嘘吐き

如何して手を離したのですか、と単調な冷めた声が言う。
さあ何故でしょうねと笑い掛ければその顔に困ったような笑顔が浮かんだ。
「そんなもの、私が知るわけないでしょう」
「ええ、僕にも分かりませんから」
さらりと言えば、そのきれいな能面のような顔に表情が浮かぶ。
その困ったような怒ったような何処か複雑な顔が好きだ。
この思いは多分恋愛感情ではないけれど、勘違いしたままでいよう。
(それが一番でしょ?)
「大久保卿」
「はい」
「僕はあの人の手を離したわけではありませんよ」
「離してない訳が無いでしょう」
手を伸ばしたのはどちらの方だったかと最初に言われれば僕。
あの人の手を離したのはどちらだったのかと言われれば、答えなんか無い。
離れていったのはどちらだったかなんて分かりやしない。
(あの人を心の其処から愛していたのは、)
目の前の明治政府の父となる人か、それとも僕か。
まだ冷たい風が僕らの間を駆け抜けた。
「それならあの人を繋ぎとめてなかったのは誰ですか」
貴方の顔に浮かんだ動揺が可愛らしく見える。
(こうして僕は貴方とあの人をどちらも愛してしまうんですね)
(嗚呼、なんと惨め)
くつくつと笑えば貴方が意味の分からないものを見たような顔をする。

「いえ、何も無いです」
「伊藤君」
「はい?」
「少なくとも、私はあの人の手を離してなどはいませんよ」
嘘吐き、の言葉は喉の奥でとまった。





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