短編 | ナノ

刀拾いました弐 書き下ろしifルートサンプル

 見知らぬ森で遭難したと思ったら、刀を拾って。よくわからない現象が起きたり明らかに異質な存在と出会って、もう諦めようとした時に話しかけてきたのは、拾った刀だったのだ。



≫ If route



「…………それにしても本当に森を抜けられるのか疑問に思えてきましたね」
『大丈夫、気を強く持って。あと少しだよ!』
「そもそも燭台切光忠、さん? は本当に喋っているのか……? やっぱり私の幻聴なんじゃないですか?」
『い、今信じてもらえないのは仕方が無いけど、正真正銘僕が喋ってるから……!』
「でもなあ……はあ、早く帰りたいですね」

 女は獣道を歩きながらため息を吐く。もう陽は落ちかけていて、そろそろこの森の中を歩くのも厳しくなってくるだろう。何故こんなことになってしまったのか、と何度も考えたが、考えた所で結論が出るはずもない。女は自称刀の言葉を信じてひたすら道なき道を往くことしか出来なかった。

「安全地帯が本当に安全なのかもわからない……ううー、脚が痛い……心も疲れた……もう歩くのやめてもいいですか……?」
『本当にあと少しだから、ゆっくりでもいいから確実に進んでいこう。大丈夫、そこではゆっくり休めるよ』
「でも、燭台切光忠さんは日本刀じゃないですか。なんで日本刀がそんな休めることを知っているんですか……? その休めるは本当に人間基準の休息なんですか? 日本刀基準では?」
『……疑り深いね』
「だってこの状況、なにもかもが非現実的すぎるんですもん……そもそも刀って喋らないし」
 ぶつくさ物を言う元気はあるのか、女は燭台切に疑問をぶつけ続ける。燭台切もなんと説得していいか悩んでいるようだった。
『そうだね、僕らは本来は物言わぬ刀だ。でも信じて欲しい、僕を助けてくれた君に危害を加えるようなことはしないから――』

 燭台切の声は少し沈んでいて、女は罪悪感を覚える。我ながら単純だとは思ったが、申し訳なさそうに言われると好き勝手言ったことに対して非常に申し訳なく思えてくるのであった。

「……すみません、ひどいこと言いましたね、私。今はその場所に向かうしかありませんし、信じます」

 そう言って深く頷くと、燭台切は『ああ、任せてくれ』と短く答えて黙り込んだ。
 その後しばらくは黙々と歩いていたが、謎の森の中を一人で歩いているとどうしようもない孤独感に襲われ、頭の中は悪い妄想で満たされていく。体力を使うのはわかっているが、黙っていると余計なことばかり考えてしまうので女は燭台切に話しかけてみることにした。

「……燭台切光忠さん、ちょっと訊いてもいいですか?」
『うん? 何かあったのかい。いいよ、僕に答えられることならなんでも。あと、名前を全部言うと長いだろう? どちらかだけでも大丈夫だよ』
「え? じゃあ、えーっと……じゃあ燭台切、さん?」
『……うん、今後もそれで大丈夫。それで何かな?』
「あの、言いたくなかったら別に答えていただかなくても大丈夫なんですけど……燭台切さんってどれくらいの間この森に居たんですか?」

 訊いてもいいものか迷ったが、どうしても気になったのだ。拾った時、かなり汚れていたことからかなり長いことこの森に放置されていたに違いない。ただの好奇心からこんな質問をしてもよかったものか――と、訊いたあとに激しく後悔する。
 やや間があったが、燭台切からはあっさりとその答えが返ってきた。

『なんだ、そんなことか。気にしなくてもいいのに……そうだな、もう十年を超えた当たりから数えるのはやめちゃったけど……多分八十年くらい経っているんじゃないかな?』
「は、はちじゅ……!?」

 予想していたよりも、ずっとずっと長い。というか、八十年も野ざらしにされていた割には綺麗な状態だと言えるだろう。

『はは、人間の感覚からするととっても長いかもしれないけど、僕らはモノだからそうでもないよ』
「えっ、いや、でも、ええ? 八十年って百年の八割ですよ!?」
『お、落ち着いて……』

 混乱してしまったのかよくわからない返答をする女に、燭台切はなだめるような声色で返してくる。おそらく顔があれば、困ったように笑っていただろう。

「人間でいえば傘寿……! おじいちゃんですよ!」
『それもそうだね。もっとも、人間の何倍も生きている……といえるのかな? 何百年も刀で在り続けているから、そう言われてもしっくりこないなぁ』

 燭台切は笑っているが、女の頭は混乱しっぱなしだった。しかしはたと我に返ると、顔を青ざめさせる。

(中略)

 黒手袋に包まれた大きな手が、女の手から燭台切を手に取る。

「顕現するのは、本当に久しぶりだよ。……大丈夫かい? そのままだと顎が外れちゃうよ」

 彼はそう言うと、心配そうな顔で女の頬を一撫でする。

「…………どちら様で?」
「おっと、ごめんね、僕としたことが。僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって斬れるんだよ」
「えっと……その……はい?」

 女はしばらく困惑したまま、にっこりと笑う燭台切光忠を名乗る男を見つめていることしかできなかった。



 十数分後、事情を説明された女は眉間にしわを寄せながら頷く。

「なるほど。歴史改変を防ぐため、あなた方刀剣が人間の姿になって戦っている……で、ここは刀の皆さんが集まっていたけど、審神者さんがここを捨てていって、他の皆さんも行方不明になったり折れたりしてしまった、と」
「ああ。……僕らはある程度仲間の気配を感知できるんだけど、ここにはもう誰もいないみたいなんだ。もちろん審神者も―僕らの元・主も居ないよ」
「そう、だったんですね……」

 なんとも現実離れした話をされたが、目の前で起きた現実のほうが虚構じみている。突飛な話だが、信じざるを得なかった。刀が人間の姿で現れるなどとても信じられないが、頬をいくらつねってもじんじんと痛む。これは、夢ではない。

「じゃあ、今ここにいるのは燭台切さんと私だけ?」
「そうだよ。君と僕だけだ」

 その言葉にとてつもなく寂しさを覚えて、女は思わず顔を歪める。燭台切にとって仲間といえる存在がもうここには居ないのだ。折角戻ってくることができたのに、これはあんまりな仕打ちであろう。同情なのか、もし自分がそんな状況になったら―と重ねてしまったからなのか、女の目にじんわりと涙が浮かんでくる。

「っご、ごめんなさい」
「……どうして君が謝るんだい?」

 燭台切は心底不思議だと言いたげな表情で首を傾げている。

「もし、もしかして、いっそここに帰ってこないほうがよかっただとか、そんなことを思ってたら申し訳なくて……!」
「……そんなことはないよ。確かに他の仲間が誰も居ないのはすごく、寂しいけど……長年過ごしていたところに君と帰ってくることができて、君には本当に感謝しているんだよ。あの森で朽ちていくほうがよっぽど恐ろしいさ」

 燭台切は穏やかに笑いながら、女を落ち着かせるように話す。今の言葉に、どこか引っかかりを覚えたが、何に違和感を覚えたのかわからずに女は途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぐ。

「……それ、なら、いいんですけど。いえ、でもやっぱりごめんなさい……」
「そんな泣きそうな顔をしないで。君が謝る必要なんてどこにもないじゃないか」
「だって、だって、私が帰ったら結局一人ぼっちになるのに……!」

 その一言を口にした瞬間、目の前の刀の空気が変わった気がした。重く、どこか絡みつくような息苦しさを感じる。
 何かおかしなことを言ってしまっただろうか。女はうつむいていた顔を上げて、恐る恐る燭台切の表情を伺った。

(サンプルここまで)






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