※黒子と黄瀬
僕だって、君のことが好きなんですと彼に言ったなら彼はどんな顔をするのだろう。いつだって彼の感情はまっすぐで、眩しい。自分を影としているならば彼は太陽に焦がれた天使なのかもしれない。
「…まーた、来てるのか、黄瀬」
「ええ。」
呆れた様に言う主将は苛々とした表情を眼鏡越しに見せている。眼鏡をした知り合いも割と表情に出るけれど彼よりも如実な表情だなと思う。彼の場合は、周囲の人間が一癖も二癖も厄介だったのもあったのか彼の表情はあまり注目されなかった。その視線の先には、誠凛のエースの火神と1 on 1をしている海常のエース、黄瀬涼太がいる。最早見慣れた光景で何も思わないらしく一年のチームメイトも驚かなくなった。ただ、彼も一応モデルなのであってそれを見ようと女子生徒が来るのにいらいらとする監督は最早名物となっているのかもしれない。最も彼女がいらいらしているのは練習メニューを見られてショックを起こす女子がいるのが面倒な為らしい。一度どうしてですかと聞こうとしたら彼女はかたくなに教えてはくれなかった。
「にしても、あの黄瀬くんて…見る度に誰かの技を模倣してるのよね…」
ぽつりという、監督の言葉に彼を見る。彼の特技。彼のカラーでもある模倣だ。それは、その技を進化させることも可能となった彼の技。見る度に進化しているのは、きっと間違いではないのだろう。
「ってぇ!」
「おいおい、黄瀬勝ったよー。」
「挑発に乗った挙げ句、負けるとは何事だっつーんだ!ダァホ!」
「すいません、です」
見れば、今日の勝負は黄瀬の勝利だったらしく尻餅をついている火神とその彼に手を伸ばしている黄瀬がいた。その力の加減が分からなかったのか二人がぐちゃりと倒れた。正確には、火神の上に黄瀬が倒れ込んで来たのだ。それは、何て事の無いアクシデントだったのに。それを何かが違うと思わせたのは、火神の表情だった。まるでゆで上がった蛸の様に顔を赤くさせていた。殆どの事では彼は顔を赤面するなどない(怒りにまかせてというのならばあるのだけど、)。その彼の赤面を見た時に、違和感とも言うべき感情が身体を支配する。其の日は何をどうして部活をしたのかあやふやだった。
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「…黒子っち、具合、悪いんスか?」
「は?」
「だって、俺がいつも話してると黒子っちうざいですとか五月蝿いですとか言うじゃないスか。それが何も言わないで聞いてるなんて…」
何かあったのかと思うのが普通じゃないスかと言う彼の瞳は、あの頃と殆ど変わらない。少しだけ、ほんの少しだけ大人びた表情をするようになった。負けを知って少しだけ大人に成った。
「…黄瀬くんは僕の事が好きなんですか」
唐突に聞いてみたくなった。驚く程自分の声はすらりとその単語を出していた。僕の事好きなのか。
「勿論スよ。好きじゃない人の所にこーやって足繁く通ったりする筈ないじゃないスか。俺、こー見えても一応モデルやってるんスから」
「違います。」
「はい?」
「僕が聞いているのは友愛の好意ではありません。恋愛感情における好意です。」
好意について言えばぽかんとしている彼はお世辞にも雑誌に掲載されているような高校生モデル・黄瀬涼太とは言えない。そして、薄らと肌を紅潮させてあーとかうーとか単語に成らない言葉を発している。
「…ごめん、黒子っち。幻滅したスよね、俺と同じ男の癖にって」
琥珀色の瞳には薄ら水気の膜が貼っていて泣き出しそうだと思った。ごめん、と繰り返す彼にやれやれと息を吐き出すと殊更に肩をびくつかせる。
「…黄瀬くん。」
「う、あ…」
「今日、君は火神くんと1 on 1をやっていましたね」
唐突な言葉に涙になりながらも彼はこくりと頷く。その時に、自分が見ていたのもきっと彼は知っているのだろう。
「最後、火神くんの上に倒れ込みましたね」
「あ、うん。思いのほか火神っちの力強くて、それで」
「その時、僕は不快感でした。知ってましたか、その時、火神君顔を赤くして君を見ていたんですよ」
そう言えば彼は知らなかったっすと言う。だから、とそっとその涙を拭ってやる。僕はその時気づいたんですよと囁けばぽかんとした瞳とかち合う。こういうときの彼の瞳は好きだ。
「僕も、黄瀬くんが好きなんですよ」
だから、チームメイトでもなんでも君の事で顔を赤くされるのは不快だったんです。僕も人並みに独占欲を持っているので。そう言えば涙がぼろぼろと溢れてそして、ぎゅうと抱きつかれた。少しだけ、汗臭い。けれど、嫌いじゃない。この汗は中学時代から知っている物だから。教育係だった自分に何度も何度も抱きついて来た一番下っ端だった彼の汗の匂いを知っている程に側にいたのだ。
「黄瀬君」
「はい、黒子っち、ん、んぅ」
彼の高校の制服のブレザーであるネクタイを引っ張って顔を近づけさせてそのままに唇を塞いだ。甘い味がした。女の子とのキスをした事がないという訳ではないけれど、それでも彼とのキスは思ったよりも甘くて少しだけ柔らかかった。
驚いている彼の唇を舌で舐めるとそれは簡単に開いていとも簡単に舌の侵入をさせてくれる。そのままに無防備なそれを絡めとって息を貪る勢いで長く長くキスをする。ああ、信じられない。女の子にだってこんな急に求めたりなんてしないのに、これじゃ飢えた獣みたいじゃないかと思うけれど。それでもきっとこの彼は受け入れるのだろう。そのキスを蕩けた目で受けた彼にそっと今度は鳥のように優しいキスをちゅ、と唇に落としてそっと愛を囁いた。
僕も、君がすきですよ
END
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