナによって発見される事となる。
+++
マギというのは、あらゆるものから魔力を受け取り、力へ還元する能力がある。けれどそれは、あくまで体力がある時の話である。こうやって、体力も底をつけば魔力を受け取り魔法を使う事も叶わない。出てくる時にくすねて来た桃もさっき(とはいっても数日前の事だ)も底をついてしまい、最悪盗っ人紛いの事でもするしかないかと思いながらパタリと倒れた。もう腹にも何も残っていないし、疲れた。残っているのは最低限の防御するだけの魔力だけだ。それでも此処は獰猛な野獣が住んでいる巣窟でもなさそうで安心すると睡魔が襲って来て気づけば意識を手放していた。幸せな夢を見ていたそんな気がした。ぴちゃんと水の音に意識が引き揚げられる。目を開けると其処は知らない部屋だった。辺りを見回していると扉が開き男が数人入ってくる。一人が主格の奴なのだろうか。やたらと装飾具が豪華だ。誰だろうか、それでも懐かしい気がした。そうして気づいた。
「…大丈夫か、ジュダル」
「シン、様子がおかしいですよ、ジュダル?」
「……が…な…か?」
「え?」
「それが俺の名前なのか?」
その時気づかされた事は己の事も目の前にいる奴らも今までの事も何一つ知らないことだった。緑のクーフィーヤをした男は口をポカンとし、呆然とした。
「おい、冗談が過ぎるぞジュダル」
そう言うのは最初に声を掛けた男だが悪いけれど冗談でもないのだと言えば彼は驚きのまま固まった。けれどすぐに笑ってぽんと頭を撫でてくれた。此処にいればいい、お前が何者か思い出すまで。お前に害をなすものは此処にはいないから、と笑う彼は酷く嬉しそうに笑った。
記憶を失ったけれど不思議と不安は少なかった。周りに漂う白い鳥のような存在がいるからかもしれない。この鳥のような奴らはルフと言うのだという。この国の魔法使いなのだろう少年が教えてくれた。そして、自分は彼と同じくマギと呼ばれる存在で彼よりも魔法に長けていたと言う。あまり想像出来ないが。そんなに、自分は出来た奴なんかじゃないのだ、と何と無く理解していた。
「シン、貴方とジュダルの関係を今更責め立てるつもりはありませんが、一つ。」
彼の部屋から出て直ぐに横にいた政務官であるジャーファルが口を開く。ジュダルとの関係を何とかして下さいと言いながらも彼に直接手を下す事が無かった優しい、部下。何だ、と執務室の扉を開きながら言う。
「いくらジュダルとは言え、彼は記憶がないのですから記憶の無い不安定な彼を抱くなんて野蛮な事はしないで下さいね。」
「なっ、」
あからさまな言葉に詰まらせているとジャーファルは、別に貴方の性欲に戒めをしているのではありませんよ、と言う。
「ヤムライハの見立てでは不安定な状態では何が起こるか分からないそうですから、下手な刺激は危険でしょう。」
だから、暫く貴方は我慢なさってくださいと政務官の言葉に頷くしかなかったのである。
「記憶がないけどやっぱり君は僕よりも数倍もルフと仲が良かったんだね。」
そう言ったのは、同じくマギだというアラジンだ。彼と彼の師匠であろう女の魔法という技の見ていてふと、同じ物を創り出していた。氷の、花弁。アラジンの作った炎の花弁の言葉に様な魔法の方が何倍も綺麗だと思った。もしかしたら、自分は汚れている人間なのかもしれないと、何と無く思った。それはきっと体に染み付いた何かが教えているのかもしれなくて、胸が苦しくなった。記憶が無い分、人から与えられる感情の視線はより強く感じる。シンドバッドという男がどう説明したのかは知らないが生温い中で時々感じる強い憎しみの感情。何と無くそれで理解した。
「あの」
「…誰」
「シンドバッドさんに頼まれて貴方にお食事をお持ちしました。」
赤い髪の女はそう言って、持っていた籠を寄越す。最初の日、シンドバッドに紹介されて何と無くは知っている。確か、モルジアナという奴だ。
「記憶が無いのは怖く無いのか」
「……其れほどは怖くないです。」
私には同じファナリスのマスルールさんも語りかけてくれたアラジンも、アリババさんもいるから、という彼女の顔に嘘は無かった。
「モルジアナ」
「あ、マスルールさん…」
ひょこりとやって来たのはモルジアナと同じファナリスだという男だ。約束の場所にいなかったという言葉に彼女が謝る。何もないなら其れで良いと言う彼の周りにあるルフは少し揺らいでいた。ルフが揺らぐのはその人物の感情の揺らぎでもある、とあのアラジンは言っていた。ルフは嘘をつかないからねとも。もしかしたらそうなのかもしれない。
「…ジュダル、今いいか?」
彼らと入れ違いで入って来たのはシンドバッドだった。
溜め込んだ仕事を何とか処理してやってきたのは、ジュダルにあてがっている部屋だった。先程歩いていたモルジアナに食事の運搬を頼んだものの、心配でやってきてしまった。入れ違いでマスルールとモルジアナとすれ違ったが、若干、彼が機嫌が悪かったのでモルジアナとジュダルに何かあったのかと彼を見るもののいつもの姿だった。
「具合はどうだ?」
「いつも通りだ。シンドバッド、心配性なんだな。」
そう笑う姿は過去のジュダルそのものなのだ。ぽんぽんと頭を撫でてやれば彼は照れ臭そうに笑うのだ。
「…何か思う事はあったのか?何だかいつものお前らしくないからな」
「時々、変な夢みてぇなのを見るんだよ。俺は、人を沢山殺して笑ってる。でも、それが嫌じゃない感じでさ。もしかして俺はそうゆう奴だったんじゃないかって…」
何と無く見ているその夢がかつては彼が行っていた事なのだと簡単には言えなくて黙るしか無かった。けど、と彼は続ける。
「けど、時々幸せな気分になれる。誰かの腕に抱きしめられてて。おかしいよな。俺の親はもういないってのにさ」
自分の親がこの世の何処にも存在しない事はアラジンに聞くまでもなく、彼は悟っていた。周りのルフが教えてくれたという言葉に記憶を失っていてもやはり彼はマギなのだと改めて実感する。
「もしそうだとしたらどうなんだ?」
「あー人殺しに関しては、俺はもうそういうのしたくねぇかも。けど、もう一つの夢だったら相手はお前だったら嬉しいかもしんない」
唐突に揺さぶる言葉をぶつけてくる彼は本当に手に終えない。そんな事を言うな、なんて言っても彼は信じないし分からないだろう。
「…そう、か」
「おう。…今の聞いてたか?」
「ああ…」
ちらりとジュダルを見るとまるで林檎の様に赤く染まっていた。あれ、もしかしてと見ると観念した様にジュダルはつまりは俺はシンドバッドが好きだって言ったんだけどと呟いた。頭の片隅に彼は記憶がなくて精神状態が不安定だという事は念頭にあった筈なのに、彼の言葉を前にしたら何の意味もなく吹き飛んでしまった。そして彼をそのままに、唇を塞いで唇を貪る。
「ん、ふ…っ、ぁ…?、あ、れ、?」
ふと彼の周りのルフが異なる動きをしていた。それはー前にこっそりと遊びに来ていた時のルフの動きに似ていて。まさかとジュダルを見ると彼は驚いた様に前を周囲を見回した。
「ジュダル、俺が分かるか?」
「……ああ、バカ殿だろ?知ってる。…そっか、俺、結局此処に来たのか」
まるでおとぎ話の様な話だが、キスでジュダルは一切の記憶を取り戻したようだった。当然ながらその間の話や出来事は入れ替わった様に覚えていなかった。
「本当はさ、誰にも悟られない様に消える予定だったんだぜ?忘却する命令式とか考えてたんだけど。あの親父どもが消える前後から魔力が上手く出来なくて、結局無理だったんだけどな」
「もしかしたら、黒いルフが消えかけていたのかもしれないな」
お前も最初は堕転などしていない赤子だったのだから、と言えばジュダルはそれでも俺は彼奴らの手ごまだったさと言う。
「やはり戻りたいのか?」
「戻ったって何も残ってない。だったら俺はユナンみたいに旅人になるのもいいかもしれない」
だからもう少しだけしたら消えるから安心しろよ、バカ殿と言った彼にどうしようもなくて後は、記憶が朧げになるまでに彼の身体を離さないとばかり彼を抱いた。結局、ジュダルは抱いた後の倦怠感でぼろぼろになっていて一週間は寝床から離れられなくなってそれを見て政務官の彼がため息をついたのは別の話。
創世の魔法使いをやめた魔法使いと王様のはなし
END
←