短編 | ナノ

刀拾いました肆 番外編サンプル

 僕は、燭台切光忠。森で迷っていた女の子、ちゃんに拾ってもらって、無事に本丸に帰還した刀だ。森に放置されていたときはもう本当に駄目かと思ったけど、こうして拾ってもらえるなんて、刃生捨てたものでもないよね。最初は怪しく思って斬ろうと考えたりもしたけど、今ではとても大切な女の子だ。斬るだなんてとんでもない。
 ちなみに僕はこの本丸では結構な古参の刀で、練度も高い。確か審神者が顕現させた初めての太刀で、本丸に来たのも全刀剣の中で五番目以内だったはずだよ。自分で言うのもなんだけど、初期から出陣していたから相当強い方だ。何が言いたいかというと、人の身を得てからの戦ってきた期間が長くて、その分人の身での生活経験も長いんだ、ということだ。最初は人の心や感情がよくわからなかったりもしたけど、顕現してから長いから、色々なことを学んだと思う。
 それでも、人の心というのは本当に複雑で難しいものだと、最近は痛感することが多い。 僕は、僕を拾ってくれた命の恩人、ちゃんにとても感謝している。最初は純粋な感謝だけだったけど、最近ではできればずっと一緒に居られたらいいな、と思うようにもなってきた。でもそれは、もしかしたら人という存在そのものが恋しくてこうなっているのかもしれない、とも思うんだ。長いことあの冷たい森に放置されて、人に触れていなかったから。僕のこれが恋という感情なのかはよくわからないけど、一緒にいたいと思うのは事実だ。
 だから、顕現してからはずっと、ちゃんの傍に居ることが多い。とある一日を、少し振り返ってみようと思う。

 ――朝だ。まだ少し暗いけど、僕はゆっくりと起き上がる。そして出来るだけ手早く、身だしなみを整える。やっぱり常に整えておかないといけないよね。折角人の身を得たのだから、ここはこだわりたいと思っていた。それに、ちゃんにかっこいいと思ってもらえたらもっと幸せかもしれない。
 身支度が終わった。そろそろ、朝餉を作り始めよう。厨に向かわないとね。今はちゃんと鶴さん、後藤くん、薬研くん、長谷部くん、そして僕の五振り、とだいぶ数が増えたから、前よりも作る量が増えて大変だ。でも昔に比べれば相当楽な数だ。なんせ四十を超える刀の食事を、数振り程度で作っていたのだから。ちゃんはよく手伝います、と言ってくれるけど、六人なら一振りでなんとかできる範囲だよ、と言って、手伝いは断っている。
 厨に入り、昨日のうちにある程度仕込んでおいた具材を冷蔵庫から出す。ここの厨は、昔の技術と現代の技術がごちゃ混ぜになっていて少し落ち着かない見た目をしていた。
 代わり映えしない献立をどうにかできないかと考えながら、手を動かす。さっさと作ってしまわないと、皆起きてきてしまうだろう。
「……」
 少し悩んで、ちゃんのぶんを分けておく。彼女のぶんは、少しだけ特別だ。
 誰も起きていないような時間に起きて、数分だけ厨から消えても、今いる刀はそこまで早起きをしないから、見ている刀は誰もいない。そもそも出陣する必要が無いんだ、あまり早く起きすぎても意味がない。今の状況では、たっぷり寝て休んで、本丸内の捜索や畑仕事に励んだほうがいいからね。
 隠していた小瓶を取り出して、彼女の分の焼き魚にだけ、ほんの少し垂らしておく。焼く時に影響は出ないし、味も変わらないことは試してあるから、その点において心配は無い。
 こんなことは誰にも言っていないし、毎回仕込んでいるわけじゃないけど、気づかれないかなと少しだけどきどきする。彼女はおいしそうにご飯を食べてくれるから本当に嬉しい。どんどん食べて欲しいなあ。ちゃんはここへ来てからずっと僕の作るご飯を食べているけど、もう何食食べたんだろう。今更数えるのは不可能だ、と思うくらいの回数、僕のご飯を食べてくれたはずだ。僕の作った料理やおやつは、どれくらい彼女の身体に入っていったんだろうか。僕の作ったものが彼女の血肉になってあの身体を作り上げていると思うと、とても満たされた気持ちになる。
 さっきも言ったように、ちゃんはたまに「手伝う」と言ってくれるけれど、怪我でもしたら大変だ。前は転びそうになったり、手を切ってしまったときは、本当に心臓を掴まれたかと思うくらい驚いて、心配してしまった。……そういえば、前に舐めちゃった血は、すごく美味しかった。甘美な味というのは、ああいう味を言うんだね。
 それはともかくとして、薬研くんがいるとはいえ、この状況じゃ小さな怪我が命取りになるかもしれないんだ、何もせずに怪我なく健康でいてくれるのが一番だ。だから、何もせずに僕に任せて、ただご飯を食べてくれるだけでいいのに、と思っている。……それに、もし手当することになったら、薬研くんが手当てをするんだろう。あまり、他の刀に彼女を触られたくないと思う。……少しおかしなことを考えたかな。慣れていて知識がある刀に任せるのが一番なのにね。
 最近は特に、必要がないなら、僕以外の人と近くで話したり、触れたりしてほしくないな、と考えるようになってきた。ああ、こんなのは格好悪いな。人で言う嫉妬の感情とはこういうものなんだろうな、と、己の心境を冷静に分析して、僕は心を落ち着かせている。
 そう思うと同時に、僕は自ら彼女に触れることが多くなってきた。元は人に握られ振るわれる刀の身だからか、あたたかい人のからだに触れていると無性に落ち着くというのもあるんだけど、彼女だからこそ触れていたいと思うのかもしれないね。
 色々と考えているうちに、もういつもの朝餉の時間だ。僕はあらかた調理を終えて、ちゃんを起こしにいって、皆も起こしにいって、温かいうちに食べないと美味しくないものだけ皆が揃ってから仕上げて、一緒に朝餉を食べる。彼女はいつも美味しそうに食べてくれるから、本当に作りがいがある。思わず笑顔を向けると、よくわからないが笑っておこう、みたいな表情でちゃんも笑ってくれる。
 今日は僕も畑仕事をする日だ。一緒に作業をしていると、いつもは見られない一面を見れたりして得した気分になる。「燭台切さんはいつもご飯作ってくれるんですから、畑は私に任せておいてくれればいいのに」と彼女はよく言う。それでも、僕は畑仕事が好きだから、半分趣味のようなものだよ、というと、渋々一緒に作業をしてくれるのだ。
 その後は、時間があって体力が残っていれば刀を探したり本丸を探したりする。このときも大抵ちゃんが一緒だ。隣を歩いて執務室を探したり部屋に入ってあらゆる場所を見るときも、一人と一振りのふたりきりことが多い。
 そんな風に熱心に探していても、執務室は未だに見つからない。このまま外に出られなかったらどうするんだろう? と、不安そうにしていることも多々ある。ちゃん本人が気づいているのはわからないけれど、たまにすごく泣き出しそうな顔をしているときだってあるのだ。それを見ると、僕の心が苦しくなる。ずっと一緒に居られると嬉しいけれど、ちゃんが悲しむほうが辛い。彼女には、笑っていて欲しい。辛そうな顔をさせてまで、縛り付けておきたいとは思わない。






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