帝光2年の初夏(梅雨)ぐらい。

例えばこんな雨降りの日


雨で憂鬱になるのではなく、憂鬱だから雨にこだわるのだ。
傘を持っていない時に限って濡れることが確定的。
嫌になる。

「黄瀬君?」
「黒子っちと緑間っち……」

性格が合わないと言いながら二人は割と仲がいいと黄瀬は思う。
二人ともが意地っ張りの負けず嫌いで譲らないからこそ合わない。

「似た者同士なんスかね」

二人してカエルのレインコートを着ているそのことに対してではない。
緑間に何を言っているんだという顔をされたが黄瀬は「準備万端でいいっスね」と外を見る。
雨はやむ気配がない。
この中を歩いて行くのは嫌だ。

「青峰君は?」
「走って帰りました。濡れても気にしないんスね」
「大丈夫でしょうか」
「馬鹿は風邪を引かん。それよりも黄瀬は何をしている」
「誰かを待ってるんですか?」

聞かれて、小雨になったら帰ろうと思っていたらどんどん激しくなったと肩を落とす。
青峰を追いかけて一緒に帰ってしまえば良かった。

「誰か女の子の傘に入ろうと思ったわけじゃないんスけど」

どちらにしても誰も通らない。
一人淋しく突っ立っていただけだ。

「こんな時間だから当たり前だ」
「二人は何してたんスか?」
「赤司君とちょっと話してました」

二年の春にバスケ部に入ったばかりの黄瀬にとって赤司の存在は謎だった。
すごさは見れば分かるのだが、そういうことではない。
最初っからバスケ部にいる黒子や緑間や部員一同がとる赤司に対する敬意が分からない。
バスケ自体に興味があったわけではなく青峰のプレイに感動して入部した黄瀬としては不思議だったのだ。

(不思議って言ったら黒子っちのことだって最初は……)

溜め息を吐く黄瀬に黒子が緑間の名前を呼ぶ。
仕方がないと言うように緑間が自分のカバンから傘を取り出した。
折りたたみ傘を持っているのに黒子とお揃いのレインコート。
どうしてなのか。カエルだからか。

「今日の蟹座のラッキーアイテムは緑のコートなのだよ」
「ボクたちのレインコートは赤司君が貸してくれたんですよ」
「だから、オレの傘を仕方ないから黄瀬に貸してやろう」
「…………ありがとうございます」

偉そうな緑間の態度に若干ムッとするものの、いつものことだ。
黒子に「行きましょう」と手を引かれて何だか心が温かくなる。
雨の冷気の中に居すぎてしまった。

服がぬれるのが煩わしくて立ち止まっていたのではない。
目の前で走り出した青峰に驚きながら追いかけようと思わなかった自分に黄瀬はショックを受けていた。
黒子なら、桃井なら、きっと黙ってあるいは文句を言いながら青峰の後を追っただろう。
青峰は振り返らなかった。
別に黄瀬がついて来ても来なくてもどうでも良かったのだろう。
そのことに傷ついている自分が悔しかった。

「黒子っちだったら迷わず追いかけられそうで」

比較してしまった対象もなんだかおかしなものだった。
緑間と黒子がお揃いレインコートに身を包んでいる光景もなんだか胸がざわついて苦しい。

「雨の中で走ると転びますよ」
「転ぶな。ガキか!」
「水溜りっていうのは案外危険な場所なんです」
「黒子はもう少し自分の体力を考えた方がいいのだよ」
「避けられない水溜りが家までの帰り道にあるんですよ」
「だから黒子っちは長靴なんスね」
「みずがめ座は黒の長靴がラッキーアイテムだったのだよ」
「黒、ですか。ボクは赤ですね」
「交換するか?」
「サイズ違うじゃないっスか!! もう今日も終わるんだからこのままでいいっスよ」
「なぜ黄瀬が決める」

黒子もどうでも良かったのか気にせず歩いて行く。
緑間、黒子、黄瀬の順で横に並んで歩くのはこの頃はよくあることだった。
青峰は基本自由なので急にいなくなったりする。
好きに寝て、起きて、食べて、バスケをして楽しそうに生きている。
羨ましい。
それで何でも手に入れているあたりが、特に。
隣にいる黒子の横顔からは何を考えているのか全く分からない。

「雨ってダメなんですかね」
「酸性雨ではダメなのだろうな」
「かわいそうですね。来年は綺麗に咲くと良いんですけど」
「お前にそんな感性があったのは驚きなのだよ」

馬鹿にしているのでもなく感心しているような緑間。
二人が何の会話をしているのか黄瀬は置き去りにされて掴めない。
いつもなら「わかるように話してください!」と泣きついたかもしれない。
今はどうしてか出来ない。
言葉が喉奥で詰まっている。
雨の雑音が酷い。

「寒いですか?」

傘を持っている手を黒子に握られてビックリする。
緑間もおかしなものを見るように黄瀬を見ている。
二人とも心配してくれているのだ。不器用でも、確かに優しい。

「いや、いやー、なんか」

笑って誤魔化そうとしても上手くいかない。
言いたいこと、言えないこと。
したいこと、したくないこと。
されたいこと、させたくないこと。

「今日はオレなんか変なんです!!」
「変なのはいつもなのだよ」
「風邪ですか? ……黄瀬君、ちゃんと傘を差した方がいいです」

言われて黄瀬は自分が傘を黒子に掛かるように差していることを知る。
自分の左の肩がずぶ濡れだ。
元々、折り畳みのせいで大きな傘ではない。
それでも、傘を貸してくれた緑間に申し訳ない。

「緑間っち! 傘は明日返します。オレはこれで」

急に走り出す黄瀬に「なんなのだよ」「転ばないで下さいね」と後ろから聞こえてきたが、それだけ。
走って黄瀬を追いかけてこようとはしない。
そんなものだ。そういうものだ。

「だって……友達だもんな」

黄瀬は座り込んでしまいそうな脱力感に見舞われた。
自覚してしまったのだ。
連想したことに対する色々なことへの衝撃の理由。
青峰の行動に対して黒子が思うだろうこと。
赤司と一緒に話している黒子に対して。
緑間と二人でカエルのレインコートで帰る黒子。

一緒に帰ろうと誘ってくれた黒子を振り払ってまで心の整理を黄瀬は必要としていた。

例えばこんな雨降りの日に抱き締めたい気持ちをぶつけていいものか、立ち尽くして考えていた。
冗談じゃなく本気でぶつかって、そしてどうなるのだろうか。




2012/06/30
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