黄黒童話パラレル。
「蛙の王女」パロディですが元の童話と全然違います。
黄瀬君の愛の力が強すぎました。
黒子はカエルです。シュール系?ギャグ。


煌めき王子と神様カエル



 あるところに一人の偉い王様には四人の息子がいました。
 彼らはそれぞれ秀でたところがありましたが生かし方を知らず日々を怠惰に過ごしていたので王様はそろそろ面倒を見きれなくなりました。
 王様と四人の息子は血の繋がりもないのですが王家の仕来りに乗っ取って花嫁選びは神聖な儀式の上で執り行われます。
 儀式というのは好きな方向に矢を射って矢の落ちた屋敷の娘を嫁に貰うというものでした。四人ともがそれぞれ様々な特技を持ち見目も悪くはないのでどんな女性でも結婚を断ることはありません。上手くいけば王妃様になれるのですから選ばれた女性は幸運としか言えないでしょう。
 当の四兄弟は気楽でした。
「青峰っち、どこまで飛ぶか競争しないっスか?」
「あー? んじゃあ、誰も住んでねえようなあっちにしねえか? 矢を射るとかあぶねーだろ」
「オマエ達、真面目にやるのだよ」
「花嫁選びって言ってもさー。別に赤ちんがずっと王様してるんだからよくない? 嫁とかめんどー」
「何を言っているんだ、敦。僕はお前たちのことを考えているんだよ。もういい年なのに無職童貞のまま日がな一日バスケ三昧。育て方を間違ったよ」
「ど、どっ、赤司、そういう事を言うんじゃないのだよ」
「えー、黄瀬ちん童貞なの? 引くわー」
「紫原っち、その反応おかしくない? 自分は? 棚上げ?」
「一時期荒れてた時に済ませてると思っていたが……黄瀬、オマエも初めては唯一の人に捧げるつもりなのだな」
「ミドチンその言い方、寒い」
「寒くないのだよ」
「別にオレは緑間っちと違って後生大事にしてるわけじゃねーっスよ。いつでも捨てられるからあえて捨ててないだけっス」
「涼太が意外にピュアなのは今に始まったことじゃない。……おや、大輝はもう矢を放ってしまったのか?」
「あ? 一斉にやるべきだったか?」
「ちょっと待って、青峰っち! オレもっ」
 青峰が矢を放っただろう方向に黄瀬も矢を射る。
 二人でどこまで飛んだのか馬を走らせて見に行くことになった。残った緑間と紫原それぞれ思い思いの方向に矢を放つ。結果に赤司は溜め息を吐いて肩をすくめた。






 青峰と黄瀬の二人が放った矢は森の中の川のあたりに落下していた。
「あ! オレの矢、見っけ」
 そう言って青峰は矢羽が青い矢を指さした。
 矢はちょうどザリガニを射貫いていた。
「さすがザリガニ取りの名手。あの距離から仕留めたんスか……」
「なあ、オレの嫁ってこのザリガニになるのか?」
 どう見ても矢に射抜かれてザリガニは死んでいる。
「オレの、どこだろ。青峰っちと同じぐらいには飛んだと思うんスけどね」
 探しているとゲロゲロと声が聞こえた。見ればそこには一匹のカエルがいた。口には黄瀬の放った矢がある。青峰が「おっ」と反応するが黄瀬はいろんな意味で叫んだ。
「ちょっと、勝手に動かさないで欲しいっスよ。その矢はどこに刺さってたんスか!! ってか、カエル如きが神聖な矢に触るなんてやめて欲しいっスよ。赤司っちにオレが怒られる、ぐふっ」
 カエルに指さして抗議していると後ろから青峰に石を投げられた。
「痛っ!! ひでー、赤司っちにも殴られたことないのにっ」
「いや、お前が覚えてないだけで赤司は結構お前に蹴りを入れてるぞ。……そうじゃねえ、テツに何言ってんだ」
 ゲロゲロと言いながらカエルが矢羽が黄色い矢を前足で叩く。
「これ、キミが放ったんですか?」
「そうっスよ。お嫁さんを決めるための神聖な儀式っス。カエルごときが触っていいもんじゃ」
「テツになんて口の利き方すんだよ」
 青峰に後ろから頭を殴られて黄瀬は不満げな顔をする。
「だって、この矢って由緒正しいヤツだから大切にしろって赤司っちは言ってたじゃないっスか。それがカエルに」
「この矢を作ったのはテツだろ」
 溜め息を吐きながら青峰は黄瀬を睨む。
「はあ? カエルっスよ!?」
「そうです。矢を作ったのはボクです。赤司君に頼まれました」
「カエルが?」
「あれ? 黄瀬とテツって面識なかったのか?」
「あぁ、彼が黄瀬涼太君ですか。……十二歳の儀式の時にまだこちらに来ていなかったので顔を合わせる機会がありませんでしたね」
「そっか。黄瀬、こいつはテツ。カエルだ」
「見たまんまっスよ。で? その、テツくん?がオレの妻になるんスか? 冗談じゃないんスけど」
「冗談じゃないのはこっちの台詞です。矢がこっちに飛んできて死にそうになりました。謝罪と賠償を要求します。具体的にはバニラシェイクください」
「それは赤司に言ってやれ。アイツが訳わかんねえこと提案しだしたんだからよお。テツからも言ってやってくれよ。オレたちには結婚とか無理だって」
「青峰君の伴侶はザリガニですか……」
 青峰の手の中にある矢に射抜かれたザリガニを見ながらカエルが震える。笑っているのかもしれない。ちょっと気持ちが悪いと黄瀬は思った。
「やっぱ、これってそうなんの?」
「いつまでもキミは変わりませんね」
 黒子を肩に乗せて青峰が城へと戻ろうとするので黄瀬は「勝負は!?」と思わず叫ぶ。無視された。




 カエルを城に連れて行っていいものか黄瀬は悩んだ。
 馬鹿にされてやり直しになるのならそれもいいかもしれないとザリガニ片手の青峰を見ながら肩を落とす。
「やあ、テツヤ。王宮に来るなんて久しぶりだね。いくら誘ってもつれないのにどうしたんだい」
「迷惑料を貰いに来ました」
 ゲロゲロと青峰の肩で威張るカエルに黄瀬は赤司になんて態度をとるんだと思わず後ろから口を押える。基本的には温厚だが過激な行動にも出る王は不遜な態度を許さない。
 蚊がウザったいという理由で部屋を一面焼け焦げさせた赤司のことを黄瀬は忘れていない。怒らせてはならない人間だ。何かあったら容赦なく始末される。
「あ、赤司っち。実はオレの矢がこのカエルに……」
「なんだと? 黄瀬は黒子を嫁に貰ったのか?!」
「えー、黒ちんってば人妻になったの〜」
 壊れた狸の信楽焼きを抱いた緑間と矢の刺さったケーキを食べている紫原を見て赤司が疲れた顔をしている理由が分かった。
「まさか……二人とも……」
「あぁ、この狸の信楽焼きこそがオレの妻なのだよ」
「そいつ男っスよね。立派な玉が」
「紫原、お前……自分の妻を……」
 ドン引きした青峰にツッコミが少し違うような気が黄瀬にはした。
「え〜、ケーキ食べないの腐るし。ってか、この子はオレが作ったわけだからオレの娘でもあるわけ。何これ、近親相姦? 夫婦って一心同体って言うからまあいいよね」
「マジかよ。オレはテリヤキバーガーを嫁にしたかったぜ」
「嫁ではなくそれは好物なのだよ」
 青峰がザリガニを振り回しながら「テリヤキバーガー食いてえ」と言った。
「涼太、テツヤが苦しがっている」
「え? あ、ごめん」
 黄瀬が手を緩めるとカエルは床に落下した。ぴょこぴょこと飛んでゲロゲロと鳴く。どこからどう見てもカエルだ。これから一緒に暮らさないとならないのだろうか。
 さきほどまで触っていた手がぬめっている。カエルだから当たり前かもしれないがこれから先を考えるだけでも鳥肌ものだ。
「涼太は幸運の女神の祝福を受けているだけはあるね」
「皮肉っスか? 面白くないっスよ、赤司っち」
「赤司君、バニラシェイクください」
「ちょっと、一国の王にその口の利き方はなってないんじゃないっスか?」
「位で言うなら黒ちんのが赤ちんより偉いんじゃない?」
「はい?」
「ってか、黄瀬ちんって黒ちんのこと知らないの? 洗礼受けてないわけ?」
「彼がここに来た時は十三歳でしたから」
 納得したように「あー」と頷く紫原。先程の青峰と同じような感じだ。みんなが知っていて自分が知らないことがあるのに黄瀬はもやもやとした気分になる。
「もうっ、このカエルはなんなんスか!!」
「ボクは影だ」
 やっぱりだ。
「このカエルは黒子テツヤ。この国の水脈を司る水神なのだよ。オレ達が水を飲めているのは黒子のおかげなのだよ」
「テツヤのおかげで奇襲攻撃がしやすいんだよ。水脈を教えてくれるから簡単に外から来た敵を駆逐できる」
「天候も操れるから黒ちんにお願いしとけば大切な日は晴れにしとけるよー」
「雨も降らしてくれるからテツのおかげでウチは日照り知らずだもんな」
 言われて黄瀬はこの国の恵まれた気候を思い出す。
 実りのある土地柄のせいで外敵にさらされることもあったが基本的には穏やかな日々が続いている。だからこそ、黄瀬たちは無職で日がな一日だらだらと過ごしていた。
「めっちゃスゴイじゃないっスか!!」
「……そうでもないです。ボクは影だ。国を動かす光はキミ達です」
「テツは裏番長だよな」
「番長ってなんなのだよ」
「黒子っちがいつもオレの誕生日を晴れにして悲しい時には雨を降らせてたんスか?」
「キミの気分は知りませんが誕生日はその通りです。赤司君がキミたちの誕生日は晴れにしておいて欲しいと頼まれています」
「マジっスか? オレたち、運命だったんスね」
 跪いてギュッとカエルを抱き締める黄瀬にみんな冷たい視線を投げかけた。
「黄瀬ちん、さっきまでの態度と違いすぎ」
「神だからといって腰が低すぎるのだよ」
「テツヤに馴染んでくれるのはいいことだよ」
「……黄瀬はマジでテツと結婚すんのか?」
 青峰の呟きにみんな、それぞれ自分の矢を見た。
 黄瀬以外、顔色が悪くなる。
 紫原は矢についたクリームを舐めとった。
「もう紫原っちのお嫁さんいないじゃないっスか!」
「カニバリズムも愛の形ってことじゃん」
「適当っ」
「美味しくいただいたのならいいんじゃないですか」
「黒子っちがそう言うなら」
「納得すんのかよ」
 呆れる青峰をよそに赤司が「バニラシェイクは婚姻の席で出そう。テツヤ、涼太いいね?」とまとめた。
「黄瀬君、不束者ですがよろしくお願いします」
「こちらこそっス!」
 笑顔で答える黄瀬に「ひとつ言っておきます」と黒子はゲロゲロと鳴く。
「ボクはバニラシェイクと澄んだ水しか口に出来ません。海に入ると死にます。ボクに塩水をかけたら呪いますので覚えておいてください。変温動物で極端に暑い場所や寒い場所では身動きがとれないので赤司君の部屋に住みます」
「え? 別居宣言? ってか、なんで赤司っちの部屋!?」
「程よく部屋をあたたかくしてひんやりとしたバニラシェイクをくれるので居心地がいいです」
 嬉しそうにゲロゲロと声を上げる黒子。
 前足で顎のあたりを触れている仕草がかわいらしく見える。先程まで黄瀬には気持の悪いカエルにしか見えなかったが天候を操れる水神で自分を見守っていてくれた存在だと思うとカエルに対しては愛しさしか湧かない。ぬめっている黒子の身体すら愛せる。
「真太郎はうっかりテツヤに塩を盛って、敦には鍋で煮られて、大輝にはサウナ状態になった部屋に閉じ込められたからね」
「ちなみに赤司君には冷凍庫に入れられた覚えがあります」
「王宮には危険がいっぱいっ! みんなして黒子っちに何してんスか!! ちょっと!」
「眼鏡をかける前に日課の盛り塩をしたのだよ。黒子が勝手に窓から侵入してきたのが悪いのだよ」
「黒ちんで出汁とったスープ、超美味しいのよ?」
「あの時は急いでてテツがいるのに扉、閉めちまったんだよな。いつもは半開きでテツが出入りできるようにしてんだけどよ」
「青峰っちが扉開けっ放しって黒子っちのためなの!? てっきり性格が雑なのかと思ってたっスよ」
「黄瀬ちんって結構言うよね」
「神を鍋で煮込む魔王に言われたくないっスよ」
「紫原君は身体が小さく少々弱かったんです」
「すげー、デカくて強いっスよ!?」
「黒ちんのスープ飲んだら病気にならなくなったのよ」
「育ち過ぎなのだよ」
「キミだってスープ飲んだくせに。……ボクはもう穢されてしまったんです。何人もの相手に身体を好き勝手されて」
「黒子っち……。そんな、そんなことないっスよ。オレは黒子っちが何されてても気にしないっスよ。過去のことなんかっ」
 カエルと見つめあう国一番の美形の王子というシュールな構図に白けた空気が流れたが本人たちは気にせずに続けた。
「オレ、絶対、黒子っちのこと幸せにするっスよ」
 宣言する黄瀬に黒子はゲロゲロと鳴く。
 カエルを偏愛する美青年。病気にしか見えない。




 その後に二人には赤司から難題がいくつも出されたがなんとかこなした。黄瀬が。
 白いパンを嫁に作らせるようにと赤司は四人に伝えたが、狸の信楽焼きやザリガニ、食べられてしまったケーキは何もできるわけもない。黒子だってカエルなのでパンが作れるはずもなかった。赤司が食べたいと言っているので出さないわけにはいかず黄瀬が四人分のパンを作った。絨毯を作るように言われた時も同じように黄瀬が四人分作った。赤司にはバレていただろうが何も言われることはなかった。
「最後は舞踏会と言いたいところだけどお前たちの顔に泥を塗ることになるからやめておこうか」
「赤司君、バニラシェイク飲みたいです」
「赤ちん、オレ新しいお嫁さん作るのもいいと思うのよ」
「三人目か?」
「ちょっと待って! オレたちのウエディングケーキが二人目とか言わないっスよね? 大きかったけどさ〜」
「あれは壮観だったのだよ」
「パーティーにはお前たちの好きなものを揃えるが……」
「テリヤキバーガーなっ」
「よく考えると王子なのにキミたち安いですね」
「黒子っちはお供え物をバニラシェイクで許してくれるあたりスゴイっスよね」
「飲みたくなりました」
 ぴょこぴょこと跳ねる黒子は愛らしいが黄瀬はこんなに楽しみにしているバニラシェイクを黒子が飲んでいる姿を見たことがなかった。いつも黒子は赤司の部屋で飲んでいるらしい。自分の目の前では飲んでくれない黒子に黄瀬は疑問を懐く。
(新婚なのに破局の危機っス!)
 すでに別居中なので小さな問題だ。






 暖炉の前で桶に張った水の中に入り、バニラシェイクを飲む少年が一人。
「風呂上がりのバニラシェイクは格別です」
「テツヤ、風呂から出てないじゃないか」
「湯船でゆでガエルになったので冷やしてます」
「僕の見ていないところで死にかけないでくれ」
「大丈夫です。カエルの皮をかぶっている限り死なない呪いを受けていますから」
「ところで結婚生活は順調かい?」
「黄瀬君はそんなにカエルが好きな子だったんですか?」
「人並みだったと思うけど何か気になる?」
「ボクの写真をずっと撮り続けています。アルバムがすでに十冊になりました」
 呆れたように肩をすくめた少年は桶の隣にあったカエルの皮をつまんで振る。
「熱中するものがなかったからのめりこんでいるね」
「暑苦しいですが嫌いじゃないです」
 バニラシェイクをズコーと音を鳴らしながら飲み干して立ち上がる。赤司がタオルを肩にかけてやり「湯冷めしないようにね」と心配する。
 一部始終を鍵穴から覗き見ていた黄瀬は理解が追い付かなかった。分厚い扉に阻まれて二人の会話は聞こえない。ただ、ぺちゃんこになった状態の黒子を見知らぬ人間が粗末に扱っていた。
 それは許せない。ペラペラになったとしても自分の妻だ。
 黄瀬は思いっきり赤司の部屋の扉をノックする。
 深夜の訪問は非常識だったが常識よりも大切なことがある。
「そもそも夫婦の寝室を分けるのはいけないと思うっスよ」
 ドンドンと叩き続けていれば迷惑そうな顔をして赤司が扉を開けた。
「急にどうしたんだ」
「黒子っちは? 黒子っち!!」
「なんですか」
 焦る黄瀬など気にしないようにゲロゲロと黒子は冷静に反応する。ペラペラではない黒子に黄瀬は胸を撫で下ろす。干からびていたように見えたのは錯覚だったらしい。
「あれ? 赤司っちと黒子っちだけっスか?」
 水色の髪の少年が見当たらない。
 暖炉の前の桶はちゃんとある。
 水に触れようとすれば赤司にとめられた。
「それは聖水だから涼太は触らない方がいい」
「そうです、黄瀬君。浄化されちゃいますよ」
「ちょっと、なんスか。それ」
 綺麗になるのはいいことじゃないのか。
「この水を浴びた青峰君は肌が白くなり瞳は輝きまるで別人のようになりました」
「へぇ、美白効果っスか?」
 この頃、太陽の下で働くことも多かったので黄瀬は水をすくい上げて顔にかけた。
「なんか、変わったっスか?」
 赤司と黒子を見れば二人の大きさが随分と変わって見えた。
「赤司っちが大きくなった!?」
「黄瀬君が縮んだんです」
「親指姫か」
「困りました。黄瀬君をツバメにさらわれてしまいます」
「黒子っちと一緒にいるのにいい感じのサイズっスね」
 全力で抱き付きにいくとやや迷惑がられたが弾力感のあるカエルの皮膚は気持ちよかった。
「これでは踏んでしまいそうで困るな」
「そうですね。国の状況を見回るのも王子の仕事です」
「このサイズじゃ無理っスよ。緑間っちに任せるっス!」
 ずっと黒子といちゃいちゃしていられると黄瀬ははしゃいだ。
「浄化されずに煩悩が加速してるね」
「案外、黄瀬君は真面目な人間だったんですね」
「何の話っスか」
「ボクに合わせると言うのならちゃんと仕事してください」
 黒子のカエルの背中から鍵穴から覗いた時にいた少年が現れた。小さいな黄瀬をつまみあげて水桶の中に落とす。
 水を浴びると魔法のように黄瀬の身体は普通のサイズに戻ってしまった。
「どういうことっスか?」
「見たままです」
 答えたのは人の姿をした黒子と同じ声の少年。近くには蛇の抜け殻ならぬカエルの皮が落ちている。
「黒子っちはカエルじゃなかったんスか?」
「そういうことです。残念ですが……」
「人間だったんっスか」
「いいえ。簡単に言うと死者です」
「え? えぇぇ!!」
 黄瀬は黒子の返事に思わず赤司を見る。
「テツヤは元々は確かに人間だ。けれど、今はどちらでもないんだよ。この土地の生贄に捧げられ時を置いて神となった。けれど力がないからテツヤだけでは人を幸せに出来ず徳が積めない。最初に会った時は役立たずだからカエルにされたって泣いてたね」
 思い出したように赤司が笑う。
「そこで王子様にならずに王様になるのが赤司君です」
「どういうことっスか?」
「僕はこのテツヤの支配している土地の上に国を作り他人の幸福の手助けしているわけだ。人々の幸福はテツヤの神格をあげることになる。簡単に言うとこの国に暮らす人間の存在自体で神通力を高めているわけだ。支配区域が広がるというのは僕にとってもそれは理想的な流れだから相互扶助だね。テツヤには僕の後ろ盾が必要で僕もテツヤの力は有用だと感じた」
「つまり?」
「あと一年ぐらいで人間になります」
「さっぱり分からないっスよ」
「国が栄えて現状を幸福だと感じる人間が一定の数に達したらボクのお役目ごめんです。元々、ボクが神になったのはこの土地の神が人間を嫌って逃げ出したからです。けれど人々はそれを認めなかった。神はいるけれど助けてはくれない。むしろ自分たちを祟っているからこんなに生活が苦しいのだという妄想にとりつかれました。結果がちょっとした惨劇でしたが、それはともかく溜まりに溜まった怨念などの負の思念で本当に祟り神のようなものは出来てしまいました。そのあたりは赤司君や青峰君たちが何とかしてくれて今はとても平和です。数年前、黄瀬君が来たあたりにはもうこの国の地盤は出来上がりボクも人間の形をとれるようになったんです」
「オレの知らない裏の歴史っスか!」
 肩をすくめて「別に知る必要はないことだ」と赤司は切り捨てた。
「最初から赤司君が普通に国を統治して一定の期間が過ぎればなんとかなるという見通しでした。黄瀬君たちのおかげで予定はだいぶ早まりました。助かりましたよ。ボクは神から人に戻れます。自分の人生というのにも興味が出ているので嬉しいです。まあ、今はカエルの皮をかぶって死を免れている哀れな生き物です」
 自分で哀れと言いながら黒子に悲壮感はない。
「カエルの皮がないと死ぬんスか?」
「いま、人の姿をとっているのは命懸けです」
「なんで、カエルの皮から出てきちゃったんスか!!」
「バニラシェイクは人間の姿で飲むのがボクの正義だからです」
「そんなにバニラシェイク好きなんスか!」
「カエルだとゆっくりしか飲めません」
「我慢してっ。後、一年なんスよね」
「順調にいけばの話です。もし、戦争が起きたり飢饉や病が流行ったりしてマイナスの感情が増えてしまえば積み上げたものは瓦解してずっとカエルです」
「オレ、絶対そんなことさせないっスよ」
「頼もしいです」
 パチパチと拍手する黒子の表情は動いていないように見えるが嬉しそうだと思った。カエルの時よりも人間の方が黒子の感情は分かりやすい。
「黒子っち、一緒に暮らそう。今まで人間になれるのを隠してたから別々の部屋だったんっスよね?」
「いえ、一緒に寝ていてキミに潰されるのが嫌なので寝室は別々がいいです」
「赤司っちは! もしかして同じベッドっスか!?」
「僕は寝相がいいよ」
「青峰君は結構騒がしいですし、紫原君は腕が当たったら死にます。緑間君は眠れないから一緒は嫌だと言われます」
「大丈夫! 絶対、潰さないから! あ、寝る時に人間の姿のままってダメっスか?」
「あまり危険をおかしたくないですがキミがどうしてもというのなら仕方がないです。夫には逆らえません」
「そんな無理強いしたりしないっスよ」
「テツヤはカエルの状態だと死んでも生き返るんだけど今の人間の状態で死ぬと本当に死ぬし、大怪我しても天変地異でこのあたり一帯は滅びるからね」
 黒子は神様なのだと黄瀬は実感した。
「カエルの状態でのダメージは跳ね返るんで安心です。皮の中がぐちゃぐちゃになって高速再生してるんですけどね」
「グロいんスね」
 カエルの皮を黄瀬は撫でる。黒子がカエルだということに意味があるとは思わなかった。
「今まで黒子っち、丈夫なんだと思ってたけど……なんか物にあたって急に黒子っちが動かなくなったりする時って蘇る最中なんスね」
「カエルだけにいくらでも蘇ります」
 黒子は黄瀬の手からカエルの皮をとって着込んだ。
 普通の十代の少年の身体がどうして手のひらサイズのカエルになるのか理解できないが神様だからということで納得するしかない。
「ってか、黒子っちって男だったんだ」
「女の子だとでも思ってたんですか?」
 ゲロゲロと鳴きながら黒子が黄瀬の膝めがけてジャンプしてくる。人間なら頭突きだが黒子にとっては実は命がけどころか死んでいるんじゃないのかと黄瀬は不安になった。いくら蘇るとはいえもう少し自分を大切にしたほうがいい。
「雌とか雄とか神様だからないかなって」
「テツヤはやろうと思えば子供の一人や二人作れるだろう?」
「ヤりませんけどそういう奇跡は可能です」
「子供欲しいっスよ! オレと黒子っちのっ」
「どうせ、王様はずっと赤司君がやってて世継ぎは必要ないんですからいいじゃないですか。黄瀬君は育児してくれそうなタイプですけれどボクは三歳ぐらいから面倒見たいです」
「テツヤならそのぐらい育った状態で作れるんじゃない?」
「別に赤ちゃんが嫌いなわけじゃなくて……」
「真太郎に毎日放り投げられていたのがそんなにトラウマかい」
「子供のやったことに罪はありませんが許しません」
「緑間っちって子供の頃に赤司っちに引き取られたんだっけ?」
「テツヤが捨てられていた真太郎を拾ってきたんだよ」
 黄瀬はもとより緑間、紫原、青峰に血の繋がりはない。
 赤司がどういう繋がりなのか引き取った子供たちだ。
 見た目の年齢は若々しいのだが赤司は黄瀬と初めて会った頃から変わらないように見える。謎しかないがそこに触れても自分の生活は変わらないので聞いてはいけない気がして黄瀬は避けていた。
「そういやオレたちのお母さんって……王妃っていないっスね」
「いますよ」
「まさか涼太は僕のことを独身だと思っていたのかい?」
「へ? 今まで会ったことないんスけど」
「僕は世界と結婚しているよ。お前たちの母親はこの世界だ」
「でかいっスね」
「ビックマザーです」
 いまいち納得いかなかったがそれ以上の説明は求められそうにない。新事実ばかりで頭がついていけなかったがとりあえず自分が必要なことは分かったと黄瀬は黒子に視線を合わせる。
「色々あってもオレがやることは何も変わらないっスね」
 手のひらに乗せた黒子に黄瀬はちゅっと音を立ててキスをした。自分が出来ることは黒子を愛して大切にすることだけだ。それは夫として当たり前のことだろう。
 ぼふっと音と煙とともに現れた質量に黄瀬は尻餅をつく。
「く、黒子っち?」
 人間の姿の黒子がいた。
 周りにはカエルの皮がない。
 最悪を想像して青ざめる黄瀬とは違い黒子と赤司は顔を見合わせて嬉しそうにしていた。
 裸のままの黒子が暖炉に近づいた。何をするのかと思えば燃え上がる炎の中に手を突っ込んだのだ。黄瀬は慌てて黒子の手を引いて桶の中に手を入れる。
「何してんスか!」
「火傷は痛くはありますが治ってます。これはボクの水の効果ではなくカエルの状態と一緒だと思うべきですね」
「冷静に何言って! って、え?」
 確かに火の中に手を入れたにしては黒子の腕には傷一つない。むしろ黄瀬のほうが少し火傷をしていた。
「治癒効果もありますので黄瀬君はこの水をガーゼに染み込ませて当てておくといいと思います」
「どういうこと? どういうことっスか!」
「王子様のキスで人間の姿になりました?」
 首を傾げる黒子に赤司は溜め息を吐く。
「今までキスもしていなかったのかい?」
「婚礼の儀式はいろいろと邪魔がありましたし……」
「涼太の甲斐性なし」
「マジっスか! 黒子っちは呪いが解けたの?」
「見た通り不死身の状態なので人間なのは見た目だけです」
「じゃあ、あの、その! 安全に、一緒に、そのさ」
 もじもじとする黄瀬に赤司が一言「早くしろ。言えないのなら出ていけ」と口にした。
「オレと一緒のベッドに寝てくださいっ」
 手を差し伸べながら目を瞑って黄瀬は頭を下げる。
 沈黙に耐え切れずに片目を開ければ肩を震わせている黒子がいた。怒らせたのだろうか。
「キミがそうしたいのなら断らないと言ったじゃないですか」
 微笑んで黒子は黄瀬の手を握った。
 赤司が白い布を出してきて黒子に巻き付けて即席の服にした。そして手を繋いで二人は黄瀬の寝室に入る。黒子が黄瀬を起こすためにここを訪れることはあったが寝るために来たことはなかった。
「キミはボクの方を向かずに、寝返りもうたないでくださいね」
 そう言って黒子は横向きになった黄瀬の背中にくっつく。
 生殺しだ。
 これは実質、初夜なのではないのかと思ったが健やかな寝息が聞こえてきて黄瀬は動けなくなった。






 馴染みのあるぬめった感触が顔に直撃する。
「いったぁぁ」
「黄瀬君、おはようございます」
 ベッドの中でカエルが跳ねている。
 見慣れた姿の黒子だ。
「黒子っち……」
 昨日の人間の姿は夢だったのだろうかと黄瀬は目をこする。
「キミ、寝相いいんですね」
 平坦に響きながら黒子の動きには喜びが滲んでいた。
「寝返りをされたら潰される自信がありましたが大丈夫でした」
 ぴょこぴょこと黒子は床に降りて扉に歩いていく。
「扉、開けてください」
「あ、オレの部屋はちゃんと黒子っち用に扉があるんスよ」
 屈んで壁に穴をあけて作った小さな扉を見せる。
「オレの部屋は黒子っちはいつでも出入り自由っスから。夫婦だから当然っスよね」
「昨日の話を聞いても気にしないなんてキミは凄いですね」
「これからはお風呂も寝るのも全部オレと一緒っスよね!」
「いえ、お風呂は赤司の部屋で済ませます」
「なんでっ。人妻がみだりに他人に肌を見せちゃダメっスよ。ってか、よく考えると今も黒子っちって裸!?」
「カエルの皮を被ってます」
「セクシーすぎて目のやり場に困るっスよ」
「黄瀬君は緑間君のお嫁さんの狸に興奮しますか?」
「そんな変態じゃないっス」
「あの狸の姿の方がボクは卑猥だと思います。でも、狸はあれが普通です。ボクも服を着ていないこの状態が自然です」
「分かったっスよ。緑間っちを説得して狸に服を着せて貰うっスよ」
「……赤司君の部屋で涼んできます」
「なんでっ!」
「そもそもボクの使った水は聖水として赤司君が売っているんです。勝手なことをしたら怒られます」
「え? 売ってるんスか?」
「エリクサー、万能薬として高値で取引をしているはずです。この国の財源になっているでしょう?」
「嘘っ。あの王宮の地下から湧いた凄い水って黒子っちの残り湯!!」
「ボクの使ったタオルとかは夏でも涼しい魔法の布になりますよ」
「赤司っち、滅茶苦茶黒子っちで商売してんじゃん!」
「この体はみんなのモノとして捧げられたので蹂躙の限りをつくされているんです」
「許せないっスよ」
「そう思うなら出来るだけ高値で他国に売りつけて来てください。キミ、そういうの得意でしょう」
「黒子っちのそばを離れたくないっスよ」
「無職の王子様は格好悪いです」
 黒子に言われて黄瀬は床に倒れた。
 めそめそと泣き出したかと思えば勢いよく立ち上がり「オレ行ってくるっスよ」と宣言しだした。
「本気ですか?」
「手紙書くっスよ」
「あの、黄瀬君、本気で」
 ぴょこぴょこと黒子がいつになく高く跳ねる。
 ゲロゲロと聞こえる黒子の鳴き声はどこか頼りない。
「本当に、……行っちゃうんですか」
 小さくなった黒子の声に黄瀬の心臓は痛くなった。
 だが、ここは男を見せる時だ。
「寂しいかもしれないっスけど青峰っちのお嫁さんのホルマリン漬けのザリガニと遊んで待ってて欲しいっス」
 振り向かずに黄瀬は走って行った。
「待ってください」
 聞こえていないのか黄瀬は止まらない。必死にぴょこぴょこと跳ねても黒子では追いつけない。
「無職童貞は改めろと言ったけれど……結局片方だけか。職を持つことはいいことだけれど視野がまだまだ狭いね」
「赤司君」
 黒子を持ち上げて赤司は「世話が焼ける」と息を吐く。
「月の満ち欠けで潮の流れが左右されるという。神秘の力もまた同じようなものだろう。テツヤが完全に人に戻るには一年かかるとはいえ、何とかできそうな隙を逃すのは男じゃない」
 赤司はまだ見える黄瀬の後頭部めがけて黒子を投げつけた。見た目に反して赤司の筋力はすごい。その上コントロールは抜群だ。当然、剛速球は黄瀬の頭に直撃した。
 倒れる黄瀬と黒子。
 同時に起き上がる一人と一匹。
「黒子っち、大丈夫?」
「黄瀬君、平気ですか?」
 同時に口にした二人は揃って自分の口に触れる。
「オレ、カエルになっちゃった!!」
「もしかして、ボクは黄瀬君ですか?」
 黄瀬の姿をした存在が窓ガラスに近づいて自分の姿を見る。
「黒子っちの視線って低いっスね」
 ぴょこぴょことカエルが跳ぶ。
「こんなつもりはなかったんだけど……」
 広い廊下の向こうでそんな赤司の呟きが漏れていたが当人である黄瀬と黒子には関係ない。
「これからどうすりゃいいんスか〜」
「困りましたね。でも、ちょっと楽しいです」
 そう言って笑う黄瀬涼太は物静かで儚い青年に見えた。
「さすが、オレ! 女性にバカ受けの未来しか見えないっスよ」
「部屋に引きこもりってバニラシェイクだけ飲んでます」
「不健康すぎっ。太るからやめて!」
「黄瀬君の身体を好き勝手してやります」
 そう言って寝室に戻ろうと歩き出す中身が黒子の黄瀬をカエルの状態の黄瀬が泣きながら追いかけた。

 波乱ばかりの日々だ。







■蛇足■
 
「黒子っちはカエルなのになんで喋れるんスか?」
「喋ってません。心に語り掛けているんです」
「マジで!!」
「神ですから」

※元ネタの「蛙の王女」もなぜか普通にカエルが喋っていますが喋っていること自体にツッコミは入りません。
 だから、バニラシェイクとかその他諸々もツッコミ不可です。

2013/06/10
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