帝光中学時代の薄暗い系、赤黒。


絶対的インプリンティング
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――帝光中学三年、夏。


 赤司は眠っている黒子の髪を撫でながら口元を緩めた。
 愛情が分からないわけではない。心がないわけではない。何も感じずに生きているわけではない。けれど、信じているわけでもなかった。何かを信じ切ることなど出来ない。
「テツヤ」
 名字ではなく名前で呼んでみる。大した意味はなかったが思いついたことは面白い気がした。黒子の寝息を聞き続けるのはそれはそれで魅力的だったが赤司は揺り起こす。新しいことを始めるタイミングはいつでも誰にとっても唐突に感じる。やり始めた本人にすら。
「テツヤ、ほら、起きな」
 口に出すと意外に馴染む気がする。もっと早く呼んであげても良かったかもしれない。赤司は「テツヤテツヤ」と呪文のように繰り返す。その内、黒子は薄く目を開けた。
 寝ぼけているのか「あと五分だけ」とむにゃむにゃと口にする。愛らしいと思ったが体育館で寝転がるのは問題外。
「風邪を引く」
 軽く頬を叩けば黒子はすぐに目覚めた。赤司の眼をもってすれば何処に触れれば眠った意識を引き上げることが出来るのか簡単に分かる。起こされたことに驚いている黒子に赤司は微笑んで「帰ろうか」と告げた。
 自分がどうして眠っていたのか黒子は忘れたのだろう。
「すみません」
 黒子が赤司に謝ったのは倒れたことに対してか、倒れたせいで赤司の足止めをしてしまったことか。
「黒子が自分を大切にすることが俺のためにもなると思わないか?」
 心配しているのだと伝えれば黒子の怯え方は分かりやすくなった。怯えではない。恐縮してた。
「すみま――」
「ありがとう、だ」
 謝ろうとする黒子の唇を人差し指で押さえる。ちょんっと軽く触れて微笑みかければ黒子の肩から力が抜けた。
「謝罪よりも礼を言うべきだ。その方が言われた方は嬉しいからね。謝らせたくて優しくしたわけじゃない」
「ありがとうございます。でも、迷惑をかけてすみませんでした。もうだいぶ暗くなりましたよね」
「黒子の寝顔を見ていたら時間が経ち過ぎた」
「赤司君のことだから起こそうとしてくれたんですよね?ありがとうございます…………あの」
「睡眠不足のまま練習に出て倒れるなんて正気じゃない。意識が足りない」
「……赤司君には全部お見通しですよね。そうですよね。夜更かしを、しているわけじゃないんです。眠れなくて。寝てるんですけど、いつの間にか起きてて」
「この瞳がなくても黒子の考えていることぐらい分かる」
「そう……ですか」
 翳った表情。少しやつれた頬。濃くなったくま。
「少し休んだ方が良い」
「それは……スタメンから外すってことですか? ボクが使えないから」
 引きつった声は切羽詰っていた。
 そっと自然に赤司は黒子の頬を撫でる。
「自分の状態が分かるか?」
「すみません。……最低だと思います」
 拳をぎゅっと握った黒子に赤司は告げる。
「その謝罪は何に対してだ。俺の言葉に意見しようとしたことに対して? 体調管理が疎かになっている現状に対して? 困ったことがあるのにキャプテンに報告しないことに対して? 全部だって言うならお仕置きをしないといけないかな。もう二度と同じことが起こらないように教育しないとならない。そうだろ?」
「……三軍に降格ですか? 退部、ですか?」
「そんな無意味なことをするわけないだろ」
 赤司の考えが読めずにいるからか黒子はどんどん不安そうな顔になっていく。必死に何かにしがみつこうとしているようで決めあぐねているその姿は悲しくなるほど愛おしい。半年前まで明るい顔でバスケを楽しんでいたとは思えない姿だ。憐れだからこそ慈しみたくなる。閉じ込めたくなる。自分だけのものだと刻み付けてやりたくなる。手酷く扱っても優しく抱きしめても簡単に黒子は自分のモノになるだろうと赤司は確信していた。
 黒子の心がそれだけ罅割れてしまったのが感じられたのだ。苦しいと、痛いのだと悲鳴を上げているのは身体よりも先に心の方だ。
「テツヤ」
「は、はいっ」
 目を見開いて赤司の言葉をちゃんと聞こうとする黒子は優秀だ。なんだって信じて、なんだってやってくれるだろう黒子の健気さに赤司の口元は緩まる。同時に振り払って欲しくもあった。気が強い黒子が自分が弱っていることに気付いて一人で立ち直る姿、それはきっと感動的だ。
「どうだとしても面白い結果になる、きっと」
 赤司の言葉の意味が分からないのだろう黒子に口付ける。
 男同士だというのは別に気にならない。バスケの性質上、大柄な男ばかりの部員で構成されていたが彼らを仲間だとは思うが、こういった対象にはならないかった。ある意味ではキセキの世代と呼ばれて一括りにされる五人は同じものだからだ。
 赤司は自分のことを過大にも過小にも評価するつもりはない。事実だけをただ集めていた。
「あの……」
「なに?」
「――赤司君はどうしてボクにこういう事をするんですか?」
「こういうって、どういう?」
「キス、とか」
「嫌だった? もうしないから怒らないでくれ」
 濡れた唇を押さえる黒子に背筋が震えて赤司は微笑む。
「いえ……怒ってないです。赤司君、ボクが怒ってるなんて思ってないですよね?」
「これから怒る可能性はあるかと思ってるよ」
「本当ですか? 怒るってボクが、赤司君に? 赤司君がそんなことをするなんて考えられません。怒らせたいんですか?」
「さあ? 答えは自分で出すんだ。黒子の気持ちなんだからテツヤが把握してなくてどうするんだい」
 また、口付ける。
「テツヤ」
 更に深く舌を絡ませ、唾液を啜り合う。
 黒子の身体に入っていた力がゆっくりと抜けていく。
 身を任せてくる黒子の存在が単純に愛しいと思えた。
「途中まで送ろう」
 赤司の申し出に黒子は恐縮したような態度を取った。
 もう少し砕けて遠慮なく甘えて来ても楽しいかもしれない。黒子の赤司への態度は一歩引いていた。
 青峰へのモノとは違う。
 黄瀬へのモノとも違う。
 緑間へのモノとも違う。
 紫原へのモノとも違う。
 比較したいわけではなったが比べずにはいられない。
「黒子は俺が怖い?」
 コロコロと変わる自分の呼び名に分かりやすく反応している黒子が愛しかった。
「そんな事はありません」
「でも、怯えてる」
「風が冷たいんです」
 バレバレの嘘を吐くのは精一杯の虚勢。はぎ取ってやりたかったが赤司は触れないで置くことにした。
「答えが出たらちゃんと教えに来るんだよ?」
「怒らないままなら」
「それはそれで構わない。切り札は先に出した方が負けだ」
「……怒ることがボクにとっての切り札なんですか? 赤司君に対して?」
「それを俺に聞いてしまうあたりが黒子の浅はかなところかな。切り札は隠しておくものだよ」
 赤司は黒子の頬にキスをした。
「どういう風に赤司君に怒ればいいんですか?」
「切っ掛けがあれな人は思いもよらない行動をとる」
「それを見たいんですか? ギリギリの状態の駆け引き」
「俺の読みが外れることはそんなにないからね」
「つまらないんですか、バスケ」
 肩を落とす黒子を赤司は抱き締めて背中を撫でた。
「そこまででもない」
 キセキの世代の全員が薄々感じ始めている閉塞感。
 自分達以外に自分達に敵う者はいない。
 敵がいないという状態がもたらす退屈な停滞。
「ハリがないゲームは味気がないものだ」
「みんなより強い人もいつか現れますよ」
 祈るような黒子に赤司はあり得ないと内心で返事をする。
 自分達よりも強いものの存在など赤司は想像できない。
「いつかの話をいまするのは無益だ」
「そう、ですね」
 誰かと似た会話でもしたのか諦めたような黒子の反応に面白くない気持ちになる。赤司を見ているのではなく赤司越しに苦いものを思い出している。
「黒子にはまたロッカーの中に入ってもらいたい。今回は長くなると思うけど平気だね?」
「それで赤司君が楽しめるなら」
 先程、口にした「面白い結果」に繋がる行為だと判断したのだろう。黒子のそういった聡い部分は美点だと赤司は静かに評価した。


発行:2012/10/07
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