01




交通事故に遭った。

多分、私は死んだのだと思う。

だって今、私は幽霊になっているから。



しかも、江戸時代のようなところの幽霊になってしまったようだ。

でもここは私の知っているはずの江戸時代とは大分違う。江戸時代のはずなのに、電柱がある。テレビがある。車がある。あと、着物の人がほとんどだけど洋服の人もちらほらいる。それから宇宙人みたいなのも。

初めはここが天国なのかと思ったけれど、私の声は誰にも届かなかったし触ることも叶わなかった。だから私は幽霊としてここにいるんだと思う。

これは夢なんだろうか。それにしては意識がはっきりとしすぎている。でも痛覚や空腹感もない。眠気はあるけど目を覚ましてもこの世界のまま。やっぱりここはあの世っていうやつで、私は死んだのだろうか。



誰の目にも映らないまま、誰とも会話が出来ない幽霊生活も一週間もすぎれば慣れてきた。たくさんの人が行き交うお昼時。日課の橋の上で人間観察をしていた時だった。


「…………………」
「…………?」


天パの、しかも白髪?銀髪?の男の人がいた。その人と目が合った気がする。

でもほんの一瞬だったので気のせいかと思った瞬間、また彼がちらりとこちらを見たのでなんとなく私も見つめ返す。


「……………」
「……………」


じっと見つめ合って(?)いる中、橋を歩く人がいつものように渡しをすり抜けて歩いていく。幽霊だからね。

その瞬間、男の人のやる気の無さそうだったぼけっとした目がぐあっと開かれ顔が青くなっていった。人が私を通り抜けて行く度にこれでもかと言うほど彼の顔は青くなっていき、彼は震える指を私に向けて口をパクパクさせ始めた。

明らかに彼は私を見ている。私を指差している。
鼓動が高鳴る。
まさか、まさか!この人!!


「………私が見えるの!?」
「ぎ、ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!」


銀髪の彼は悲鳴を上げて橋の真ん中でぶっ倒れた。


物凄い悲鳴を上げて倒れた彼の隣を歩いていた眼鏡の男の子(私と同い年くらい)とチャイナ服の女の子(中学生くらい?)が驚いた。

二人は暫く天パさんを揺すって名前を呼びかけていたが、起きる様子のない彼をチャイナ服の女の子が担いで物凄いスピードで走り出した。何あの子すごい。



幽霊生活一週間の初めて私を認識してくれた貴重な方なので勿論後を追いかけた。チャイナの女の子は足がもう兎に角早かった。男の人を抱えてるのに。何者なんだろう……。でも倒れた人そんなに振り回して走ったら危なくないか。幽霊の私でも追いつけなかったので、普通のペースで走る眼鏡の少年の後ろをついていった。


到着した先は病院かと思いきや彼らの住んでる場所なのかなんなのか、“万事屋銀ちゃん”と看板が下がっている家だ。1階はスナックだった。

やや乱暴な手付きでチャイナちゃんが銀髪の彼をソファーに投げつける。彼女にも『銀ちゃん』と呼ばれていたし、彼が“万事屋”の店主なのだろうか。万事屋ってつまり何屋さんなんだろう。そもそもなんて読むんだろう。

眼鏡くんが濡らした布巾を“銀ちゃん”の額に乗せたり、体温計を探したりなどごく普通の介抱をしている横でチャイナちゃんがいちご牛乳を持ってくると“銀ちゃん”の口めがけて勢いよくぶっかけた。この子さっきからとんでもないけど大丈夫?


「ぶべぁ!?」
「おお!起きたアルか銀ちゃん!!大丈夫アルか?」
「神楽ちゃん何やってんの!!起きるどころか拷問だからそれェェェ!!」
「ごぼェ……いちご牛乳が目に入ったァ……」


チャイナちゃんと一緒に目を覚ました“銀ちゃん”を覗き込んでいると、いちご牛乳濡れになった“銀ちゃん”は目を擦ってから正面を見たが、私を捉えた瞬間また目をぐあっと見開いた。やっぱり見えてる!


「ね、ねえ、私のこと見えて」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」


また気絶された。

あれから布団に寝かされた“銀ちゃん”は一時間程うなされながら眠り続けた。眼の前にいてまた気絶されたら嫌なので今度は居間のほうで寛がせてもらっていた。

チャイナ服の女の子“神楽”ちゃんは“銀ちゃん”の介抱に飽きたらしく外に遊びに行ってしまい、眼鏡の少年“新八”くんは掃除をしたり洗濯をしたりと家事に勤しんでいたが、ついさっきどこかに出掛けてしまったので絶賛ひとりぼっち中だ。

物に触れればテレビでも見れるのになあと思いつつリモコンをふわふわとつついていると“銀ちゃん”が寝ている部屋の襖が開いた。


「あ゛ーー……なんか変な夢見ちまった……。新八ィーー茶いれ……」
「お邪魔してます……」


ぼりぼりと頭を掻いた姿勢で私を見て固まり始めた“銀ちゃん”に頭を下げるとみるみる顔色が悪くなる。目がぐあっと開いた彼を見て慌てて声を掛ける。もう気絶されるのは嫌だ!!話も進まない!!


「待って!!落ち着いて!!急に話しかけて怖がらせてほんとごめんなさい!!」
「おっおま!おまえ!なんっなんで……。ゆ、ゆゆゆ夢じゃなかっ………ぎゃあああああああ!!!!」
「落ち着いて落ち着いてってば!!あなたに危害とか加えないから!お願い落ち着いて!!」


ソファーを挟んで二人でじりじりと動きながら大騒ぎをする。きっとここに誰かがいたら“銀ちゃん”が一人で大騒ぎしているようにしか見えないのだろう。どうどうと言い続けていると“銀ちゃん”は段々声を落としてきたが、顔は青いままだ。


「驚かせてごめんなさい、私ただあなたと話がしたいだけなの」
「なっなんの?どんな話だよ……俺はJKに恨まれるような事した覚えねえぞ!?」
「恨んでないです。あなたとは初めて会ったし。呪ったりとかそういうのは絶対しないから大丈夫!!」
「そ、そうなの?じゃあお前アレなの……?ゆ、ゆうれ、」
「まだ死んだって確信してないから!!」
「あっそうなの?じゃあ違うのね?ただちょっと透けてるだけのJKってこと?」
「まあ、交通事故に遭った記憶が最後だけど」
「やっぱり幽霊じゃねえかァァァァ!!!!」


再び喚き始める“銀ちゃん”に頭を抱える。このおっさんダメだ……!イライラしてきた私は喚いている“銀ちゃん”に負けじと大声で話しかける。


「確かに幽霊的な存在だけど!!でも私ここで事故った訳じゃないのに気づいたら江戸にいたし私を認識したのはあなたが初めてなの!!」
「なにそれェ!逆に怖えよやめてくれよォ!!俺霊感とかないからね!?俺に憑いてもいいことないってマジで!!」
「だからなにか関係あるのかと思って!!」
「ねえってば!!!!いやほんと俺ダメなんだってそういうの!よく見たらカワイイけど幽霊は幽霊じゃん無理無理無理ィ!!」
「じゃあなんで私が見えるの!?」
「知らねーよ俺が知りてェよ!!」
「あなたの先祖か子孫が私を轢いたとか……?」
「やめてェェェ!!俺呪われんの!?呪われてんの!?」


「さっきからギャーギャーうるせえんだよこのクソ天パァァァ!!てめえを呪ってんのは貧乏神か疫病神だろうがァァァァ!!」


二人で大声で会話をしていると突如お化粧がバッチリのマダムが登場した。物凄い剣幕に私は驚き悲鳴を上げてしまったが、知り合いなのか“銀ちゃん”は彼女に助けを求めた。


「ババア!!助けてくれェ!!JKの幽霊が俺を呪おうとしてくるゥゥゥ!!」
「はぁ?ついに頭ヤられたのかい。ジャンプの読みすぎだよ!現実逃避してないでさっさと家賃の一円でも稼いできな!!」


マダムは“銀ちゃん”頭を叩くとふんと息を巻いて去ってしまった。
彼女の拳骨に床に沈んだ“銀ちゃん”は痛みで冷静さを取り戻してくれたようで、床から起き上がる頃には声を荒らげなくなっていた。


「………だ、大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃないよね。君が目の前にいる時点で俺の心が落ち着くことはまずないよね」
「す、すみません………」


「「……………」」


気不味くなってしまい二人で向かい合った状態で無言になる。

何を話せばいいか分からなくなった私はとりあえず今までの自分に起きたことをぽつぽつと説明を“銀ちゃん”に話していた。


交通事故に遭ったこと。
起きたら過去である江戸時代にいたこと。
私の知る江戸時代とは違うこと。
一週間誰も私を認識してくれなかったこと。
初めて目が合い反応してくれたから着いてきたこと。


大方話し終わりまた口を閉じると黙って聞いてくれた“銀ちゃん”が未だに冷や汗を流しながら口を開いた。


「………大体のことは分かった。そんで?俺があんたを見えちまったからって俺にどうしろってんだ。成仏させてほしいってか?ちょっと専門外なんだけど」
「ち、ちがう。私をどうこうしてほしいんじゃない。ただ、……あなたが私のことが見えるから……なにか関係あるかと思っただけで……」


“銀ちゃん”が江戸に来て初めて私を見てくれたというだけで何も考えずについてきたけれど、そこからどうすればいいのだろう。どう見ても霊媒師とかそんな人ではないし、なにか手がかりになればと思ったけど本当にたまたま私が見えるだけなのだろう。


「でも、あなたは何も関係なかったみたい……」
「…………」


はあ、と息を吐き“銀ちゃん”に向き直ると彼はびくっと体を揺らした。そんなに怖いのかな。


「………迷惑をかけてごめんなさい。もう出て行きます」
「え?マジで?」
「はい」


すくっと立ち上がって玄関に足を向ける。
恐る恐る後ろをついてくる“銀ちゃん”にもう一度挨拶をすべく振り返ると彼はまた肩を跳ねさせた。


「怖がらせてごめんなさい。あなたには嫌な思いをさせちゃったけど……久しぶりに誰かと話せて嬉しかった。ありがとうございました」


私のことは忘れて下さいと付け足して頭を下げて“万事屋銀ちゃん”を去った。

歩いていると“万事屋銀ちゃん”に向かって駆けていく“新八”くんと“神楽”ちゃんとすれ違う。立ち止まって振り返り彼らを見ると、二人の手にはビニール袋が握られている。きっと“銀ちゃん”へなにか買ったのだろう。

関係性が見えないけれど、仲の良さそうな彼らが微笑ましくて、羨ましくて、あのほんの一時のやかましさを思い出して、また一人に戻ったのが寂しく感じながら足を速めた。

今日はどこで過ごそうかな。




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