赤司征十郎は黒子テツヤというフィルターを通して世界を見ていた。
そんな彼の不幸と幸福の物語。
※赤黒幼馴染パラレル。家族捏造&薄暗い表現&殺人流血注意


狂人と狂人がぶつかり合うと片方はヒーローに見えるという矛盾





赤司征十郎は一言でいえば反社会性人格障害だった。
共感能力が著しく欠けていた。
良心の呵責など存在せず社会的に悪とされる行為も躊躇することなく行える。
それは個性とは言えない。
人の気持ちが理解できず結果至上主義過ぎて他者との間に溝がある。
頭の出来は並み以上だったので年齢が上がるにつれて赤司は他人を従わせる術を覚えていく。

マインドコントロール。

洗脳をコミュニケーションと履き違えていた。
どんな振る舞いが人に好感を与えるのか赤司は本を読み、人を見て覚えていく。
自分がどうされたら嬉しいなどという仮定で相手の気持ちを計ることはない。
赤司には相手がどんな気持ちでいるのかなど理解できない。
理解できないからこそ簡単に目的のために踏みにじることができる。
それは子供の無邪気さかもしれないが子供も痛みを知れば理解していく。
けれど、赤司は分からない。
自分の動きを制限するものは邪魔なもので排除するべきものなのだ。
幸い実家は相応の資産があり赤司が求めるものは簡単に手に入った。
好奇心が大きく頭のいい子供として赤司は神童扱いされていた。
人の気持ちが分からなくても人の真似をすることはできる。
どんな立ち振る舞いで大人の機嫌がよくなるのかなどすぐに分かる。

「赤司君、ダメですよ」

みんな赤司を褒め称えて、誰でも赤司に従った。
なぜなら赤司は正しいからだ。
内心がどうであれ、人よりも優れていることを常に証明し続けた。
幼いからこそ赤司の自尊心は肥大化した。
自分が間違うはずがないと日々確信を強めていたのだ。
その中で一人だけ異分子が現れた。
黒子テツヤと赤司征十郎は同じ学区の生徒だった。
それだけの話なら二人の距離は近づくことなどなかった。
学区が同じだとはいえ黒子と赤司の通っていた小学校は違う。
赤司は学区を無視して二駅離れた私立に通っていた。
同じ学区だから家が近いと言えば近いのかもしれないが、隣同士のような近さはない。
会えば触れ合うものでもない。
知らない間にすれ違ってはいたかもしれないが気に留めたことはなかった。
学校が違えば一緒に居る時間は少ない。意識など出来るはずがない。

「なんで、テツヤは僕と同じ学校じゃないんだろうね。お金なら出すよ?」
「ボク、赤司君みたいに頭が良くないですから……お金の問題じゃないです」

失礼な赤司の言葉にも黒子は律儀に返す。
黒子テツヤは学業という面で頭の出来は平均的だったかもしれないが、
感情に対する共感能力が秀でていた。
赤司が何気なく人を傷つけていくことに黒子は難色を示す。

気まぐれに遊んでいた公園での出来事だ。

遊具の中で今にも壊れそうなブランコを見つけた。
それはすぐには異常が分からない。
二人乗りして力を込めたならその時に鎖が切れるだろうと赤司は上を向いていた。
別に赤司がブランコを壊したわけではない。
老朽化に気付かない管理者が悪い。
公共の遊具だと思って安全だと考えて子供を見ていない親が悪い。
誰に警告するでもなく赤司はずっとブランコを見つめていた。
ブランコが壊れる瞬間を待っていた。
程なくして小学三年生ほどの二人が力いっぱいブランコに乗り漕ぎ出した。
体重や年齢的な力を考えて絶対に見たい風景が見られると赤司の期待は膨らんだ。
予想通りブランコから投げ出された二人は砂場へと着地したので命に別状はなかった。
想像以上のことは起こらずガッカリしていたら後ろから声を掛けられた。
それが赤司と黒子との出会いだ。

『どうして分かってたのに教えてあげなかったんですか』
『僕にそんな義務はない』
『救急車で運ばれてました』
『あ、公園が使えなくなるかもしれないね。……うん、軽率だった』

怒りに震えている少年から名前を聞き出して、それから毎日会うようになった。
黒子はいちいち赤司に指図をする。
親でも赤司に対して命令などしてこないというのに、黒子は平気で赤司の行動に嫌悪を示す。
その時点で赤司の中の人間関係の中で黒子は特別だった。
こんな存在知らなかった。異分子だ。
異分子は排除するか取り込むか。
敵ならば容赦なく切り捨てて、味方なら自分の一部とする。

「テツヤの影の薄さは目がいいからかな」

赤司が驚くことはなかったが黒子は大抵の人を驚かせる。
目の前にいるのに居ないように見せることができるのだ。
存在感の薄さは生まれ持ったモノもあるかもしれないが所作は後天的なものだ。
無意識に人の盲点へと黒子は移動する。
赤司と違い共感能力に秀でいているからこそ虚をつくことが出来る。
人の気持ちが分かるから人から隠れることができるのだ。
逆に目立つことも出来そうなものだが黒子は無理だと口にする。

「テツヤはなんでそんな風に息を殺してるんだい」

赤司には理解できなかった。
誰の気持ちだって赤司は理解できていなかったが黒子の利点があるとは思えない影の薄さは特に謎だった。
その謎を解くために赤司はきっと黒子を排除したりしなかったのだ。
分からないことを分からないままでいると後で落とし穴にはまる。
出来るだけ不満の種は潰しておいた方がいい。

「赤司君は頭がいいんですから、それを人のために使おうと思わないんですか?」
「なんで?」
「……赤司君はボクといる時にそればっかりです」

赤司にとって黒子はお手本だった。
表面上だけ見れば赤司は愛想のいい子供で黒子は無表情で扱い難そうな子供に見える。
実際は赤司の表情など上っ面の演技でしかなく中身がない。
黒子は無表情ではなく感情を殺しているように見えた。
それがまた影を薄くしている要因だろう。
本来の黒子は赤司に対してずけずけと物を言うように正義感に溢れて面倒ではあるが真っ直ぐな人間だ。
赤司としては自分の活動の妨げになる排除するべき人間だったが黒子の言葉に従うのは嫌ではなかった。
人の気持ちは分からなかったが黒子が丁寧に解説してくれるので赤司は感情で理解は出来ずとも頭で理解できるようになる。
そしてマインドコントロールに磨きがかかる。
人を操る術を赤司は黒子のそばで培っていった。
人を籠絡するのは人の心を理解していないと出来ない。
そして警戒心を懐かせないためにも人の心を分かっているという姿勢を見せるのは大事だ。
赤司にとってこれが一番難しい。
黒子に対して「なんで」「どうして」と質問することで赤司は表面上だけとはいえ人に似せて取り繕う。
羊の群れの中にいる狼ではない。
真っ黒な羊だ。
突然変異の羊は普通の羊を食い荒らす。
けれど平気な顔で羊の中で生きるのだ。
赤司は全然満足してはいなかったが小学校の中でクラスを牛耳ることに成功して納得していた。
教師も赤司の言いなりだった。
自分の王国が家から学校へと舞台を移して広がったことに気分を良くしていたのだ。
だが、すぐにつまらなくなる。
足りないと思った。
退屈になった。

「テツヤが同じ学校に居たらいいのに」

口にする赤司に黒子は「無理です」といつもと同じ返事をする。
この頃はまだ赤司もひねくれてはいても普通の子供の範疇と言えたのかもしれない。
踏み止まれていたのは間違いなく黒子の功績だ。
そして、踏み外したのもまた黒子が原因だった。
いいや、元々赤司は人とは違っていたのだ。
別に赤司は黒子のように善人ではない。
性善説を唱える人間を拷問の果てに殺すことすら厭わない。
物心ついたころから目の前で誰かが怪我をしても例えば死んだとしても眉一つ動かさない。
血しぶきが自分を汚したら不快な思いをするかもしれないがそれだけ。
赤司征十郎にとって人の命に意味などなかった。
いつの間にか黒子テツヤ以外の人間は家畜以下になっていた。
すべて赤司の駒でしかない。
赤司の意のままに動かないならすぐに捨てる。
ちやほやして甘い言葉で優しくされても嬉しくなどない。ただの成果だ。
黒子の宿題を見てあげたり一緒にお菓子を食べたり本を読むことの方がいい暇潰しだった。

「赤司君は怖い気がしてましたけど……そんなことなかったですね」

黒子がそう言って微笑んだのは二人が出会ってから一年後だった。
警戒心が解けたからか黒子は赤司の家に泊まりに来るようになった。
赤司が決めたことを赤司の両親は咎めることはない。
友達ができたことを心から喜び黒子が家に黒子来ること歓迎した。

「テツヤは僕の両親と僕のどっちが好き?」

不満気に口にする赤司に黒子は驚いた顔をする。
薄々そうじゃないのかと思っていたが家に来る黒子の目当ては赤司ではない。
赤司の両親の方だ。
母親でも父親でも少し会話をするだけで黒子は嬉しそうな顔をする。
赤司と話をしている時よりも楽しそうなのだ。
許せなかった。
自分が誰かに負けること、誰かの下になることが気に入らなかった。
両親を殺そうと思った。
その感覚は殺意ではない。
間違えた答えを消しゴムで消すことと同じだ。
やってしまったというちょっとした反省はあるが大した問題ではない。
消しゴムで消して書き直せばいい。そう思った。
両親が自分よりも上ならば殺して排除すればいい。
シンプルな赤司の考えは黒子の一言で砕けた。

「赤司君のことが好きです」

頬を染めて照れながら黒子は言った。

「赤司君のご両親は本当に優しくて……甘えてごめんなさい。とられるみたいで嫌でしたよね」

黒子が俯いて身体を小さくさせる。
赤司は慌てて黒子を抱きしめた。
どうしてそんな行動をとったのか分からなかったが黒子が抱き締め返してくれたのできっと正しかったはずだ。

「赤司君を産んで育てた人たちって感じです。この家はあたたかいですね」

黒子の言葉は他人事だった。
この時点で赤司は黒子の家庭環境をよく知らないことに頭がいかなかった。

「テツヤはうちの子になる?」

問いかければ黒子は首を横に振った。
とられると感じたから排除しようとしたのは両親の方だ。
つまり自分は黒子テツヤを手元に置いて管理しようとしていたのだと赤司は自分を分析する。
両親は未成年である赤司にとって重要ではあったが絶対に必要とはいえない。
お金さえあればなんとかなる。
両親を殺して一過性ではない自由とお金を得る方法を考える。
骨は折れるが難しいことではない。
引っ越すことになるかもしれないが出来なくはない。
黒子も一緒に連れて行こうとするなら万全な準備の上で行わなければいけない。

「ありがとうございます。嬉しいです」

そうは言うものの黒子は一泊以上赤司の家には泊まらない。
夏休みでも家に帰ってしまう。
そして数日は会えない。
夏休みなのだから一カ月でも赤司の家で暮らせばいいといくら言っても聞かなかった。

「宿題みてあげるのに」
「今も見てくれてるじゃないですか」

麦茶を飲みながら赤司と黒子は夏休みの課題に取り組んだ。

「テツヤ、どうして絵日記の天気をいつも書き忘れるんだい」
「つい……」

笑う黒子が赤司は気になった。
それでも黒子が少し抜けているのはいつものことだと思って流してしまった。
赤司が共感能力に長けていたのなら黒子の気持ちも分かっただろう。
黒子の両親がすでに他界しており、弟夫婦に厄介になっている状態がどれほどストレスか知るべきだった。





赤司の性の自覚は精通よりも前だった。
小学校も上級生になると黒子が泊まりに来た時に下半身がむずむずとして落ち着かないそんな気持ちに襲われることが頻繁になった。
それを改善しようと思ったわけではない。
ただ横を向けば健やかな寝息を立てる黒子がいた。それだけの理由で赤司は動いた。
赤司は眠っている黒子の唇に触れ、パジャマを脱がせた。
黒子の口から漏れる吐息に笑い出したくなる気持ちを押さえながら全身にキスを落とす。
楽しい夢のような一時だった。
だが、夢中になり過ぎていたらしく親には早々にバレてしまった。
覗かれていたことに気付かなかった。
両親が深刻な顔で注意をするべきか病院に連れていくべきかを相談し合っていることを知ったのは偶然だ。
黒子と引き離されるのは困る。
赤司はまだ完全に人の気持ちを理解していない。
いま、黒子を手放すのは得策ではなかった。
仕方なく赤司は母親に自分の身体の異常を訴える。
何も知らない子供の顔で親に頼った。
母親と共に病院に行き、普通の身体の移り変わりの最中だと説明を受ける。
他人の身体が気になるのも成長していく中で普通のことだと医者から聞いて母親は納得した。
説明を聞いた父親も年頃だからだと理解を示した。
医者という立場がある人間からなら疑念の中にもちゃんと言葉は届くものだ。
赤司は一つずつ必要なものと邪魔なものを理解していく。
自分が心地よく生きるために必要な環境の作り方を覚えていく。
それは黒子の助力があってこそだと思い続けた。

「赤司君、しばらく会えないかもしれません」

黒子が赤司にそう言ったのは小学五年の時だった。
毎日会うことはなかったが休みの日には必ず顔を合わせていた。
同じ学校に通いたいという欲求は日毎に増える。

「テツヤ、少しやつれた?」

黒子の頬に手を添えれば反射的なのか思い切り払われた。
振り払われた手の熱さに呆然とした赤司に黒子は大袈裟なほど狼狽した。
謝りながら赤司から距離を取ろうとする黒子。

「どうしたの?」
「大丈夫です。すみません」

震えた声は大丈夫には見えなかった。
走っていってしまう黒子は逃げているようで助けを求めているようにも見えた。
無視しても良かったが赤司は黒子の後を追う。
しばらく会えない理由が分からない。
黒子の挙動不審に対しても理由を知りたかった。
アパートの前に来て後ろを振り返りながら自分の家に帰る黒子を赤司は物陰に隠れて見ていた。
それから少しして中年の男と小学生ぐらいの女の子が出てきた。
親子ぐらいの年齢差が今の時間を考えると異常だった。
学校終わりの子供と一緒に出掛ける父親などいるのだろうか。
早く仕事が終わっていたり、仕事が休みだという場合もある。
赤司は違和感から二人を注視する。
違和感の正体は父親がいることではなく二人の顔がまったく似ておらず親子には見えなかったからだ。
そして、少女の影の薄さはもまた異常だった。
背格好だけで見れば間違いなく黒子。
帽子を被ってスカートをはいていたがそれで騙される赤司ではない。
服を変え顔を男の方に向けてちゃんとは見えないが間違いなくアレは黒子だ。
赤司はそのまま二人を尾行した。
二人はスーパーで買い物をしてそのまま家に帰った。
特に問題などなさそうな親子に見えた。
家に入った二人を赤司は窓から覗きこんで観察する。
ベランダのカーテンは閉められておらずリビングが丸見えだった。
もちろんベランダに入るには柵を乗り越えたりしなければならないが赤司の身体能力をもってすればたやすい。
そして身を隠すのに子供の身体は便利だ。
部屋の中では仲良く二人で料理をしているのが聞き取り難くはあったが分かった。
いつも小さな声で無表情なことが多い黒子にしては活発な少女のようなハキハキとした言葉や態度で違和感が強い。
何も問題などなさそうだったが食事をする段階になって異常性が浮き彫りになった。
中年の男は黒子を膝の上に乗せて自分だけが食事を食べていた。
黒子に与えるのは一口二口。
欲しがるような黒子の視線に男は見ないふりをし続けた。
男は美味しそうに食べ続けそして限界を迎えたらしい。
二人分の料理でも多いものを一人で食べ続けたのだから当然だ。
逃げようとする黒子を食卓のテーブルの上に押しつけてその上で今まで食べていたものを吐き出した。
考えられない暴挙だ。
呆然とした後に気持ち悪さから泣き出す黒子に対して男はベルトを緩めてズボンと下着を脱いだ。
顔を背けて逃げようとする黒子はあまりにも小さく弱い。
黒子の顔面近くに男は箸を突き立てた。
それだけで黒子の抵抗は止まる。
石のように動かない。
褒めるように汚物まみれの黒子の顔を撫で上げて男は笑う。
男のテンションが異常に高いのが見てとれた。
下半身も膨張して存在を誇示している。
黒子のスカートをめくりあげ男は腰を動かした。
赤司の側からは見えないが黒子の太ももに自分の汚らしいものを押し付けているのだろう。
目を瞑って身体を硬くする黒子を気にもせず男はそのまま黒子に向かって射精した。
男の吐き出した消化途中の食べ物と精液に身を浸す黒子は標本にされている蝶のようだった。
ぐったりとして動かない。
黒子の名前を何度も呼びながら男は汚物の中で放心している黒子の写真を撮り続けた。
古めかしいポラロイドカメラ。
男は自分の子供の頃の憧れを語る。
実の姉に歪んだ愛情をぶつけたかったのだという告白は耳を塞ぎたくなる醜悪さ。
黒子は眉一つ動かさない。
何度も聞かされ続けているのだろうか。
姉の名前だろう女性の名前を叫び続けながら男は写真を室内にばら撒いた。
黒子にワインを頭から被せて愛を語り続けた。
それを愛というべきなのか赤司には理解できなかったが男の中で酒にまみれた黒子をライターで炙るのが愛であるらしい。
実際には炙ってはいないが脅しではないだろう。これからする気だ。
男は黒子があまりにも反応しない為か部屋の片隅から何かを取り出して持ち上げる。
赤司の居る場所からはまったく見えない。
けれど黒子の反応は顕著だった。
人形のように床に倒れ込んでいた黒子は立ち上がり服を脱ぎ始めた。
男は手を叩いて喜んで黒子を抱き上げてリビングから消えた。
普通に考えて連れて行った先は寝室だろう。
赤司は玄関に回り込みインターホンを押す。
当然反応はない。
玄関の扉を叩いて蹴ってわざと周囲に聞こえるように大きな音を出す。
子供っぽい声で黒子を呼び続けるとシャツを着替えた男が出てきた。
見下すような所も気が違ったところもない。
先程の異常者には見えない。
どちらかと言えば人当たりのいい好青年、そんな雰囲気すら漂わせている。目元など少し黒子に似ているかもしれない。
黒子の父親というよりは歳の離れた兄にも見える。
若々しいその姿はどこか野獣じみていた。
極上の餌を前に待ったをされたケダモノ。

「キミはテツヤの友達かな?」

子供相手にも軽視したところがない態度は人として尊敬に値するのかもしれない。
赤司の行為を頭ごなしに批難して親に連絡をすると脅したりなどしない。
おかしかった。
赤司はすでに穏和な対応をされる段階を踏み越えていた。
玄関についた足跡に対して苦言の一つも言わないのは異常だった。
部屋に招き入れるような動作をする男に赤司は「テツヤのお父さんですか?」と玄関先で尋ねる。

「僕は父親代わりだよ」

父親代わりがあんなことをするのかと思うと吐き気がした。
自分の中で起こった感情の動きに赤司は黒子の偉大さを知りながらわざとらしい大きな声で「なんでテツヤを裸にしてたの?」と首を傾げる。
男は無表情になった。
赤司に背中を向けて「テツヤに会わせてあげるから、おいで」と誘ってきた。

「黒子!! オレだ」

赤司は布団の中で裸で震えているだろう黒子に大声で告げる。
ちゃんと聞こえただろう。
信じられるまでには多少の時間がかかるだろうが、ちょうどいい。
赤司は玄関横にある傘を手に取って男の肘を突くようにした後、隠し持っていた包丁を握る手を叩く。
床に包丁を取り落した男は驚いた顔で赤司を振り向いた。
その眼に脳まで貫通させる勢いで傘で突く。
容赦は一ミリたりともしない。
何度も何度も男の顔をめがけて傘を振り回す。
無様に上がる声を潰すように赤司は男の喉を突いた。
眼から血を流しながら男が床の包丁を拾い上げて赤司に迫ってくる。
問題ない。
激昂した男は忘れているのかもしれないが玄関の扉は閉まっていない。
ドアノブを回す必要すらない。赤司が寄りかかり体重を掛ければ簡単に開く。
間合いが開いたことにも片目になっている男にはすぐに把握が出来ない。
おおぶりに振られる包丁など赤司に当たるはずがない。
前もって騒いでいたからか集まってくれたのか誰かの悲鳴が聞こえる。
赤司は引きつった声で「助けて」と叫ぶ。
表情まで取り繕えたかは分からないがこれでいい。
印象に残るのは動いている赤司の顔ではなく悲痛な声だ。
迫ってくる包丁の刃を赤司は恐れることなく傘でガードした。
そのまま乗りかかられた。
後は赤司は八つ裂きにされるだけ、そんなわけがない。

「頭が高いぞ」

このまま狂人が大人に押さえられるまで待つのは簡単だがそんなわけにはいかない。
今ここで殺さないといけなかった。
死刑にならないなら戻ってきてまた同じことをするだろう。
黒子に触れようとするだろう。
許す訳がない。
黒子を解放させる一番手っ取り早い方法は目の前の人間を殺すことだ。
本当なら赤司の両親からの働きかけや周囲の人間を利用しての排除が望ましかったかもしれない。
それはとても平和だ。危うげなく。スマートかもしれない。
人一人を社会的に抹殺することなど今の赤司には容易い。
だが、それは黒子に痛みを強いるということになる。
一秒たりともこんな場所に居させたくはなかった。
こんな存在と一緒に暮らすなど黒子の精神が汚染される。
黒子が心を閉じてしまえば赤司は黒子から世界を知ることが出来なくなる。
もう十二分に黒子は赤司の役に立ち、黒子なしでも赤司は問題ないレベルに達していたかもしれない。
それでも赤司は動いた。
直感というものは馬鹿には出来ない。
やるなら早いに越したことはない。
そして赤司は段取りを踏むことなく大した準備もなく行った。
大仰な準備をすればするほどよくない。
殺意はない、咄嗟の反射行動。
それでいい。
裏付けなど出来るはずがない。
包丁の刃を男の喉元に行くように仕向ける。
男は赤司に乗りかかり振り下ろした包丁を傘に阻まれたと思っている。
それは正しい。その通りだ。
ただし、男が床から拾った包丁の先端は砕けている。
赤司が砕けた先端を傘に仕込んでいた。
子供の抵抗だと思って傘を無視して身体全体で赤司にぶつかってくる男の喉は容易く切り裂くことが出来た。
男自身の体重により深く刃が滑ったのだ。
子供を押し倒して良い気になっていたのだろう。
周りの声も今は聞こえないはずだ。

赤司には分かっていた。

男が自分の楽しみを邪魔した人間を子供であろうと容赦なく殺そうとすることが分かっていた。
だから包丁を持ち出すことなど当然視野に入れていた。
突貫的な作業として包丁を折ることに成功した時点で赤司の勝ちは確定していた。
目くらましとして傘で攻撃し続けることも包丁を拾わせて反撃させることも衆人環視の元で過剰防衛ではなく正当防衛だと主張するためのパフォーマンス。
たとえ何かしらの違和感を覚えたとしても小学生が命の危険を顧みずこんなやり方で大人を殺そうとして、そしてやりとげるなど誰が推理するだろう。
友人の家を尋ねたら急に襲われて玄関にあった傘で反撃している内に犯人が自爆して死んだ。

それ以外にどう見える。

警察の事情聴取やカウンセラーとの会話など面倒だったが収穫はあった。
次に同じ場面に遭遇した時はもっと上手くやろうと決意した。
黒子が助けてくれなかったら疑惑の目は向かないにしても赤司は浮いた存在になっていただろう。
心身ともに疲れ切っていたはずなのに黒子は赤司に人の心をレクチャーしてくれた。
やはり自分に黒子は必要不可欠だと赤司に思わせるにたる成果。

「こんなことがあったのに赤司君は随分と冷静ですね」
「驚いているよ」
「そうは見えません」
「どうしたらいいと思う?」
「……優しいお母さんに泣きつけばいいと思います」

気が進まなそうだったが黒子はそう言った。
赤司はすぐに実行した。
すると不審に思っていたらしい大人たちは一斉に納得した。

今までは事の重大さが分からなかったのだ。気が張っていたのだろう。かわいそうに。

母親は心から赤司を心配して一緒に泣いてくれた。
そして、警察の防波堤になってくれた。
無意味な質問から解放されて清々した。
こんな簡単な事でも黒子のアドバイスなしでは赤司に出来なかっただろう。
涙に重さなどなかったが重要性は知っている。
目から流れる雫は人の心を揺さぶるのだ。

「黒子、帝光中学に入らないか?」
「それは命令ですか?」
「私立だけど成績はそこまで必要じゃない。黒子とオレが一緒に居られるよ」
「なんでボクにこだわるんですか」
「イヤだった?」
「いえ……ボクは赤司君に迷惑を掛けただけです」
「具体的に?」
「おじさんを」
「アレは事故だろ?」
「赤司君はやろうと思ってやりました。それは事故とは言えません」
「黒子が一緒に居ない方が迷惑なんだよ」
「……ボクが会えないって言ったからですか?」
「なにが?」

黒子はそれ以上追及しようとはしなかった。
赤司の考えは最初からブレていない。
それを黒子は察していたらしい。
やはり聡いと感心しながら、だからこそ、いつか黒子を騙せる時がきたら赤司は完璧な存在になれると思った。

『テツヤが同じ学校に居たらいいのに』

遅くなったがちゃんと望み通りに進んだ。
黒子の叔父は妻に浮気をされて別居中らしかった。
先週に激しい口論の様子を周囲の人間が目撃していた。
それ以降、会社にも行かず娘と二人で夕方に出掛ける生活を送っていたらしい。
娘ではなく甥である黒子に女装させていたがその理由は不明ながらもアリバイ工作とされている。
小学校低学年の黒子の従妹は死後四十時間ほど経った状態で発見された。
黒子を脅す目的で使用していた物体がどう見てもソレだろう。
自分の娘に対する仕打ちとは思えない残忍すぎる拷問跡に発見した警察官はしばらく食事が喉を通らなかったらしい。
玄関を開けただけでも腐臭はしていたので遅かれ早かれ自体は露見したはずだ。

そう、赤司が焦る必要などなかった。

叔父が黒子に行っていた虐待に対してカウンセラーは死んでしまった黒子の母親を重ねての行為だと結論付けた。
嘘か本当か叔父の生前の日記には姉と自分との性的な接触について生々しく書かれている。
妄想の類である可能性が高いとはいえ、本当に二人が肉体関係にあったのならそういったトラウマや愛着が姉の死亡と同時に息子の黒子に向けられても不思議ではない。
そういう結論を赤司は断片的に人の声や仕草から状況証拠として得ていく。
人の口に戸は立てられない。
赤司が聞き耳を立てていることなど知らずに話し続ける。
大人は時に無用心を通り越して軽率で最低だ。
黒子の影が薄いとはいえ黒子の前で家族関係のことを口にするべきではない。

妻を殺し、娘を殺した男はまず間違いなく姉の身代わりとして黒子と一緒に心中予定だった。

赤司は分かった。
人の気持ちなど数式やパズルのようにしか解けない赤司に叔父の心情が理解できたのだ。
それは黒子のお陰で情緒が育ったのかと言えば違う。
黒子の叔父は赤司と似たタイプの人間だったのだ。
人を人と思っていない。
自分の道具としてしか人を見ていない。
そんな人間がどう動くのか考えるのは簡単だ。
最も合理的な方法をとるだけだ。
心中が合理的かどうかは別として、妻と娘の死が公になるまでありとあらゆる欲望を黒子に対して吐き出すのは楽しいことだろう。
それだけで残りの人生を満足させてしまうぐらいに心地良い。
簡単に想像出来る。
逃げることも思いつかず震えながら黒子テツヤは受け入れる。
助けなどこないと自覚して終わりを見据える瞳は美しい。
赤司が直観に従って動かなければ叔父が心中を企てる前に黒子が自殺したかもしれない。
それを思えば赤司の判断は正しかった。
いつだって赤司征十郎は正しい。
当然だ。
誰にも負けるはずがない。
常に勝者であり続ける。

望み通りに黒子と学校生活を送るようになる赤司の不幸と幸福の分かれ目とはなんだろう。
これから帝光中学バスケットボール部で出会うことになる四人は赤司と黒子にとってどんな存在になるのか、まだ知らない。






帝光中のこと。チラッと。



帝光中学二年生。

「黒子が人とぶつかった? 本当に? 物理的に……ではないよな?」
「嘘を吐くわけがないのだよ。相手は紫原だ」
「ふうん。仲がいいと思ったんだけどね」
「悪くはないのだよ。主張もまた……お互いそこまでおかしくない」
「なら、問題ないだろ」
「だが……いいのだろうか」
「緑間が気になるぐらいに紫原の異常が目につくのか」
「異常という程ではないのだよ」

緑間は赤司の言葉を否定する。赤司に相談してきたことを忘れたのだろうか。
赤司は特に触れない。紫原を黒子が突くのは性格上、仕方がないことだ。
放って置けないのだろう。赤司に対するものと同じだ。
無自覚に意味もなく人を傷つける存在が黒子テツヤは許せない。
悪気がないからこそ直して欲しいと思うのだろう。
無理な話だ。

「新しく一軍に入る『黄瀬涼太』。彼の教育係を黒子に頼むつもりだ」
「何を考えているのだよ」
「早くチームに馴染んだ方がいいだろう」

赤司のお願いが命令であることなど当然なので緑間は何も言わない。
だが、不満があるからこそ赤司を睨みつけている。

「二週間前にバスケを始めたばかりだ。肉体的なポテンシャルは天才的だろうな」
「オマエに言われたくないだろう」
「オレの身長は平均よりも上とはいえバスケ選手にしては低いよ」
「……わざとなのだろう」
「さて、なんのことだか分からない」
「オマエの筋力トレーニングはオレ達の年齢でやるべきことじゃないのだよ。アレで身長が伸びるはずがない」
「仕方がないじゃないか。デカくなりすぎると黒子が嫌がるんだから」

バスケよりも黒子の目線を考えるような赤司に緑間は呆れた。
バスケをし続けるなら大きいに越したことはないが、身体が大きすぎると出来なくなることもある。
そういう意味では今がちょうどいい。
身長が低ければ油断も誘える上に赤司にとって体格差は意味のないものだった。








黒子視点メモ




あの事件以降、赤司は黒子のことを名字で呼ぶようになった。
一人称もわざわざ変えていた。
気を遣っているのだろう。
名前で呼ばれると否応なしに連想してしまう存在がいる。
精神的外傷、トラウマなのだと言われたが直し方が分からない。
直らないものなのかもしれない。
いつ赤司は気付いたのだろう。
それを聞くのは勇気が足りない。
赤司は黒子を硝子細工のように丁寧に扱う。
指紋などつけることのないように手袋をはめて力を込めることなく触れる。
いつでも床に叩きつけられることを想像して身をすくめる黒子に対してあくまでも紳士的。
その偽物臭さは母が生きていた頃の叔父を思わせる。
優しい人だった。
黒子の両親が死ぬ前までそう思っていた。
視線が粘着質で触れてくる指先に違和感を覚えることは多かったが気にしないようにしていた。
怖いと思ったのは一度や二度ではない。
それでも逃げ出せるとは思わなかった。
一生籠の中の鳥のように部屋の中だけで生きていく気がした。
黒子の影が薄くなかったらきっと外には出して貰えなかっただろう。
人となるべく交流しない、それが学校に通える条件だったのだ。





帝光中学での「ある出来事」を切っ掛けに黒子と赤司の進学先は変わり、
また試合で会おうねの形の高校時代。


「テツヤが出来ていないって言うからちゃんと信頼関係の元、チームプレイの楽しいゲームが出来る場所を作ったよ」
「赤司君……」
「僕は何も間違ってない。そうだろ?」
「勝ってから言ってください」
「絶対は僕だ。勝利は僕を裏切らない」
「負ける気はありません。赤司君……中学一年の時は普通に暮らして行けたのに、どうして」
「一言でいえば欲求不満だよ」
「え」
「テツヤが僕を拒絶するからだ」
「拒絶?」
「僕に触れられるのが嫌なんだろう? 徹底的に避けたよね」
「そんなことないです」
「オレと手を繋いでも僕の指には触れたくないんだ」
「……そんなこと、ないです」
「まあ、オレって言っていた時は気を付けていたからね。でも、欲求不満で何人か殺してしまって少し反省したんだ」
「ころ……?」
「獣じみた欲求を果たしたかったんだよ」
「中学の時の連鎖自殺は……」
「お前に触れようとしてた外部から雇ったコーチとかもね。汚らわしい」
「赤司君、キミは」
「知ってただろ。最初から僕はこんなやつだ。テツヤが見張っていないと何をするか分からないよ」



とかそんな感じの赤黒話を小中高とやりたいけれどグロいね。
カニバリズムといじめと幼児虐待とかになる。
いじめがなければただのヤンデレで済むのかな??


快楽殺人者(シリアルキラー)ではなく反社会性人格障害(サイコパス)。
普通ならヤッてはダメだとみんな分かっていることを平気でしてしまう人間。
人の心を何とも思ってない。分からないから平気で踏み躙る冷酷な人間。
自分は捕食者であり人間はただの獲物。不要なら嬲り殺すだけである。


2012/12/20
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