遭難刀山姥切長義 | ナノ

▽ プロローグ


 正史から外れたはずの『あってはならない歴史』というのは、政府が全て観測できているわけではないのかもしれない――と、とある個体の山姥切長義は時折考える。歴史修正主義者たちはもしかしたら、自分たちの気づかないうちに歴史を改変してしまっているのではないか、と。それが正史として塗り替えられてしまった世界だって、どこかにあり得るのではないかと――。
 とはいえ、そんなことはあってはならない、あったとしても認めるわけにはいかないのが今の政府だ。あり得るかもしれない、という可能性は考えていたとしても、それを正し、彼らを滅ぼすのが使命なのである。
 顕現してから己の役割や人としてのふるまい、そして政府の役目、刀剣男士の在り方――いろいろなことを学び政府の事務室に勤めながらもそのようなことを考えることがあった『とある個体』の山姥切長義は、他の個体にその話題を何気なく話してみても、「あったとしたら大惨事だな」「まあありえない話ではないけどね」などと塩っぽい対応で撥ね付けられることに少し不満を感じていた。ただ、政府に顕現され、政府に勤め続けている立場ではその対応も仕方のないことであるとは言える。彼らは審神者以外に顕現され、人の身を得てからも戦場を知らない――いわゆる現場を知らない刀剣男士である。そんな『もしも』の空想を語るよりも、各本丸から上がってきた報告書や歴史修正主義者の動向を探ることや新規審神者の審査や力を借りられる刀剣の選定をする――といった、机の上に積み重なる大量の書類を片付けるほうが大事だったのだ。
 訓練で己を研鑽することはできても、戦には未だ出られない。そのことに対して不満を持つ山姥切長義も少なくはなかったが、今はまだその時ではない、という言葉を掛けられ続け、政府の用意した仕事をこなすばかりの日々が続く。
 そしてようやく、つい先日決定した聚楽第の調査において山姥切長義は監査官として任命され、いよいよ各本丸へ配属されることになった。
 政府にて顕現したうちの一振りである山姥切長義もまた、同じようにとある本丸に監査官として派遣されることになったのである。

『――山姥切長義、あなたが派遣される本丸が決まりましたよ!』

 政府の管狐・こんのすけが目に弧を描いてぽてぽてと近寄ってきて、嬉しそうに知らせを口にした。それを聞いて、長義は眉間に皺を寄せて眺めていたパソコンのモニタから視線を外してふっと表情を緩めた。

『ついに、か。資料をもらえるかな』
『はい、こちらになります。審神者名は■■、■■■■と呼ばれている本丸です。相当に実力のある本丸と聞いていますので、今回の調査でもほぼ確実に参加するはずです。となれば、あなたは監査官として同行をすることになるでしょう。その後あなたは、そのまま■■■■本丸に配属される可能性が高いのではないかと』

 こんのすけから渡された資料をぺらりとめくり、その情報を頭に入れていく。この戦いが始まったかなり初期に就任し、その実力を磨き続けている本丸だ。抱えている刀剣の練度も申し分なく、これならば調査に行かない理由がないだろう。
 初期刀の欄に忌々しい名前の表記を見つけた長義は一瞬眉を潜めたが、それは今は些末なことか、と顔を上げて、こんのすけに向かって上機嫌に声を掛ける。

『へぇ、ついに政府ともお別れということかな』
『おそらくそうなるでしょう。うう、この事務室もさみしくなりますね。達者で、山姥切長義』
『短い間だけど世話になったね。まあ、この本丸に配属された暁には、もしかしたら政府に来ることもあるかもしれないよ。用事があれば来ることもある』
『そうですね、きっとまたどこかで会えるでしょう。では、あと二週間、みっちり働いてくださいね!』
『……もう事務仕事はごめんなんだけど』

 ――という会話を交わしたのは二週間ほど前、そして聚楽第調査の通達のために例の本丸に派遣されたのは一週間前。
 他の監査官を勤める刀と同じく、放棄された世界の調査に乗り気の本丸であれば調査に同行、それ以外であれば政府へと帰還して、これまでと同じように人の身を与えられたままあの事務室に戻って働いていくか、わずかな確率でまた刀に戻されるか。なんにせよ、これからもきっと山姥切長義としてどこかに所属または保管されて過ごすのだと思っていた。
 そう、山姥切長義は、そう思っていたはずなのだ。なのに――

「どうして……こうなるんだよっ……!」

 歩きにくい湿り気のある土をゆっくりと踏みしめて歩く。足元の土がずるり滑って転びかけたがなんとか近くにあった木に手をついて、みっともなく転ぶことだけは避けた。それでもあまりに苛立って思わずその木の幹を殴ると、上から小さな虫と葉が落ちてきて髪に付着した。それを更に苛立ちながら手で素早く取り払う。

「くそっ」

 そして見上げれば、背の高い木々が蓋をしている森の中。隙間からは爽やかな青色が覗いているが、その空はあまりに遠い。鳥が不可思議な鳴き声を上げては木々のざわめきがコーラスを奏で、どこかで木の実が落ちて潰れる音がした。

 彼は山姥切長義。
 政府直属の刀剣男士で、特命調査の監査官――と、なるはずだった刀剣だ。



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