黛大学生一年と赤司と黒子高校二年。 冬の話。 ジャンプネタバレあり。 誕生日を祝われに来たサンタクロース 「僕も誕生日になるわけだからテツヤをくれ」 知るかと吐き捨てて黛が玄関の扉を閉めなかったのは赤司がサンタクロースの格好をしていたからだ。 さすがにツッコミたい。 「まだだろ」 思わず白い髭を指さす。 今日は十二月十九日の夜。 あと数時間で二十日になる。 クリスマスには遠い。その前にウインターカップが始まる。だというのにこれはどういうことだ。余裕の表れなんだろうか。 「こんな時間にテツヤが一人暮らしの男の家にいるのは問題だ。千尋が警察沙汰になってしまうよ」 これ以上になく余計なお世話だった。 赤司が何もしなければ警察は介入してこない。 以前に騒ぎになったのも赤司のせいだ。 「サンタクロースの格好をした放火魔とかいるらしいな」 「僕はまだしていない」 これからする気なら家に入れたくないが玄関先にずっとサンタクロース姿の男がいる状況も外から見ると問題がある。どちらにしても黛の立場は悪いものになる。大きな荷物を赤司が手渡してくるので黛は思わず受け取った。 「重いな、なんだ?」 「千尋の喜びそうなものをチョイスした」 気に入るに決まっていると胸をそらせる赤司に仕方なくプレゼント包装された中身を確認する。本だった。小説だ。 「時計仕掛けの林檎と蜂蜜と妹。か……」 赤司と屋上であった時に自分が読んでいたものだ。 覚えているとは思わなかった。 「初版で揃えていると言いたいか? それはサイン本だ」 自信満々に言い放つ赤司。 見れば確かに表紙をめくってすぐの場所にサインが入れられている。 「だから何だ?」 「嬉しいものなんじゃないのかい」 キョトンとした顔をする赤司には悪いが黛にとって価値はない。 「一度読んだ本をもう一度もらっても邪魔になる」 「作者のサインは?」 「別に作者がキライってわけじゃないさ。ただ嬉しくもなんともない。本は本だろ」 自分の分はあるので布教用として使わせてもらうのもいいかもしれない。勧めても黒子がなかなか読まないので赤司を餌に読ませるのもいい。 「作者との交流なんかするつもりはないからサイン会とかも興味ない。新作を早く書いてもらったほうが嬉しいね」 「なるほど。来月発売の新刊なら価値があるかな?」 すすっと赤司が取り出した本の表紙と巻数に黛は固まる。 ネットで見ていたままの新刊の姿があった。 「早売りにしても早すぎるだろ」 「ちょっとツテがあってね」 靴を脱いで赤司が入ってくる。追い出す気は失せていた。 ゆっくりしていけとは言わないあたりが黛の大人の汚さなのかもしれない。 見ると黒子がうなり声をあげて寝返りを打っている。 「赤司が来たぞ」 一声かけると黒子は飛び起きた。 だらけていたのが嘘みたいだ。 立ち上がった後に寒いと思ったのか先ほどまで入っていたコタツの中に戻る。くしゃみをする黒子に脱ぎ散らかされた服を黛は放り投げた。 「ありがとうございます」 「この時期にタンクトップだと……」 驚く赤司に黒子は恥ずかしそうな顔をする。 黛の前では羞恥心などなかったのに言い訳するように「暑かったんです」と口にする。 そう思うならさっさとコタツから出ろと言いたいところを黛はため息でおさめる。 言ったところで黒子は聞きはしない。 上はタンクトップ、下はトランクス姿。ゆるみすぎだ。最初は履いていたズボンもコタツの中に一時間も入っていたら暑いと脱ぎ捨てていた。 肩まですっぽりコタツの中に入って本を読んだりミカンを食べたり自分の家以上に黒子は黛の家でくつろいでいる。 赤司が目を見開いて黛につかみかかる。 想定できる反応だ。 「テツヤの肌がほんのり赤いっ!!」 鬼気迫る様子でそんな黒子の様子を実況中継されるとは思わなかった。だからどうしたと遠い目になる。 「テツヤがかわいすぎてこのまま息が止まってしまう」 「サンタクロースはそんなことを言いに来たのか?」 「……そうだったね。思わず取り乱してしまった」 咳払いをして赤司が服を着た黒子にプレゼントを差し出す。何を渡しているのか気になって黛も覗き込む。 「赤司君はあわてん坊のサンタさんですね」 嬉しそうにはにかみながら中を見る黒子。 出てきたのは冊子だった。どう見ても住宅情報誌。 「あわてん坊? もう一年待つべきだっただろうか……?」 「そういうことじゃないな」 聞いてくる赤司に黛は仕方がないから歌って見せた。 「その歌は小学校の頃に歌ったかもしれない。リンリンのところでベルを鳴らしたりカスタネットを使ったり……」 「今は赤司君も人の子だったんだと小学生時代の話を聞く場面じゃありません。興味ありますけど……これは何です?」 「これは本だね」 「何の本ですか?」 「不動産情報が掲載されている本だ」 「何のための本ですか?」 「僕とテツヤの将来の家を決めるための本だよ」 「なんで英文を訳したみたいな会話してんだ」 「テツヤが見てわかるのに聞いてくるからいけない」 ボールペンを指さしてこれはペンですと会話するようなおかしな二人に黛は手元にある新刊を読みたい欲求が阻害される。 「黒子にそこに載ってる物件をクリスマスプレゼントするとでもいうのか?」 「そうだ」 「ドッキリです?」 「テツヤが喜んでくれるかと思って……」 「ボクは進学しても実家住まいを続けるつもりです」 「一緒に住もう」 「折角ですけど」 断り文句が続くのが目に見えているので赤司は「いつになったら頷いてくれるんだ」と黒子の言葉を遮った。 「赤司、諦めろ」 「誰かと暮らすのは疲れます」 「千尋とは一緒にいるのにっ!?」 先ほどのだらけきった姿で疲れているといっても説得力がない。 「言うほど一緒にはいません。ボクも部活があります!」 「千尋が誠凛に顔を出しているのは知ってるよ」 「便利屋さんです」 「ちょっと荷物持ちに駆り出された。あそこのカントクは食えないな」 「千尋は洛山のものだ!」 「オレはオレのだ」 「ただで旅行で来ていいって言ってたじゃないですか」 「合宿中の料理分、食費が浮く」 「バイトをしていればその分、給料が入ってくるだろ」 「景気づけに豪華なもの食べたり、パァーっと豪遊したりもすんだよ。だから、適当に関わって美味しいおこぼれを頂戴してる。黒子たちが練習してる間は本を読んでていいしな」 「なんだかんだで練習混じってますよね」 「適度に運動したほうが飯はうまいからな」 「千尋が……千尋が寝取られた。誠凛許すまじ……」 ひげをとって赤司が憤りをあらわにする。 「あいつらにプレゼントはやらない」 「用意してたんですか」 「黒子から渡してやればいい」 サンタクロースの衣装を脱ぎ捨てる赤司。 「これ、後でボクが着るんです?」 赤司が外したひげを口元につけて黒子は言った。 ふぉっふぉっふぉと笑っている黒子を見つめた赤司が「これが間接キスかい?」と聞いてくるので黛は否定した。 「間接キスっていうのはこういうのだ」 テーブルの上に剥いたままで放置されたミカンをとって黒子の唇に触れさせる。食べ飽きてミカンを口に入れたくない黒子は唇を尖らせて拒絶した。そうなるのは分かっていたのでミカンは赤司に持っていく。 唇に触れたミカンに驚いたのか口が開く。 その中にミカンを押し込んでやる。 「これが間接キスだ」 黛の言葉は聞こえていないのか赤司は床に膝をつけて沈黙した。 「怒ってます?」 「喜んでるんだろ」 新刊代の働きはしたとコタツに入りながら乾いてしまったミカンを見る。 「食べきれないなら剥くなよ」 「一緒に食べると思ったんです」 「赤司に食べさせてやれ。きっと喜ぶ」 疑いながらも黒子は黛の言う通り赤司にミカンを向ける。 「赤司君、あ〜ん、です」 何も言えないのか口を大きく開ける赤司。黒子はその中にミカンを放り投げた。面白かったのか新しくミカンの皮を剥いて赤司の口の中に入れていく。 「赤司、飲み込まないと窒息するぞ」 「吐かないでくださいね」 ミカンを丸ごと二つ分は赤司の口の中に放り込んでおきながら黒子は言った。 「もったいない気分になってるなら気になるな。頼めばいくらでもやってくれる」 「ミカンって剥くときに両手を使うので本を読んでるときに本を置かないといけないんです。それが嫌なので」 「剥いて剥かれて」 あるいは自分で剥いて備えておく。 何か言いたいことがあったのか赤司が黒子と黛から顔を背けて口を動かした。しゃべりたいことがあっても口の中のミカンが邪魔で発音できないらしい。早く飲み込めとうながしてもなかなか話し始めない。 正面を向き直った赤司は「食べてしまった……」と名残惜しげな顔になる。 「千尋、ありがとう。千尋はやはり僕の味方だね」 「オレはオレの味方だ」 「ミカンを剥いたのは僕です」 黛が褒められているのが気に食わないのか黒子は黄色くなった手をアピールしてきた。 「テツヤはどこがいい?」 まだ諦めていないのかマンションを指さしながら言った。 「実家から離れません」 「この頃は実家から独立しない人間のことを独身貴族というらしいじゃないか」 「それ、結構前からです」 「よくないと思う」 赤司が黒子の肩をつかんで言い出したが金銭的なことを考えるなら別に家を出る必要もない。 「一緒に暮らそう」 「ヤです」 きっぱりと答える黒子はこういうところは頑固だ。 「赤司と一緒に暮らしたら結局、実家暮らしと大差ないだろ。人に頼りきりになるのがいけない、自立しろっていうならな」 「……そうか!! 千尋の言うとおりだ。僕がテツヤにとって実家にも等しい存在なら今ぐらいの距離が一番だ」 目から鱗が落ちたと黛を見てくる赤司。 (こいつも頭がいいのにアホなところがあるな) 黛からそんな風に思われていることを知らない赤司は黒子の手を握って「テツヤの気持ちは受け取ったよ」と感動していた。何も言わないのが平和だろう。 「ボクはプレゼントなしです?」 「そこを気にするとは意外にせこいな」 「赤司君のサンタさん姿を見たということで……いいかなと思います」 「テツヤは何か欲しいものはあるのかい?」 「とくには」 そう言いながらミカンの皮をむいて赤司に食べさせる。 「このミカンは酸っぱいね」 「ミカンって酸っぱいものです」 その通りではあるが黛の家にあるミカンは黒子の母方の実家から送られてきたという山のものだ。特に肥料をあげて構っているわけでもない山や庭になっているものを収穫したミカンなので市販されているものよりも味にむらがある。ただなので黛はいくらでも持ってくればいいと思っているが上品な赤司の口には合わないらしい。 「……種が入ってる」 「? ミカンはふつう種があります」 「そうなのか……知らなかったよ」 「あ、あれか、田舎みかん?」 「品種の違いなのかな。僕は初めて遭遇した」 「言うほどお前もミカンなんか庶民的な食べ物を口にしないだろ。エリート坊ちゃん」 「そんなことはない。冷凍ミカンは部活中の楽しみだったよ。ねえ、テツヤ?」 「え? あ、美味しかったです……。でも、急に温度下がるといけないからって赤司君が頻度下げてました」 「一度テツヤが吐いたことがあったからね」 激しい運動の後に冷たいものと考えると身体が追いついていなかったら吐くかもしれない。 「消化できていないミカンがデロッと床を汚して食欲が失せた」 「すみませんでした」 頭を下げる黒子に想像して黛もミカンを食べたくなくなった。これが二次被害というやつか。 「酸っぱい匂いが漂って……」 「もうやめてください」 過去のゲロ話をしながらミカンを食べる赤司は上級者だ。 感心している黛も対して赤司もミカンを剥いて「はい、千尋」と言ってくる。高度な嫌がらせなのか純真のなせる技なのか。面倒なので赤司が丁寧に白い筋をとってくれたミカンを黛は口にする。 「筋は栄養があるというけれど、つい取ってしまう」 「赤司君って変に几帳面ですね」 「黒子は少しとってやれよ。それはもこもこすぎだろ」 田舎からの贈り物は野性味たっぷりだ。 筋がついているなんていうレベルを超えて真っ白くなっている。 「爪の間にミカンの筋が入るのヤです」 「いいよ、テツヤ。気にしないで」 「黒子に対して甘いな」 「いいです、ボクへのプレゼントは赤司君が黙ってミカンを食べることです」 随分と適当なクリスマスプレゼントもあったものだ。 「……あ、もうすぐで赤司君の誕生日ですね」 「覚えててくれたんだ」 「当たり前です」 心の中で嘘つけと黛は吐き捨てた。 コタツでゴロゴロと堕落している黒子に黛が教えたのだ。 「……三、二、一、……誕生日おめでとうございます!」 そう言いながら黒子は部屋の壁を一面覆い尽くす本棚から一冊とって赤司に渡す。 「おめでとう。オレと黒子からだ」 「赤司君が来ると思ってなかったので包装も何もしていなくてすみません」 「ウインターカップの時にでも黒子が渡す予定だった。まあ、当日に渡せてよかった」 黒子が赤司に渡したのは一冊のファイルだ。 赤司が誕生日だと黛が言ったときにもちろん何かを渡したほうがいいと二人とも思った。だが、赤司が喜びそうなものというのがイマイチ分からない。 「テツヤ……千尋……」 ファイルに収まっているのは写真だ。 「今はケータイの画像をコンビニでコピーできるだろ」 黒子と黛はお互いで画像のデータを放出した。 そして、それをファイルにまとめた。 「そっちの写真は?」 本棚の隅にある写真を発見されてしまった。 「あぁ、夏の合宿風景だ。……時間がなかったからファイルを用意できなかったんだ」 元々は夏の合宿の時の写真を収めていたファイルだ。 合宿の後にしばらくしてから記念ということで誠凛のカントクから貰ったものだった。やけに黒子の比率が高い。余計な気を回されたようで気恥ずかしい。 「こういうのを赤司君に見せても仕方がないので……」 「いや、こっちがいい。千尋、これをくれ」 一歩も引かないと赤司が目を見開いて写真をつかむ。 「この犬畜生はどうでもいい」 真顔だった。 「オレと黒子の二号特集が気に入らなかったか?」 「テツヤに似ている犬よりもテツヤ本人がいいに決まってる」 「この振り向き二号はとてもかわいいです」 渾身の出来だと黒子が写真を指差しながら言う。 瞬きをした後に赤司が合宿中の写真から手を離した。 「目の前にいるテツヤ、プライスレス。……千尋、そういうことだね。わかったよ」 「オレはわからん」 「写真に収められたテツヤよりも犬の写真に喜んでる生身のテツヤが一番だ。この写真は大切にするよ。ありがとう」 いつにどこで写真をとったのか黒子が赤司に語る。 自分の写真の腕を自慢するのと同じくテツヤ二号を気に入ってもらいたいから「かわいいです」と自慢するのだ。 赤司は写真ではなく黒子しか見ていないので噛み合うことはなさそうだ。 「千尋、東京には慣れた?」 「それを心配して来てるわけでもないだろ」 「一つのことだけを考えて行動しないといけないのかい」 黒子をたずねて来ているのだと思っていたがそれだけではないと言われて照れくさい気持ちになる。 誤魔化すように黛は赤司からのクリスマスプレゼントである新刊を読もうとするが黒子に取り上げられた。 「明日だって読むのは間に合います」 その通りかもしれないがいつ読むのかは黛の勝手だ。 「シャンパンあるじゃないですか。飲みましょう」 ノンアルコールのシャンパン。 炭酸が苦手な黒子には無縁のものだと冷蔵庫にしまいっぱなしだった飲み物だ。 「いいのか?」 「無礼講です」 これも全部、赤司がサンタクロースの格好なんかしてきたせいだ。だらだらと今日もまた語り明かして終わる。 2014/2/9 |