5月5日に配布したペーパーの加筆修正。


赤黒の食事事情



 恋人の家でお泊り。
 これ以上にないラブラブなシチュエーションを壊し続ける重苦しい溜め息。
 空気読めとは相手が相手なので黒子は言えないままだ。


――おかしいよね。


 そう断言されても黒子としては「そうですか」としか答えられない。
 おかしいとは思わなかったからだ。
 だが、赤司が言うのなら赤司の中ではおかしかったのだろう。
 それをわざわざ否定しようとは思わない。

「夕飯がバニラシェイクってどういうことだい」

 溜め息混じりの赤司に黒子は「好きなので」と答えた。

「好きならそれだけ食べるの? それは体に悪いよね」
「お腹いっぱいです」
「バニラシェイクで?」
「はい」

 黒子の返答に赤司が深く息を吐き出した。
 どうしてそんな反応をされないといけないのだ。
 ムッとして黒子は赤司のほうに問題があると指摘する。

「赤司君のお昼のお弁当もおかしいと思います」
「なにが? サンドイッチ一つしか食べない黒子よりもおかしい昼食を食べていた覚えはないよ」
「なんでそんなに喧嘩腰なんです」

 少し拗ねた気持ちになった黒子を察したのか赤司は肩をすくめて「そんなつもりはない」と弁解した。
 どんなつもりだというのだ。

「喧嘩を売ったんじゃなくて不思議だったんだ。
 人はカロリーだけで生きていくわけじゃない。
 五体栄養素は必要だ。
 確かにバニラシェイクは糖分が高い。
 エネルギー補給としては最適とは言わないまでも悪くはないだろう」

 すらすらと並べられて黒子は頷く。
 後半しか聞いていない。バニラシェイクはいいものだ。

「だが、冷たい。身体を冷やす。
 砂糖それ自体が身体を冷やす作用があるけれど冷たいシェイクを頻繁に飲むのは勧められないね」
「頻繁じゃないです」
「三食、シェイクでいいと言ったじゃないか」
「物のたとえです」

 赤司が本気にするとは思わなかった。

「そうか。……それで、オレの弁当の何がおかしいって?」
「重箱ですね? 全部食べるんですか? 
 赤司君は見た目に似合わず大食漢です」
「黒子と比較するなら誰しもが健啖家になるね」

 淡々と返される。
 これは馬鹿にされている。

「おせち料理じゃなくお弁当ですよね? 
 お弁当で重箱。おかしいです。おかしい量です」
「全部食べているわけじゃないよ」
「残すんですか!?」

 思わず黒子は声をひきつらせた。
 赤司は物を大切にしろと言われて育てられている気がした。
 食べ物を残すなど言語道断。
 吐いてでも食べろ、そういうタイプだと勝手に思っていたが違うらしい。

「父がどんなものを買えばいいのか分からないらしくてね。適当に仕出し屋に頼んだらしい」
「…………五人前を?」
「二、三人前かな」
「他の人と一緒に食べろというお父さんの優しさですか?」
「なるほど。それは思いつかなかった」
「赤司君、友達いないですね」

 友達というよりも人と分け合うことが赤司の中にないのかもしれない。
 なんだかそれは寂しいものだ。

「うん? 緑間は友人だと思っているよ」
「ボクは」
「恋人だろう。恋と友情は両立できる人間もいるかもしれないがオレは無理だね。器用じゃない」
「赤司君がそんな言い方をするなんて」
「黒子はどんな言い方を想像していたんだ」
「チームメイトはみな、等しく恋人のようなものだ……」
「ごめん、意味が分からない」

 困った顔の赤司に黒子はきりっとした顔で「オレの友人は百人はいる。バスケットボール部のみんなだ」と黒子

が言えば少しの沈黙の後に赤司に溜め息を吐かれた。
 ここ最近で一番重く深い溜め息かもしれない。

「物真似だったならゼロ点。本気だったらマイナス百点。冗談だったら……オレには高度すぎたね。採点不可能だ


「恋人点数で」
「百点満点だよ」
「赤司君、甘いですね。採点、ゆるいですよ」
「一人にしか発生しないイレギュラーならいいだろう?」
「じゃあ、夕飯がバニラシェイクなことに文句をつけないでください。恋人のわがままは許すものです」
「恋人だからこそこれは許せないだろう。友人なら放っておくよ。緑間が食事をすべてお汁粉で賄ったと言っても

オレは気にしない。けれどね、黒子。お前がたまたま料理を作るのが面倒で今日はバニラシェイクだけだという結

論に達したのならともかく最初からバニラシェイクオンリー。バニラシェイクだけで生活したい、そんな不健康な

状態だっていうなら恋人権限で介入する」
「恋人にそんな権限ありません」
「じゃあ、結婚しようか。テツヤ、夕飯は自分のことだけじゃなくオレのことも考えて作ってくれ」

 名前で呼ばれたことに変に緊張してしまう。
 なんだか反則だ。
 結婚するのなら名字で呼ばれてもよそよそしいのだが照れてしまう。

「分かりました、三食湯豆腐ですね」
「オレのことを考えすぎだ。……湯豆腐とバニラシェイクだけという献立もダメだよ」
「家事の役割分担で食事の用意は赤司君がするということでいいですか? それが平和な解決方法です」
「そうだね、次からはそうしようか」

 今日の夕食はバニラシェイクになった。
 長々とバニラシェイク二つ分をテーブルの上に置いたまました会話の終着点が妥協にあふれたものなのは赤司的

に許されるものなのか気になった。何故か機嫌がよさそうにも見える。

「黒子はオレと結婚して、毎食を共にしてもいいんだ?」
「物のたとえじゃないんですか?」
「……嘘から出た実にしようか」
「分かりました。まずは裸エプロンからですね。赤司君、明日買いに行きましょう」
「積極的だね」
「赤司君に似合うのはやはり赤でしょうか?」

 バニラシェイクを飲みながらそんなことを口にする黒子に赤司はやはり溜め息吐いた。

「男心の分からない恋人を持つと大変だ」
「赤司君のことですか?」
「黒子のバニラシェイクを顔面にかけてオレが舐めるというプレイをしていいかい」
「怒りました?」
「至極冷静極まりない」
「じゃあ、夕飯を無駄にするのはやめましょう」
「楽しみはベッドまでとっておくよ」

 それに黒子は「親父臭いです」と言いながら笑った。
 なんだかんだで伝わるものだ。
 きっと数年先に一緒に暮らすことになってもどうにかなるだろう。
発行:2013/5/5
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