帝光中学時代の赤黒+黄黒。


秋の空が変わりやすい理由についての考察





黒子テツヤは恋と言うものがよく分からない。
自分は感性が死んでいるのだろうかと考えて結論を先送りにしていた。

「黒子っち、好きっス」
「ありがとうございます」

意を決したような黄瀬の告白に対して黒子は礼を言う。
別に黄瀬のことは嫌いではない。
だが、好きかと聞かれると即答できない。
好きの種類がよく分からない。
青峰も紫原も緑間に対しても懐く好きはきっと同じだ。

「付き合ってくれないっスか?」
「それで何か変わりますか?」
「友達じゃできないことをしたいっス」
「具体的には?」
「せ、セックスとか!!!」

顔を赤くしながらも言い切る黄瀬に黒子は引いた気持ちになる。

「考えさせてください」
「あ、あ! 別にすぐにとかじゃなくって!! キス、キスしちゃダメっスか?」
「……唇を食い千切ったりされそうなので嫌です」
「しないっスよ」
「ともかく黄瀬君の気持ちはわかりました」
「…………本当っスか?」
「はい、ちょっと考えさせてください」

黄瀬のことが嫌いじゃないとはいえ身体を重ねることが平気なのかと言えば分からない。
怖いとまでは思わないが逃げ腰になる。
嫌悪感はない。
冗談ではなく本気で黄瀬が自分を好いているのは十分伝わっている。

「黄瀬君、分かっていると思いますけどボクは男ですよ?」
「関係ないっス」
「そうですか」

黄瀬がわざわざ言葉にしたのだから、覚悟は出来ているのだろう。
黒子にはまるで出来ていない。
誰かを愛して傷つく覚悟も誰かを想って誰かを切り捨てることも出来そうにない。

「……黒子っち、一ついいっスか」

元々図書室に向かう予定だった黒子を黄瀬は追いかけることはせず言葉をかける。

「赤司征十郎のこと好きっスか?」
「………………分かりません」

長い沈黙の後、出てきた言葉はそれだけだった。
黄瀬は溜め息交じりに「そうっスか」とだけ言った。
どんな顔で言ったのか見るのが怖かった。


赤司のことを黒子がどう思っているのかそんなことを考えても結論は出ない。
赤司は赤司である。
青峰も紫原も緑間も黄瀬もチームメイトとして、友人として好きだと言える。
赤司のことはそんな風に割り切れない。
赤司から与えられる言葉の一つ一つが黒子にとって特別だった。
夏の暑い日に飲み物をくれるのが青峰だとしたら、団扇で熱風をくれるのが黄瀬だろう。
心遣いは嬉しいがあまり役に立っていない。
時々涼しくはあるのだが労力に見合わない気がする。
赤司はどうなのかと言えば黒子が倒れる前にさり気なく日陰へと誘導して何気ない雑談をするだけ。
何かをされたと黒子はまるで気付かない。
けれど赤司がいない時に同じ練習を同じようにして倒れてしまって気付くのだ。
さり気なさ過ぎて気付くことができない優しさ。
分かり難いだけでそれは確かに合って、黒子の深くまで見つめている。
知らない間に赤司にコントロールされている、そんな自分に呆然としながら小鳥が親を見つめるような気持ちになる。
それは恋とは言えないだろう。

「悩み事かい?」

図書室で本の返却手続きを済ませながら物思いに耽っていた黒子に赤司が声をかける。
黒子が悩んでいることなど見通して待ち受けていたような気がしてならない。

「赤司君は誰かを好きになったことはありますか?」
「黒子はないの?」

爛々と光るような赤司の瞳が初めて怖いと思った。
空が急に曇ったらしく遠くから雷の音がする。

「分かりません」
「黄瀬に告白でもされた?」
「付き合おうと言われました」
「嫌いじゃないから頷いた?」
「……保留です」
「残酷なことをするね」
「黄瀬君の『好き』はボクには理解できない気がします」
「本ばかり読んでいるから生々しい感情に対して免疫がないのかな」

それは正しいかもしれない。
劣情なんて自分が向けられるものだと思ったことはない。
全て他人事だった。
だから黄瀬の気持ちも現実感がない。

「黒子、おいで」

手招かれて黒子は近づく。
これが黄瀬だったら警戒心が働いただろう。
相手は自分のことを性的な目で見ているのだと分かっている。
赤司に対して無防備なのは信用しているというよりも赤司の感情を理解できていないからだ。
触れ合う唇。軽すぎる接触。

「驚いているのは何に対して?」

尋ねられて黒子は言葉が出なかった。
赤司が自分にキスをする可能性など一瞬たりとも考えなかった。
外で雨が降り出している。渡り廊下が濡れるだろう。
黄瀬が掃除当番だと頭の隅で思い出す。そんな場面でもないのに。

「……っ、…………ん」

二度目のキスは唇が触れ合うだけで終わらない。
赤司の舌が黒子の口の中に侵入してきた。歯列をなぞるような動きは少し気持ち悪くて逃げたくなる。
息が出来ないと抗議するように赤司の腕を掴む。
すぐに唇は解放された。
唾液が口の端から零れたのを慌ててぬぐう。恥ずかしかった。

「……嫌だった?」
「分かりません」

顔に血が集まっていて頭の中は整理できない。
黄瀬が黒子に同じことをしたのなら多分これほど混乱はしなかった。
前もってこういったことをしたいと言われているから、そういうものだと受け入れられたはずだ。
では、赤司からキスをしたいと言われたら黒子は混乱せずに受け入れるのだろうか。

「オレが何を考えているか分からない?」
「分かりません」
「じゃあ、そのままにしておこうかな」

赤司は黒子の頭の後ろにある本を一冊取ってそのままカウンターへ歩いて行った。
あとは自分で考えろと言葉なく言われている。





帰り道、黒子は隣にいる黄瀬を見上げながら雨が降ったことが嘘のような空を見る。
日は落ちて暗かったが雲がないので星がよく見える。

「黄瀬君の気持ちがかわかってるわけじゃない本気なのは分かります」
「うん」
「でも……ボクは何だかその本気の重さが怖いです」
「そうっスか」
「ボクは黄瀬君を酷く傷つける気がします」

すでに今、傷つけている気がした。
恋人であるならば黄瀬と同じだけの本気の気持ちで向き合わないといけない。
けれど黒子にはそれが出来ない。感情面が未発達である。

「黒子っちが他に好きな奴がいるって言うなら諦めるけど……分からないだけなら、オレでいいってことっスよね」
「分かりません」

黒子は選ぶ立場になどいない。

「分からないじゃなくて、オレでいいって言って。オレだけしかいらないって言ってよ」
「……そう言われてもボクはきっと黄瀬君が居なくても平気です」
「黒子っち、酷い」
「黄瀬君だって同じじゃないですか?」
「平気じゃないっスよ。…………黒子っちが誰かとキスしたり抱き合ったりするなんて考えるだけで死にそうっス」

考えただけで死にそうなら実際に黒子が誰かとキスしたら黄瀬はどうなってしまうのだろう。

「赤司君とキスしたことあるって言ったらどうします?」
「……オレとキスしないっスか? 赤司っちとしたらな出来るっスよね?」

どういう話の繋がりか不明瞭。
断る前に腕を掴まれて引き寄せられた。
重なる唇は赤司のモノとは違っていた。
二人は別々の人間なのだから当然だ。
キスの経験などない黒子としては意外だという感想だけ。

「いや……だったっスか?」
「いえ」
「よかったっすか?」
「分かりません」

黄瀬に抱えられながらもう一度キスをする。
抱き締められているせいか全身を支配されるような感覚。
今更に黄瀬の手が大きいのだと実感する。
触れられている場所が熱くなる。

「……ん」
「艶っぽいっスね」

黄瀬が名残惜しむように黒子の唇を指で撫でる。

「赤司っちと全然違う?」
「……顔に出てました?」
「どっちが良かったっスか?」
「分かりません」

本当の本当に分からない。
決められないのではない。
理解できていない。
黄瀬に感じる気持ちと赤司への感情は同じようで別のものだ。
あるいは同じものだと黒子が気付いていないだけかもしれない。
キスをされて嫌だとは思わない。
手を繋ぐことになって振り払いたいとは感じない。

「ボクは黄瀬君から嫌われたら傷つくんだと思います」

だから、黄瀬の感情を受け入れるのは少し怖い。
激しい好意が一変してしまった時を想像すると身が竦む。
誰かに必要とされることはくすぐったい幸福感がある。

「でも、赤司君は赤司君ですから」

自分達の上に立つキャプテン。
心の底で何を思っているのか分からない人。
そんな赤司が黒子に何かを求めるのなら黒子は叶えたいと思う。
自分に出来る最大限で力添えをしたい。

「オレも赤司も拒まないって?」

聞き間違えだろうか黄瀬が赤司を呼び捨てにした気がする。

「それって最悪っスよね」
「やっぱりそうですよね」
「赤司征十郎が」
「え? どうして、赤司君?」
「あの人……オレが諦めて手を引くの待ってるんスよ」

吐き捨てるように口にする黄瀬は瞳をギラつかせていた。

「別にね、オレは黒子っちとゆっくり育ってていいと思う。黒子っちは悪くないよ」
「黄瀬君に……悪いこと、してます。はっきりと答えを出せない」
「答えは出てるっスよ。黒子っちはオレが好き。オレも黒子っちが好き。両思いじゃないっスか」
「それで黄瀬君は納得してます?」
「これからオレの家に来ないっスか?」

黄瀬は「今日は家に誰もいないっス」と付け足した。
どういう意味の誘い文句か分からないわけではない。

「嫌っすか?」
「いいえ。……黄瀬君は嫌じゃないですか?」
「嫌なら誘うわけないじゃないっスか。…………自分の心がよく分からないんだったら身体の反応を見ればいいっスよ」
「短絡的ですね」
「わかりやすいと思うっスけど? オレ全然負ける気ねえっスわ」

そう言って勝気に笑う黄瀬は良い男と言わざるえないが、黒子には疑問しか湧かない。
どうして黄瀬がこんな風に自分に対して執着しているのだろう。
気持ち自体は嬉しくても納得いかないわだかまりのようなものが黒子にはあった。

(黄瀬君の気持ちを疑っているんでしょうか)

愛されている実感、なんてものを得られたのなら黒子の気持ちは固定するのだろうか。
嫌いじゃないが好きだという確証がない。
それは真摯な気持ちをぶつけてくる黄瀬に失礼だと思う。
同時に自分が気持ちをぶつけたい相手というのが誰であるのか考える。

『黒子はただ受け止めて欲しいだけなんだろうね』

赤司は指先の上でボールを回しながら言った。

『ボールに託して気持ちを投げてる。この場所、コートの中だけが繋がりだと信じてる』

その指摘は黒子の心を打ち抜いていた。
だから安心もしていた。

『オレは分かってるからお前を傷つけたりなんかしないよ』

甘ったるい囁きは少しばかり毒がある。
黒子の弱点など知っていると赤司は口にしているのだ。
何かがあればそこを責めればいいと分かっている。

『孤独は怖いね? だから、不思議の国のアリスは白ウサギを追いかける。知らない場所で元の世界とのたった一つの繋がりとして追い求める。分からなければ分からないほど理解しやすい分かりやすいモノに傾倒する』

顔を上げれば黄瀬が黒子を真顔で見ていた。
赤司の言葉を黒子は咀嚼し切れない。
胸に不安を投げかけてそのまま放って置かれている。
赤司本人になら簡単に取り除けられるだろう不穏な気配。

「怖いっスか?」
「………………はい」

分からないとは黒子は言えなかった。

「失っていかないといけないんですね」
「得ていくんスよ」

黄瀬はそう言って黒子を安心させるように微笑んだが黒子の心を落ち着かせることは出来なかった。
晴れた空に通り雨が降るように心は酷く不安定。
恐れている物がなんであるのか黒子はきっと知っている。

2012/11/10
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