帝光中学時代の赤黒。
誕生日話。


さよなら、王様。またいつか






赤司征十郎は完璧だった。
黒子の目から見て非の打ちどころなど存在しない。
隙のない彼のことを誰もが一目置いた。
神様がいるのだとしたらそれは自分だと口にするぐらいに驕り高ぶっていたけれど事実そうかもしれない。
万物の頂上に位置するとかそんなことはなかったとしても、どんな空間だとしても赤司はその中で一番上に立つ。
一年の時に赤司はすでにキャプテンだった。
三年が引退すると同時に一軍になっていたとはいえ赤司は一年でキャプテンになった。
異例過ぎて黒子は信じられなかった。
雲の上の人というのはこういうことをいうのだと同じ一年でありながら三軍の黒子は思った。
青峰も緑間も紫原ももちろん一年で一軍に所属する彼らは黒子にとってまぶしかったが赤司は群を抜いていた。
一癖も二癖もある青峰たちを始め、全部員を赤司はまとめあげたのだ。
ついこの前まで小学校だったのに大人顔負けの態度。
三軍だった黒子は赤司との接触などなかったがそれでも、顔は見たことがある。
涼しげな目元と指示を出す時の凛とした声。
厳しいのかと思えばどちらかと言えば穏やかにも聞こえる声音に数十日差で自分より先に生まれたのだと黒子は信じられなかった。

赤司征十郎は超越していた。
誰にも赤司の邪魔はできない。
有無を言わせないオーラ。
自信に溢れた立ち振る舞い。
帝光中学で赤司征十郎を知らない人間はいない。

「お誕生日おめでとうございます」

そう言って黒子は赤司の机の中に知恵の輪を入れる。
赤司ならきっと解けるだろう。
買ったはいいものの黒子は解けずじまいで放り投げていた。
ジグソーパズルならまだしらみつぶしに当てはめていけば完成させられるかもしれないが知恵の輪は無理だ。
時間をかけて動かせば解けるというものではない。
黒子はひらめきやコツを自分から見つけるのが遅い。
センスがないのだろう。
バスケのセンスもなかった。
だから、一緒にはいられなくなった。
青峰に引き留められ、赤司の助力で一軍のレギュラーになっても黒子はそのままだ。
「キセキの世代」のように「それ以上」にはなれなかった。
普通の選手とは違ったがキセキの世代と並べば穴が見える。
異才、特殊、そういうプレイスタイルなのは黒子も自覚していたが制約があまりにも多い。
体力もある才能を有り余らせた化け物たちの替えの選手としては黒子は力不足だったのかもしれない。
誰かが変わったわけではなく、黒子が変わらな過ぎたのかもしれない。
黒子が変わったとしても天才たちの早足は黒子の全力疾走よりも早い。
置いて行かれたようにぽつんと立ち尽くす黒子に選択肢はなかった。

退部を決めた黒子を赤司は引き留めなかった。

何を思っていたのかも赤司は聞きはしない。
黒子も赤司と顔を合わせられなかった。
退部は手紙で告げて顧問と話をして、あとは息を殺してやり過ごす。
他の誰にも見えないように視線を避け続けた。
そんなことをしても赤司だけには見つかってしまうはずだった。
黒子の意思を読み取ってか、赤司が黒子の元へ来ることはなかった。
そのことに傷ついている自分が黒子は女々しいと思った。
黒子にすでに価値がないからわざわざ顔を見に来ることもないのだ。
赤司から何かアプローチを求めるなど自惚れだろう。
溜め息を一つ吐いて黒子は教室を後にする。
赤司が黒子からの贈り物に気付くかは分からない。
品物に気付いても名前を入れていないプレゼントは包装されていても気持ちが悪いかもしれない。
これは黒子の自己満足だ。
捨てられても仕方がない。
赤司が手に取ったことを確認することもしない黒子は卑怯だった。



赤司征十郎は完璧だった。
今でも、いつでも、黒子の心に残り続ける。
強烈すぎる人格だった。
出会って交流を持てたことは幸せだったと思うべきなのだろう。
本来、黒子と赤司の人生は交差しない。
影が薄く平均的な場所に居続ける黒子と輝かしく高みへと登り続ける赤司は世界が違う。
そんなことを思いながら黒子は帰り道を歩く。
卒業してこれでもう縁も切れた。
赤司との縁はそもそも退部と同時に切れたのかもしれない。
部員でない黒子のことを赤司は気に掛けたりしないだろう。
それを辛いと思うなどどうかしている。

「お会計は――」

マジバーガーに立ち寄ってバニラシェイクを買う。
いつもの動きが今日はスムーズにいかなかった。
値段など覚えているのに手が止まる。
財布にくっつけたキーホルダー。それに目が行く。
すぐ気を取り直して会計を済ませてトレイを持って席に座るがバニラシェイクを飲む気にならない。
黒子の視線は鞄にしまっていない財布。それに付けた揺れているキーホルダー。
それは元々は知恵の輪の半分だ。

『赤司君、今日誕生日なんですよね?』
『何かくれるのかい』
『はい、良かったらどうぞ』
『あぁ……知恵の輪の亜種か。このパズルはやったことがない』

赤司はありがとうと黒子に礼を言ってすぐに解いた。
呆気なくて自分が頑張っていたのが馬鹿みたいだと黒子は遠い目をする。

『すごいですね』
『理論とひらめきだよ。パズルを解くのに力はいらない』

言外にだから黒子もすぐに出来るはずだという言葉が浮かんでいた。
出来が違うのだから期待しないで欲しい。

『来年にはもっと難しいものを渡します』

悔しかったので黒子はそう約束する。
つい数か月前に青峰に部活を辞めると口にしていたのが嘘のように来年もまたバスケットボール部に居て赤司とこうして話しているだろうと素直に思えた。
赤司は「楽しみにしているよ」と微笑んだ。
黒子の内心など見透かしていながらの優しさに自分の小ささを知る思いだ。
赤司へのプレゼントという割に剥き身の知恵の輪は出来なかった玩具を投げ出しているようで情けない。

『この知恵の輪は赤司君ですね』

フォローではないが黒子は知恵の輪を指さして口にする。
二つのSが絡まったパズル。
赤司は二つのSを分離させてはまた戻して遊んだ。
完璧に知恵の輪を把握していた。

『赤司征十郎で二つのSか……なるほど』

感心したように赤司は手の中のSを遊ぶ。
二つの絡み合ったSを一つずつにして赤司は黒子の眼前に見せる。

『黒子はSが欲しいと思う?』
『はい?』
『サディストのSじゃないね、黒子ならサービスのSかな』
『赤司君?』
『サービスは重要だよ。奉仕の精神だ。誰かを引き立たせるために影になることが出来るのは素晴らしいことだと思うよ』

赤司は黒子を見下すことは一切なかった。
適材適所だと口にする。
それが人心掌握の手段としてのリップサービスだとしても黒子は嬉しかった。
スゴイ人に認められるということは自分もそれなりの場所に立てているということだ。

『自分が出来る最大限でチームに貢献する。チームにおいて勝利は一人のモノじゃない』
『皆で勝ち取ったもの、ですね』
『そういうことだ。胸を張るといい』

二年になれば黒子はほぼ確実に一軍のレギュラーになると赤司は言った。
そのことに対して喜びと恐れとが半々黒子の中にあった。
自分がそこに居ていいのかと疑っていた。
三軍に自分がいることに対して黒子は不満がなかった。
もちろん一軍には上がりたかったが自分が下手なのは分かっていた。
どれだけ頑張って遅くまで練習したところで黒子よりも上手い人間は帝光に沢山いる。
その中で試合に出る大変さは考えるまでもない。
青峰が黒子の手を引っ張ったというのなら背中から押してくれていたのが赤司だろう。
後ろへと下がろうにもそこに道はないと前へと進ませられる。
赤司が黒子を大丈夫だと言ったのだからそれが覆るはずがない。
そう思えるほどに赤司の存在は確かだった。
今では過去のまばゆい出来事の一つだと黒子は目を閉じる。
帝光中学一年の冬、外の寒さなど気にならない日々だった。

それから約一カ月ちょっと後の黒子の誕生日のことだ。
いつの間にか黒子のロッカーに入っていたプレゼント用に包装された物体に黒子は首を傾げた。
中には黒子が赤司に渡した知恵の輪の半分、一つのSがあった。
メッセージカードに赤司の名前を見つけて黒子は戸惑う。
知恵の輪がいらなかったのだろうか。
だが、それは杞憂だ。

『お前にオレのSを分けてあげよう』

それはちょっとした告白にも聞こえた。
名前のSを分けてくれるというのはつまり名字を同じくする、そんな意味にもとれた。
男同士でそんなことある訳もないので黒子は浮かんだ考えを忘れることにする。
光の為の影に成れという赤司からのメッセージだろう。
誕生日に渡したものを誕生日に返品されているようだがキーホルダーにされた知恵の輪の半分を赤司が持っているのだとしたら特別に感じる。
一つのモノを二人で分け合う特別。
秘密を共有しているようで嬉しくなる。

その翌年も黒子は赤司に知恵の輪を贈った。
赤司から返ってきたのは指輪だった。
贈るものを間違えたのかと思えば二つの指輪が絡まり合った知恵の輪だった。
結局、黒子には解けなかったが赤司はそのことについて触れてこない。
解き方を聞きに行けばよかったのかもしれない。
チーム内はギスギスとした空気を漂わせ、黒子としては平気な顔を取り繕うのは二年の冬が限界だった。

三年の春から夏にかけては地獄のような日々だった。

何が悪いのか分からない。
どうして苦しいのか理解できない。
ただ胸が詰まるような感覚に俯きがちになる。
本当は分かっていた。
どんどん怖くなっていた。
ムキになって練習量を増やしてもチームメイトとの距離は埋まらない。
戸惑いは消えない。
立ち位置が見当たらない。
息苦しい。
なんのために自分が試合に出ているのか分からなくなる。
バスケが楽しくなくなった。
体育館にいるのが苦痛だった。
もっと早く見切りをつけるべきだったのだ。
それでも黒子は全中三連覇を見届けてからバスケットボール部を去った。
自分がそこに居たと思っていたいからかもしれない。
途中で退部したのなら全中三連覇と黒子は関係なくなる。
勝利はチーム全員のモノ。
けれど、黒子が居ても居なくてもチームが勝利するのなら黒子に価値はあるのだろうか。
悩んだ末に距離を置きたくなった。
引退したとしても高校でバスケを続けるキセキの世代はみんなそれぞれ自主的にトレーニングする。
体育館を使い続ければ嫌でも顔を合わせることになる。
黒子はそれを避けたかった。
退部してしまえばバスケットボール部とは関係ない。
部の人間でないので体育館の使用は出来ない。
逆にそれで吹っ切れる。
公園で好きなように練習をすればいい。
あるいは何もしなくていい。
誰にも強制されるものではない。

財布にくっついたSの字が揺れる。
引き千切ってゴミ箱にでも投げてしまえばいいのかもしれない。
それで少しはスッキリするだろうか。
黒子はキーホルダーを握りしめる。
自分の中に残った赤司の影響力をなかったことにしたい。
それはミスディレクションを捨てるということだ。
それは平均以下の選手への脱落だ。
黒子が一軍に居たのは赤司から授けられた武器があったから。
それを捨てれば三軍に居た頃に戻るのは当然だ。
悩みながら結局、黒子は赤司から貰ったSを捨てることはなく飲み難くなったバニラシェイクを飲んで帰った。



一月三十一日。
黒子が自分の誕生日にこれほど緊張したのは初めてのことだ。
何もないかもしれない。
何かあるかもしれない。
期待とそれを裏切られる落胆を予想して黒子は自分の机の中を確認する。
そして、綺麗に包装されたプレゼントを確認する。
震える手で中を確認すればメッセージカード付きでバラバラになった知恵の輪があった。
知恵の輪は解くだけで終わりではない。
元に戻すまで出来て一人前に解けたと口にできる。
適当に解いた人間はちゃんと戻すことが出来ない。
だが、赤司程の人間が知恵の輪を戻せなくなることなどありえるのだろうか。
どこからどう見ても完璧すぎる赤司征十郎。
完璧だからこそ黒子のことをこうやって気にかけてくれているのだろう。
それは優しいからこそ残酷だ。
素っ気なく冷たくはねつけてくれたなら苦しみは長引くことはなかった。

『組み方は二通りある。自分の手で元の姿に直してみるといい』

そうメッセージカードにあった。
全部バレているのだろうか。
赤司に黒子の気持ちが見抜けないはずがない。

『頂上でお前を待っていよう。早く来るんだ。そうしたら、もう一つSをあげよう』

謎めいた暗号文を黒子にくれるのは前に進ませるために背中を押しているからだろうか。
この言葉を信じて良いのだろうか。
逃げるな、進めと赤司は言っている。
赤司ほど黒子は強くない。
強くなかったから一緒に居続けることが出来なかったのだ。

黒子が赤司に贈った知恵の輪の名前は「絆」。

赤司はそれを解き黒子に贈った。
また、もう一度、組み直せと黒子に告げた。
受け取っていいのだろうか。
解けた絆。黒子とキセキの世代の絆。
黒子に組み直すことができるだろうか。

『そうしたら、もう一つSをあげよう』

もし赤司の喉元――頂点、にまで食い込むことが出来たなら赤司は赤司自身をくれるというのか。
二つのSを揃えた黒子は『赤司征十郎』を手に入れたと言えるのだろうか。
分からない。
言葉遊びなのか、本心からなのか。
赤司の気持ちは分からない。
このまま何もしなければ分からないままだ。
進んだ先にきっと答えはあるはずだ。背中を押した赤司は黒子が顔を上げた時には前方で手を振っている。
そう思うと上を目指して歩いて行くしかない。
わざわざ赤司が待っているとそう言ったのだから答えないわけにいかない。

赤司征十郎は完璧だった。
一人で完結している存在だったなら人に期待などしなかったはずだ。
けれど、赤司は黒子の背中を押してそして待っていてくれる。
神様にでもなれそうな王様は案外、一人ぼっちなのかもしれない。

「さよなら、キャプテン。またいつか」

もう赤司をキャプテンと呼ぶことはない。
次に会うときは敵同士だ。
同じチームに居ることはできない。
それでも、中学の時に過ごした日々はなくなりはしない。





補足


作中の知恵の輪(キャスト○ズル)は実在します。
商品名が「キャス○カルテット」でテーマが「絆」です。
(微妙に伏せておきます)

4というのが赤司を除いたキセキの世代って感じでいいかも?
赤司と黒子はパズルの解き手。
とかなんとか思ってみたり。

(一年の時に黒子が赤司に渡したのは「キャス○エス&エス」でテーマが「双」)




蛇足な小話


WC決勝戦前とかの赤黒
シリアスな空気はない


「テツヤは僕のアプローチを完全に受け流すからそういう意味ではドSと言えるかもしれないね」
「はい? 出血大サービスですか?」
「違う。サディストの方だよ」
「赤司君、被虐癖がありましたか? 知りませんでした」
「僕は無闇に人を傷つけたり自分を傷つけたりしないよ」
「え……、あ、そうですか」
「そうだよ」
「赤司君が言うならそうですね」
「テツヤ、まさか僕がハサミを使って」
「思ってません、思ってません。火神君がもし避けなかったら火神君の能力不足で赤司君が見誤ったわけではないです」
「当然だ。あんなものが避けられない方がどうかしている」
「よく避けたねとか言ってましたけど、最初から火神君を許してあげるためのパフォーマンスですね。分かってます」
「うん、テツヤは賢いね」
「それで、赤司君は被虐癖があるんですか? ボクに苛められたかったんですか?」
「何の話をしているんだい?」
「え。ボクがSなら赤司君はMなのでは……」
「残念ながら僕はSを苛めたい方のSだよ。MにサービスするSにはなれないね」
「でも、優しいですよね、赤司君」
「テツヤにはね」
「つまりボクの方がSを苛めるSということですか……」
「まあ、いいよ。テツヤはこれから赤司テツヤと名乗るんだよ」
「……だから、高校から名前呼びを徹底することにしたんですか?」
「赤司を名乗るテツヤに対して『赤司』と呼びかけるのもおかしいだろう」
「ボクが赤司と名乗るかはともかくとして呼ばれても振り向けませんね」
「そこはテツヤ、僕がいることを確認するために振り向くべきだろ」
「赤司君は呼ばれる前に呼びつける人だと思うので、ボクの知っている赤司君以外の赤司君を呼んでいるのだと脳が判断します」
「テツヤは分かっていないね。赤司が僕じゃなくても僕の親戚や僕の使いかもしれない。赤司の名にはいつでも耳を澄ませているべきだ」
「赤司君……黒子と聞こえたら常に反応していたりするんですか?」
「当然だよ」
「…………ありがとうございます」
「徹子の部屋にすら反応するよ」
「それは……ボク、無関係です」
「分かった? テツヤはもっと僕のことに意識を割くんだ」
「割いてます。どうやったら赤司君に勝てるのか考えてます」
「ハニートラップを使ってくれてもいいよ」
「蜂蜜プレイですか?」
「テツヤっ!?」
「蜂蜜を床に撒いても赤司君は転びそうにないです」
「そういう古典的な罠の仕掛け方は嫌いじゃないよ。でも、反則だね」
「コートの中に蜂蜜を持ち込むわけにはいきませんからね」
「しかもコートの中でやるつもりだったのか……」
「冗談です」
「テツヤの冗談はあまり面白くないね」
「もう、言いません」
「拗ねるあたりはかわいいけれど、どうせならもっとひねって欲しかったな」
「赤司君はどんな蜂蜜プレイをしたかったんですか」
「そういう言い方するならテツヤに塗りたくりたいね」
「蜂蜜パックというやつですね。知ってます」
「テツヤが知っている物とはまた違うと思うけどウインターカップが終わったら試そう」
「楽しみにしてます。……やられたら、やり返していいんですよね?」
「どうやり返して来るのかそれも楽しみにしようかな」







とかなんとかラブラブ赤黒。
蜂蜜プレイしたいですね。
赤黒かわいい。

Sをあげるを
サディスティックな気持ちを黒子に向けない(自分の中のSがないから)=トゲがない
あるいはサディスティックな気持ちで黒子を責めていくよという赤司からの宣言としてのSの譲渡。
と受け取ってもどっちでも美味しい?
赤司君、回りくどい。
赤黒は結婚すればいい。

2012/12/20
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