バレンタインデー黄黒。淡々と病んでる話。 バレンタインギフト 今日はオレが作るよと黄瀬が言ってくれたので黒子は口出しすることもなく任せた。 調理には多少の時間がかかりそうだ。 何を作るにしても問題ないぐらい材料はちゃんと揃えている。 バレンタインデーだから何か気の利いたものでも渡そうかと今更あがいてみる黒子にはちょうどいい。 本屋に行ってくると台所にいる黄瀬に告げて部屋を出る。 すこし心配だったが同い年に火を気を付けるようにいうのもおかしい。 以前起こしたボヤ騒ぎは黄瀬も反省して今では火の扱いには慎重になっている。 今朝に桃井からもらったチョコレートを口に入れる。 幸い手作りではない。パッケージからして小さなサイズに似合わない値段がしているのだろう。 黄瀬に渡す用にも貰ったが失礼なことに黄瀬はいらないといってた。 捨てるわけにもいかないので黒子は代わりに食べる。 自分が黄瀬に何を渡したほうがいいのか考えて手軽なものを見つけた。 こういうのはきっと黄瀬も好きなはずだ。 玄関を開けるといい匂いがしてきたので「ビーフシチューですか?」と聞いたら「ハヤシライスっスよ」と答えられた。楽しみだ。 買ってきた紙袋を部屋の隅に置く。 蹴り飛ばしてしまったら台無しになる。 「黄瀬君、ご飯はボクがよそいますから席についていてください」 台所に行って汗をかいている黄瀬の首に触れる。 熱があるのに料理をしていたらしい。 頑張りすぎだ。 「黒子っち、完熟トマト入れたんスよ」 「前、おいしかったやつですか?」 「同じ作り方したから……だから……」 「ちゃんと食べますよ。心配しないでください」 微笑むと黄瀬は安心したような顔をしてリビングに移動した。 炊き立てのご飯に黄瀬が作ってくれたハヤシライスのルーをかける。 大きめに切られた玉ねぎが主張している。 よく炒めてくれたらしい。 「あ、あのね、黒子っち」 「どうしました?」 落ち着かないようにそわそわと視線を動かす黄瀬に何も気づいてないと黒子はアピールする。 「デザートにチョコレートがあるから」 「それは楽しみです」 黄瀬が通販で業務用の板チョコレートを仕入れていたのはしっている。 黒子が席をはずした間に作ったのだろう。 ハヤシライスの匂いはチョコを隠すためだ。 ゴミが床にあったのでそんなことは黒子にまるっとバレている。 「冷蔵庫ですか?」 「固まらなかったら困るから冷凍庫っスよ」 黄瀬は黒子がハヤシライスに口をつけるのをドキドキしながら待っていてくれた。 そんなに緊張しなくても黄瀬の料理の味が文句なくいいと黒子は知っている。 「おいしいです」 時期が外れているせいかトマトはどこか酸っぱい。鉄くさい。 夏の完熟トマトで作ったものと比べてはいけないと黒子は思った。 「以前、食べたのは去年の六月でしたっけ?」 「オレの誕生日に」 「あぁ、そうでしたね。あの時はケーキを用意できずにすみませんでした」 「そんなこと気にしないでいいっスよ」 「でも、ボクの誕生日に黄瀬君はちゃんとケーキを作ってくれたのに」 思い出すと罪悪感が胸を苛む。 黄瀬がハヤシライスの付け合わせに作ってくれたオニオングラタンスープを飲みながら黒子はこれが毎年のことになるのか今年だけなのか考えた。 普通に考えれば今日限りだ。 黄瀬はそんなに器用じゃない。 細やかじゃない。 疲れてしまうだろう。 「デザートをいただきますね」 「味わってほしいっス。自信作だからね!」 得意げな黄瀬に黒子は冷凍庫を開ける。 アルミホイルで包まれた見知らぬ物体、それが黄瀬の作ってくれたチョコレートだろう。 テーブルに置いて黒子はアルミホイルをとってギョッとした。 「なんですか、これ……」 チョコレートは指の形をしていた。 切り取られた薬指。 「なんで……こんな……」 呆然とする黒子に黄瀬は慌てて否定する。 「それはチョコっスよ。食べてみて」 言われて黒子は指を口にくわえる。 切り離された指をチョコレートでコーティングされているとは黒子も思っていなかったが悪趣味だ。 「中に入っている……」 「それは普通にホワイトチョコと生クリームを合えたやつ」 いかがわしいものなど入れていないと黄瀬は口にする。 信じていいだろう。変なにおいもない。 「まあ、普通においしいです」 「リアクションうすっ」 「驚かされました」 「それなら良かった」 「ボクのはチョコレートドリンクです」 先に教えてから黒子は「あっためてきます」と電子レンジに入れた。 黄瀬はこれから自分がもらえるものに期待しているのか正座をして黒子を見上げる。 「キミにあげずにボクは自分で飲んでもいいんです」 「なんでそんな酷いこと言うんスか!」 半泣きになる黄瀬に黒子はハヤシライスを食べ終わった皿を投げつけた。 割れる皿に驚いたのか黄瀬が壁に身を寄せる。 そんなことをしても無駄だ。 「キミは自分が何をしたのかわかっているんですか?」 「黒子っちにバレンタイン……」 「それが今日のコレですか?」 息を吐き出す黒子を見て「サプライズっスよ」と黄瀬は無理矢理に笑顔を作る。 滑っているのはわかっているのだろう。 「チョコの指はそれはそれでちゃんと本物の指も黒子っちに美味しくいただかれてまーす」 そう言って今まで抑えていた左手を黄瀬は見せた。 不審な動きに気付かないわけがない。 調理をしているだけでこんなに汗まみれになるはずがなかった。 「黄瀬君……キミは……」 優しく黄瀬は黒子に向かって微笑んだ。 電子レンジがあたため終わったと音を鳴らして教えてくれる。 黒子がふたつドリンクを持ってくるのを黄瀬は黙って見ていた。 もうどうなるのかわかっているのだ。 「選ばせてあげます」 床に座っている黄瀬に黒子は椅子に座ってあたためたホットチョコレートを見せる。 ものすごく熱い。口に入れれば確実にやけどする。 「これをどこにかけて欲しいですか?」 かけないという選択肢などない。 黒子は怒っていた。 「オレなにかまずかったっスか?」 「黄瀬君はとても美味しかったです」 ハヤシライスも付け合わせのオニオングラタンスープの中に入れられた黄瀬の指もおいしかった。 だからこそ黒子は許せない。 「なんで薬指一本なんです。キミの指はあと四本あるじゃないですか」 黄瀬の足の指はもうない。黄瀬の誕生日の日に黒子が全部切り落とした。 そのとき、黄瀬は泣いていた。嫌がっていた。 でも、自業自得だ。 「ボクの誕生日に指を五本くれたのに……」 手の指は黒子の誕生日ケーキに刺さってろうそく代わりに黄瀬はくれた。 嬉しかった。すぐに食べてしまうのがもったいないと思った。 「バレンタインデーだってちゃんとやってください」 「指が全部なくなったらチョコも何も作れないじゃないっスか」 「それでもいいです。キミがここに居てくれるなら」 黒子は黄瀬を監禁していた。 首輪に鎖を引っかけて、行ける場所を制限している。 一度黄瀬は首輪から鎖が外れた瞬間逃げようとしたことがある。 ボヤ騒ぎを起こして外に自分がいることを知らせようともした。 全部無駄だ。 「今ではちゃんと自分で自分に鎖をつけられるようになったじゃないですか」 黒子が黄瀬の首輪から鎖を外して一時的にどこにでも行ける状態にしても黄瀬は玄関にはいかない。 ちゃんと黒子の指示通りの場所で正座する。 なんとも賢い。 「ねえ、黒子っちはそんなにオレが好き?」 「好きです」 「誰かから誕生日プレゼントを貰うのが許せないぐらい?」 「そうです。許せません」 「誰かからチョコレートを貰うのが許せないぐらい?」 「そうです。許せません」 黒子の返事を聞いて黄瀬は嬉しそうな顔をする。 「顔にかけて……」 そう言って黄瀬は顔を突き出すような格好をする。 目を閉じてキスを待っているようだ。 ざわつく心を鎮めながら黒子はホットチョコレートの紙コップを握りしめる。 中身がこぼれて黒子の手についた。熱い、痛い。 「はやく」 急かされて黒子は意を決して顔にチョコレートをかける。 そんなことをすれば火傷になる。怪我を負えば外に行くことはなくなる。 考えるまでもない。 顔面に浴びたチョコレートは思ったほど熱くなかった。 黒子が逡巡していたせいで冷めてしまったのかもしれない。 それでも立っていられないぐらいになって座り込んでうずくまると黄瀬が寄ってきて黒子の顔を舐める。 毛繕いをする猫のようだ。全身を舐めまわすような勢いに黒子はたじろいだ。 「や、くすぐったいです」 「……あれ、黒子っち。目が」 「…………あ、ちょっと右が見えなくなったかもしれません」 右手でチョコレートを頭に引っ掛けたので右の顔面が特に打撃を受けた。 もっと上手くやれば良かったと思いながら黒子は黄瀬に謝った。 「いいっスよ。黒子っち、外は楽しかった?」 「やっぱり家が一番です」 「そっか。じゃあ、今年は三倍返しはなしっスよ?」 去年のバレンタインデーは黄瀬に卑猥な贈り物をされたのでホワイトデーに三倍返しとして黒子は自分のオナニーを動画で送った。ちょっとした悪ふざけだ。オナニーであるというのに誰かがいるように見せた悪趣味な代物に黄瀬は引っかかった。 黒子に相手は誰なのかと詰め寄っていないと説明しても聞きはしない。 そして、黒子はそのまま黄瀬の家に軟禁された。 家の外に出る以外の自由は許されたが誰とも連絡をとることはない。 毎日毎日黄瀬がどれだけ黒子を好きなのか聞かされ続ける生活。 それで黒子のほうも頭がおかしくなってしまった。 狂った生活から解き放たれたいと思う気持ちがいつの間にか消えていた。 黄瀬が大量の誕生日プレゼントをもらって帰ってきたときにその気持ちは弾け飛んでしまった。 監禁するものと監禁されるものが入れ替わる。 黄瀬は自分が黒子にしていたことでも自分がされることを嫌がった。 束縛を嫌がり外に出たいと喚く。だから黒子は自分の小指を切り落とした。 混乱して逃げ惑う黄瀬の足の指を落としてやっとお互いに反省しあった。 愛し合っているのに疑いあうなど馬鹿げている。 そう結論を出してめでたく黒子は自分が監禁される生活から黄瀬を監禁する生活に変わった。 意外に小指がないと不便だったが今の黄瀬ほどではない。 痛みを感じていないような顔で黒子を舐め終わって嬉しそうにしている。 「指、ちゃんと処理しました?」 「大丈夫っスよ」 「そう言ってキミ、この前まで熱出して寝込んでたじゃないですか」 「黒子っちが寝たら病院行くっスよ」 首輪を外して黄瀬は黒子につけた。 もし黒子が黄瀬にチョコレートを引っかけていたら黄瀬はどうしたのだろう。 黒子のことを四本の指で握りしめている包丁で突き刺したのだろうか。 「やっぱオレ、黒子っちが外に行くの耐えられねえっスわ」 「ボクは案外平気です」 「でも、オレと離れない黒子っちが好き」 もう三倍返しなんてしない。 命がいくつあっても足りない。 悪ふざけでこんなことになるなんて思わなかった。 きっとそれはバレンタインデーに自分の男性器を持ち前の器用さで作った去年の黄瀬も思っていたかったはずだ。 中から精液が出てきたりしなければ黒子だってホワイトデーに驚かせてやろうと考えたりしなかった。 右目の視力を著しく落として小指の欠けた黒子は足の指をすべてなくして左手の指が四本しかない黄瀬と一緒に生きていく。 「家の中で黒子っちが帰ってくるのを待ってると思うんスよ」 それはかつて黒子も思ったことだ。 「黒子っちが動けなくなるぐらいの怪我しちゃえばいいって」 黒子の服を脱がしてキスをしながら「思うだけっスよ」と笑う。 命を取るか自由をとるか。 黄瀬を部屋に監禁して黒子がどこか遠くに逃げたとしたらきっと絶対に殺される。 このまま黄瀬を監禁し続けても黒子はいずれは殺される。 心がすでに囚われているから。 一番安全なのはこうして黄瀬に軟禁されることだ。 「愛してるからそんなことしないよ」 同じ口で「愛してるから黒子っちの周りにいる奴らを皆殺しにする」と冗談ではありえないことを黄瀬は口にしたのは昨日のことだ。 その後 「あ、黒子っちまだチョコドリンクあるっスね」 「はい、二つ分買ってます。飲みますか」 「黒子っち飲んでいいよ。飲みたかったんでしょ」 「はぁ……」 「桃っちからもらったチョコってどうしたの? 昨日のウチにバレンタインにってもらったでしょ。……答えろよ」 「食べました」 「なんで? なんで食べるんスか? オレのチョコがあんのに!」 「黄瀬君へのチョコも食べました」 「なんで?」 「黄瀬君とボクのチョコがお腹の中で一体化してます」 「どっちも桃っちのチョコじゃん! 黒子っちの浮気者っ」 「黄瀬君が作ったチョコはさっき食べたのでこのチョコドリンクを飲めば同じです」 「外側にチョコドリンクかけて食べて中もチョコだし?」 「下ネタ禁止です」 「黒子っちが下の口から食べたいって言うならオレ頑張るっスよ」 「気持ち悪い」 「黒子っちは何してもかわいいっスよ」 「気持ち悪い」 「まあ、ハヤシライスに下剤はいってるからどうせ桃っちのチョコはすぐに黒子っちの中から出てっちゃうけど」 「下剤って……」 「前に黒子っちがオレに『糞尿にまみれて死ね』って言ったときに使ったやつ。残ってたっスよ」 「黄瀬君、性格悪いです」 「もう、あんとき、黒子っちが下剤入りの食事しか用意しないからオレ食べるものなかったんスよー」 「キミが悪いです」 「なんで? 何が悪いんスか? オレは黒子っちを殴ったことないし、暴力なんてふるったことないよ。黒子っちが勝手に発狂して自分で小指千切って今回だって自分で熱いの顔にかけたんじゃん」 「そうですね。そういうことにしておきます」 「黒子っちってばホント責任転嫁好きっスね」 「キミは底意地が悪いです」 「そんなことないっスよー。こんなに愛があふれてる。ハッピーバレンタイン〜」 「悪趣味です」 そう言って黒子はトイレに籠った。 2014/02/14 |