※財前と金太郎
同じ小学校に通ってはいたものの、顔など殆ど見た事がなかった。
「?何の事や、財前」
「金太郎の事すわ」
「あー、そうや、自分ら同小やったっけ?けど、あんだけ賑やかなんやから顔くらいあるんとちゃうんかっちゅー話や」
視線の先にはその話題の人物である遠山金太郎。賑やかに騒いでは、一氏や銀に見守られている。その笑いとかは大阪やし、嫌いではないけれど。
「…あー、俺、先輩らと会った時と同じで殆ど人と話したりなんてなかったんすわ」
せやから、金太郎とは殆ど顔も知らん感じやった。ただ、彼の噂は知っていた。…悪童。先輩も後輩も関係ない。意に沿わない相手は倒してしまう。小柄な小学生にそんな事が出来る筈がないのだと、思って過ごしていた自分にそれを疑う日が来ようとは思いもよらなかった。…まぁ、今の自分も充分に昔の自分から見たら信じられない世界かもしれないのだが。
「おい、自分ぶつかっておいて謝罪もないんか?」
「やから、謝ったやないすか」
はぁ、面倒くさ、と外を眺める。ただ、肩がぶつかっただけで痛がるなんてどんだけ柔な骨してるんだと思いつつも謝れば相手が難癖つけているので謝れば、また色々と言う。やれやれと思っていると、一瞬、風を感じて目を閉じた。
「面倒な奴やな、あんた。謝ったら終りでええやろ」
再び目を開けた時は其処には難癖をつけてきた奴らは遥か後方で折り重なる様に倒れていた。そして、それをしたらしい奴は、赤い髪の少年だった。自分より小さな少年。驚いていると彼はにっ、と笑ってあぁ、もしかして兄ちゃんの知り合いやった?などと聞いてくる。
「別に、知り合いちゃう。ぶつかって難癖つけられててどうしようか考えてただけや」
「ほんならええわ。」
ここら、そうゆうの多いから気を付けた方がええで、とその少年は駆け出して行く。まるで、過去にもそんな事があったかのような口振りに首を傾げた。まさか、後日友人が悪童の事があの少年である事を彼であると知らされるまでは全く記憶から薄れていたのである。
「財前、中学の先輩にいちゃもんつけられたんやって?」
「?あぁ、けど途中で知らん奴がそいつ等倒してたから俺の所為ちゃうで」
「悪童か?」
「知らん奴や。赤い髪のやたら賑やかな奴や」
まぁ、大阪の人間ならば殆どの人間が騒がしい感じの人間ではあるのだが、その中には自分のような騒がしくしない人間もいるにはいるのでそれはそれであろう。するとその話を聞いていた友人が何か考え込む仕草をしてあ、と思い出した様に声を出した。
「それが、噂の“悪童”やで!」
悪童が同じ小学校だというのは噂で知っていた。知っていたが、まさか自分よりも学年が下の少年だとは思わなかった。そして、あの怪力。少し、興味が湧いた。だが、同じ小学校で、年下の学年というキーワードだけでは彼を捜し出すなどという事は不可能ではないが面倒だった。もしかしたら一度会えるかもしれないなという程度の考えで、日々を過ごしていた。その中で親戚が家に遊びに来た。夏はそういった恒例的な事がある。別に泊まりに来ても自分は何もする訳ではないのでどうでもいいのだが、その中の一人の少年がどうやらスポーツの部に入部したらしく、練習したいと言い出して外に連れ出されたのである。
「近くでテニスコートって何処にあるんや」
「…なんで俺までこなあかんねん」
「ええやん。光、いつも家に閉じこもってばっかりの生活なんやろ、母ちゃんが言っとったで」
まだ小学生なんやから、外で身体動かしや、とその彼は目星を付けたらしいコートへずんずんと進んで行ったのである。
全くもって、不条理であると思う。
「ほな、いくで」
ぽんぽんとボールを打ち出すその姿はそれが好きなのだろうというのが伝わって来る。けど、相手はルールが分かってるからいいが自分はどうしたらいいのか分からず来たのを取りあえず返しているのが現状である。暫くして彼が「もしかして、光、ルール知らんのか」と聞いてくるまでそれが続けられていた訳で。
「そうや。」
「ふぅん…じゃあ、俺がちょっと教えてやるさかい。」
「別に知らんでもええ。俺が部活に入る訳でもないし」
「そやけど、知っとった方が楽しめるや「おーい、兄ちゃん!」」
会話の中に響き渡る高音な声に会話は否応にも中断された。何だと振り向けば其処にはあの悪童がテニスラケットをブンブンと振っていた。足下を見ればボールが落ちていた。くれという事らしい。
「なぁ、自分ら今来たばかり?」
「そやで」
「やったらワイも混ざらしてくれん?相手おらんで詰まらんねん」
むぅと言う顔が幼く見えた。相手の彼はええで。其の前にこいつにルール教えなアカンけど、と前置きをした。
「ルールなんて、そんなんええやん。やってる内に分かるで!」
にっこりとその少年が笑って、それもそうやとテニスは再開された。一つ違うのは先程よりも少しだけそのテニスが楽しかったという事だった。其の日を境に彼はテニスコートにやってきては一緒にしてくれとせがむ。頼られるのは悪い気がしなかった。
「金太郎、お前またかい」
「おん。やって光と会話しながらするの楽しいんやもん」
やれやれとその頭を撫でてやった。それは自分が小学校を卒業するまで続いた。卒業式には涙を浮かべて、中学また一緒にやろうなと笑うその姿がああ、絆されていると分かる程に自分が彼に傾倒しているのを実感する程だった。
「光、一緒に帰ろ!」
「部長はええんか」
「ん〜?白石?別に?何も言われてへんし」
おせっかい、基心配性らしい部長は何かと彼の面倒を見ているので帰りも彼が一緒の時が多い。けれど肝心の本人は全く気づいていなかった。ま、ええかと納得し、一緒に帰る。その帰り道の途中でテニスコートに立寄り彼と打ち合いをする。
懐かしい。此処から彼と知り合ったのだと、打ち合いながら思う。
「金太郎」
「ん?」
「これからもずっと一緒や、でっ」
「っ、おん!」
最高の笑顔がはじけた。
今はこれくらいで
END
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