歌えない人魚、味覚障害の吸血鬼、不眠症の夢魔そんな黒子と赤司と黄瀬の話。
これだけだとまだ黄→←黒で赤→黒で黄黒でも赤黒でもないかもです?

※黒子の置かれている状況が悲惨
※赤司はピュアピュア
※黄瀬は女を食い物にしてるけど今回描写はとくになし


人魚は永遠を夢に見ない




もう少し、あと少し、そう思い続けてもう逃げられない。

身体に力は入らない。

水と同じように冷たくなった。

あとはもう泡になるのを待つだけだ。





黒子テツヤは人魚だった。
本来、男の人魚は生まれない。
俗にマーマンと呼ばれる男の人魚は半魚人であり醜い姿であることが多い。
あるいは海の神ポセイドンに象徴されるような雄々しい男性像。
それらと人魚は別の存在だ。
役割が違う。
人魚といった場合、背負うべき性質と半魚人として負うべき役目は違っている。
黒子はマーメイドでもマーマンでもない。
幼少期を超えて固定するべき性別が未分化のまま成長期は終わりを告げた。
半端な存在になってしまっていた。
必要な時期に栄養が足りないせいで身体が未成熟のままだ。
人魚の肉は永遠の命を授けると言われている。肉も同じだ。血もまた効力があると言われている。
黒子は生殖器を育てる時期に限界まで血を抜かれながら育ったせいで無性になってしまった。
大きくなれば超音波で水槽の強化ガラスなど割れると高をくくっていたが時間がない。

人魚には呪いがある。
種族に課せられたタイムリミット。
どれだけ健康だとしても人間の遺伝子に定められている寿命というものがある。
生物は永遠を生きられない。
人魚の身体にも寿命はあった。
皮肉なものだ。
人魚の肉を食べたものは永遠を生きられるのに人魚自身の寿命はむしろ短命。
命はとても儚いものだった。
ある条件を満たさなければ人魚は泡になって消える。
これはどうにもできない世界との約束だった。

黒子を捕まえて血を抜き続けている相手はきっとそのことを知らない。
もうこの年なので本当なら水槽から出て二足歩行することも可能だろうが今の黒子は水の中にいながら干からびた魚だ。
死を待つだけの存在。
水中の酸素量は足りず常に息苦しく、与えられる栄養は必要最低限。
その上で血を抜かれる。
逃げないための措置だとしても環境は劣悪すぎる。
さっさと泡になってしまうのが苦痛を和らげる最後の手段かもしれない。
逆に苦しんで呪いを残して死ぬのもまた他の人魚を守るために必要なことかもしれない。
そんなことを思う。
人魚はその特性のため年々減少している。
同胞のために自分の命を使うのも一つの選択かもしれない。






















・味覚障害の吸血鬼




ふと今更気づいたように黄瀬は言葉を止めた。
口にしていたことが近状報告としてつまらなかったということかもしれない。

「赤司っち、去年からずっとそれ飲んでるよね。美味しいんスか?」

黄瀬の言葉に赤司はワインボトルを見る。
一杯だけにするつもりがもう一杯飲みたくなる魅力的なワイン。
それは去年までの話だ。

「気になるならあげようか」

使っていないグラスにワインを注いで見つめた後で黄瀬の近くのテーブルに置く。
ゆらめく真紅の液体にため息を飲み込んだ。
赤司の憂鬱を読み取ったのか黄瀬は恐る恐るグラスを持ち上げて回す。
テイスティングのつもりなのか「いい香りっスね」と口にする黄瀬を赤司は冷めた目で見た。

「あれ? なんかあっさりしてる。水みたいっスね。しかもミネラルウオーターじゃなくって水道水? いや、井戸の水かな」
「一本一千万円、限定千本程度しか生産されない極上のワインだ」
「これが?」
「品質が落ちたんだ。去年の出来は最高だった。一昨年もよかったが去年は飲むのがもったいないほどに虜になったよ。去年のウチに買い占めていれば良かったな。今年はオレだけに売るようにと契約をしたのにこんな品質なんてね」
「買い占めたんスか?」
「それが悪かったのかな。味が落ちてしまった。売れることが保障されると人は品質向上させる気にならなくなるのかな。残念だ」
「まあ、手を抜いても売れるっていうならそうかもしれないっスね」
「製造元に問い合わせたいところだよ」
「クレーマーっスね」
「金を払っているんだから当然の権利だ。やらないけれど」

そう言いながら赤司はソファの背に体重を預ける。
毎年、ワインの出来が違うのは当然だ。
葡萄の味は毎年変わる。葡萄を作っているのは自然なのだから人が操れるはずがない。
それでも赤司は残念でならなかった。
この世で唯一おいしいと思えるものに巡り合えたと思ったのに期待に反して舌先に味わうのは失望だけ。
なんて苦いのだろう。

「返品できないの? それか転売。売れてるなら買い手いるでしょ」
「契約書に返品も横流しも禁止にしている」
「あー、やっちゃったっスね。それはわざとだわ。粗悪品もらうなんて赤司っちらしくないの〜」
「金で解決できることだからいいんだけど」

いいと口にしながらそんなことを思っていない赤司の姿に黄瀬は困った顔をする。
何か慰めでも言おうと考えているのが百面相からうかがえたので「いいよ」と首を左右に振った。

「黄瀬が気にすることはない。来年を待つよ」
「契約切らないんだ……」
「来年も同じ出来なら考えると伝えている」
「赤司っちって意外に優しいっスね」
「意外とはなんだ」

にらむと誤魔化すように黄瀬は笑った。
黄瀬が「これ、もらっていい?」と開けたばかりのボトルを持ち上げるので頷く。
今年のものを赤司はすでに飲む気が失せていた。



赤司征十郎は吸血鬼である。
今時は少なくなってしまった純血の吸血鬼。
吸血鬼同士が親であり生まれた子供。いわゆる純血種。
期待の寵児として厳しく育て上げられ社会的な地位は盤石だ。
吸血鬼というだけで身内のコネを手に入れて青峰に言わせれば人生イージーモードな赤司だったが、そんなに生きていくのは楽じゃない。
どうしようもない欠陥を赤司は抱いていた。
そのことに始め、誰も気づいていなかった。
赤司自身も父親も気づいておらず、紫原がふと指摘したことから意識するようになる。

赤司は味音痴だった。

音痴ならばまだいいのかもしれない。
赤司の症状は味覚障害と言っていい。
舌先がマヒしている。
極上の美女の生血だと父親が褒美としてくれた液体に美味しいと感じたことはない。
認められたそのことに達成感を得たので美味しい美味しくないは別にどうでもいい。
だが、赤司の味覚障害は重大な汚点であるらしい。
五官の一つが十分に機能していないのは障害としか言えない。
他の四つの器官が秀でていたとしても一つでもダメなら失格だった。
味覚が治るまで帰ってくるなと家から放り出された赤司は途方に暮れた。
父親を恨んだり自分を憐れんだりしない。
赤司が途方に暮れたのは自分自身の生活能力のなさだ。
金銭面的な援助は惜しみなく受けているが味覚の回復をどういう風に行えばいいのか日々の生活の場所をどうすればいいのかと赤司には見当がつかない。
それに対して青峰は「適当でいいだろ」と返し、緑間は「できる限りの助けになる」と申し出てくれ、紫原は「なんか問題起きたときに助けて恩を売れば〜」と解決にならないことを言ってきた。
黄瀬だけは「オレと一緒に暮らさないっスか?」と具体的に持ち掛けてきたこともあって同居することになった。
たまに旅に出るし、舌の感覚を取り戻すためにいろいろなものを口にして試している。
金額が高ければいいというものではないが黄瀬に渡したワインは当たりだった。
元々、味は感じないがアルコールの成分は体内に蓄積するので赤司は酒を好んでいる。
アルコールの分解速度が異常なまでに早いので度数が高かったとしても泥酔することはない。
味覚が使えないだけで嗅覚は問題ないこともありワインというのは血よりも赤司を楽しませるものになっていた。
はじめて口にしたワインの痺れる味に赤司は感動のあまり涙を流した。
一杯百万円と値段のつけられたグラスワインとして出されていたそれを赤司はすぐに一本、ボトルごと購入した。
販売されてから時間が過ぎていたこともあり市場に出回ったワインを買い集めることはできずにその年は終わる。
次は市場に出回ってすぐに購入することが叶ったが、運悪く近くで大きな買い物をしていたために赤司は資金不足で百本ほどしか手に入れることができなかった。
だが、生産元とコンタクトをとることに成功して今年は千本すべてを入手した。
結果はあまり喜ばしくなかったが赤司の舌を反応させるものがあったのだというのは事実だ。
のんびりとワインを待つのではなく自分の足で確かめに行くべきかもしれない。
たとえば赤司の舌先はワインになる前の葡萄に反応するのだろうか。
これは試さないといけないことだ。

「ゆっくりし過ぎていたかな」

吸血鬼である赤司の時間の感覚は去年など昨日のことで一昨年など一週間前と同じだ。
来年に動けばいいと思っていたが悠長なことを言っていたら時期を逃してしまうかもしれない。



















・不眠症の夢魔


黄瀬涼太は眠りを操る魔物だった。
夢喰いのバクで知られる悪夢食いの能力を持ちながら黄瀬は不眠症に陥っていた。
夢の世界に行くことができない。
つまりは空腹だ。
眠ることによって夢から夢へと世界を無限につなげることができる黄瀬にとって夜は食事の時間だった。
それなのに眠れない。何も食べることができないのと同じだ。
これにかんしては黄瀬にもどうしようもない呪いのような体質だと言える。

夜の女神に愛されて永遠の眠りにつかされたエンデュミオーン。
年を取らないように眠る少年こそが黄瀬の家の起源だ。
眠りながら夢の中で子供を作った先祖はある一つの願いを残した。
それが「不眠症」だ。
目覚めることのない自分の身を憐れんで自分の子供、とりわけ美しい造形に生まれた子供には祝福を残した。
黄瀬が苛まれる眠れないという症状は美しいという証であり純潔の証明だ。
眠らないでも人間とは違って弱ることもなく黄瀬は活動できるが空腹は覚える。
副産物とはいえ悪夢を食べられず夢を渡れない自分のことを黄瀬は出来損ないだと思った。
なんだってできるのに何もできない。
悔しさにグレていた時期もあるが今は違う。
眠れないながらに赤司のおかげで空腹を感じることはなくなった。



「あれ」



真っ暗な世界で自分を認識する。
それは幼いころに数えるほど遭遇した夢の世界の感覚だ。

「オレ、寝てるんスか?」

暗い世界にライトが自分を照らす。
夢の中では自分が正義だ。
ここは誰かの夢の中。黄瀬は悪夢の中にいる。
声がした。
透明感のある声がふわふわとしている。
耳を澄ますとやっと聞き取れた。

『死ぬ、生きる、死ぬ、生きる、死ぬ、生きる』

好き、嫌いと言いながら花びらを千切っているような調子で聞こえる声に黄瀬は思わず悲鳴を上げた。
怖かったからだ。
夢喰いの力があっても黄瀬はすでにその力の半分以上を赤司に渡してしまった。
使いこなせないものなのだから自分が持っていても仕方がない。
姉たちがどんな風に悪夢を吹き飛ばしているのか知識すらない黄瀬にどろりとした闇は重い。
夜に愛された人間の子孫であるというのに黄瀬は昼を生きていた。

『だれか、たすけて』

ごぽごぽと水音のようなものが聞こえる。
泣き声なんだろうと思うと夢の主を怖いものだと思えなくなった。
むしろ、同情してしまう。
夜中に空腹のまま時間を持て余していた自分のようだと思った。

「助けてあげられるっスよ」

口に出して黄瀬は自分を奮い立たせる。
怯えてばかりはいられない。
恐れれば闇に飲み込まれる。それは本能的に分かった。強がりでもいい。仮初でもいい。

「オレがキミの王子様になってあげる」

どこにいるのかも分からない相手に対して手を差し伸べる。
触れられた気がした。冷たい感覚に背筋が凍る。飲み込まれてはいけない。
夢の主は被害者だ。悪夢に飲み込まれているのは助けを呼んでいる目の前の存在のせいじゃない。

「大丈夫。世界はそんなに悪いことばっかりじゃない」

これは本心からだ。
見えない存在を引き寄せて抱きしめる。
手が触れ合えたのだから出来るはずだ。
震えている相手が自分よりも体格が悪いながらも男だと理解して黄瀬は幾分か残っていた緊張がなくなる。

「太陽を想像してみるんスよ」
『できない……』
「できるっ!! 太陽ってのはあったかいやつっスよ」

アバウトな自分の言い方に相手はついてきてくれない。
こういう時に理路整然とよどみなく誘導できそうな赤司の鞭撻が欲しくなる。
だが、ないものねだりをしている訳にはいかない。これは黄瀬の仕事だ。これこそが黄瀬の役割だ。

「生きるとか死ぬとかどうでもいいんスよ。太陽が見えなくても痛くてもつらくても苦しくてもお腹が空いてても眠れなくても、そんなのどうでもいいの!」

言い切った黄瀬の周り風が吹く。
春風のようなあたたかな陽気をまとっている。

「今は春っスよ」

外は秋の風が吹いているがそんなことは関係ない。
夢の中なのだから自由だ。
自由でいることが許される。
何をしたっていい。
生きていたって死んでいたっていいのだ。

「花とかいっぱい咲いてるっスよ。え〜っと、ひまわり?」

思いついた花の名前を口にしたら笑われた。
噴き出すといった感じで悪い気がしない。
楽しげな明るい笑い。
ぽんぽんと音を立てて花が咲いた。

「あ、これチューリップだ」
『ひまわりは夏の花です』
「仕方ないっスよ。オレ、花なんてよく知らないもん」
『ボクも本当はよく知りません』
「ひまわりを知ってるなら十分っスよ」

暗闇に咲いたチューリップの花を黄瀬は撫でる。

「ここはキミの世界なんだから好きにしていいんスよ」
『ボクの……世界?』
「夢を形作るのは自分の心。普通は誰もそこに入ってはいけないんスよ」
『キミは?』
「オレは例外。王子様だからね」

女神の祝福を受けたもの。あるいは呪いの力。夢渡りは人が無防備になっている夜に心というむき出しの場所に土足であがりこむ無礼者。
けれど、悪夢を取り除くことで人は快適になる。
昼の悩みを夜に吐き出す。そうして人はバランスをとる。黄瀬は本来その手伝いをする種族だ。
人間に崇められ場合によっては神様とすら呼ばれもする。
それが低俗な夢魔に身を堕としたのは自分の能力を使いこなせなかったから以上に忍耐力がなかったからだろう。

「王子様だからキミを助けてあげられる」

なんの理由になっていない。
けれど、喜んでくれたのがわかる。
花の量が増えた。

「大きい木をここにドーンって立てるんスよ」
『……こうですか?』
「うんうん。上手いじゃないっスか」

なんの木かは知らないが黄瀬の言うべき場所に木が立った。
草を生やして小さいな名もなき花を咲かせていく。
風が吹いて草木の香りを充満させる。
いつの間にか暗闇は頭上だけ。
色とりどりの花が地面を埋め尽くしているからこその絶対的な違和感。

「空はわかる?」
『……わかりません』
「じゃあ、想像して」

空を知らない人間に空を想像させることは難しい。
今まで黄瀬は人に何かを教えたことなどない。
けれど、どうにかして空を、太陽を、光を教えたい。
何も知らないことは不幸だと思った。

「青って言って想像するものはなんスか?」
『つめたいみず』
「透明って言って想像するのは?」
『ガラス』
「光はわかるっスか?」
『……知りません』
「あったかいのは分かる?」
『キミが……あたたかいです』

黄瀬はせっかくの花を抜いて下にある土をとる。
それで球体を作って掲げて見せた。

「太陽っていうのはこれがオレの髪の毛と同じように光ってるんスよ。光るっていうのは……オレみたいな存在っスね」

滅茶苦茶な理論でも通じたのか頭上に太陽が現れた。
大きさは黄瀬が作った球体ぐらいで色は本物とは違っていたが闇は消えた。
不格好でもいい。
暗闇の中でうずくまっているのは悲しい。
過去の自分を見ているような気分になる。
世界に救いがないなんてことはない。

『太陽が上にあると暑いです?』
「そうっスね。夏とか暑いね。今は大丈夫っスよ」
『空を教えてください』
「空はね、水を知ってるなら近いかも」
『空もつめたいんですか?』
「どうだろ。雨とか雪が降るから冷たいのかも。オレもよく知らないんスよ。だから一緒に考えよう。時間は気にしないでいいからさ」

木に背中を預けて黄瀬は語り掛ける。
夢の住人が置かれている状況を考えながらも表情には出さない。
厳しい顔をすれば不安にさせてしまうだろう。

「海を知ってる」
『記憶だけなら』
「空も同じっスね。色も模様も」
『もよう?』
「綺麗な青。暗い青。荒れた青」

ピンときたのか太陽がポツリとあった暗闇に青い空が現れる。
海原が映写機で頭上に映されているような違和感があるものの随分マシだ。
黒い閉塞感が外れて一気に世界が広がった気がした。



















・歌うことのできない人魚




カツ、カツ、水槽の底に真珠がたまる。
黒子の瞳からこぼれた涙が真珠となって水槽の底に転がっていく。
今まで涙など知らなかった。殴られたり肉体的に痛みを与えられても涙は流れなかったのに黒子は今、泣いている。
眠りに落ちる寸前に水槽の中に電撃が走る。
疲れて身体はくたくたで意識を早く飛ばしたい。
そうすれば黒子は優しい夢に包まれる。
王子様だと自称する黄瀬涼太。
彼は黒子に希望を与えてしまった。
だから、こんなにも苦しい。
体中が痛いから涙を流すのではない。
夢の中で会える彼が恋しくて黒子は泣いているのだ。
黒子がどうすれば泣くのか分かってから水槽に断続的に電撃が流し続けられた。
もう黒子はただの真珠製造機であって人格などないのだ。
このまま血を抜き切られて死んだとしても人魚の肉として高く売れるだろう。
そんなことは許さない。
痛みが蓄積すればするほど呪いの濃度は増す。
黒子の血も肉も売り物じゃない。
それを口にするもの、商売に使うもの、そのすべてに呪いを――。

(あいたい)

憎しみが心を塗りつぶす反面、黒子は黄瀬を思って泣き続けた。
夢の中にあらわれる彼に会うために黒子ができることはもう死ぬことだけだ。
死の直前に見る夢、その中で彼とまた会えるだろう。

外の世界の話をたくさん聞いた。
黄瀬の悩みや生い立ちの苦労。
そして、今の生活の楽しさ。

夢の中は太陽がまぶしい草原でふたりは時間を忘れて話した。
黒子は主に聞き役で黄瀬も話したがりだったから二人はとても相性が良かった。
どんな話でも水槽の外の世界を知らない黒子には目新しく、黄瀬の感情に触れるのが黒子には楽しくて堪らない。
怒号と侮蔑と罵倒が飛び交うか空間ではない、冷たく機械を見るような目で淡々と拷問を受けるのでもない。

『黒子っち、黒子っちはスゴイっスね。こんなに綺麗な空、オレ見たことないっスよ』

夢の中でも黒子は自分の姿を作り出すことが出来なかった。
長い間、鏡も何も見ていないので自分がどんな風に成長したのか分からないからだ。
黄瀬は黒子の事情に踏み込んだりしなかった。
黒子もまた最初の一言以外「助けて」と口にしたことはない。
言えばよかったのかもしれない。
自分がどこにいるのかも分からなくても、せめてここから出して欲しいと黄瀬と生身の姿で一緒にいたいと言えばよかったのかもしれない。
もう手遅れだ。


「この水槽はいくらだい?」


聞こえてきた声は涼しげな響きでこの場所に似つかわしくない。
スーツを着た青年は水槽の下を見ている案内してきた男とは別に黒子のほうを見ている気がした。
水槽のガラス越しに視線が合う。

「こんなもの初めて見た」

目を見開いて口角を上げる男は魅入られたように黒子の入った水槽に近づいてくる。
水槽に手を触れてきた瞬間、ガラスが粉々に砕けた。
このままでは死んでしまう。いいや、それはいやだ。
目の前の青年に向かって黒子は噛り付く。
案内人の男が悲鳴を上げながら水槽の近くにある装置に手をかける。
黒子の体に電流が流れていつもより強い衝撃に意識は奪われた。


「擬態かと思ったけれど透明化か……ステルス機能を持ったマーマンなんて世界を滅ぼせる代物だ」


驚嘆の声が響いたが誰も聞いてはいなかった。







『黒子っち〜? 黒子っち、おーい?』

黒子っち、黒子っち、言いながら歩き回っている黄瀬がいる。
待っていてくれた黄瀬に嬉しくて黒子は駆け出した。
踏みしめられる草の音に気付いたのか黄瀬が「黒子っち!!」と反応してきた。

(ボクです、ここにいます!!)

言おうとして黒子は声が出ないことに気付く。
自分が眠りに落ちる直前に何をしたのか思い出した。
人を噛んだ。体が空気に触れてしまえば泡になって消えてしまうから栄養が欲しかったのだ。
だが、声が出ないというこの症状は一つのことを指し示していた。

(あれは人間じゃない)

肉食である人魚にとって人間は食べ物だ。口に入れても問題ない。
けれど、同族。たとえば人間と全く違った種族は食べてはならない。それが人魚の掟の一つだ。
掟を破った者には罰がある。
人魚の一番の武器である声を失う。
そして、二本の足を手に入れて魚の尾びれを失うのだ。
水の中で息ができなくなり陸上で暮らさないといけない。
それが同族に手を挙げた罪の対価。
海には戻れなくなる。

(……そんなの知らないです)

自分をさらったのが誰なのか、自分に語り掛けたのが誰なのか黒子は何も知らない。
知ったところで楽になるわけでもない。


『黒子っち、どうしたの。……泣いてるの?』


ぽろぽろと地面に落ちる真珠の粒。
黒子は悔しくて悲しくてつらかった。
黄瀬は黒子の姿が見えない。
二人はもうコミュニケーションをとることもできない。
せめて声だけでも届けたい。
自分がどう思っているのか、自分がどう考えているのか知ってほしい。

『オレに何かできないっスか?』

そう言って黒子を黄瀬は抱きしめた。
かがんで黒子と視線を合わせるようにする黄瀬。
見えないのに黒子を見つめる。

好きだと思った。

人魚にはそれだけでいい。人魚が生きるのに難しい理屈はいらない。
心臓を捧げられるほど愛する人がいればいい。
自分の血肉を分け与えて永遠を生きてほしいと望むぐらいに愛せる存在がいれば人魚は生きていける。
他の誰かには自分の心臓は渡せない。
愛する人にのみ捧げるのだ。

(ボクの心臓を……黄瀬君に……)

人魚の心臓は不老長寿の妙薬であり毒物であり願いを叶えるための供物として最高級のものだ。
海の神にささげる生け贄の定番。

「オレ、黒子っちのおかげで上手く眠れるようになったんスよ」

背中をなでながら黄瀬が言う。

「今まで上手くいかなかったことも黒子っちのおかげで上手くいった。赤司っちもオレに力を返してくれるって」

赤司というのは黄瀬と同居している吸血鬼らしい。
頭がよく気が利くが金銭感覚のおかしいお坊ちゃんだと笑っていた。

「そうしたら黒子っちがどこでどうなってても誰が敵でも大丈夫っスよ。オレは誰にも負けない。夢にあらがえる存在なんかいないんだから」

手首をつかまれた黒子は涙をぬぐえない。
しゃくりあげる黒子に黄瀬は「大丈夫っスよ」と微笑む。

「オレは黒子っちの王子様だから、どんな敵でも倒しちゃえるんスよ」

王子様は無敵だと口にする黄瀬に涙が止まらない。
もっと自分に時間があればよかった。
そう思いながら黒子は自分の顔を覗き込むようにしていた黄瀬にキスをした。
見えてはいないが伝わったはずだ。

「黒子っち?」

目が覚めたらきっとそこは肉を解体する現場だ。
いいや、すでに黒子の肉体はないのかもしれない。
薄汚い人間たちに競りにかけられる。
誰かを呪う気持ちが持てない。
黒子の王子さまはとても優しかったから恨む気持ちは砕けて消えた。
これが最後であるなら一言自分の口で思いを伝えたい。それだけが心残りとなって真珠は地に落ちる。








・人魚と吸血鬼と夢魔と




コーヒーを二人分いれて部屋に戻るとちょうど目覚めたところらしい。
赤司は警戒しているだろう相手に対して「こんにちは」とだけ口にする。
自分の今の状況がわかっていないのか手を見つめていたかと思えば、ベッドから起き上がって歩き始めた。
入り口には赤司がいるからか窓へと歩いていく。
外を見ているのは天気を確認しているわけではないだろう。
近づいて視線の先が何を見ているのか追う。
もちろん、急に噛みつかれてはかなわないので気は緩ませたりしない。

「鳥が珍しい? いや、外に出たことがほとんどないなら空が珍しいのかな?」

口を動かすので読み取れば「たいよう」と言っているように見えた。
赤司は納得する。

「つめたい地域で氷の大地の中で生きていた種族だったね」
『しってるんですか?』
「ちょっとした資料があったよ。テツヤっていうんだってね。オレは赤司征十郎、よろしく」

握手を求められて驚いたのか赤司と手を何度も視線を往復させる。
怯えられることはよくあるので逆に安心させる方法も赤司は心得ている。

「オレは君の味方だよ。ただ、この先どうするのかは君自身が自分で決めるんだ」

こう言うと大体のものは赤司を胡散臭いと思いながらも聞く耳を持ってくれる。
自分に選択権があると思うと萎えていた意思が芽生えだす。
それでいい。自由意志の下での決定は心にある真実だ。後で裏切ることはない。

「声を取り戻す、役目を遂行する、自分を虐げ売り物にした相手に復讐する」

どれもする気がないのか首を横に振られた。
普通はそう傷を負っていたのなら治したいし、やるべきことがあるならしたいはずだ。
無欲なのだろうか。
不思議な感じがした。
今まで見たことのないタイプだ。

「どうしたい? 何をしたい?」

赤司は目の前の存在がなんであるのかを解き明かしたわけではない。
見た目はマーマンでしかないが性質はマーメイドのソレであり同時に透明人間の血脈を受け継いでいる。
人を見定めるための調停者。
人魚とは罪人を海に沈める魔物だ。
悪戯に人を脅かす妖精とは違う。
その命を奪うことを許可された存在だ。
マーメイドは歌で船乗りを惑わせ、マーマンは王として君臨する。

「人魚は女系だと聞いた。男はほとんど生まれない」

それは違うというように首を横に振られて赤司は目を細めた。
種族にはそれぞれ他言無用の歴史がある。

「人魚たちが記憶を受け継いでいるというのは本当みたいだね」

それぞれ世界から役目を負っているのだ。
種族によってはそれを契約と呼んだり約束と言ったり加護や呪いと伝えている。
海に属する存在と赤司はあまり面識がない。

「何が欲しい? 会いたい人、行きたい場所はないのかい?」

復讐をしたいと、自分の血肉を口にした人間から人魚の特性を奪いたいとそう思うなら赤司は力を貸せる。
人魚の毒は人間の魂を汚染する。不老長寿の妙薬は心を腐らせるための前フリだ。
これは真祖と呼ばれる吸血鬼も同じだがいわゆる親に当たる血や力の元々の持ち主とその恩恵を受けているものは繋がっている。
吸血鬼なら下僕だ。強制的に相手を自分の意思に従わせる。
人魚ならどうなるのだろう。
醜く崩れる心を浄化でもするのだろうか。

「上位のマーマンは海の神だ。天変地異を起こす許可すら持っているだろう?」

目の前の半端者は生気がなく今にも死にかけだった。

「逃げたいと思ったなら逃げられたはずだよ」

希少種だから食い物にされる。そんなことはない。人間というものがどういった存在なのか極寒の大地で知らずにいた無知の代償が幼い体に襲い掛かったのだ。それだって、成長した今ならなんとでもなったはずだ。

「人魚の制約?」

手も足も出なかったというのなら何かがあったのだろう。
力を持っているものが力を持たないものに膝をつくことなどあるはずがない。
仮に被虐趣味があるのなら別だが透明感のある横顔からそんなものは読み取れなかった。
抗わなかった理由は限界まで血を抜かれて搾り取られていたからではないはずだ。
何を聞いても答えない相手に赤司は近づいてその手に触れる。
鳥肌が立つほどに冷たい指先はただただ哀れだ。
唐突に抱き寄せたい衝動に襲われたがノックもなく開けられた扉に我に返った。

「赤司っち、ワインちょーだい……って、ごめん!」

赤司が気づいた時には黄瀬は謝りながら去っていた。平気だと口にする暇もない。いかがわしく見えたのだろうか。
部屋に赤司以外がいると思わなかったにしても子供のような反応だ。
それにしても黄瀬は赤司と似ている。
一本渡したワインが気に入ったらしい。
去年のものならもっと騒ぎ立てたかもしれない。そのぐらいに極上だった。

「必要なのは……ワインじゃないか」

そこに混ぜられていたものだ。
酒に金箔を入れる、そんな感覚だったのかもしれない。
捨てるしかない粗悪品の安酒に一滴の奇跡の味付け。
幸の薄そうな人魚の血液、それが混ぜられたワインを黄瀬も赤司も有難がって飲んでいたのだ。
味の質が落ちたのは生命力の低下だろうか。
口がきけないらしいがその辺のところを探りを入れるのは傷に触れるのか考えながら赤司は視線を落とす。

泣いていた。

真珠が床に散らばっていく。
カツンカツンと音がしてそれはとてももったいない。
人魚の涙、真珠とはいっても普通に海にあるものの何百倍もの価値がある。
だからこそ衰弱死寸前になるまで搾取されていたのだ。

何があったのか、どこか痛いのか、そんなことを赤司が聞く前に人魚もどきは倒れてしまった。
身体を支えてベッドに寝かせながら赤司はいつになく焦っていた。心臓が正常に作動しない。不整脈を誤魔化すように息を吐き出して初めて呼吸を止めていたことに気が付く。咳き込みながら赤司は自分の顔が熱くなっていることを自覚した。
突然の体調不良に驚きながら部屋を出ようと歩いたことで床に転がる真珠を蹴飛ばす。
真珠が床にたたきつけられる前に見たものが忘れられない。
泣いていたというのに満たされたように微笑んでいた。
何を考えていたのか窺い知れないが赤司の心をかき乱す。

「あれ? 赤司っち、どうしたんスか? お客さん来てたんじゃ……」
「あぁ、彼は寝ているよ」
「ふーん。え、ちょっと大丈夫っスか?」

慌てるような黄瀬に何がだと不審な視線を向けながらカップに注いだコーヒーを飲む。
思わず噴き出した。
自分が口にしたものが何か確認して黄瀬を睨みつける。

「黄瀬、お前からこんな嫌がらせを受ける覚えはないぞ」
「オレはなんもしてないよ。赤司っちが勝手に栓を抜いてオリーブオイル飲んだんじゃん。……ニンニク入りの」

吸血鬼とはいえニンニクは赤司の致命的な弱点ではない。
それでも喉がピリピリする程度には感じる。

「自分用にパスタ作ろうと思って……出してたんだけど」
「……いい、悪かった。オレが冷静さを欠いていた」
「なんかあったんスか?」
「何もないよ。……ない、はずなんだけど」

自分の味覚障害が治る手がかりが見つかったのかもしれない。
そんなことより何より赤司の心を占めているのはこれからの生活だ。

「きちんと紹介していないけれど、さっき部屋にいたのはテツヤだ。オレの客人としてしばらく一緒に住まわせてほしい」
「構わないっスよ。それで、そのテツヤくんってのは何者っスか?」

目を細める黄瀬に「人間ではないよ」と告げる。
人魚だとは言わないのは教えることに意味がないからだ。

「彼はしゃべれないだから黄瀬を煩わせることもないだろう。あまり他者と触れ合っていないだろうからおかしなところがあっても見逃してやってくれ」
「赤司っちが全面的に面倒を見るって?」
「あぁ、彼のことはオレが責任を持つ」
「赤司っちの客人ってことはそういうことだもんね。わかったっスよ」

黄瀬は赤司に逆らうことはない。
それは赤司に従属することによって自分の特性に方向性を持たせているからだ。
本来、黄瀬の食事とは人の負の感情だ。もっと言うと負の感情を反転させるその瞬間に生まれるものを糧にしている。
普通に人間と向き合うだけでは得られないもの。無防備に寝ている心の中だからこそ触れることができる領域。
目には見えない、定義もできないエネルギーを糧に黄瀬の一族は生きている。
けれど、強烈な先祖返りのせいで黄瀬は逆に栄養失調に陥っていた。
赤司はそれを解決する手筈として能力を剥奪して自分の眷属にしたのだ。
これによって赤司は黄瀬の元々の夢に侵入する力を得て、黄瀬もまた他のものから栄養を摂取できるようになった。
夜に活動するのは変わらない。人間に快楽を与えるのも同じだろう。
夢喰いのバクよりも下世話で低俗なことをしないといけなくなったのは黄瀬にとって不幸かもしれない。
本人は女を抱けば空腹感がなくなるので以前と比べれば天国だと言っていたが黄瀬が持っていた神聖をおとしめたようで赤司としては小指の先ほどの罪悪感はある。
ずっとこんな生活を続けるのではなくコツさえつかめば黄瀬は知能があり夢を見ることができる生命体、そのすべての心に侵入できるぐらいの力を持ち合わせるだろう。それは見たくもあるが同時に危険だとも思った。
黄瀬は突っつけば一皮むけると思ったがものすごい速度で力をつけている。自分を超えるかもしれない、そんな危機感は持ちはしないが心を許す相手でもない。
裏も表もない信頼を黄瀬に向けられていると自覚しながらも赤司はどこかで線を引いていた。
それは種族的な違いなのか吸血鬼という奪う側の存在だという引け目からの考えなのか。
同じように闇に身を置きながら黄瀬はどちらかといえば神々の末裔だ。

「時々、お前がうらやましくなるよ」
「えーなんスか、もう。そんな褒めるぐらいトマトソースうまかった?」
「黄瀬はどんどん料理がうまくなるな」
「そうっスか? まあ、ムード作りに必要だからね」

シンプルなトマトのソースを絡めたパスタ。黄瀬の皿はいろいろなものが混ざり合っている。
味のわからない赤司には不要だと思ったのか、単純に吸血鬼の弱点を気にしているのかもしれない。
うまくなったと褒めながら味はよくわからない赤司は黙々とパスタを口に運ぶ。
味の是非はともかく食感はわかる。最初のころに出された伸び切ったスパゲティーは不味かった。

音がするので振り返れば水揚げされて苦しそうな姿をさらした魚のような彼がいた。

「テツヤ? 寝ていないで平気なのか?」

思わずフォークを放り出して近寄ると違和感があった。
視線が合わない。振り返ると不審なものを見るような黄瀬がいた。普通に考えれば意味がないとはいえ食事を邪魔されて不快なのかもしれない。相手が赤司の客人なので直接苦情を言わないだけで早く部屋に戻って欲しいという感情が透けていた。

「悪いね。黄瀬はあまり他人が好きではないんだ」

自分よりも格上だと思った人間に対しては積極的にコミュニケーションを取りに行く人好きするような顔を見せるが基本的に他者に冷たい。劣ったものを嫌悪すらしているかもしれない。身分の格差というのは吸血鬼の中でもよくある価値観なので黄瀬が異常だとは思わない。けれど、なぜか今日だけ赤司は黄瀬に苛立ちを覚えた。

「テツヤはまだ現状の認識もままならない状況なんだ。オレが一人にしてしまったから不安になったんだろう。そんな目で見るんじゃない」
「そんな目って……いや、別に」

誤魔化すように横を向いた黄瀬に悲しそうに顔を伏せるその姿は思いを告げられない人魚姫のようで赤司には衝撃的だった。どうして自分がショックなのかも分からないまま黄瀬から隠すように赤司は彼を抱きしめる。伝説のように泡になって消えてしまいそうな儚さは涙の代わりに音を立てて零れ落ちる真珠のせいだろうか。

「テツヤ……?」

顔を上げて「一ヶ月後にボクは死にます」そう言った彼の本音はどこにあるのか赤司はわからない。










人魚には呪いがある。
種族に課せられたタイムリミット。
どれだけ健康だとしても人間の遺伝子に定められている寿命というものがある。
生物は永遠を生きられない。
人魚の身体にも寿命はあった。
皮肉なものだ。
人魚の肉を食べたものは永遠を生きられるのに人魚自身の寿命はむしろ短命。
命はとても儚いものだった。
愛する人に愛されなければ人魚は泡になって消える。
これはどうにもできない世界との約束だった。

人魚の体を支えるのは最終的には愛なのだ。
海に生まれた命は海に返る。
その自然の法則を覆すのが愛だ。
愛する人のそばにいたい、そのためだけに人魚は針の地面も歩いて行ける。
呼吸すらおぼつかず、何の後ろ盾がなかったとしても愛する人が愛してくれさえいればいい。

けれど、黒子は諦めないとならない。

「こんなこと言いたくないんスけど……アンタ、いつまでいるんスか?」

黒子は黄瀬に歓迎されていなかった。
やっと会えたと、そう思った。黄瀬に会うためだけに耐えていたがそれは黒子の勝手だ。
黄瀬が自分の存在を受け入れてくれると驕っていた。
自分を助けてくれた吸血鬼が黄瀬の知り合いだなんて運命的で奇跡だと思った。
喜んでいたのは黒子だけだ。馬鹿みたいだった。

「赤司っちがアンタが来てからおかしいんスよ」

不満げな顔を見せる黄瀬に勝手に失望していた自分を黒子は戒める。
黄瀬は何も悪くない。
ただ黄瀬にとって黒子よりも赤司のほうが親しいというだけだ。
自分だけを見つめて話しかけて励ましてくれていた優しい夢から覚めて現実を見つめれば、黄瀬が黒子より古い付き合いのある赤司を大切にしているのは当然のことだった。頭でわかっていても心が納得できない。だから黒子の寿命は尽きる。

「拗ねてるとかじゃなくってさ……なんつーか、オレも経験あるからわかるけど、たぶん赤司っち、無理して……」

言いかけた言葉を黄瀬は飲み込んだ。赤司が現れたからだ。
赤司は優しい。嫌味のようなことを言ってくる今の黄瀬よりも相当優しい。
黒子が元々いた場所の海水を持ってきて飲ませてくれたり、本や珍しいものを沢山くれた。
歩くと足が痛むのだと気づいてからは黒子が自分の足で歩かないでいいように抱き上げてくれたり、空間を移動させたりと気を遣われた。それはとても力がいることで繊細な奇跡の使い方なのだと黄瀬は黒子に教えてくれた。赤司が涼しい顔をしてなんでもしてくれるからといって甘えるなと告げられた。その通りだ。
黄瀬は何も間違ったことは言っていない。赤司に何も返せず与えられるばかりになっている。
先の見えた黒子が出来ることといえば一つしかない。
元々、そのつもりで赤司は黒子を自分の手元に置いたはずだ。
吸血鬼の本性を見逃すほど黒子は世間知らずではない。

「この花は初めて見るだろう? いい香りがするよ。テツヤが喜ぶかと思って」

そう言って微笑む赤司と冷たい視線を向けてくる黄瀬。
二人の仲は黒子のせいで歪んでしまったかもしれない。

「……黄瀬、何が不満なんだ。子供みたいに」
「べっつにぃ〜。……赤司っちは黒子っちを探すの手伝ってくれるって言ったのにそいつが来てから全然じゃないっスか!!」

黄瀬の口から出た自分の名前に黒子は目を丸くする。
てっきり、黄瀬は自分のことなど忘れてしまったのだと思った。

「黄瀬を心に呼び込めなくなったということはその相手は死んだか、今までとは違った法則に閉じ込められたんだろう。オレでも簡単に見つけることはできないよ」
「そんなことないっスよ。赤司っちならなんとか出来るでしょ」
「無茶を言うな。どの地域にいるどんな種族かもわからない存在を探り当てるなんて出来るわけないだろ」

何か言いたそうな黒子に気付いたのか赤司は「テツヤには関係ない話だ。騒がせて悪かったね」と花束を渡して黄瀬と部屋の外へ行こうとする。
黒子が静かな場所が落ち着くと言ったのを覚えて気を遣ってくれている。

(ボクは、ボクはここに……)

黄瀬に伝えたい。声が出ないとはいえ意思疎通がまるで出来ないわけじゃない。
だが、考えがまとまらない。

「オレは黒子っちの王子様なんスよ」
「それならお姫様は自分で見つけて目覚めさせるんだな」

呆れたような赤司に対して黄瀬は怒った。
本気で言っているからだ。
冗談じゃなく黒子を助けたいと思ってる。

(それなら、ボクは死なないで済むかもしれない)

自分の命を盾にして黄瀬に愛されようとするなどと恥ずかしい話かもしれない。
それでも、黄瀬が本当に助けてくれるというのなら愛して欲しい。

愛されることでしか人魚は生きながらえることができないのだから、愛を求めるしかない。









------------------------キリトリ線-----------------------------------

夢の主である黒子を助けるために現実の黒子に冷たく当たる黄瀬
(同居人(黒子)がいなければ赤司が協力的になると思ってる灯台下暗し)

黄瀬に振られた(と思った)ので赤司に血を渡してせめてもの恩返しをしたい黒子
(自分のために黄瀬が頑張ってるのでなんとか自分が「黒子っち」だと伝えたい欲望が出るも声が出せない)

親切心と自分の都合で黒子を手元に置いて美食の追及をするつもりが惚れたので手が出せない赤司
(黒子が飲んでーと言ってくるので黒子は自分が好きだとか勘違いしちゃったり……)


2014/03/09
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