※黒子と黄瀬
「黄瀬君は、僕の事を何度も何度も誘いますが、僕から言わせてもらうなら君の処こそ、宝の持ち腐れじゃないんですか」
海常戦から何回となく誠凛へ来ては、うちへ来ないかと恐らくは本気なのだろうと思われる打診をしてくる。返事も、お決まりなこちらの拒否とあちらの悲嘆にくれる彼の声があるのだけど、彼は諦めずまだ何回も同じ事を繰り返す。時たま、その中に火神との1on1も含まれていたが、(結果はいつもどっちもどっちの所で監督や主将のストップの声がかかるのであやふやなのがお互いに歯がゆいようだった)基本的にはそれだった。それに、自分が彼が来ているのに気づかなくてもこの学校の女子生徒のざわめきで大体彼の来訪を感じるのも割と頻繁だったのだ。何しろ彼は高校生モデルなのだから。
「黒子っち?何で?」
きょとんとして聞いてくる彼にあぁ、本当に気づいていないのかと理解する。最初のは、あの体格のいい、監督の言葉だったのだ。それにカチンと来たそれだけで。勿論、監督の言葉と思惑を覆してやったのだけど。そして、感じ取ったのは試合の最中から、終りに掛けて。伊達に人間観察を趣味としていない。
「本当に、気づいていないんですか。黄瀬君」
琥珀の瞳が薄っすらと細められる。その目は、気付いている。気付いていながら知らないフリをする。道化師になって知らないでいる黄瀬涼太を演じている。モデルでもあるので彼は演じる事を得意としている、というよりは無意識のうちにそれをしているようだ。そしてすっと寂しそうに瞳を伏せる。
「それでも、俺を必要としてくれてるッスから…」
帝光の時代、あの頃の事だろうか。開花してしまった彼は一体何を彼に告げたのかは知らないけれど。きっと、傷ついたのだろう。彼は鈍感な様でいて実は酷く繊細だ。感情の起伏が色々あって羨ましい(自分は表情に出にくい)けれど、彼はその感情の変化に敏感で、向けられる感情にも繊細にも感じる。求められる事に自分の存在意義を感じているのだろう。
けれど、彼は知っている。仲間の数人程しか真実にチームメイトとして見ていない事。
「…教育係の言う事は聞いておいた方が良い、と教えた筈なんですけど」
中学時代の言葉を出せば苦笑いして、高校になってその教育係の生徒は愚れたんスよ、と言った。だって、高校生にもなれば反抗期になるっスよと言う彼にはお得意の営業用の笑顔が張り付いている。本当にモデルというのは時に厄介だなと思う。こんな時くらい、素の彼を出してもいいのに。
「だったら、また一から教え直すだけです。黄瀬君。」
「もー、黒子っち?どうかした…ん、んんっ」
首を傾げている彼にぶらぶらとしている彼の制服であるネクタイを引っ張って唐突に唇を重ねた。甘い。さっき食べていたチョコの味がする。そうでなくても彼の唇は甘いのだと知っているのは、彼との関係がただの中学時代のチームメイトだけでない、関係なのだけど。最初は懐かれた犬ような感じだったのに彼が別の人に懐くのが嫌だって気づいた時にはもう後戻りが出来なくていたのだ。そして、唐突に彼との自主練の最中に告げた。「好きなんですけど」という言葉に彼は最初は友人のそれだと思っていたらしいけれど、それは直ぐに理解したらしく今もその関係は続いている。それは彼も恐らく無意識に想っていてくれていたということだ。いくら憧れてるだのなんだと言って其処まで付き合う人などいないだろう。バスケ部をやめてしまってからは殆どふれあうことが無かったけれど、それでも彼へは定期的にメールをしていた。それが彼と自分を繋ぐただ一つのツールだったと思っていたのかもしれない。会えば、何かが壊れるのではと危惧していた。それが落ち着いた頃に、彼はやってきたのだ、高校に。実際に顔を会わせるのは数ヶ月ぶりだった。恋人としては、嬉しい出来事だった。それから、少しずつ会う機会が増えているのに内心嬉しいのは彼には内緒だ。彼に言えばお喋りな彼の事だから直ぐにバレてしまうのは何だか癪だ。
「…無理なのは知ってます。ただ、独占欲も性欲も人並にあるって事を伝えたかっただけですよ」
そう、言って手を握って歩き出した。後ろであ、とか、う、とか言葉にならない音を出している彼の手をぎゅうと握り締めた。
「さて、マジバの後どうしますか、黄瀬くん」
暗にこの後の様子を聞いてやれば彼は一瞬だけぽかんとした顔を見せてすぐにふわりと笑って、お邪魔じゃなかったら黒子っちの家に行きたいっス!という声にいいですよと笑えば彼もそっと幸せを噛み締める様な笑みを浮かべたのだった。
一応、彼氏ですから。
勿論、翌日が休日なのが分かって彼を呼んだのだけど、とは自分の弁である。
end
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