調教記録のラブラブ編?
『箱庭幻想閉鎖中』とセットな感じの本です。


黒子テツヤの調教記録 春の日
サンプル


 黒子テツヤは同性愛者ではなかった。
 赤司征十郎も同じく同性愛者ではなかったはずだ。
 だが、異性愛者なのかと言えばそもそもが恋愛の経験というもの自体がなかった。赤司が触れたいと思ったのも実際に触れたのも黒子だけだ。それは年齢を考えれば不思議な事でもなかったかもしれない。
「テツヤは誰かを好きになったことはあるかい?」
 桜の花びらを手の中に赤司は捕まえた。
 香りのない薄紅を愛でる。
 遠くにある喧噪が懐かしかった。
 歩みを止めて黒子が赤司をジッと見つめる。
「…………それはボクを試してるんですか?」
「うん? 単純に聞いているんだけど?」
「じゃあ、意地悪です」
 恋人に対してこの言い方は確かにひねくれていたかもしれない。赤司としては混じりっ気のない興味からの言葉だ。
 悪気はなかった。
「僕は誰かを好きだと意識したことは特になかったね。テツヤは好きだと思う以前に僕のモノだと思ってた。僕のモノじゃないと許せなかった」
 冬から咀嚼し終えた思いを告げる。
 あるいはこれは夏の日から置き去りにしていた本心だったのかもしれない。赤司の手で変わっていく自分に戸惑っていた黒子テツヤ。もっと早く出会いたかった気がする。それこそ生まれた時に立ち合いたかった。それならもっと自分だけのモノとして箱庭の中に置き去りにしただろう。そうして黒子から得られる感情がただの刷り込み的な親愛であったとしても途切れることのない絶対なものになるのなら楽しいと思えるだろう。
「…………赤司君は全部全部、何でも何もかも手に入れてしまう王様ですね」
「でも、中学の時、テツヤの意思で僕から離れていくのは分かっていたし、楽しみだったけれど同時に不快さなんていうのもあった。テツヤが僕に恋人になろうなんて言うから」
「そうですか」
「テツヤのことを誰にも渡したくないとつまりそれが好きなんだってことだろうけど、恋人なんていう表現じゃ生温い。僕はテツヤが僕の所有物になればいいと思っているんだよ」
「普通に聞くと失礼な言葉なんですけれど……ありがとうございます。嫁は旦那様のものということですね、赤司君的に」
「僕のことをテツヤは把握し切れないだろう。ゆっくりと覚えていくのもいい」
「赤司君の亭主関白のスイッチはよく分からないです。俺より早く寝るなとかじゃなくって――」
「あえて言うなら、そう、『誰より僕を想え』だ。勝利への執着もバスケへの愛情も僕への気持ちと同じだろう? だから許してあげる。帝光のやり方への反発心も同じ。僕への気持ちだろう。テツヤが僕を忘れるなんてことはあり得ないと分かっているよ。それでも気に入らないことも多い」
「赤司君のことを思わないままでいられたら苦労しません」
 黒子の中に打ち込まれた数々の言葉。もちろん赤司としてはわざとだったが黒子は傷つきながらもここまできちんと折れずにやってきた。それは美しい光景だ。
「割合だ。テツヤが僕のことを一日の中で誰を思うよりも思っているなら傍に居ないことを許してあげよう。テツヤが自分だけの指針を見つけても僕の言葉を聞いて理解したいと思うならいくらでも告げよう。テツヤが全てを投げ捨てて僕と一緒に居たいならもちろん受け入れよう」
「それは嘘です」
「洛山に転校してくる気は?」
「ありません」
「愛してるよ、テツヤ」
「このボクである方が赤司君はいいんですよね。なら、曲げられませんよ」
「言ったかもしれないけれど、どちらでも良かったんだよ。テツヤが僕へ依存して宝の持ち腐れになったとしても、自分の武器を研ぎ澄ませて僕へ牙を剥いてきてもどちらでもテツヤはテツヤだ。かわいいね」
「つまらないことは嫌いじゃないですか、赤司君」
「飼い犬に手を噛まれるのも気に入らないよ?」
「でも、噛まれたかったんですね」
「試していたというのならテツヤの盲目さを試していたかもしれない。僕と居れば大丈夫だと健気に思い込むことで強がるテツヤは痛々しくて良かったよ」
「赤司君はちょっと酷いです」
 皮肉を真正面からぶつけられて『ちょっと』で済ませているところが黒子の甘い所というよりは赤司への愛情なのだろう。手のひらの中にある桜ごと黒子の手を赤司は握った。わずかに不満そうに黒子の表情が変わる。
「桜の花びら一枚の隙間も二人の間にあるのが嫌かい?」
「だって……その」
 赤司が見透かした黒子の気持ちは外れるはずがない絶対。
 外していたとしても赤司に言われれば黒子は肯定する。
 好きじゃなくても好きになってしまうように。
「僕はテツヤが僕のことを好きじゃないと思ってた」
「ッ! そんな、そんなことッ」
 感情をあらわにする珍しい黒子の姿に赤司は微笑む。
「苦しんで悩んで色々な感情の中でもっと育てるべきだった。無菌室の中で刷り込みを続けて盲目にさせるのは簡単だけれど僕はテツヤを自分と同じ場所に立たせたかったからね」
「敵であること、ですか? 対等な立ち位置」
「テツヤは僕の気持ちを分からなくてもいい。テツヤが僕に向ける気持ちが変わらない色をしているならそれで勝ちだ」
「さすがに赤司君が中学で結婚を考えていたのは知りませんでした」
「僕が頼んだらテツヤは家庭に入ってくれる?」
「無理です。……でも」
「妥協点を探して考慮しようとするだろ。それが愛情というものだよ。だから、僕もテツヤの意識に合わせて妥協した」
「どの辺りですか?」
 繋いでいた手を放して赤司は手のひらを見つめる。
 気付いたのか黒子は自分の手を見て花びらを反対側の手で取った。黒子と赤司、二人の手で潰された花びらは薄っぺらくなって風に乗ってすぐになくなりそうだ。黒子は鞄の中から取り出した文庫本の適当なページに花びらを挟んだ。
「テツヤはそうして僕が与えた『不要だと思ったも』でもちゃんと大切に保管するだろ。だから、かわいくないテツヤだって僕はかわいがってあげる。わかった?」
 中学三年の時に赤司が与えた『不要な物』。
 孤独、恐怖、焦燥、苛立ち、自分自身の存在の不確かさ。
「テツヤはいつでも健気に一途に目標を定めて頑張れるけれどそこに到達しえないと分かれば切り捨てることも選べる非情さもある。けれど、ほんの少しの可能性があれば諦め悪く延々と思い続けるだろう」
「……お前なんか必要ないって、嫌いだって赤司君が言いさえすればボクは解放されたかもしれません」
 暗い顔をする黒子は赤司に言われてもいないことを脳内で反復して自分を追い詰めていたのだろうか。酷く愛しい。
「そんなこと言うはずがないって知っているだろ。言ったとしてもそれは、それこそ試しているからだ。そう、信じられるだろ? テツヤは僕の愛を疑いながらも求め続けたのだから受け入れる以外ない」
「赤司君に翻弄されている感じ……ずるいです」
「頭は使わないと退化するんだ。だからいつまで経ってもテツヤは僕にチェスでも将棋でも負けるんだよ。あぁ、もちろん僕は誰にも負けないけれどね」
 矛盾することを赤司はさらりと告げた。
「バカになって僕の言葉以外を聞こうとしないテツヤもかわいいけれど自分で考えて自分の足で立って自分から僕といることを選んでいるテツヤも良いね」
「だって、赤司君が――」
 赤司が京都へ来いと言えば黒子はこうしてやって来る。
 けれど、転校して来いと言っても頷かない。
 この距離感は歯痒くてけれどとても面白い。
 突き崩す方法を考えて模索する。
「僕が勝つのは当然だが、だからこそ過程を楽しみたくもなる。テツヤがどんな風に動くのか見つめたいね」
「はいもいいえも全部意味がないですね。赤司君は最初から知っているなら……」
「どちらでもテツヤが決めたことなら面白いと思ってあげよう。いつまでも」
「なんだか、とっても負けています」
「愛しているってことかな、それは」
 黒子は答えずに赤司の手をぎゅっと握ってきた。
 初めてだったかもしれない。そのぐらいに珍しい。
 いつも赤司から触れられることを待っていた黒子からの触れ合い。振り払われることを恐れるばかりの子供からゆっくりと進んでいく。
 いや、黒子は中学二年の時にすでに踏み出していたのかもしれない。赤司が自分の中の感情を整理し切れず拒絶に近しい態度に出たのだ。それは黒子を傷つけることになった。
 傷ついた黒子を見ることで安心する気持ちが赤司にはあった。傷ついても黒子が赤司を拒絶しないことが嬉しかった。
「歩いて転んで崖から落ちても元気に羽ばたくものだね」
 いっぱい傷ついたはずだ。赤司を憎んだり、赤司のことを考えることすら苦痛に感じたりもしたはずだ。そういう風に赤司自身が仕向けていた。試していたのかと自分の行動を振り返れば、試していたのは確かだ。自分を赤司は試した。
 自分にとって黒子がどんな存在であるのか。
 それは出会ったその時からずっと試し続けていた。
 感情を持て余していたわけではない。
 自分は自分を制御しているとそんな風に思う傍ら身体は勝手に動いていた。言い訳を重ねながら欲しいモノもしたいこともただシンプルだ。
 黒子テツヤを自分のモノにしていたかった。
 傍に居るだけでは足りず、手を繋ぐだけでも駄目だった。
 身体を重ねても呼吸と同じ。
 黒子から必要とされることは当然のことだと思っていた。
 触れ合いに戸惑い少し嫌がるような躊躇うような黒子の逃げ道を全力で潰しながら赤司は黒子の常識を壊した。
「僕の家でお茶でも飲みながらその生八つ橋を食べようか」
「そこが誰も知らない場所ですか?」
「空き屋だからね」
「いいんですか?」
「手入れはされている。東京の、中学の時に暮らしていた家も同じだ。赤司の家にとって家は帰る場所ではないらしいね」
「……そう、なんですか?」
 言っている意味が分からないのだろう。
 黒子は首を傾げた。
「家は自分の姿なんだ」
「はい?」
「東京の家を見ただろう? 増築して奇妙に歪んでいる」
「洋風と和風が混ざってましたね」
「あれはつまり今までの家のルールに自分のルールを上書きしている状態なんだ。だから歪んでいる」
「……不仲だからって」
「家に馴染めなくても家以外に居場所がない。だから家自体を変えるしかない。新しい家を建てることが出来ないから家を増やしたり増築することで自分の居場所を作る」
「東京の家は……火事があったからだって」
「家事の理由を知りたい?」
 薄暗いものを感じたのか黒子は首を横に振った。
「赤司君が言いたいなら聞きます」
「大した理由はない。よくある家の恥部だ。情念は凝縮されているから不思議なこともよく起こる」
 言われて心当たりがあったのか黒子は目を伏せた。
「その時にも言ったけれど最初の火事に深い意味はない。修復工事をしていながら定期的に燃やしてまであの部屋をあのままにしているのが異常なんだ」
「……でも、中学の時に――」
 何かを思い出したような黒子に赤司は微笑む。
「実を言うとまだ終わってない。テツヤにとっても僕にとってもこれからのことなんだ」
「はい?」
「あの部屋は異次元だった。簡単に言えばそれだけの話。僕がテツヤと離れていても平気になれるように試したんだ」
 目を閉じて赤司は幻想に思いをはせる。
「どういうことかさっぱり?」
「分かりません」
「そのままでいいよ」
 赤司はタクシーを捕まえて行き先を告げた。
 黒子が一瞬赤司の手に触れたが慌てて離れる。
 苦笑しながら赤司は指を絡ませて繋がった。
「少し掛かるから眠っていろ」
 自分の肩に黒子の頭を置かせるように髪を撫でる。
 驚いた後に黒子は静かに「はい」と頷いて目を閉じた。



 




 黒子は着せられた浴衣を乱しながら喘いでいた。
 純和風の屋敷だったのでこの方が落ち着くと赤司に浴衣を着せられたのが悪かった。
 目隠しをされたまま服を脱がされていくことに危機感を持てないぐらいに黒子は赤司の家の中で緊張していた。
 赤司に何かされることを期待する前に思いもしていなかったのが実際の所。それは赤司にとって不服かもしれない。
「他の男にもこんなに簡単に肌を見せるのか?」
 そう言われながら心臓の音を聞くように胸に手のひらを乗せる赤司。高性能な嘘発見器だ。適当なことは言えない。
「…………え、ぇっと、合宿でお風呂とか着替えとかは普通にしていましたけれど……」
「テツヤは僕を煽るのが上手いね。そういうことじゃないだろう。……いや、そういうことかな?」
 少し肌寒い空気とあたたかな赤司の指先。
 くすぐったいと思いながら着替えなのだからと耐えていた。
 旅館にあるようなすぐに解ける寝間着の浴衣ではない和装。出入りしていない空き家にしてはちゃんとしている。
「折角、帯を締めたのにこんなに乱して」
 襟元まできっちりと合わせてもらったことが嘘のように今では肌を晒してしまっている。内股になり勃起したものを隠すような擦り合わせるような動きをすることを赤司は許してくれない。黒子の膝を開かせて笑った。声だけではなくどんな顔をしているのか見てみたいと思ったが黒子は動けない。
「汚すのが早いね」
 喉の奥で笑うような赤司に身体はどんどん熱くなっていく。
 着物の生地の質感が目隠しをしていることでより感じられて胸が高鳴った。それは言い訳だ。
 着付けをしてくれる赤司が軽くキスをして黒子の脇腹をくすぐっただけでこの有様になったのだ。
 特別なことを赤司がしたわけではないのに黒子は立ち上がれなくなってしまった。赤司が触れたところから熱くなる。愛撫というにはあまりにもさり気ない、手を握り合うことと同じレベルの触れ合いだったはずだ。
 呆れるような赤司に黒子の羞恥心は加速した。
 けれど、身体が赤司の指先を喜ぶように痙攣する。
 くすぐったくて力が抜けるなんていうものを通り過ぎていた。赤司がもし悪ふざけで黒子を弄ったのにこの反応だと言うなら引かれてしまうかもしれない。
 黒子自身驚いていた。全身が性感帯になったみたいに赤司が内太腿を撫でるだけで果ててしまいそうだった。飲み込めない唾液が口の端から零れるのを感じる。
「いやらしい顔をしている」
 笑うような赤司に黒子は恥ずかしくなった。羞恥心で死ねなくても開き直る気持ちにはなかなかなれない。
 決定的な部位に触れることなく指先や足にキスをしていく赤司。どんな顔で黒子に触れているのか見れないことが出来ないのが少し悔しかった。
 けれど目隠しを赤司の許しなく取ろうとも思わない。赤司が次にどこに触れるのか頭の中で考える。それはゲームのようだった。足を抱えられて乱れた浴衣を直すことも出来ずに荒い息を吐く黒子は赤司の目にはどう映っているのだろう。
 嫌われたりはしないだろうか。
「僕が居ない間、黒子はどうやって性欲処理していたんだい」
「……ぁ、……っ」
 言葉にならなかった。
 何もしなかったのかと言えば嘘だ。
 何かをしたのかと言えばそれも違う。
 やろうと思っても出来なかった。
 前を弄るやり方も後ろを弄るやり方も赤司に丁寧に教えられていた。けれど、赤司の前で自慰をしてもなかなか上手くいかなかったのと同じで一人では快感を覚えるものの果てることがなかった。達することのできないもどかしさに一人で悶えて朝が来る。そんな不毛な日々を赤司に報告などできるわけがない。
「言わないとこれ以上のことをする気はないよ」
 苛立ちが見え隠れする少し冷たい声だった。
 赤司は基本的に自分に従わない人間が嫌いだ。
 だから黒子も赤司の逆鱗に触れたのだろう。
 熱で浮かれた思考が冷える。
「……あ、……っ、……ぅ」
 目隠しをしているままだから赤司の表情が分からない。
 怒らせてしまっているという想像が黒子を追い詰めて言葉が空回ってしまう。何かを言おうとして失敗する。抱きつこうとした手を止められて、つい涙が滲んでしまった。
「僕が苛めているみたいだ」
 拗ねたような赤司の声。頭を撫でられながらキスをされた。
「ボクは苛められてると思います」
 黒子の言葉に赤司は目隠しを外した。
 このタイミングはずるい。
 優しく微笑んでいる赤司が目の前に居た。
「あちらの鏡を見ておいで」
 襖を開けて隣の部屋の薄暗い中に大きな姿見があることを知る。二つの布団が隣同士くっ付いた状態で置かれている。
 家の間取りは目隠しをしながら歩いていたのでよく分からなかったが相当大きな屋敷の寝室と自室という繋がりであるらしい。旅館と同じような作りであるのかもしれない。
「あかしくん」
「見えないかい? もう少し近づこうか」
 薄く笑うような赤司の瞳に欲望がチラついていて胸が熱くなる。こんな風に見つめられて何かを考えて引けるわけがない。頭の中で赤司の名前を連呼しながら抱き上げられるままに黒子は鏡の前に連れて行かれる。
 鏡の近くにある提灯に赤司はマッチで火を灯す。
 電気ではなく昔ながらの蝋燭で危ない気がした。
 こうやって火事が起こるのかとぼんやりと黒子が見つめていると赤司が首筋を噛んできた。
「テツヤ、何を考えてた?」
 ひやりと背筋を凍らせるような声だったが見上げれば瞳は穏やかだったので黒子は思ったまま告げる。
「赤司君の家は古風だと思っていただけです」
「このぐらいの光源の方が趣がある」
「……そういえば、ステンドグラスとか持っていましたね」
「欲しいならあげようか?」
「いいんですか? あれ、だって……赤司君、自分で作ったんですよね」
「東京の家にそのまま置いてあるから貰ってくれて構わないよ。鍵は後であげよう」
「そんな……」
 目を見開く黒子に「あの部屋はあの頃のまま置き去りになってる」と笑った。そのことが黒子には少し悲しい。忘れ去られたと言われている気がした。自分との思い出も含めて。
「さて、話はまだ終わっていない」
「続ける気ですか……」
 目隠しが取れて赤司が目の前にいることで黒子は安心していた。うなじにキスをされながら赤司の手をぎゅっと握る。
「恋人がどんな風に過ごしていたのか気になるのは普通だろ。こんな風に一人で触った?」
 黒子の手を赤司は胸元に持っていく。指が乳首を擦るように動かされて力が抜ける。
「ほら、気持ちいい。恋人である僕のことを放って置いてテツヤは一人で盛り上がってる」
 乳首に爪を立てられて黒子は身体が固くなる。
「……あかしくん、すねてます?」
 鏡に映っている赤司の顔は不服そうだった。
「テツヤが敏感なのは僕の教育の成果だけど……ブランクがあるのにこの反応は穿ってしまっても仕方がないだろ」
「久しぶりだから……こんな気持ちいいんじゃないですか?」
 赤司に以前言われたことだ。
 射精する時にすぐに出さずに堪えていた時の方が快感が増す。確かにその通りだった。とはいえ、黒子もくすぐられただけで喘ぐはめになるとは思ってもみなかった。
「あくまで白を切るつもりかい」
「いえ、あの……本当に」
「誰とも何もしてない?」
 言われて赤司の不機嫌そうな理由が見えてきた。
「誰かと何か、したと思いました?」
「テツヤから誘ったのか、策略にハマったのかでお仕置きの内容は変えよう」
「どっちが酷いんですか?」
 少し興味があって聞いてしまう。赤司の表情が目に見えて変わった。地雷を押したのは間違いない。赤司以外の誰とも何もしていないなど黒子の中では当たり前だったので強く否定しなければならないなどと思わなかったのだ。
「この家は昔からあるから座敷牢も拷問部屋もついでに言ってしまうと昔ながらの褥の道具も揃っている」
「え……それは」
「大丈夫、テツヤ。余すことなく使ってあげよう」
 目を細めて笑う赤司がすごく怖い。
「お前はここに来るのを誰にも告げなかっただろ」
「……はい」
 心配をかけてしまうと思ったので細かいことは誰にも伝えていない。
「ここへ連れてきたタクシーの運転手は赤司の家に口出しするタイプではない。行方不明者が出て怪しんだとしても誰かに漏らすことはないだろうな」
「あの、それは……困ります。ボク、また赤司君とインターハイで戦いたいです。…………ではなくて、その、浮気したりなんかしてないです。むしろ、そんなの赤司君の方が――」
 口に出しながら少し悲しくなったが赤司の雰囲気は変わらずに剣呑なままだ。
「僕が浮気してたら同罪だと、そう主張したいなら残念だ。僕はテツヤ以外抱く気はないよ」
「……それは、……いいんですか?」
 色々な意味で。
 中学時代から道を踏み外し続けて黒子自身は納得しているのだが赤司は何だかんだで自分と別れて真っ当に生きていく気がした。区切りがどこであるのか分からなかったが恋人だと言ってもらえたそれだけで嬉しくて、充分だと思った。
「いいって、何に対して? テツヤに女を抱かせる気もないよ。僕のだからね」
「……お家のこととか」
 細かいことは分からないが所有している屋敷を考えれば赤司の家がどういったものであるのか大体分かる。
 帝光に通っている生徒の何割かは富豪という言い方が似合う家の子供たちだ。僻んだ気持ちになる訳ではないが跡取りになるだろう子供が道を踏み外していたら親として気分がいいはずがない。昔、考えていた色々なことが現実味を帯びてくる。これからどうするのかとそんな事を考えてもいい年齢になったのだ。
「言っただろ、僕に逆らうやつは親でも殺す」
「殺しちゃダメです」
「家を継ぐ子供のことを気にしているなら引き取って育てるか、二人の細胞を合わせて作らせればいい」
「そういう事できるんですか……。え、そういうことなんですか?」
「テツヤは僕と一緒に居たくないって言うのかい」
「ぁ、ぃぃ、っ」
 性器の先を指で乱暴に擦られた。
「いた、いたいっ、痛いです、あかしくん」
「テツヤはいつも上げて落とすよね」
「ひぁ、っ、……ごめんなさい」
「他に相手を作りながら僕に足を開くなんて良い度胸だよ。テツヤ、この家から出られると思うなよ」
 明らかに本気の目をしている。鏡を見るのが怖くなって黒子は目を閉じて首を振る。
「そんなつもりはなかったんです」
「僕と結婚するなんて冗談じゃないって?」
「そういう意味じゃなくて……赤司君が、そんな……疑うなんて思いませんでした」
 いつでも自分が正しいと疑わない赤司征十郎が黒子が心変わりをしたと勘違いするとは思っていなかった。信じられていなかったことにショックを受けるというよりも赤司が不安に思ってくれていたことがどうしようもなく嬉しかった。
 黒子に他に好きな相手ができたと思って不機嫌になるぐらいに黒子に対して執着しているという事だ。不安だったのは自分だけだと黒子はずっとそんな風に思っていた。赤司は超然としていて掴みどころがない。それは感情がないわけでも感覚がおかしいわけでもない。ただ言わないだけで、ただ強いだけだ。赤司は自分の弱さを見せることなどないし、自分の強さを驕ることもしない。強さには強いだけの理由がある。赤司は黒子にそれを教えていた。才能に胡坐をかいているのではなくストイックなまでに鍛え上げている。
 赤司のそんな姿勢が好きだった。
「愛されている実感なんて僕が求めている時点で当然得ているものだろ? テツヤは本を読む割に読解力が足りないね」
「赤司君……だって、言わないじゃないですか」
「言わなくても分かるものじゃない?」
 勝手なことを言われている気がして黒子は反論しようと思ったが赤司に口で敵うはずがなく、そして黒子が覚える反感はブーメランのように帰ってくる皮肉だ。好きだから分かって欲しいと言わなくても伝わるはずだとそう思いたかったのは黒子の方だ。明確に伝えてその後にもっと続けて尋ねてみても良かったのだ。
「赤司君のこと好きだってボクは伝えました」
「子供の遊びの延長の親愛表現なんかいらない。分かってる?」
 赤司が言っているのは引き返せことなど許さないと自分と違う道を選んだとしても常に赤司のことを想い続けなければ駄目なのだとそう言っている。そんなことは当然だ。
「ずっと赤司君のことを想っていたからこうしているんです」
 黒子が今、この場にいることが答えなのだと最初に会った時に伝えたと思っていた。耳で聞いても黒子の気持ちがどの程度なのか赤司ですら測りかねていたのかもしれない。
「高校を出たら一緒に暮らそうか」
 それは決定だった。疑問形ではない。黒子の意思など聞いていない。当たり前のように「場所は東京にしてあげてもいいよ」と耳元で囁いた。浴衣が肌蹴た肩にキスをされながら「毎日こんな事をしてたらテツヤの反応の違いにもっと敏感になるかもしれない」と恐ろしいことを言ってきた。
 眠たいから嫌だとか疲れたからと遠慮したら即、浮気を疑われたりする環境なのだろうか。愛が重いと思いながらも全身を支配されるような愛撫に拒絶の言葉は出てこない。
 赤司の指先が特別なのか、黒子を見つめている目の方が特殊なのかあるいはタイミングがいいのか。
「具体的な場所に触っていないのにテツヤはもう腰砕け?」
 座っているのに自分で自分の身体が支えきれない。
「も、もうだ、め……です……はずか、しい」
 鏡に映っている自分の姿から逃げるように黒子は両手で顔を隠す。後ろから抱きしめている赤司にもたれ掛るようにして息を整えようと頑張ったが無駄なあがきだった。
 脇腹を少し指でなぞられるだけで身体全体を痙攣させてしまう。爪先に力を入れて丸め込んで何とか耐えようとしても喉に触れられ鎖骨を撫でられ胸に触れられるかと思えばへそのあたりを擦られた。その程度と言って差し支えない触れ合いに黒子はあられもなく声を上げる。
 抑えようと口に手を当てれば「勝手なことをするんじゃない」と目隠しに使っていた赤い布で両手首を縛られてしまった。喉を反らして肩で息をするぐらいに乱れている黒子に対して赤司はあくまでも淡々としていた。自分一人だけが気持ちよくなっているこのギャップが黒子には耐えられない。



続きは本編で!
発行:2012/11/27
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