2013年冬コミ1日目発行 とらのあな→http://goo.gl/pBSAEw

注意:ヤンデレ・監禁・軟禁・強姦・睡姦・大人の玩具・ボケボケ社会人赤黒・黒子に彼女がいた過去あり

(サンプルはエロより人を選びそうな黒子の彼女(出番は一切なし)に触れてるところや赤司のヤンデレ具合をセレクトしました)

酔っ払い黒子がちょっと吐いてます。苦手な方はご注意ください。


愛しかないのにゴミ屑みたい




 どうしてこうなったのかよく分からないままに黒子は赤司に服を脱がされた。酔いが回って上手く動けない。何か言おうと思った口元にハンカチを詰められる。そこで、ようやく異常を悟る。
 逃げないといけない働いた危機感の元にもがく手足は自分の半端に脱がされた衣服で固定されて抵抗らしい抵抗にもならなかった。愚か者を憐れむような赤司の顔に黒子は歯噛みする。どうして自分がこんな目に合わないといけないのか酔いが醒めていく中でハッキリと思い出した。

『淋しいなら一緒にいてあげようか?』

 黒子の手を握りながら赤司はそう口にした。人肌に飢えていたのか優しさが欲しかったのか単純に酔いが回っていたのか黒子は「ありがとうございます」と返して赤司に抱き付いた。こんな風に冗談めかして赤司に甘える日が来るなど思いもしなかったがそれが時の流れというやつだ。
 もう子供じゃない。大人になった。
 社会人になって十年経つか経たないか。
 重要な役目を任されることだって多くなってきて、昔は見えていなかったものも見えるようになってきた。
 仕事が落ち着いたこともあって最近では結婚もしたいと思うようになっていた。三カ月前に彼女と付き合うことになった時にもその話はしていた。結婚を前提でのお付き合い。くすぐったいような日々の始まり。学生時代のような甘酸っぱさはなくてもこのまま相手と添い遂げてもいいと思える程度に二人の相性は良かった。そう思っていたのは黒子だけだったらしい。
 お互いの両親に挨拶だってしたというのについ先日、別れ話に発展してしまって黒子の気分は落ち込みっぱなしだ。
 ちなみに別れる理由は相手の浮気。
 浮気というよりも本命だろう。
 涙ながらに語られた懺悔から読み取れたのは自分よりも魅力的な男性がいたらしいというプライドの傷つく現実。
 黒子の容姿は華やかとは言いがたく十人並みだと言われても否定はできない。けれど、彼女に限らず黒子が付き合ってきた元恋人たちは顔ではなく黒子の性格面を好いていた。ずっと一緒にいたいのだと微笑んだ彼女達は嘘つきばかり。
 安心できる相手として見られているのは嬉しいのに結果として黒子の隣には誰も残らない。
 黒子のことを嫌いになったわけじゃないらしいがそれよりも好きな相手が現れてしまった。一度や二度ではない。自分はそんなにつまらない人間なのかと呆れ返るほど立て続けだ。幸い好いてくれる人間はいるが誰の本命にもなれない。いつだって彼女は、いや彼女達は浮気ではなく別に相手に乗り換えて黒子から離れていく。
 今回、何よりショックだったのはそのことを責めようと思うほど黒子は彼女を好きではなかったことだ。
 結婚を考えていた相手だというのに罪悪感にかられた恋人に心情を吐露されて黒子は引いた姿勢を崩さなかった。心が冷え切っていた。
 彼女は魅力的な人で浮気をされようとその魅力は損なわれてはいないはずだというのに何も感じなかった。好きだと思っていたはずなのに彼女の積み上げられた言い訳には別の相手を選びたいという葛藤が見え隠れしていて悲しみすらなかった。自分が振られている最中だというのに黒子の気持ちは揺れ動かない。ぼんやりと明日の仕事のことなんてものを涙目の彼女を前にして考えてしまった。相手が自分から離れていくのなら仕方がないと思うしかない。
 何が何でも思い直してもらいたいなんて気持ちにはならない。薄情な人間だ。一番悲しいのは自分の非道さを目の当たりにしてしまったことかもしれない。
 そして、何を思ったのか黒子はそんなことを久しぶりに会った赤司に打ち明けてしまった。疲れ切っていたのかもしれない。自分を取り巻くどうにもならない環境を客観的に見て欲しかった。
 やわらかな心にヤスリをかけられたような黒子にとって赤司の人の心を見抜いているような言動やいつもは取っ付きにくい威圧感が安定感に思えて警戒心は蕩けていく。
 アルコールのせいか黒子の口は軽かった。
 今まで会わなかった分、自分がどうしていたのか流暢に語って聞かせた。近状報告ではなくただの不満だ。昔はよかったとは死んでも口にしなかったが今の黒子はどこか失敗してしまったように生活が荒んでいる。荒んでいるのは心のほうでそれをお酒で誤魔化しているのだが限界に達していた。赤司が現れたタイミングは砂漠でオアシスを探している時に水を一杯差し出してくれたようなもので渡りに船、これ幸いにと好意を受け入れて水を飲み干すしかない。
 それで意識もスッキリ爽快。醜態をさらすのは今日限り、そんな区切りに勝手にしていた。
 失礼な話だったが赤司は黒子の傷口に塩を塗り込んでくるだろうと思ったのだ。厳しい言葉も今の自分には必要だと思ったからこそ情けない振られ男の現状を黒子は赤司に口にできた。赤司は優しく励ましてきてくれたりしない。黒子は間違っていてそれがこの結果を招いたのだと自分はわかっていたとでも言いたげに宣言してくると勝手に構えていた。だが、そんな覚悟は上滑りだ。赤司は「大変だったね」「頑張ったね」と優しく根気強く黒子の口からこぼれだすどうしようもない愚痴に付き合ってくれた。仲がいい青峰や黄瀬、会うことの多い火神でもこんな親身にはなってくれない。赤司と会うのは久しぶりだということもあるのだろう。上記の三人には「またか」という顔をされてそれだけで黒子は傷つく。図太いと言われ続けた神経が長い年月で劣化したのか黒子は繊細さをこじらせていた。
 いつもはしない店をはしごする行動も気にならないぐらい黒子は赤司と離れがたくなっていた。ちょっとよくない言い回しをあえてしても非難をしてくることもなく頷いてくれる赤司に黒子は神を見た。赤司が困ったことがあったら絶対に役に立ってやろうと決めるぐらいにたったの一晩で黒子の気持ち軽くなってしまった。今まで誰にも言わなかった本当の不安を吐き出せたからかもしれない。
 赤司なら笑わないでいてくれるだろうと黒子は「ボク、このままずっと独身なんでしょうか」と思わず呟いた黒子に「そんなに結婚したいのかい」と赤司は不思議そうに言った。それで黒子は赤司が大きな会社の取締役の立ち位置だと思い出したが、立場があることと結婚することはまた別問題らしい。仕事ばかりだと恋人と上手くいかないのかもしれないと勝手に自己完結して黒子は赤司の恋愛については触れなかった。ずっと自分のことばかりを口にしていて赤司のことをたずねもしない。
 なぜか最終的に赤司の家で飲むことになっても危機感はなかった。何かがあると思うほうがどうかしている。
 度数の高い酒を呷ったのか飲みすぎたからか身体が無駄に熱くなった黒子に普通の判断力などない。
 そんな中で赤司が「淋しいなら一緒にいてあげようか?」と言ってきても違和感など覚えるわけがなかった。赤司の優しさが嬉しくてなんていい人だろうと思いながら頷いた先でこんな展開になると誰が想像できるだろう。黒子は考えもしなかった。このまま一人で夜を明かすと酔いが醒めたら虚しい気分と罪悪感に苛まれてしまうかもしれない。
 そんな恐怖に突き動かされた黒子にとって一緒にいてくれるという赤司の申し出は救いでしかなかった。
 ハンカチを噛みしめて息苦しくなりながら黒子はなんとか赤司に訴えかけようとする。黙殺された。
「女を抱いた経験は?」
 言葉と共に目の前にハサミ。
 いつ取り出したのかと思う間もなくハサミが音を立てる。
 震えて縮こまる黒子の頬に冷たい刃の感触があった。
「ちゃんと目を開けろ」
 命令だ。絶対の命令に背いたら報いがある。
 この場合はハサミという解かりやすい凶器を提示されている。これはどうなるのだろう。黒子に突き刺さるのか、あるいは切り取られてしまうのか。何が、どこが。考えるまでもなく分かる。赤司が何を言っていたのか忘れたくても忘れられない。女性経験、そしてさらけ出された下半身。
「男性器には骨がないんだよ。動物には陰茎骨というものがあるらしいけど、人間にはない。だから、簡単に切断できる。海綿体が破裂する時は骨折の時のような音がするらしいけれど……」
 冗談だと言って欲しい。
 頭を抱えたいのに腕には服が絡みついて上手く動かない。
「いや? 嫌なら首を縦に振って」
 嫌なので首を縦に振った。吐きそうな感じだ。
 口に入れられているハンカチはたぶんブランドもので一枚で千円いや五千円ぐらいのものじゃないかと口の中をもごもごとさせる。
「酸欠?」
 ハンカチを赤司はとってくれた。息苦しさがマシになったがこみ上げてくる感覚がある。
 手で口元を押さえようとするが間に合わない。察してくれたのか赤司が黒子の体勢を横向きにしてくれた。それもそれで自分が吐き出したものが顔にかかることになるので微妙だ。口から出ていったモノが首から伝って体を汚す。
 咳き込んで盛大に汚物をまきながら黒子は血の気が引いていた。今にも消えたい。人の家で上半身も下半身も晒した状態で嘔吐。それも誰でもない赤司の家だ。高級っぽいマンション。年代物をうかがわせる調度品。アンティーク調にまとまった家具は赤司の趣味にしてはかわいらしいと思った。機能美が好きそうだと感じたのだが落ち着いた室内で黒子はとても気に入ったのだが、そこで嘔吐。台無しだ。綺麗な部屋の中で酒臭い吐瀉物をまき散らしながら布団の上で芋虫のようになっている黒子は間違いなく加害者だ。赤司がどうして黒子の男性器に攻撃を仕掛けようとしたのか分からないがこんな風に吐いた時点で黒子が悪い。
「ごめん……な、さい」
 咳き込みながら赤司の方が見られずに口にする。
 口の周りはベタベタで口の中は気持ちが悪く出来たらうがいをしてしまいたい。
「謝るのか」
 驚いたような赤司の声に顔を上げるとキョトンとした顔で黒子のことを見ていた。
「お風呂、貸してください」
「構わないよ」
 赤司は黒子の服を脱がせきった。
 ただ単に中途半端なとこで止めていた服を引っ張っただけだ。すぐに解ける拘束。けれど、咄嗟には反応できない。
 いつも赤司はこんなことをしているのかとティッシュで口元を拭きながら見つめる。当然ながら答えは出なかった。
「ちゃんと歩ける?」
 黒子に手を差し伸べてくる赤司は先程のハサミを構えていたことが嘘のような穏やかな顔をしている。
 悩みながらも下を向くと気分の悪さが出るのでちゃんと前を向くことにした。
「一人で入れる?」
「たぶん」
 ふらついてはいたが黒子もさすがに浴室の中まで赤司に同伴して欲しくない。シャワーを浴びている間に自分がぶちまけたものは赤司が始末するのかと思うと頭が痛くなってくる。自分で片づけるのでそのままにしておいてとも言えない。見たらまた吐くかもしれない。
「のぼせないようにするんだよ」
 あくまでも赤司は優しい。
 シャワーを浴びていると洗濯機の回る音が聞こえてきた。
 後始末をしてくれているのだろう。申し訳ない。
「赤司君、何か食べるものありますか?」
 こういうことを言うから図太いと言われるのかもしれないが吐いたからか空腹感がある。
「何か作ろうか?」
 浴室の扉が数センチ開く。
 扉越しに話せばいいと思いながら黒子の声がシャワーで聞き取りにくいのかもしれないと思うと仕方がない気もする。大声など出せる元気もない。
「何もないならコンビニ行ってきます」
「家であまり食事をしないから、つまみぐらいならあるよ」
 食事をしないなら食材だって家にないのではないのかと思ったがわざわざツッコミを入れるのは野暮だ。
 作ってくれると反射的に答えてくれた赤司に罪はない。優しさしかない。だからこそ、先程の豹変したような態度に疑問がある。昔からそうだったと言えばその通りだがまだ何かしら理由があったはずだ。何か気に入らないことがあったからこそ赤司はキレた。
 そう考えると黒子が何かをやらかしてしまったのだという結論になる。酔った言動を思い出すのは難しい。はずみで口にしたものなら尚更ちゃんと記憶していない。赤司が黒子を押し倒して服を脱がせる前に何を言ってしまったのか。何を言ったにしても赤司の行動はおかしいと思うのだがそんなことを口にできるような身分ではない。何せ人の家のベッドをゲロまみれにした加害者だ。時系列で言えば赤司のせいで黒子は吐いたのかもしれないが問題は原因ではなく結果だ。他の誰でもない黒子テツヤが泥酔して赤司征十郎のベッドで吐いた。悪いのは間違いなく自分である。
 罪悪感を払拭するために赤司のせいにするのは無理がある。お酒を吐くほど飲んだのは黒子だ。赤司には心配されたり止められたりもしたのに飲み続けた。
 

















 黒子テツヤは馬鹿なのだろう。
 そう赤司征十郎は結論づけた。
 謝りながらも安いカップのアイスを黒子は美味しそうに食べる。全裸で。
「すみません、片づけてもらった上にアイスまで……」
 そう言いながらも黒子はスプーンを動かすのをやめない。
「ミキサー? ジューサーかな、でもあればバニラシェイクも作れたんだけどね」
 家で料理をしない赤司にそんな設備があるわけない。
「アイス美味しいです。つめたい」
 ふわふわと何も考えていないとしか思えない顔で黒子はアイスクリームを口にする。バニラだったからだろうか。よく分からなかったので適当に買ったのだ。赤司の家の目の前のところにコンビニがある。黒子が風呂に入っている間に赤司はわざわざ買いに行っていた。日持ちのする酒のつまみの類と一緒に冷凍庫もないのにアイスクリームを買ったのは自分でも馬鹿だと思った。
 結果としては大成功だ。
 直感というものは無視できない。
 風呂からいつまでも出てこない黒子に見にいけば湯船の中で溺れていた。アルコールのせいかのぼせるのが早かったらしい。
「スゴイ眠いです」
 スプーンを口にくわえながら黒子が言い出した。
 せめて食べ終わってから寝て欲しいところだが難しいかもしれない。黒子は少し欲望に忠実なところがある。
「そのまま寝たら、尻にアイスを食べさせる」
「なんて恐ろしいこと言うんですか……。もったいない」
 黒子はアイスを食べる作業に戻ったがやはりすぐに瞼が落ちかける。唇の端から白いものを垂れ流しながら唸った。
「この、シーツの肌触りがいけないです」
 シーツを指でなぞる動作が艶めいたものに見えるのは目の錯覚だろう。ティッシュで黒子の口を拭いてやると照れながらも礼を言われた。危機感はゼロだ。馬鹿だ。
 枕を二つ重ねてそこにもたれていた黒子は完全に寝転がる。もちろん裸のまま。アイスのカップをスプーンを入れたまま枕元に置いて黒子はうつ伏せになったり仰向けになったりを繰り返す。しまいには枕を抱きしめて横向きになって掛け布団を頭が隠れるまで引っ張った。何を考えているのかと赤司が口にする前に寝息が聞こえだす。
 自分が先程までどんな状態でいたのか忘れているとしか思えない無防備ぶりに赤司は心の底から黒子が心配になった。赤司の家に泊まること自体は問題ないが布団の中とはいえ裸のままなら風邪を引くかもしれない。そんな気持ちから起こそうとするものの黒子は眠ったまま動かない。掛け布団を外して横になって丸まろうとする体を開く。
「まだ、あついね」
 身体が熱かったのでのぼせた黒子の身体をふいたものの赤司は服を着せなかった。意識が戻った黒子も自分が裸であることに気が付いて最初は落ち着かなさそうだったが布団をかぶると気にせずにアイスを食べ始めた。図太い。
 神経が細かったら気絶するか叫びだすような場面だろう。
 それとも赤司に襲われた事実を黒子はなかったことにしているのだろうか。
「忘れたの、テツヤ」
 頬を撫で、首に触れ、鎖骨をつまみ、胸を押し、腹部を揉んで、下半身に爪を立てる。それでも黒子は起きない。十分に身体に刺激した気がしたのに黒子は動かない。
 寝息を閉じ込めるように赤司は黒子の鼻をつまんでキスをした。寝ている相手に欲情している自分を正当化することもなくそのまま醜いと思う。
 最低だと思ったところで赤司がするべきことは変わらない。息苦しいのか口を開けて顔を左右に動かす黒子に赤司は微笑んだ。
「へたくそ」
 黒子の舌が赤司を追い出そうと動く。それを無視して舌を吸う。薄っすらと黒子の瞳が開くのを見つめながら赤司は溶けたアイスの入ったカップを黒子の下半身に垂らす。
 水色のシーツが白く汚れた。黒子の陰茎、腿にかかる白い液体。まるで射精しているみたいだと口に出すには下品なことを赤司は思った。



















 黒子テツヤは馬鹿なのだろう。
 そう赤司征十郎は再び結論づけた。
 馬鹿でないならこの行動はない。
 そうでないなら日常生活に疲れ切っていたのかもしれない。今までの反動で判断力を失っている。あるいは自分で考えずに流され続けてこうなってしまったのかもしれない。
 黒子から女性に告白したり、女性から黒子に告白したりと付き合い始める切っ掛けは半々ぐらいらしいが別れる時はほぼ十割相手からの申し出だ。それに対して黒子は赤司に自分だけを好きになってくれる相手が欲しいと言った。そんな都合のいい相手がいるわけない。いるわけがないと分かったからこそ黒子は落ち込んで前後不覚になるまで酔ったのだ。
「もっと、何か……」
 思わないのかと眠る黒子に本音をぶつけてしまいたい。
 絶望、憎しみ、負の感情。
 赤司は都合のいい現実なんかないと知った時に同じように酔い潰れながら怨嗟を吐き出し、溜め込んだ。大学生になった黒子に恋人ができたと知ったその時に自分の部屋の中をテーブルに置いてあった、定規で、シャーペンで、ボールペンで、カッターナイフで、ハサミで、壁紙を引き裂き、切り刻み、タンスも照明も窓硝子も傷つけ砕いて壊しつくした。そんなこと本当は必要じゃなかった。赤司がしたかったのは部屋を滅茶苦茶にすることじゃない。吐き出しながらも代替品でやり過ごしていた。壊したかったのは部屋じゃない。黒子のことだ。黒子テツヤを破壊したかった。誰かの物になってしまった黒子を壊してなかったことにしたい。
 黒子が目の前にいたのなら目も当てられないぐらいにその顔を引き裂いて手足だって引き千切ってしまっただろう。
 ズタズタに切り裂かれた壁紙は黒子の皮膚であり、割れた鏡は黒子の瞳。寝ることのできなくなったベッドは黒子とその恋人の末路だと思うと多少は冷静になった。
 気が晴れることも気持ちが切り替わることもないままに赤司は今まで過ごしていた。
 たとえば黒子が結婚する時、「おめでとう」と微笑んで言える自信が赤司にはなかった。どれだけシミュレーションしても黒子の不貞を罵る言葉しか出てこない。自分のモノでもないのに赤司の中で黒子が他人に目を向けるのは許されざる行為だった。死んで償えと吠える心をどうにかなだめすかしてここまで来た。
「テツヤは生きていることを僕に感謝するべきだ」
 無防備に眠っている黒子は赤司の気分次第でその命が掻き消える。自分が不安定な場所にいる危機感も持たない警戒心の薄さをあの世で反省するしかない。いいや、あの世なんていうものはどこにもない。赤司はそんなもの信じない。死んだ母親は天国で幸せになっているとか空から自分を見守ってくれているだとかそんなことで心を癒されたりしない。現実的なモノしか価値はない。
 勝者であるということは現実の中で君臨する王者ということだ。誰にも負けない、全てに勝つ。飛び続けた鳥が落下するのを待つようなものだ。今ならわかる、途方もなさ。どこにも羽を休めるべき枝はない。赤司が望んでいる止まり木はへし折れる。あるいは本能が壊れてしまっているから電線に止まろうとして上手くできずに感電死するのだ。それが赤司征十郎だ。普通の人間が普通に出来ていることが出来なくなっている。間違えてしまったのだと思い知ったところで修正など出来るわけもない。欠陥品だと自分のことを思う。溜め込んだ思いの深さはそのまま赤司の傷と憎悪だ。愛情と言うには支配欲ばかりに彩られている。黒子がまるで赤司の思い通りにならないからだ。どれだけ気持ちを募らせても一方通行でしかないことが身に染みて分かっているその絶望は拭い去れない。
 もし自分が飛び降り自殺をするのなら黒子を下敷きにしてやろうと心に誓った。
 醜悪な約束事。
 心に誓いは必要だ。
 人はいずれ死ぬ。だから、死ぬ時は自分の気が済むようにしたいと思うもの。赤司の最期は決まってる。
「明日、テツヤを殺して僕も死のう」
 今この瞬間に息絶えてもいい。
 社会的な地位も信頼も何も赤司の支えにならない。
 父親の言う通りに生きたところで何も手に入らない。
 そんなことは証明されてしまった。
 今までずっと延ばし延ばしにしていた結論。
 学生の時期は終わった。
 答えは出てしまった。
 もう戻れない日々に対して、こうすれば良かった、ああすれば良かったなんて妄想に浸るのは馬鹿げている。
 赤司征十郎は完全に敗北していた。
 黒子テツヤを振った女性たちよりも下の存在だ。
 無理やりに黒子を組み敷いたとしても意味がない。
 愛されるという意味において赤司よりも彼女たちが優れている。
 
 
















 目が覚めて黒子は赤司に言われるままにお粥を食べて薬を飲んだ。もう少し寝ているように促されて従った。

 目が覚めて黒子は赤司に言われるままにお粥を食べて薬を飲んだ。もう少し寝ているように促されて従った。

 目が覚めて黒子は赤司に言われるままにお粥を食べて薬を飲んだ。もう少し寝ているように促されて従った。

 目が覚めて黒子は赤司に言われるままにお粥を食べて薬を飲んだ。もう少し寝ているように促されて従った。

「いやいや、ちょっと待ってください」

 さすがに眠るのがだるくなって黒子は起き上がる。床ずれでもしたのか身体の節々が痛い。筋肉痛が今更来たのかもしれない。
「今って何日の何時です!?」
 悠長に寝ている暇などないだろう。
「ブリの照り焼きを食べないかい」
「いただきます」
 お粥ではない久しぶりの固形物だ。
 急いで食べすぎたのかもう少しお粥からいきなり魚は無理があったのか黒子は早々に気分が悪くなった。煮物が食べたい気がしたができない。行儀悪く布団に倒れこんで「ギブです」と言っても赤司は怒ったりしなかった。
 体感時間として随分と長く赤司のベッドを占領してしまったがなんとも思っていなさそうな顔をしている。
 黒子が先に寝てしまうので赤司がどうしているのか分からない。
「赤司君、ちゃんと寝てますか?」
 リビングの方に人が寝るには十分なソファがあった気がする。そちらで寝ているなら申し訳ない。
「顔色が悪い気がします」
「テツヤは随分、よくなったね」
「おかげさまで」
 頭を下げて黒子は掛け布団をめくって赤司を呼ぶ。
「どうぞ、入ってください」
 目を見開いている赤司に少し考えて服を着ているからだと結論付ける。たぶん、帰ってきて早々に黒子のご飯を作ってくれたのだ。リラックス状態になっていない。
「服脱いでいいですよ」
 もう黒子も気にしない。人は慣れる生き物だ。
 赤司に隠すまでもなく見られまくっているのだから黒子が赤司のモノを見ても構わないだろう。積極的に観察するつもりはなかったが多少気になる。
 あっさりと赤司は服を脱いでサイドテーブルに畳んで置いた。手馴れている。赤司は裸族なのは間違いないが玄関で服を脱ぐタイプではない。変に品がいい。
 どこかそわそわとして落ち着かない姿は人と裸で向き合うことが少ないからかもしれない。
「赤司君って男性が好きなんですか?」
 掛け布団を肩までかける赤司のガードの堅さに黒子は以前と同じ質問を投げかける。
「そんなことはない」
 きっぱりと言い切られてしまったが、それなら黒子に対しての行動の意味が分からない。
「ナルシストですか?」
 失礼な質問かと思ったがついつい口にしてしまう。
「わからない……そうかもしれない」
 考え込むような赤司に黒子は自分が犯されたのは勘違いなのか事故なのか迷っていた。
「自分の身体好きですか?」
 たずねてから黒子には一つの推論が出来上がった。
「嫌いじゃないよ」
 つまりは赤司が黒子に触れてきたのは欲情とか恋情など無縁で酔いとナルシズムから来る自己陶酔的な感情だ。
「赤司君の肉体美はさすがだと思います」
 ベッドを占領するという罪悪感を払拭するために黒子は赤司を持ち上げる。
「そうかな?」
 掛け布団に潜り込んでいた赤司が上半身を起き上がらせた。意外に単純だ。
「好き?」
「憎らしいですね」
 鍛えても黒子は赤司のような二の腕にはならない。社会人になってどんどん筋肉が衰えだした気がする。
 つい黒子は剥き出しの赤司の腕に触る。硬い。鍛えることを怠っていない人間の感触だ。
「いいですね。……みんな、ちゃんとしてる」
「みんな?」
「火神君や青峰君は今でも変わらず学生時代と同じどころか多いぐらいの運動量で黄瀬君も緑間君も週に三回はチームに顔出してます」
「……あぁ、バスケのアマチュアの大会に出るためのチームを作ったと言っていたね」
「アマチュアでも初心者歓迎の緩いところから経験者しかダメな厳しいところまで色々です。ウチは経験者オンリーです」
「でも、テツヤはチームに顔を出していないと聞いたよ」
「……その、まあ」
 情けない話だったが体力が追い付かなかったので自主練を強化していた。その中でジョギング仲間として知り合った彼女と交際して、そして別れたりしていた。
「彼女ができるとそちらが優先に……」
 言いにくい話だ。黄瀬に言ったら「そんな女捨てちゃえばいいっスよ」と不貞腐れてしまったので緑間には死んでも言えない。
「大人には色々あるんで! 赤司君だって分かりますよね」
「優先順位のつけ方は人それぞれだね」
「上司の誘いは断れないです」
「テツヤは逃げそうなものだけど」
「……それが逃げようとしてもバレてしまって」
「視野の広い人間はテツヤのようなタイプを見過ごせないね。教師に鷹や鷲の眼を持っている奴がいたらテツヤも居眠りや内職ができなくなる」
「朝練の後は眠いです」
 どうして知ってるんだろうと思いつつ黒子は脱力する。今ではもう過去のことだ。朝練などしない。朝のジョギングはテツヤ二号の散歩ぐらいだ。その二号の世話も黒子ではなくカントクである相田リコがしている。
 数年前から帰りが遅くなる日が多くて面倒を見きれなくなっていた。ここ数カ月は顔を合わせていないかもしれない。理由としては彼女のことだ。
「ボクってもしかして、すごくダメなタイプです?」
 彼女に積極的に合わせていたわけじゃない。けれど、相手が何を望んでいるのか分かるものだ。一緒にいる時間を増やしたいと気がある相手は思ってくれる。黒子はそれに無意識に合わせる。付き合う前の段階での話だ。居心地の良さの演出なんて考えたこともなかったが彼女が口にする前に意思を汲み取って叶えてあげる。だから、黒子は女性との付き合いが途切れることがなかった。
 黄瀬のように見た目でモテるわけでも大多数に支持されるわけでもなくピンポイント。相手のための自分になる。
 彼女という光を輝かせる影。
「女性にとってテツヤはいい踏み台だよね」
 言われて自分の生き方が全否定されたような脱力感に襲われる。
「分かりやすくちやほやするわけじゃない。それなりに相手は身持ちが固いだろう。だからテツヤも相手に好感を持つ。けれども結局は上手くいかない。女性は望みを叶えるだけじゃダメなんだよ」
「結婚生活には必要なことだと思います」
「相手を尊重しすぎて相手は不満に思ってしまう」
「だからと言って友達と遊ぶ予定があるからって恋人との予定をキャンセルするような人には幻滅です」
「それは涼太?」
「会ったのが久しぶりだからってこれからデートだっていう約束をキャンセルするんですよ。信じられないです」
「涼太もコソコソ連絡したんじゃない?」
「こそこそしてたので訳を聞いたら『気にしないで〜』と言いながら教えてくれました。気にしますよ。黄瀬君と会いたくないです。彼女に申し訳ないです」
「そんなことを分かって、そんな涼太でも平気だと言ってくれる恋人が現れたらそれでいいんじゃないのかな。涼太は彼女よりも友人関係を重視している。考え方の違いだよ」
「一回や二回ならともかく何度も続いたら愛を疑いますね」
「それは自分がしないからだね」
「そうですね……。友達も大切ですけど好きな相手はもっと大切ですし、会いたいじゃないですか」
 相手も会いたいと思って準備してきてくれている。化粧も服も期待もあるのにそれを踏みにじるのは考えられない。
「デートを女性側から誘うのは勇気がいると思うんです」
「うん?」
「断られたらどうしようって表情に出てるそれを見てしまうとスケジュールを調整してでも合わせたいと思わせます」
 無理だとしても妥協案は出すべきだ。ただ断るのでは女性に恥をかかせてしまう。出した勇気がゴミ箱に入れられて平気な顔をする人はいない。誰だって悲しい。黄瀬は「また今度埋め合わせする」と簡単に言っているが絶対にしない。したとしてもそのあしらい方は愛がない。黄瀬が一人の相手と続かないのはほぼ確実に本人の行いのせいだ。
「あんな男にはなりたくないと黄瀬君を見てると思います」
「反面教師にしているのか」
 感心するような赤司に黒子は赤司はどうなのか気になった。引く手あまたの御曹司。黒子よりも女性を巧みにエスコートできるはずだ。告白を断る時もさり気ない優しさを見せるに違いない。そして、興味のない相手には最初から予防線を張る。好かれるのは悪くはないが気を持たせては相手のためにならない。そんなことを赤司は思って動くのではないのかと黒子は考えてふと気づく。
 自分が理想としているものがなんであるのか分かってしまった。黄瀬のようにはなりたくない。そう思ったがでは誰のようになりたいのか。
 何かを考えているような赤司の横顔それを盗み見ながら自分が思い描いた理想を思い出す。
「赤司君はシュッとしてますよね」
 身のこなしが上品であり、言動は穏やかで周りを見て頑張っている人に声をかける細やかさがある。一人称をオレとしていた赤司と今の僕と口にする赤司は違うのかもしれないが、だからこそ、黒子は第四体育館で初めて会ったあの日の赤司のことが心に焼き付いている。あの日がなければ始まらなかった。自分の青春の縮図。バスケットボールにかけていた日々。遠いどころか近かったのだ。今の自分はあの頃の赤司の面影を追いかけている。
 誰にでもある理想像。
 荻原や青峰はあの頃の黒子には遠すぎた。友人だったからこそ目指すべき場所という印象はない。赤司だって遠くて自分と違いすぎたものだと思っていた。けれど、かけられた言葉、向けられた期待。そのことが嬉しくて目の前の暗闇が一気に開けた気がした。光は自分で歩いて捕まえないといけない。口を開いて待っているだけでご飯を入れられるような生活を送ってはいけない。
 本を読みながら赤司にお粥を食べさせて貰っていたことが恥ずかしくなってくる。もう二日酔いも風邪も感じないのに仮病のようにだらだらと怠惰に過ごしてしまった。このままでは社会復帰できなくなる。赤司に顔向けできない。

「家に帰ります」

 勢いよく立ち上がる黒子にベッドの上で立つんじゃないと即座に指摘される。
「急にどうしたんだ」
「ここは居心地が良すぎます。ちょっと眠りすぎです」
 厚みのあるベッドは黒子の家のものとは寝心地が違う。
 赤司と黒子で一緒に寝ても横幅は問題ない。
「ヤバイです。ずっと食っちゃ寝しながら本を読んでいたいです。こたつレベルに中毒性があります」
 参ったと黒子はベッドの上で正座しながら口にする。
 横になったらまた眠りそうだ。
 黒子が寝ている間に定期的に変えてくれているのか枕もシーツも時々違う。この部屋にいると何もしないでも生きていける。
「眠ってるのが何が問題なんだい?」
「会社行ってません」
 当たり前に当たり前なことを黒子は口にする。
 赤司が目を丸くした。そんなおかしなことを言ったつもりはない。働かないと生きていけない。当然のことだ。好きな本も買えない生活などごめんだ。
 何も言わなくても赤司が買ってきてくれていたので家の本棚のものを読み返そうという気にもならなかった。
(人の家でボクはくつろぎすぎです)
 今更なことを黒子は自覚した。
 家主から出ていけと言われてから立ち去るようでは遅い。
「迷惑ばかりかけてすみません」
 頭を下げると赤司がやや悲しそうな顔をする。どういうことだろう。いやな想像が黒子の中で広がった。
「もしかして、会社クビになったとか……」
 数日あるいは一週間ぐらいは欠勤している。連絡は赤司がしてくれているから無断ではないとはいえ、まずいのかもしれない。事故で入院しているわけではない。風邪だ。赤司が事実をそのまま伝えていたのなら黒子は会社に見放されても仕方がないかもしれない。
 新人の時によく聞いた言葉。

『明日から来なくていい』

 本当に来なくなった人間はいないが本当に出勤しなかった場合、自主退職になってしまうだろう。
 何も言わず口元を押さえて俯く赤司に黒子は頭を抱えた。
 この年で再就職。まだ大丈夫だろう。貯金もある。そう思いながらも黒子の気分は急降下した。現実はわりと上手くいかなくて簡単に壊れるものなのだ。一番初めの彼女と別れることになった時に思った。これも経験で明日にはいいことがある。こんな日もあるとそう現実逃避した。そう、逃避しているのだ。布団の中に潜り込み黒子は深く溜め息を吐く。商才に恵まれていたら会社でも作って一花咲かせようと思えるかもしれないが黒子には無理だ。
「テツヤ」
 ブランケットの上から赤司に頭を触れられる。そのままでいると優しくブランケットごと抱きしめられた。
「一緒に住まないか?」
「ここの家賃払ったら貯金が飛びます」
 これからは質素倹約で生きていかないといけない。
 飲み会の誘いを断るいい手段だと思うものの失業という事実は悲しい。保険が下りるのは三カ月だか半年だかと聞いたことがある。すぐに飢え死にするほど蓄えがないわけではないが実家に頼るのは恥ずかしい。
「家賃はいらないよ。光熱費も食費も気にしないでいい」
 困った人を放っておけないという程に赤司は情が深いタイプだろうかと考えて酔っぱらった黒子の看護をしてくれたことを思い出す。
「ずっとここに居ればいい」
 ミスターパーフェクトとでも呼んで欲しそうな超人ぶりだ。博愛主義も程々にしてもらいたい。勘違いしてしまう。
「有難すぎる申し出なんですけど……」
 顔だけ布団の外に出して息を吸う。
 頬が熱いのは布団の中に潜り込んでいたからではない。
 赤司が上に乗っているからだ。
 抱きしめられていると思っていたが、赤司はただ単に黒子に声を届きやすいように捕まえていただけだ。
「何か問題がある? 節約になるだろう」
「ちょっと気づいたんです……」
「うん?」
 きっと赤司は黒子が何を言おうとしているのか見当がつかないことに不思議な気持ちになっているだろう。想像もしていないはずだ。そして、それは本当なら言うべきじゃない。社会人なら空気を読んでやり過ごすところだ。赤司ならそうしただろう。思い出してしまった。黒子は元々、そんなに人の気持ちばかりを考えている方じゃない。観察してはいても都合よく相槌を打ったりしない。黄瀬を例にあげるなら週末遊ぼうと誘ってくることが前もって想像がつくので黒子から先に誘いの言葉をかければ大袈裟に喜ぶだろう。そう分かっていたとしても好きな作者の新刊が発売されるなら黒子は黄瀬を喜ばせるより自分が楽しい読書の時間を優先する。
 友情もそんなものだ。
 これが青峰や火神からのバスケの誘いならもう少し優先順位は高くなるが翌日の筋肉痛を考えて日付の変更が可能なら来週にずらしてもらえるように話をつけただろう。
 元々、黒子テツヤは自分勝手だ。
 他人に合わせて自分の利益を削ろうとは思わない。
 プレイスタイルに対して健気や自己犠牲だと言われたところで本質はそこまで他力本願ではない。出来ることを出来るからしていただけ。
『オレは感心しているんだよ』
 いつもは忘れているのにこんな時に思い出す。心は水面に似ている。奥底がかき回されて浮上する空気のように記憶がパチパチと泡が弾けていく。そして、波紋を残していくのだ。
『キミに期待しているのは本当だ』
 俯いた黒子を上に向かせるには十分すぎる言葉。
 頑張るということは並大抵のことじゃない。目的意識がないとできない。人はただ頑張るということは難しい。指針や期間や目標があるからこそ努力ができる。原動力が必要なのだ。
 黒子にはバスケを好きだという原動力があった。
 そのために練習を頑張っていたが成果は上がらなかった。
 努力ではどうにもならない壁があるのだと思い知る。
「赤司君はチームのために何ができるか考えろと言いましたよね」
「中学の頃の話かい」
「初めて会った時のこと、思い出したんです」
 最初はPGを目指すべきなのかと思ったが赤司がいるのならなる必要はない。考えて、考え続けて、そして、努力は実を結んだのだ。
「ボク、赤司君のこと好きだったみたいなんです」
 赤司の真意を理解しようとして考えていた時期はまるで恋をしていたようだ。答え合わせをしにいった決意は告白するみたいな気持ちでいた。今とは全く違う、自信と確信に満ちていた。ミスディレクションを会得した時は赤司の期待に応えられたと思ったものだ。
 テストの時は必死で赤司どころではなかったし、その後には色んなことがあった。遅すぎた初恋の自覚は気まずい。
「言わなくてもいいことかもしれませんけど……気づいたからには黙っていられません」
 顔を布団の中に引っ込める。無言の赤司がどんな顔をしているのか見たくない。こんなに世話になったのだから困らせたくないが自分の気持ちに気づいた上で赤司の優しさに甘えて暮らすことは黒子にはできない。
「赤司君はそのつもりなくても優しくされると困ります」
 震えているような赤司の気配に黒子は血の気が引いた。
 怒り狂っているのだろうか。
 冗談にしてしまった方がいいかもしれない。
 けれど、そんな気分にもならない。
 人のために自分を殺すことは黒子には出来ない。
 今までは殺していたわけではなく寄り添っていた。
 影のように相手に寄り添い自己主張しない。
 そういう愛は女性に物足りなく映ったのだと今なら分かる。相手が欲しいところにパスを回すように相手が欲しがる言葉を投げかけていた。中学二年の途中まで赤司征十郎は日常的にそうやって生きていた。今はどうなのか知らない。黒子の中での赤司の印象は初対面の彼が根強い。
 マイナスに思えたところを肯定されると人はその相手に対して好意を抱く。黒子にとって赤司はそういった存在だ。影が薄い。練習しても強そうに見えない。それが長所だと赤司は言ってくれた。あの出会いやあの言葉がなければ黒子の生き方は違ったものになっていたはずだ。
 バスケットボール部を退部して、誠凛高校にも入学しない。想像できない。どんな自分になっていたのか考え付かない。そのぐらいに生き方を左右されてしまっている。
「勘違いだと思いたいところですけど――」
 肩を思い切りつかまれた。やはり赤司は怒っている。
 恩を仇で返された気分なのだろう。
 男を恋愛対象だと思っているわけじゃないなら気持ちが悪いに決まっている。友人だから泊めていたらまさかのカミングアウト。黒子自身こんなことを口にすることになるとは驚いている。
「――いえ、勘違いじゃないにしても過去の話です」
 昔のことだと濁してしまえば赤司の気持ちも楽になるだろう。成功したのか肩をつかんでいた手が緩んだ。
「よく分かりませんけど」
 頭を思い切り叩かれた。拳だ。クイズの早押し並みの速度と強さだ。赤司がこんな行動に出るなど驚きだ。舌を噛んでしまって黒子は呻く。
 心配してくれているのか赤司が頭を撫でてくる。
 ブランケット越しではあるが言いたいことは分かる。
「早く出てけって言いたいんですね」
「ちが、う」
 赤司の声がなんだか、おかしかった。
 ちゃんと赤司と向き合わないといけない気がしたが二人とも裸だ。それが赤司の家のルールだとはいえ自覚してしまうと恥ずかしくなる。赤司の顔をまともに見れない。布団から出ることなく黒子はどうするべきか考えていた。














「いつも何してんの?」
「赤司君と一緒にジョギングする以外は寝てます。二つの意味で」
「知らねえよ。ドヤ顔すんな」
 とそこで火神が何かに気付いた顔をする。
「お前、黒子……もしかして、あれか?」
「なんです?」
「スゲー悪い奴」
「はい?」
 確かに黒子は悪い奴だ。食べるか、寝るか、エッチかジョギングか、それしかしていない。全部を赤司に依存した生活は正気とは思えない。
「あ、あ〜、あの、働かない奴っ」
「はあ……ニートですか?」
「そうだよ、黒子、お前ニートになっちまったのか?! あれダメだろ。ちゃんと働けよ」
「火神君のそういう感性、ボクわりと好きですよ」
「どうでもいい! マジ、寝てる場合じゃねえだろ」
「昔は照れてくれたりした甘酸っぱさがあった火神君がこんなになっちゃって時の流れって残酷です」
「冗談言ってる場合じゃねえだろ」
「本気です。間違いなくボクはニートだ」
「威張るなよッ」
 そう言われたところで赤司と連れ添って求職活動に精を出しても結果は惨敗でしかなかった。それなりに資格もあるし箸にも棒にも掛からないことなんてないと思っていたのにこの有り様。
 
 
 
 





軟禁してる相手とジョギング!! 健康的!!!
新しい軟禁の形です。




エロや赤司の考えは本編でどうぞ。

(赤司君の考え方は物騒ですが誰も死にませんし流血もありません。赤司はとくに裸族でもないです)

発行:2013/12/29
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