箱に入っているだけの簡単なお仕事についている黒子の話。
パラレル・年の差・ヤンデレ・仲良し・親子?赤黒。


箱入り息子





 大切に大切に愛されている人間を箱入りと称したりするらしい。それをいうなら黒子は箱入り息子なのか疑問だった。物理的な話でいうのなら間違いなく箱入りなのだが黒子テツヤは親に売られて幼いながらに仕事についている。
 とても簡単な仕事なので黒子でも平気だろうと任されていて実際に問題は起きていない。
 評判は上々で店の中での扱いもいい。そのことに関して黒子は何も感じない。何を感じるべきなのか知らない。
 親に売られたというのも最初は意識がなかった。
 ダンボールに入れられている黒子を店の人間がまるで捨て犬を拾うみたいだと苦笑していたのを覚えている。着る服もないので風よけ代わりにダンボールに入れられていただけの黒子は犬のようだったかもしれない。今も扱いは変わらない気もした。ダンボールではないが箱に入るのが黒子の仕事だ。この仕事に就いた時、この店の子供になったのだと教えられた。だから元いた親の場所には帰れない。
 箱に入れられた息子なら箱入り息子なのだろうか。
 誰にも大切にされずとも箱入り息子と言えるのだろうか。
 よく分からないままに黒子は今日も箱の中に入る簡単な仕事に就く。
 何も考えることはない。最初のころは多少苦しかった。一週間ほどは息苦しくその後は内臓が圧迫されるようだった。暴力的な痛みや恐怖や空腹や寒さとは無縁だったのであまり困ったりしない。お腹が空いて喉が渇いて食べ物をねだることすら知らなかった頃に比べると待遇は最高だ。
 なにせ、仕事は簡単だ。
 黒子は朝に用意された朝食を摂って裸になって箱に入る。
 コツを得てきたからか黒子はこの仕事が嫌いじゃない。
 四つん這いになって頭とお尻の部分にだけ穴があけられている箱に身体をセットする。粗末な手作りの木箱。犬小屋に手を加えたものだという。最初は怖いと思っていたが今ではミシミシと音がするそれにも慣れた。尻は箱の外に突き出すような状態で固定される。黒子の意思で箱の中に引っ込めることはできない。そもそもがそんなスペースもない。箱の中は窮屈だ。元々が犬小屋ならこんなものかもしれない。
 頭のほうはその時によりけりで違う。
 口を使わないといけない時は亀が甲羅から顔を出すように箱の外に顔を出すがそうでない場合は折り畳んだ体に密着するように首を下に向ける。正直つらい。息苦しい。
 耳栓と目隠しと口を閉じられないように拘束される器具をつけて黒子は顔を箱の外に出す。そして、噛んではいけないと厳重に言い含められたものを口の中に迎える。何であるのかは知らないがその時々で違う。
 苦かったり無臭だったり濡れていたりやわらかかったり硬かったり熱かったりする。ピクピクと痙攣するような動きをすることがあるのでもしかしたら何かの生き物なのかもしれない。それなら歯を立ててはいけないというのも分かる。耳も目も使えないので分かるのは舌先の感覚。それと教えられていたのが口の中に液体を出されたら合格だということだ。最初は意味が分からなかったが時間が経つにつれて黒子はやり方を覚えていった。何もしないで放っておくよりも舌を絡みつかせて動かしたり奥までやってきた時は喉の奥を締めるようにした方がいい。
 なるべく早く液体を吐き出させるのが優秀であるらしいと店の人間の反応から思った。
 口への蹂躙は最初息苦しくつらかったがゴールが分かれば頑張れる。永遠に続くわけじゃない。自分の努力でどうにかなるのだから出来るだけ頑張るしかない。
 後ろへの侵入は内臓を攻撃されるような苦しさがともなった。硬いものがお尻の穴から入ってきて抜き差しされる。
 事前にトイレに行くように言われたり薬をたっぷり塗られていることもあって痛かったことはそれほどない。ただ、内臓が押される感覚は気持ちが悪いものだった。
 そして、これも永遠ではない。苦しくても終わりの時間がある。液体を吐き出させると終わりの時間が早まるのだという裏技は口の中に限ったことではないのだと黒子は最近になって知った。
 箱の中で身動きがとれるわけでもない黒子に出来ることといえば意識的に身体から力を抜くことだ。そうすると内臓をついてくるナニカが身体の奥まで届いてきてとても気持ちが悪かったがどうやら早く終わるのだ。

 そんな風に過ごして半年が経った。

 黒子は随分と大きくなった。
 箱に入るのが難しくなった頃、暇を出された。
 つまりこの箱に入っているだけの簡単な仕事を黒子はクビになったのだ。箱に入っていることもまともに出来ていなかった自分に絶望しつつ黒子はある屋敷に連れてこられた。引き合わせた黒子よりも年上の青年は見覚えがある気がしたが相手は「初めまして」と黒子に言った。
「初めまして、黒子テツヤ。オレはこの屋敷の主人で今日からお前の保護者になる赤司征十郎だ」
 無言でいる黒子に赤司は「自分が置かれている立場はわかる?」とたずねた。黒子は素直に首を横に振る。
「お仕事がクビになりました。その後にどうなるのか知りません」
 仕事がなくなったらどうなるのか想像できない。
 またダンボールの中で座っているのだろうか。
 それならわざわざこんな屋敷の中に入る必要はない。
「仕事……自分が何をしていたのか分かってる?」
「箱に入っていました。そうするのがお前の仕事だって言われました」
「今日からもうそんなことはしなくていいんだ」
「はい、クビになりました」
「そういうことじゃなくて……いや、いいか。今までのことは全部忘れるんだ。それが黒子のためだ。オレも触れることはしないよ」
 赤司が微笑んであたたかい飲み物をくれた。
 砂糖を入れることを勧められて黒子は角砂糖を三つ入れる。砂糖はすぐに溶けた。甘い液体が気に入って息を吹きかけて冷ましながら黒子は夢中で飲む。
「三日後から学校へ通えるように手配をとるつもりだけれどいいかな?」
「学校って何ですか?」
「いろんなことを教わる場所だよ」
「知っていいことってあります?」
「自分の力で判断できるようになる」
「自分の力で物事を判断できるなら学校に行かなくてもいいんですか?」
「行きたくないのかい?」
 キョトンとする赤司に黒子は仕事に戻りたいと口にした。
 それは箱に入っているのが楽だからという理由だけじゃない。仕事を上手くこなせていると思う気持ちがあったからだ。黒子はやっと仕事に慣れたと思っていた。
 それは勘違いに過ぎなかったということが悔しい。
 歯を立てないように頑張れたし、めまいがするような振動にだって耐えてきた。ここで終わるのはイヤだった。
 思わず泣き出した黒子に赤司は困る顔もせずに「テツヤは偉いね。立派だよ」と頭を撫でてくれた。
「おいで」
 そう言われて黒子は地下室に案内された。
 空調は聞いておらず肌寒い。けれど、ダンボールの中にいた時よりも全然マシだ。色々な器具があるその中で大きめの箱が置いてあるのを黒子は発見する。視線に気づいたのか赤司は「これはマジックショーで使っていたものらしいんだけど」と言って見せてくれる。黒子が入りたそうにしているのに気付いたからか赤司はいくつもついている南京錠を外して黒子を注視した。言葉を待たれているのだと気付いて黒子は「この中でお仕事できますか?」とたずねる。赤司は黒子を抱き上げて木箱に入れながら「明日中にできるように手配をするよ」と笑った。その顔は見たことがあるものだ。
「あなたはボクを買った人ですか?」
「……テツヤは物覚えがいい方だね」
「すぐに分からなかったです。似ている人かと思いました」
「間違ってはないかもしれない。これは僕しか知らないテツヤとの秘密だからね」
「秘密ですか」
「テツヤはこれを仕事と言ったね。仕事には守秘義務というものがあるんだよ。義務を守れなかったら信用を無くしてしまう。廃業だ」
「それは困ります」
 すでに一度クビを経験した身だからこそ仕事はきちんとこなしたい。
「僕がテツヤを箱に入れることも箱に入れている間のことも誰にも言ってはいけない。もちろん、赤司征十郎自身にもだよ。テツヤは守れるかな?」
「口は堅いです」
「じゃあ、一緒にお風呂に入ろうか。その間に夕食の用意を頼んでおくよ。来てそうそうに疲れただろうから今日はもう休むといい。明日から仕事は忙しくなるよ」
 無事に再就職できたことに黒子は心の底から安心した。
 学校がどういうものであるのかの説明や今後のことを入浴中に赤司に色々と教わりながら身体を洗われる。
 今まで自分で身体を洗えている気がしたが不十分だったらしい。赤司が潔癖症なのか完璧主義者なのか知らないがシャワーを浴びて五分もせずに風呂から出る黒子は初めて一時間以上もの時間を浴室で過ごしてのぼせた。

「黒子、気分はどうだい?」

 心配そうに黒子の容体を聞いてくる赤司に黒子は何も答えられない。気力がなくなっていた。
「お風呂に慣れていないとは思わなかったよ」
「ごめんなさい」
「謝る必要はない。夕飯は豪華なものにするつもりだったけれど胃に負担がかからない軽いものにした方がいいね」
 どうして豪華なものだったのか気になったが黒子が食欲はあまりないと告げるとポタージュが出てきた。野菜をペースト状にしているので栄養抜群らしい。ドロドロとしたものはいつも口の中に吐き出されていた飲み物を連想する。
 薄味ながらも濃厚な野菜の香りのするポタージュとは違い青臭い液体。仕事をした対価、証明のようなものだ。
「これから一緒に暮らしていくと何か不都合が出てくるだろうけれど、遠慮なく言って欲しい」
 これは引っかけだ。間違いないと黒子は確信した。赤司は黒子の「守秘義務」に対する意識がどの程度のものであるのか見定めようとしている。もし、黒子から仕事の内容に対して愚痴が出てきたらクビにする気だ。
「出来るだけのことはさせてもらうよ」
「どうしてです?」
「オレは黒子の親になったんだ」
 つまり仕事をしている分には永遠に衣食住を保証してくれるらしい。
「本来なら独身であるオレには難しいというよりも出来ないことなんだけれど人の力添えもあって何とかなった」
「どうしてボクの親になりたかったんですか?」
「その件はもう少し後に、黒子が大きくなってから話そう」
「何でですか」
「黒子はまだあまり物事を知らないからすぐには意味が分からないだろうからね。自分で判断できるようになってから聞いてくれ」
「学校を卒業したら話してくれますか?」
「そういうことになるね」
 もう寝るようにと促されて黒子はやわらかなベッドで眠る。明日に無事に仕事を再開できることを願っていた。











 無事に黒子は学校を卒業した。
 それでも赤司はまだ早いと話をしてくれない。
 仕事は順調だった。
 物覚えが早く柔軟だと赤司は黒子を褒めてくれた。
 嬉しくて誇らしかった。
 黒子は無事に学校を卒業した。
 それでも赤司はまだ早いと話をしてくれない。
 仕事は好調だった。
 いろんな箱を赤司は黒子に与えてくれた。
 効率は良くなった気がする。
 身体が育ったせいか黒子にも体力がついた。
 箱の中にいるのがつらいと感じることはない。
 友人と呼べる人間が数人できたがみんなして黒子の置かれている環境に同情していた。どうして哀れまれるのか分からない。食べるものにも着るものにも不自由しない生活は楽だ。仕事といえば箱に入るだけの簡単なもの。今度はクビにならないように黒子はいつでも精一杯頑張っている。
 頑張りは赤司も認めてくれていて仕事を言い渡される頻度も増えてきた。言い渡されるというよりも気が付くと箱の中にいるので仕事をしないといけないと我に返る。寝ている時にいつの間にか仕事が始まるので多少は大変だったが仕事とはどんなものであっても大変なものだ。
 バイトを始めた友人たちの愚痴を聞いていると黒子は箱の中にいるだけでいい楽な仕事の話をしたくなる。だが、守秘義務がある。気軽に業務内容を口にしてはいけない。

 黒子は淡々と仕事をこなして大学を卒業した。
 大学院に進むか就職するか進路について考えていたときに赤司は黒子に告げた。

――これから一生、そばにいて欲しい。

 黒子はそれに頷いた。すると進学も就職も必要ないと抱きしめられた。あえて言うなら赤司のそばにいることが就職であると言われて黒子は納得した。
 箱に入るだけの簡単な仕事を黒子はずっと続けるだけでいいらしい。就職難に苦しむ同級生に言いたくなるが内緒だ。折角もらった内定が消えてしまう。
 大学の卒業式の日にも黒子は勤労に従事した。
 誕生日にもらった指輪を薬指にして箱の中に入る。
 疲れていたこともあって黒子は赤司を待っている間に眠ってしまった。起きた時にはなぜか熱かった。覚えのある熱だ。物心ついてからすぐに黒子の家は全焼した。そして、何者かに誘拐されて浮浪者の世話になっていた。家に帰りたいとかお腹が空いたと口にするとこうしてやると子供の腹が引き裂かれた写真を見せられたので黒子は黙ることを覚えた。今にして思うとあの写真は海外の戦争の犠牲になった子供たちだった。
 ダンボールの内側に飾られた悲惨な子供の写真。下手なことを口にすると自分がそうなるのだと黒子は勝手に怯えていたが浮浪者が子供の写真を飾っていたのは趣味か何かだったのだろう。特にひどいことをされたことはない。
 その次に赤司が浮浪者に金を渡して黒子を人に預けた。
 経緯については赤司本人から詳細を教えてもらって知っているが黒子の記憶の中に深く息づいているのは浮浪者が寝起きしていたダンボールが勢いよく燃えていたことだ。
 焦げ臭さそれは黒子の記憶を刺激する。
 以前に仕事をしていた職場を記憶をさかのぼって突き止めたがその跡地は焼けていた。所有しているのは赤司征十郎だという。赤司の別荘があった場所が黒子の仕事場だ。雇用主が変わったのかと思っていたが変わったのは勤め先の住所だけで黒子の業務内容も雇い主も実のところは変化はなかったということは黒子はクビになったことはないのかもしれない。赤司にすればこれが正式な雇用であり今までは試用期間つまりはバイトの扱いだった。
 噛み合わないいくつかのこともそれなら納得できると黒子は箱を燃やしている赤司に声をかける。
「ボクはどこにいればいいですか?」
 また職場が変わるのだ。地下室ではない場所。
 手を引かれて赤司の寝室に連れていかれる。
 何度か来たことがある。
 その中に知らないものが置いてあった。
 巨大な金庫。
「人が入れるほどで窮屈さがないとなると作るのにいろいろと時間がかかってしまった」
「ボク専用ですか?」
「部屋一つを金庫にしようかと思ったけれど広すぎるのも苦手だろう?」
「赤司君、入っても?」
「もちろん、どうぞ」
 金庫の中にはベッドが用意されていた。そして、各種棚と冷蔵庫のようなものが見える。
「三日間この中にいることも出来る」
「トイレは?」
「携帯トイレというものを知っているかな? 本当は災害時に使用するものだけれど匂いも外に漏れない便利なものだ。ここに用意しているよ」
 そう言って赤司が棚の中に入っているエチケット袋のようなものを見せてきた。
「ここでボクは……」
「いるだけでいい」
 昔から今まで黒子のするべきことは変わらない。
 箱の中にいることが仕事だ。なんて簡単なんだろう。
「赤司君、ボクのこと大切ですか?」
「当たり前じゃないか。そうじゃないとこの世で一番頑丈なものを使ったりしないよ」
「戸籍ってそんなにスゴいんですか?」
「家族になるっていうのはそういうことだよ」
 黒子と赤司は戸籍上、間違いなく親子だ。
 養子縁組というものではなく黒子の母親と赤司は結婚しているらしい。家が燃えて意識不明の重体になって今でも寝たきりにあるという黒子の実の母が赤司の妻であるというのなら黒子がクビになったと思ったあの日に赤司の家に連れてきてくれた警官たちの励ましや心配がよく分かる。希望するなら施設で生活できるとも教えてくれた。逃げようと思えばいくらだって逃げられるような場所に黒子はいた。だが、逃げることなく向き合った。
「赤司君、ボクのこと大切ですか?」
 もう一度、黒子はたずねる。
「大切で大切で仕方がないから大人しく箱にしまわれてくれ。それ以上は何も望まない」
 結構、大きな望みだと思いながら黒子は満足していた。
 自分はちゃんと箱入り息子なのだと、そう思った。










黒子に触れてるのは全部赤司。


2014/2/11


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