黄黒幼馴染パラレル。 素直になれない黄瀬涼太を甘やかす黒子テツヤの話。 この環境で引っ越したいと言わない黒子はいい子だという結論。 黒子テツヤは黄瀬涼太に甘い ボクの家の隣に住む黄瀬涼太君は小さい頃はそれはそれはかわいらしく皆に愛される天使のような子供でした。 同い年の人間に言うのはなんですがボクは今でも黄瀬君はかわいい人だと思っています。 かわいいと思う何倍も格好いいと感じていますが残念ながら本人に告げる機会はありません。 小学校の時の黄瀬君は学校のアイドルでした。 上級生のお姉さんが休み毎に黄瀬君に声をかけてお菓子を渡していました。 ボクは知らなかったのですが黄瀬君はその頃すでにキッズモデルとしてちょっとした活躍をしていたらしいのです。 頑張ってなどと言いながら黄瀬君に手を振るお姉さんたちはただの興味本位だったと思います。 それに黄瀬君は天使のような愛らしい笑顔でいちいち応えます。 愛想が良さ過ぎて本当に天使なのかと思ってしまうところですが黄瀬君と同じ保育園に通っていたボクは知っています。 「あー、マジだるいっスわ」 と言いながら疲れた中年のような雰囲気でしゃがみ込んで溜め息を吐くのが黄瀬君の日常です。 いま思い出してもかわいそうな子供です。 いつでも微笑みを絶やさないような黄瀬君だったので「だるー」とか言っている時の顔は人には見せられません。 一部にはそれはそれでギャップがいいと思うかもしれませんが残念ながらボクは面倒な人間だとしか感じませんでした。 「黒子クンはいいよね」とか言いながら微妙な八つ当たりをしてくるのはやめて欲しいところです。 保育園でも小学校でも黄瀬君の口癖は「退屈っス」と「だりい」だったのです。 天使も大変だと思いました。 モデルだからなのか処世術として反射的なのか黄瀬君は常に笑顔を絶やしません。 悪い癖がなければどこに出しても恥ずかしくない模範的な良い子でした。 そう「模範的」です。 心から思っての善意など黄瀬君には特にありません。 ボクのことも最初は気に入らなかったらしく、初対面はわりと失礼でした。 黄瀬君はどこまでも自分に正直だったので気に入らないものは気に入らないと突っかかってくるのです。 「オレのが先に生まれたんだからオレがお兄さんっスよね。弟は兄の言うこと聞くもんっスよね?」 そう言いながら黄瀬君は二人で食べるようにと言われたオヤツを一人で食べてしまいました。 当時は体格が同じぐらいだったのでとても不条理に感じましたがボクは面倒だったので何も言いませんでした。 ボクが黙っていたからか黄瀬君はボクを下僕のように扱いました。 本人はきっとそんなつもりもないのでしょう。 オヤツをとられたり、荷物持ちをさせられたりと特にどうでも良かったのでボクも流していました。 ただ絵本を読んでいる時に「退屈っス〜」と後ろからのしかかられるのは嫌でした。 少しもジッとしていられない子供の黄瀬君にボクは次第にうんざりしてきました。 そして、ボクの中で、きっと黄瀬君の中でも転機が訪れたのです。 退屈だと騒ぎ続ける黄瀬君がかくれんぼをしようと言ったのです。 正直ボクはかくれんぼなら百戦百勝です。 影の薄さを舐めないでください。 でも、実を言うと悲しくなることもあるのです。 誰もボクを見つけられないのでその内みんなかくれんぼに飽きて別の遊びをし始めるのです。 みんなしてボクを忘れてしまうのです。 その様子を隠れている場所から眺める辛さと言ったら幼いボクの語彙では表しきれません。 みんなボクを見つけられないことを知っているので次第にかくれんぼ自体をしないようになっていました。 かくれんぼをしたとしてもボクは入れてもらえません。 ちなみに先生はいつも最後まで探してくれてそれもそれで申し訳ない気持ちになっていました。 卒園しても同じ小学校に通うのが分かりきっていたのでボクはそろそろ手を打たないといけないと黄瀬君に提案しました。 「ボクが勝ったら本を読んでる邪魔をしないでください」それほどおかしくないお願いです。 「黒子クンがオレに勝てるとか本気っスか?」小憎たらしいことを言う黄瀬君はどう頑張っても天使には見えません。 天使でも悪魔でもなくただの意地悪なガキ大将でした。 長くなった鼻をへし折ってやりたいです。 黄瀬君はかくれんぼをしなくなってから引っ越してきたのでボクの実力を見誤っています。 無知は罪だと教える時が来たのです。 自分が一体誰に対して今まで偉そうな態度をとっていたの知らしめる時です。 ボクはドッジボールと缶蹴りとかくれんぼではヒーローになれるのです。 黄瀬君のようにオールマイティ何でも屋さんではありませんが、ボクの才能を甘く見ないことです。 鬼は黄瀬君でかくれんぼが始まりました。 ボクのほかにも何人か参加しましたが、黄瀬君はボク以外のすべてを即行で見つけました。 黄瀬君はとても観察力がある子でした。 耳も目もいいので黄瀬君はすぐに隠れている子を見つけてしまうのです。 そして、足も速いので隠れている場所を移動しようとしてもバレてしまいます。 そんな天才園児な黄瀬君にもボクは見つかりません。 当たり前です。 ボクは自分の影の薄さを利用してずっと黄瀬君の後ろをついていったのです。 誰も後ろに目はありません。 前方にばかり注意をしているので黄瀬君はボクを見つけることなど出来ないのです。 これは隠れるのが前提であるかくれんぼにおいて反則に近いですが最初にちゃんとルールを確認しないのが悪いのです。 ボクはこの方法で誰かに見つかったことはありません。 お昼寝の時間だから集まるようにと声がかかりましたが黄瀬君はボクを見つけていないから寝ないと駄々をこねました。 黄瀬君は模範的な良い子だったので先生たちを困らせるようなことはこれまで一切言いませんでした。 そんな黄瀬君のわがままにみんな困ってしまったようです。 ボクを意外に感じました。 自分の負けを認めるのが嫌なのかと思ったのですがどうやらそんな空気ではありません。 黄瀬君が泣きそうな顔で「絶対オレが見つけるんス!!」と叫ぶものだからボクは黄瀬君に声をかけてしまいました。 「み〜つけた」と抱き着かれてしまいましたが黄瀬君が泣き止んだのでいいということにしました。 隣同士の布団を用意されたにも関わらず黄瀬君はその日のお昼寝はボクの布団を半分占領しました。 負けたからとはいえこの待遇は以前よりも悪いです。 眠かったので蹴り飛ばしてしまおうかと思ったら黄瀬君は「神隠しに合わなくてよかった」とボクの手をギュッと掴んできました。 何を言っているのか分かりませんでしたが黄瀬君は人が消えると宇宙人に改造されると固く信じていたらしいです。 かくれんぼで探してもらえない子は神隠しにあって宇宙人にさらわれてしまうというのが黄瀬君の中の通説です。 ボクはかくれんぼが宇宙人を召還するための儀式なのだとその時、初めて知りました。 これからはかくれんぼはあんまりしない方がいいと思いました。 「オレ、黒子っちを絶対に宇宙人なんかに渡さないから!!」 黄瀬君の力強い発言はもちろん寝ている他のみんなの迷惑になるので先生から怒られました。ボクも含めて。解せぬ。 かくれんぼの一件から黄瀬君とボクの関係は上下が逆になったようです。 それは少し喜ばしいのかもしれません。 オヤツを奪われることも無駄に喧嘩腰で話しかけられることもなくなりました。 名前の呼び方も「黒子クン」から「黒子っち」に変わりました。 「黒子っち、カバン持つっスよ」 君の中で革命が行われたのかもしれませんが鞄は自分で持ちたいです。 「黒子っち、これ美味しいからぜんぶあげるっス」 美味しいなら自分で全部食べてください。 正直ボクは自分のために用意されたオヤツでお腹いっぱいです。知ってるでしょ。 「黒子っち、黒子っち、黒子っち」 ニコニコ笑顔な黄瀬涼太君は天使としか言いようのない愛らしさを持っていましたが、彼がいい性格をしているのをボクは知っています。 気に入らない相手には平気で泥団子を投げつける人です。 それを先生に咎められれば「オレ悪くないっスよ。信じて」と何の説明もせずに押し切ろうとします。 黄瀬君の考えなしなところは本当にスゴイです。 「黒子っちさ、いつも先生の目をかいくぐって一人でどっか行っているっスよね?」 そう言って黄瀬君はボクにサボりの極意を教えてくれと頼み込んできました。 サボったりしたつもりはありません。 いつだってボクは真面目にお絵かきをして静かに英語パズルをして砂で遊んでいます。 先生に見失われるのは影が薄いからだけです。 消えたくて消えているわけではありません。 「もういい加減、窮屈なんスわ」 なんのことやらです。 「オレに傷でもあったら仕事に差し支えるじゃないっスか? だからって、四六時中監視されて息が詰まるつーの」 吐き捨てる黄瀬君は同い年に見えないぐらいに疲れた空気をまとっていました。 大変だと思ったので息抜きに黄瀬君の多少のわがままは聞いてあげることにしました。 メロンとみかんのゼリーを二人で貰ったら好きな方を黄瀬君に先に選ばせてあげることぐらいなんてことないのです。 メロンもみかんも奪われたことを考えていれば今の状況は全然ましです。 「あのさ、黒子っち……半分こにしない?」 かくれんぼ以降、黄瀬君も歩み寄りの姿勢を見せるようになったのかゼリーに対してはそんな感じです。 性格が合わない同士で引っ越したら顔を合わせることもなくなる、そんなタイプの黄瀬君とボクですが仲良くやっています。 お隣同士なので小学校も登下校はいつでも一緒でした。 ――途中まで。 中学に上がると黄瀬君は愛らしいなどという表現が出来なくなりました。 小学校高学年の時にすでに片鱗は見えていたのですが中学になってから勘違いでは済まなくなりました。 丸みを帯びていた頬は精悍な顔つきに変貌して、愛嬌のある大きな瞳は時折アンニュイに細められるようになりました。 帝光中学の王子様と言ったら黄瀬涼太君を置いてほかにはいません。 ボクも幼馴染として黄瀬君の評価が高いのは喜ばしいことだと思っています。 鼻高々です。 ですが、黄瀬君の評判はバスケットボール部において物凄く悪いです。 それはボクのせいも多分にあるのですが黄瀬君自身の悪癖のせいだと言えます。 黄瀬君は本来とても人懐っこく正直者ではっきり言って憎めない優しい人です。 これは長年そばにいて誰よりもボクが一番わかっています。 だから、なんてことありません。 「はぁ? あんたから教えて貰うことなんか何もないし」 こんなことを言われても気にしません。 黄瀬君の不機嫌そうな顔にボクは「ここではボクが先輩です。後で困らないようにちゃんと聞いてください」と辛抱強く言い聞かせます。 毎日のように注意しないといけない教育係というのは大変です。 「てめぇ、黄瀬……テツに対して」 「青峰君、気にしないでください。黄瀬君はレギュラーになりたいんですよね? 一緒に頑張りましょうね」 「オレがスタメンになるなんて当然だし」 「あァ!? リョータ君、なんだってぇ?? オレに勝てもしないヤツがスタメンがどうとか聞こえたんだけどォ?」 灰崎君が参戦してしまいました。 生意気な黄瀬君を叩き潰したくてうずうずしているのは灰崎君だけではないでしょう。 青峰君も黄瀬君には苛立っているようです。 これはいけません。これから一緒のチームでやっていくのに険悪な雰囲気になってしまいます。 本当は仲良くなれそうなんですが、黄瀬君も一度作ってしまったキャラを崩せないようです。 黄瀬君は灰崎君と1on1をすることになったようです。 「黒子……悪いことをしたな」 赤司君がいつの間にか隣に来て溜息を吐いていました。 「お前と黄瀬が幼馴染だと聞いたので部に早く馴染むにはお前に教育係を任せるのが適任だと思ったんだ」 「いえ赤司君は間違っていないと思います」 「……そうか?」 「黄瀬君も赤司君にスゴイ感謝してますよ。大喜びです」 「……………………そうか」 黄瀬君の態度がとてもそうには見えないせいか赤司君は難しい顔のままです。 ボクはなにかフォローをした方がいいのでしょうが、生憎とウィットに富んだ会話は苦手です。 そういうのはどちらかといえば黄瀬君が得意です。 けれども問題は黄瀬君自身なので頼むことはできません。 腕を組んで何か考えているような赤司君は灰崎君と黄瀬君のやりとりを止める気がないようです。 灰崎君に限らず黄瀬君はバスケットボール部のみんなに対して生意気な口を叩きます。 青峰君のプレイを見てボクに散々「バスケなんか興味ねぇっス」と言っていた癖にバスケットボール部に入部した彼は気まずかったでしょう。 ボクに何を言っても構わないのですが赤司君に対してすらツンツンした態度をとるので、これではいけません。 キャプテンに対してぐらいは素直でいた方がお互いに得です。 けれど、それが出来ない黄瀬君の不器用さもわかっているのでボクから強くも言えません。 「黄瀬君は思春期なんですよ」 「思春期か……」 「本当は黄瀬君もみんなと楽しくバスケしたいに決まっています」 「そうか?」 黄瀬君は一軍に上がった当初「こんなことも出来ないんスか」と人を見下す言動を繰り返しました。 ボクが「紫原君の真似をするのはやめてください」と注意してからはそういう発言は少なくなりました。 紫原君は「オレそんなこと言ってねえし」と不服そうでした。 何事も人の振り見て我が振り直せです。 「たぶん黄瀬君は思春期なので時間が経てば落ち着くと思います。本当は気遣いも出来る良い子なんですよ」 「黒子、お前は黄瀬を甘やかしすぎてないか」 「そんなことありません」 灰崎君に負けてうずくまる黄瀬君にボクは近寄って「今日の夕飯は肉じゃがですよ」と教えた。 オニオングラタンスープ昨日食べたので続けてあげることはできない。 黄瀬君は肉じゃがもそう嫌いではないので大丈夫なはずだ。 絶望的な顔をしていた黄瀬君は立ち上がり更衣室に向かいました。少しは元気が出たでしょうか。 もう今日の練習は終わりなので着替えて帰るのだろと思います。 「一緒に帰りましょう」 どうせ家は隣なので帰る方向は同じです。 「は? 冗談じゃねえーよ」 「先に着替えても待っててくださいね」 「そんな義理ねぇし」 かわいくない返事をしながら用具を片付けることもなく更衣室に消えていく黄瀬君。 教育係としてボクは代わりに片づけをしていくことになります。これは少し憎らしいですが仕方ないです。 誰かに押し付けるわけにもいきません。 「テツ、黄瀬にやらせろよ」 「そうだ、黒子。お前の仕事は黄瀬を躾けることで甘やかすことじゃない」 「黄瀬君も反省していると思いますから」 「何言ってんだよ!! テツは黄瀬に甘すぎんぞ!!! ムカつかねえのか!?」 珍しく青峰君がボクを責めるような言い方をしました。 そのぐらい黄瀬君に対して苛立ちが溜まってしまったのでしょう。 「……いつものことですから」 「いつもあんな態度かよ」 舌打ちしそうな青峰君にボクは「黄瀬君は青峰君のことを尊敬して大好きなので嫌わないであげてください」と告げる。 意外そうな顔をした後に困ったように「ってもなぁ」と青峰君は頭をかきます。 「なんでテツに対して黄瀬はあんなに態度わりーんだ?」 「思春期ですよ」 赤司君にも言ったことをボクは繰り返します。 納得がいかないのか青峰君は首を傾げました。 でも、思春期以外の言い表し方が出来ないのです。 黄瀬君はちゃんとボクのことを待っててくれました。 ひったくるようにボクの荷物を掴んで歩いていきます。 コンビニに寄るか聞くと不愉快そうに表情を歪めました。 「あぁ、お腹空いてましたか。すぐに帰りましょう。ボクの家に来ますか?」 「行くわけないじゃん」 「じゃあ、一緒に夕飯食べましょう」 噛み合わなさに普通ならうんざりするところかも知れませんが黄瀬君はホッとしたような顔をしました。 夕飯が楽しみなのか目に見えて上機嫌です。 灰崎君に負けたことも気にしないでいられたみたいです。幸せそうですね。 夕飯の席ではお利口さんの愛想のいい黄瀬良太君でした。 ボクと二人だけの食卓ではなくお母さんがいたからでしょう。 黄瀬君はボクのお母さんのことが好きです。 ボクや周囲に対して暴言を吐くようになってもお母さんにだけは絶対に昔からの態度を変えません。 お母さんだけではなくお父さんのことも好きなようなので気が済むまで黒子家に居座っていればいいと思います。 黄瀬君本人は甘えるわけにはいかないからと食べて少し時間が経ったら隣の家に帰ってしまいます。 玄関まで見送りながらボクは教育係として釘を刺します。 「黄瀬君、もう少し素直に甘えた方がいいですよ。みんなきっとそんな君の方が好きです」 「はぁ? 何言ってんの」 肉じゃがを食べてニコニコしていた黄瀬君の顔が般若です。 人の親の前では小学校の時のように「黒子っち、黒子っち」と懐いてくるのに周りに誰もいないとこの態度です。 ふたご座だとはいえこの二重人格のような捻じれた性格はどうなのでしょう。 「悪ぶってるの恰好悪いです」 「……ッ!! 黒子っちのバカぁ」 泣きそうな顔をして人の家の玄関を静かに閉めて自分の家に駆け込んでいく黄瀬君は律儀です。 黄瀬君の大声が聞こえたのか喧嘩したのかと聞かれましたがボクは否定しました。 これは喧嘩ではありません。 ずっと続いている黄瀬君の分かり難い反抗期とそして思春期の暴走なのです。 幼馴染だとはいえずっと一緒にいることは出来ません。 性格が合わなければ疎遠になるでしょう。 黄瀬君のようにわざと相手を馬鹿にするような言動をとれば普通の精神なら距離を置きます。 友達だと思っていた相手に無視されたり冷たくされれば傷つきます。 ボクだって最初は傷つきました。 黄瀬君の反応にどうしてという気持ちが捨てられませんでした。 今まであんなに良い子だった黄瀬君がどうしてこんなに分かりやすく嫌な奴になってしまったのかさっぱり分かりませんでした。 元々、自分勝手なところはありましたが「黒子っち」とボクを呼ぶようになった黄瀬君は月に一度の愚痴大会以外は誰に対しても親切な良い子でした。 少し八方美人すぎるぐらいに愛想がよく同時に時折見える毒のようなものは刺々しかったのです。 黄瀬君がなんでそれほど良い子を通そうとしたのか考えるとボクの影響もあるのだと思います。 黄瀬君は褒められることが大好きでした。 なんでも出来る黄瀬君は家族から褒められることが少ないらしいです。 だから、他所の家の親が好きだと言っていました。その発言にはさみしさを感じました。 人の家の子供なら本心に問わずとりあえずは褒めるかもしれないと黄瀬君は子供ながらに口にしましたが、それでも褒められることが嬉しいらしいです。 出来て当たり前ではなく出来るように努力しているのに褒められないのが黄瀬君は納得いかないと憤慨しますが、一般人の代表として勝手に言わせてもらえば努力しても出来ないことを努力するだけで出来ているのだから十分すごいのです。 黄瀬君の才能は当然認めていますしすごいと思っていたのでボクは素直に彼を褒めました。 けれど、どうせならと思って「勉強もできて落ち着きもあったらもっといいですね」と告げました。 それは黄瀬君の通信簿の欄に書かれていたことです。 黄瀬君はボクが隣の席なら黒板を見ることはほぼありません。 ボクの前の席ならずっと黒板を背にしてボクを見ていようとします。もちろん先生に怒られます。 その時はやめますが暫くするとまた身体ごとボクに向けます。 給食も休み時間も黄瀬君はボクに向かってマシンガントークです。 どこにそんなに話すことがあるのか謎です。 ほとんど一緒に時間を過ごしているにもかかわらず黄瀬君はずっとボクに話しかけてきます。 それは先生から見ればマイナスです。 学校に来て授業を聞かないなんて論外です。 黄瀬君の学業への関心のなさを改善するためにボクは言いました。 「黄瀬君の成績が良くなるたびにご褒美をあげます」 黄瀬君はとても素直な良い子なのでボクの言葉に何も考えずに従いました。 つまり先生を困らせるような授業妨害をしなくなったのです。 これは喜ばしいことです。大快挙です。苦手な勉強も宿題もちゃんとやるようになりました。 ボクがその姿を誉めれば黄瀬君はとてもとても嬉しそうに天使のように笑っていました。 ボクたち二人の関係はデコボコに見えてとてもバランスが良かったはずでした。 ――黄瀬君が思春期に突入するまでは。 自分の部屋に戻ってボクは押入れに潜り込みます。 押入れは着ていない洋服やガラクタが詰まっています。 保育園の時の写真や小学校の卒業アルバム。 そんな懐かしいものがいっぱいです。 黄瀬君に無視されて悲しくなった当初ボクは気分転換をするために部屋の掃除をしました。 それがこんなことになるとは思いもしませんでした。 押し入れに入って耳を澄ませばすすり泣くような声が聞こえてきます。 呪いでも地縛霊でもなくお隣さんの声です。 先ほどまで黒子に対して笑顔と高圧的な態度の両方をとっていた二重人格な黄瀬君の泣き声です。 『黒子っち、黒子っち、黒子っち、ごめんなさい』 鼻をすすりながら黄瀬君は謝り続けます。 『肉じゃが美味しかったっス〜』 壁越しではあるもの十分聞こえます。 盗み聞きしているので返事をすることはできませんが、ボクはいちいち頷いてしまう。 昔と変わらない黄瀬君がちゃんといるのが嬉しいのかもしれません。 『いやな態度とってるのに優しい黒子っち大好きっス』 そう言いながら黄瀬君はいつものように泣き叫ぶ。 もう中学生になったのに子供が暴れまわるような泣き方で押入れの壁が壊れてしまわないか心配になってしまいます。 押し入れの中だから気付かれないのかもしれないが外で黄瀬君がこんな風に泣いていたのなら周囲は凍り付くだろう。 王様の耳はロバの耳。 誰にも言えない秘密の事柄。 大声でぶちまけずにはいられない胸の内。 これがどういう事なのかと言えばボクの家の押入れの向こう側に黄瀬君の家の押入れがあるらしい。 押入れの壁は薄いらしく耳を澄ますと向こう側で何を言っているのか大体把握できます。 いえ、押し入れの中にいる解放感から黄瀬君が大声で叫んでいるせいかもしれません。 黄瀬君がどんな状態であるのかボクはよく分かりませんが、どうやらぬいぐるみをボクに見立てて話しかけているらしいです。 小学校の家庭科の実習で作ったフェルトを重ね合わせただけの猫のぬいぐるみです。 猫ではなく黄瀬君には熊だと言われましたが顔のパーツの配置が変だったのでしょうか。 今でも黄瀬君が大切にしてくれているので猫でも熊でもどうでもいいです。 そんなぬいぐるみに黄瀬君は謝り倒します。 きっと目を赤くしているのでしょう。 何歳になっても変わらない黄瀬君のまっすぐな泣き方にボクは少し羨ましくなります。 でも謝るぐらいならすぐ近くにいるボク本人にして欲しいです。 それができるならこうして泣くようなことにはならないのかもしれませんけれど。 『うぅ、どうしよう。黒子っちに格好悪いって言われちゃったよ』 駄々っ子のように黄瀬君は「やだやだ」と言いながら壁を叩きます。 そう、最初は声には気づいていませんでした。 黄瀬君がこうして暴れるからボクは聞き耳を立てることを覚えてしまったのです。 『負けたところ見られちゃうし最悪っスわ。早くスタメンになってそれで黒子っち、告白するんス!! それで今までごめんねって言って……それで、それで』 以下の妄想語りは変わり映えがしないのでボクは聞くのをやめようと押入れの外に出ようとしましたが聞こえてきた怨嗟に身体が動かなくなりました。 『なんで中学になってから黒子っちの周りにオレの知らない奴ばっかいるんスかね……みんな死ね』 そして続く罵倒の数々は覚えのある黄瀬君の姿の一部だとボクは知っています。 月に一度の愚痴大会。 黄瀬君の本音の吐露。 ボクの周りにいる人間すべてが敵だと口にする黄瀬君はもっと落ち着くべきです。 心がささくれ立って周りをちゃんと見れていません。 話すとすっきりするのか黄瀬君は小学校の時は愚痴大会の後にいつも以上に引っ付きたがる以外は何もなく愛想のいい良い子に戻ってました。 裏表が激しすぎる二面性ですがボクは特に気にしません。 優しく笑っている黄瀬君は嘘ではなく苛立たしげに毒を吐く黄瀬君もまた黄瀬君の一部なのです。 なので青峰君にも赤司君にも再三、黄瀬君に甘すぎると言われますがなんというか、嫌えないのです。 『黒子っち、すき、くろこっち、くろこっち』 呂律が回っていません。 ボクは溜息を吐いて今度こそ押入れから出て自分のベッドに寝転がります。 黄瀬君が感極まって泣きじゃくった後にすることがなんなのかボクは知っています。 最初はよく分かりませんでした。 切ない声で自分の名前を途切れ途切れに呼ばれて顔に熱が集まるのをどうしようかと思っていました。 黄瀬君がしていることに気付いてからは聞いてはいけないものを聞いたということがより一層、実感することになっただけでした。 ボクは最悪です。 ストレス発散としてそういうことも必要なのかもしれませんが、まさか自分が黄瀬君にそんな対象に見られているとは思いませんでした。 黄瀬君がボクを避けるようにボクも黄瀬君を避けたりしましたが何の解決にもなりません。 押し入れの向こうから聞こえてくる嘆きの声が増すだけです。 ボクが黄瀬君に一番初めに無視されたその理由。 黄瀬君の思春期の芽生え。 『意識して黒子っちの顔をまともに見れないっスよ!!』 そう聞こえた声にボクは安心しました。 黄瀬君に嫌われたわけじゃなくて良かったと胸を撫で下ろしたのです。 その時は黄瀬君が言う「意識して」という意味が分かっていなかったからです。 『すき、くろこっち、くろこっち』 はぁはぁと荒い息遣いで黄瀬君はボクの名前を何度も呼びます。 返事をしてあげようと思ってしまうほどです。 『寝てても夢でちょっかいかけてくるし、黒子っち、オレのこと好きすぎっスよ』 勝手なことを言われながら黄瀬君の頭の中でボクがどうなっているのか知らないままに時は過ぎていきました。 外で会えばツンツンした態度で家に帰って押し入れに籠れば泣き言です。 いやでもボクとは外で会うんだから開き直ればいいんです。 これはボクから「君がボクのことを好きなのは知ってますよ。照れる必要はありません」と言ってあげるべきなのか考えました。 『あぁぁぁぁ!!! 黒子っち抱きてぇ! オレの体液で黒子っちを染め上げたいッ!!』 ドン引きです。 ボクは黄瀬君を幼馴染以上には見ていません。 困ったまま微妙な距離を保って中学に進学しました。 黄瀬君の態度はまったく変わりません。 一時期は運動部を渡り歩いて発散していたらしいのですが、天才的な運動神経を持っている黄瀬君はすぐに極めてしまいます。 ボクはと言えば黄瀬君から逃げるためだけというわけでもないですがバスケ部に入って居残る毎日でした。 青峰君と出会い赤司君の指導の下、バスケ部に馴染んだからか小学校の時とは違う人間関係が出来ました。 微妙に距離ができた上級生の頃ですら小学校時代のボクは「黄瀬君の幼馴染」が肩書だったのです。 それが不服だったわけではありませんがバスケ部のみんなはそんなことは気にしません。気にしないどころか知らないのです。 黄瀬君の存在自体は有名でも同じ小学校出身ではない人にはボクと彼との繋がりを察するすべはありません。 共通点などない二人なのだから当然だと思いました。 黄瀬君は中学一年間がとてもつまらなかったようです。 ボクが作ったぬいぐるみに泣きながら話しかけているそれを盗み聞いてしまうと同情しかできません。 好きだと言ってくれる黄瀬君と同じ気持ちは返せないとはいえ幼馴染の不幸は喜べません。 黄瀬君は気まぐれに女の子と付き合ったらしいですが長くても一週間程度しか交際は続かないらしいです。 それはまったく続いていません。 ボクに直接愚痴を吐いてきたのなら「そういうのはよくないです」と一言告げたいところです。 黄瀬君はどれだけ押し入れの中で泣いても外では平気な顔をするのでその機会はありません。 『黒子っちじゃないと勃たないし』 黄瀬君は溜息を吐いて疲れたような声で「オレ、もうダメっスわ」と口にしますが聞いてしまったボクの方がいろいろとダメになりました。 そして、灰崎君が退部して新しくスターティングメンバーが発表されることになりました。 スタメンです、スタメン。 いろんな意味でドキドキです。 ボクも頑張っていますがそれ以上に黄瀬君は鬼気迫る勢いで練習に励んでいました。 黄瀬君の名前を赤司君が呼んだ時、ボクはもう心を決めました。 スタメンになれなかったのは残念ですが、君たちの影としてボクはあり続けましょう。 黄瀬君がボクの方を振り向きました。 自分に向けられるのが何年ぶりになるのか分からないその黄瀬君の天使の微笑みに黒子は「おめでとうございます」と告げて少し屈んでもらいます。 昔はそこまで背も高くなかったのに今では頭一つ分は身長差があります。 気に入りません。とくにツンケンしている黄瀬君は見下ろしてくるので腹が立ちます。 だから、屈んで不思議そうにボクの顔を覗き込む黄瀬君にキスしてやりました。 黄瀬君は驚いたようで足を滑らせて尻餅をつきました。ボクが見下ろす側です。 「頑張ったのでご褒美です」 「くくくくろこっちぃ」 「ボク、黄瀬君のこと好きですよ」 「ホント? ほんとう? 絶対????」 今までのボクたちの関係を知っている周りは黄瀬君がボクに殴り掛かるんじゃないのかと心配したようですが、そんなわけありません。 躾の行き届いた犬のように黄瀬君がボクの足元で正座して見上げてきます。 そういう話を聞く姿勢はとても良い子だと思います。 「テツゥ?」 「黒子?」 「オレはやはり正しかったか」 「黄瀬ちん腰低い」 疑問の声を上げる青峰君と緑間君と違って赤司君と紫原君は状況を把握しているようです。 ボクもすこし驚いています。あれほど反抗期を演じていた黄瀬君があっさりと手のひらを返しました。 素直なのはいいことです。 「恋人同士になりましょう」 「なる! なるッ!!」 「ただし、条件があります」 「なんでも聞くっスよ!! なに、なにっ、黒子っち!!」 ニコニコ笑顔の黄瀬君は昔と変わらずに輝いています。 ボクは影が薄くてかくれんぼで誰にも見つけられない人間だからか人に愛されるために生まれてきたような黄瀬君に対して称賛する気持ちがあります。 はっきり言って一目見た時から羨ましかったんですよ。 「笑っていてください。愚痴ならいくらでも聞きますけど、しかめっ面が普通になったら緑間君になっちゃいます」 「オレ、黒子っち見てたら顔がゆるんでだらしなくなっちゃうっスよ」 「いいですよ。君には笑顔が似合います」 「黒子っち、格好いいッ!!」 「ボクも男です。浮気したら黄瀬君に生きたまま切り刻まれて最終的にシチューにして美味しく食べられてしまっても文句は言いません」 「大丈夫っスよ! 黒子っちは浮気なんかしないもんね。信じてるっス」 黄瀬君のキラキラとした瞳を前にボクはそれ以上は何も言う必要はないと思いました。 押し入れの中で黄瀬君は何度も何度も言いました。 『黒子っち、すきすきすき』 自分でもノイローゼにならないのが不思議です。 『スタメンになったら黒子っちに告白するんだ!!』 『告白出来なかったらどうしよう。噛んじゃったらどうしよう』 『そんな格好悪いところ黒子っちに見せたら生きていられないっス』 『付き合っても黒子っちに別れを切り出されたらどうしよう』 『オレはぜってぇ認めねえっス!! オレと別れようとするなんて!!!』 『って、まだ付き合ってないっスよ〜。うわぁ〜、黒子っち、黒子っち』 そんな浮き沈みの激しい黄瀬君の姿をボクは昨日ずっと聞いていました。 黄瀬君の中にはスタメンになれなかったらどうしようなどという気持ちは欠片もありませんでした。 それだけが腹の立つところではあります。 「スタメンになれた、これも黒子っちのおかげっスね」 ボクの言うことなど無視してばかりだったくせにどうしてそんなことを笑顔で言ってくるんでしょう。 「黒子っちがいなかったらオレは頑張れなかったっスよ。ありがとう」 素直で良い子な黄瀬君は嬉しかったら笑って悲しかったら泣いて、あまり表情筋を動かさないボクとはプラスマイナスちょうどいいんです。 「黒子っち、あのね……今日、オレの家、誰もいないんスよ」 「黄瀬君、家に帰らないんですか?」 「ちがくて、親が帰って来ないっス」 「夕食またウチで食べていきますか? 今日はお祝いに君の好きなものばかりを作ってあると思いますよ」 「えっ!? あ、いや……食べたいっスけど。そうじゃなくって」 もちろん黄瀬君が言いたいことは分かっています。 押し入れの中で散々聞きました。 恥ずかしいのでこういうところでわざわざ言わないでください。 ボクも覚悟は決めています。 でも、あまり考えたくないです。 いつかはそうなるとしても、まだ。 「黄瀬とテツは結局なんなんだ?」 「……バカめ、青峰。お前は見ていてわからなかったのか?」 「だからさぁ、幼馴染でしょ〜」 「幼馴染はキスすんのかッ!?」 「しないのだよ」 「まあ、ともかく分かっていることは……黒子は黄瀬に甘すぎるッ」 赤司君が仁王立ちで腕を組んで目を限界まで開きました。怖いです。 威嚇でしょうか。 「黒子、可愛い子には旅をさせるべきだろ」 「旅をさせたら迷子になったので……赤司君も手綱を握るべきだって言ってましたよね」 「お前の逃げ道が塞がれたようだがいいのか?」 「覚悟は決めています」 「大丈夫っスよ! オレは絶対に黒子っちを幸せにするっス」 そう笑う黄瀬君は見かけ倒しだったとしても格好いい頼れる男に見えました。 押し入れの中で泣いている姿よりこっちの方がずっといいですね。 2013/01/21 |