帝光中学時代の赤黒の会話。


隕石が落ちて来てもきっと死なない気がします





人間観察をしているからといって人のことが分かるかといえば、
そんな簡単にはいかない。

「黒子っちぃー」

身体全体で自分はここにいると主張する黄瀬のテンションの上がり方が黒子にはよく分からない。
隣に居た赤司には分かるのか小さく笑った。
蝋燭の炎が揺らめくような静かさにどうしてか黒子の心はざわめく。

「行っておいで」

その声に突き放す響きはなかったが心は少しだけ胸がチクリと痛む。
その理由を黒子は知らない。

「呼んでる」

黄瀬が黒子を読んでいるのは何か分からないことがあるからかもしれない。
教育係としてすぐに駆けつけてやるべきだったのだが、
足は赤司の隣から動こうとしない。

「大丈夫だから、行っておいで」

何が大丈夫なのか黒子は考えようとしたが背中を赤司に軽く叩かれて、ハッとした。
時間にしてわずかだったかもしれないが黄瀬が手を振るのをやめて肩を落としている。
急いで走り寄ってみれば用具の片付け方が分からないという。
毎日のことなのに覚えてないのかと聞けば、
黒子が居ない時は女子マネージャーなどが片してくれるのだと言った。

「ちゃんと自分で覚えてください」
「スタメンになったら、コレ、やんなくていいんスよね?」
「でも今は黄瀬君の仕事です」
「黒子っちがいつも教えてくれればいいじゃないっスか」

数日前までは黒子が傍にいることを嫌がっている雰囲気があったのだが、
一緒に二軍と行った練習試合の後から黄瀬の態度は恐ろしいほどわかりやすく軟化した。
その理由が黒子は良く分からない。
赤司の予想通りなのだろうことは想像に難くない。
だが、もう一歩踏み込めない。
どうして赤司は黄瀬がこういった態度になると分かっていたのだろう。
黄瀬の気持ちも赤司の気持ちも黒子は持て余してしまう。

「なんか重要な事でも話してたんスか?」

探りを入れるような黄瀬に「特には」と黒子は返す。
たまたま隣に赤司がいて、世間話をすることもなく二人して他の部員の練習風景を見ていた。
何も言うでもなく。
端から見たら仲が悪く見えるのだろうか。
あるいは影の薄い黒子の存在自体が目に入らなかったのかもしれない。

「黒子っち?」
「……ボクに赤司君の気持ちが分かるわけがないと思っただけです」
「オレもあの人がなに考えてるのか分からないっスね。逆に分かる人なんて居ないんじゃないっスか」

それは確かにその通り。
振り返って赤司を見れば桃井と話をしていた。
比較的会話をすることが多いだろう桃井すら赤司のことは分からないと言っていた。
誰からも理解されないことは悲しくはないのだろうか。

(そんな領域に居るようには見えませんけれど)

悲しいとか悔しいとか苦しいとかそんな感情を赤司が懐いているとは黒子には思えない。
けれど、まったく思わないでいられるものなのだろうか。

「黒子っち、帰りにマジバに寄ってかない? バニラシェイク奢るっスよ」
「……いえ」

黄瀬の声が少し必死に聞こえたが黒子の視線は赤司から動かせない。
隣にいる黄瀬を見ないのは失礼な気もしたのだが先ほどと同じように身体が動かなかった。
桃井と話し終わった赤司と目が合う。
わずかな変化。
距離のせいで表情などよく分からないにもかかわらず赤司が嬉しそうな顔をした気がした。
思わず赤司の方へ一歩踏み出す黒子を黄瀬が引っ張った。

「黄瀬君?」
「なんか予定あるんスか?」
「……いえ、ありません」
「じゃあ、別に良くないっスか」

一緒に帰ることが嫌なわけではない。
ただ心に引っかかるものがある。
後ろ髪を引かれているというのはこういうことなのだろう。

「黒子っち……」
「黄瀬、さっさと片付けろ」
「赤司君」
「周りが迷惑しているだろう」

近寄ってくる赤司に黄瀬はバツが悪そうな顔をして肩を落とした。

「はいっス〜」
「黒子、少しいいか? 先程、桃井から聞いたが――」

大きなはずの黄瀬の背中が小さくなっていく。
悪いことをしてしまった気がすると黒子は黄瀬を見ながら思っていた。

「……黄瀬が気になるか?」

赤司が言っている言葉が頭に入っていなかったことに気付いて黒子はハッとする。
思わず頭を下げれば面白いものを見るような顔をされた。

「黒子の性質は磁石なのかもしれないな」
「磁石ですか?」
「反発するか惹かれあうかそれは人間誰しもがそうであるのかもしれない。
 オレが言いたいのはコンパスに対する磁石だ。
 指針を持っている人間の方向性を狂わせる」
「それはあまりよくないという例えですか?」
「山の磁場は健康にいいこともあるらしいけれどね」
「はぁ」

言わんとすることがまるで見えない。
赤司の言葉が足りないのか、黒子の知識が赤司とは釣り合わないせいなのか。
全体的に謎かけめいて聞こえる。

「強烈な磁場は他からの電波の受信を阻害して道案内の方位磁石を迷子にさせる。
 黒子は座敷童にはなれても光になるのは無理だろうね」
「……赤司君は子供ですか?」
「黒子のためならピーターパンを気取ってもいい」
「座敷童って淋しいイメージがあります」
「妖精も座敷童も子供にしか見えない。それは純粋だからだ。
 理論づけしないありのままを見たままに受け取れる精神がある。
 だから子供は危険なんだ。
 狂ったコンパスを信じて突き進んでしまう。崖から落ちるまで間違った道だと気付かない」
「赤司君みたいな賢い子供は崖から落ちる前に気付きそうですけれど……?」
「賢い子供はある意味では不幸だよ。
 賢いせいで子供のままに成長しない。大人になれないピーターパン」
「ボクは黄瀬君に悪いことをしましたか?」
「不思議の国の白ウサギを黒子は悪いと思うかい?
 ウサギを勝手に追いかけたアリスの好奇心が悪いかな?」
「二足歩行するウサギにビックリしたアリスは別に悪くないはずです。
 だって、初めて見たから驚いただけで……そのうち」
「天才が奇才に対して感じる気持ちを黒子はまだ理解し切れていないね。
 不思議の国のイカレタ連中を前にしてアリスは興味を持ったとしても、やはり白ウサギを追いかけた」
「でも、家に帰りたいって言ったりしてますよ」
「誰だって軽い気持ちで樹海に足を踏み込んで出られないと知ってしまえば嘆きたくもなる」
「恨まれるんでしょうか?」
「……あぁ、なるほど。だから怖がっていたのか」

おかしそうに赤司が笑う。
同い年なのに青峰のような笑顔とは違う。
大人のように静かで子供でしかない無邪気さ。

「大丈夫だ。黄瀬はそう柔ではない。
 ……強すぎて押し切られることを恐れているのかと思ったけど」
「押し切られる?」
「杞憂だったか。オレもまだまだ子供だよ」

肩をすくめる赤司に会話は終わりだと言われている気がして黒子は入口から身体を半分出して見ている黄瀬のところに行くべきか悩んだ。

「行ってくるといい」
「……はい」

赤司が一緒に帰ろうと誘ってくれたら多分黒子は従った。
それは嬉しいからなのか謎かけのような言葉を咀嚼する時間が欲しいからなのか分からない。
黄瀬からの誘いを断って待っていたのに赤司から何も言われないことはそれはそれで納得していた。
別に約束などはしていない。

「オレは磁石によって使い物にならなくなったコンパスを後生大事に持っていたりなどしない。
 けれど、オレ自身が磁石として磁石を引き付けるならそれはそれで悪くない」

赤司が黒子から何かを欲しがっているということは薄っすらと感じられたが、
やはり具体的なことは分からないままだ。

「欲しい玩具を前にして何も言わずに動かなくなるのは子供の特権だろ?」

そんな経験などなさそうな赤司に思わず黒子は「早く買わないと他の人に買われてしまうんじゃないですか?」と振り向いて尋ねてしまう。
図星だったのか酷くらしくない疲れたような顔で赤司は目を伏せた。

「甘えること下手な子供はわがままな子供に全部持って行かれてしまうんだろう。
 それは……仕方がないことだ」

諦めたような声音に黒子の胸は軋む。
自信満々に見える赤司が小さく見えるせいかもしれない。

「赤司君、一緒に帰りませんか?」
「方向が違うだろ」
「……そうですね」

あっさりと言われて肩透かしの気分になる。

「黒子はそれでオレが喜ぶと思った?」
「そういうわけではないんですけれど」
「黄瀬はそのぐらいで幸せの絶頂だろうね」
「なんででしょうね」
「分かっているだろ。……いや、過程が理解できずにいるから結果を飲み込めないのか」
「赤司君は分かりますか?」
「磁石が磁石である理由なんかない。
 コンパスが狂ってもそれは磁石の責任とは言えないね」
「ボクはそんなつもりないんです」
「……黒子、人がそれを何と呼ぶか知っているか?『魔性』だ。
 常識という名のコンパスを狂わせてしまっても崖に転落したりしないように導いてやればいい。
 その気があるならね」
「赤司君が……赤司君がボクを黄瀬君の教育係に」
「性格が悪かったことは認めよう。
 オレを狂わせた磁力の強さを知りたくなってしまったんだ」

それは随分と勝手な言い分に聞こえた。
理解し切るには黒子には時間が必要だ。

「二人してなに話してんスか」

不満気な黄瀬に黒子は何というべきか赤司を見る。
涼しい顔は「オレと黄瀬の人間性についての話だ」と赤司は言った。

「二人とも決めた相手の赤い糸が自分に繋がっていなくても糸を切って自分へと結び直すだろうと話していた」
「あぁ、それは確かにそうっスね。決められた運命なんかより自分が感じたものの方が信じられるっス」
「……少しわかりました」

赤司に対して不敵に笑う黄瀬に黒子は小さく頷く。
心の中にストンと落ちてきた答えをそのまま口に出す。

「二人とも、隕石が落ちて来てもきっと死なない気がします」
「隕石が落ちて来てもオレと黒子を避けてくるだろうね」
「隕石って大体燃え尽きるんすよね? 黒子っちと一緒に流れ星に願い事っスね!!」
「強いですね」
「そうでもないけどね」
「どうっスかね〜」

三人して並びながらいつの間にか誰もいなくなっていた体育館を後にした。
空には大きな月が浮かび、星の光をかき消していた。



2012/11/08
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