短編 | ナノ

みえるもの みてるもの サンプル

 初めて見た時から、多分、特別な何かを感じていたんだと思う。
「僕は、燭台切光忠」
「……!」
「青銅の燭台だって切れるんだよ。……うーん、やっぱり格好つかないな」
「……」
「君が僕の主、だよね?」
「――あ、えっと」

 我ながら最初の一言は無いな、と思ったものである。

「み、右目からビーム出たりします……?」
「……うん?」

 そんなわけのわからない初対面、それが我が本丸最初の太刀・燭台切光忠との出会いであった。
 
   ***

 なつかしい夢を見た。あれは何年前のことだろう。あの時の彼の顔は、今でも鮮明に思い出せる。格好いい顔を台無しにしてしまって、申し訳なかったなと今でも思うのだ。
 ――じ、
 何故私はあんな間抜けな質問をしたのか、自分でもよくわからない。きっと初めての太刀で、色々舞い上がっていて、興奮を表した結果があの言葉だったのだろう。
 ――あるじ
 それにしたってどうして今頃こんな夢を見るのだろう。しかも声付きだなんて、すごく恥ずかしさが増すというのに、こんな耳元で囁かれるようでは尚更―
「主」

「……あれ?」
「おはよう。今日はちょっとお寝坊さんだね、もう朝餉が出来てるよ」
「お、おはよう」
 どうやらこの声は夢じゃなかったらしい。
実際には耳元で囁かれていたようだ、というどちらにしろ恥ずかしい状況だった。
 私は慌てて身体を起こすと、傍で柔らかく微笑む彼に声をかけた。
「え、えーっと、ありがとう。起こしてくれて」
「それが仕事だからね。ああでも、主の寝顔を堪能できたから役得ってやつかな?」
「は、ははは……ハッ、私よだれ垂らしてなかった!?」
「垂れてないよ」
 くすりと楽しそうに微笑む彼は、今日の近侍の刀剣男士、燭台切光忠だ。
「ああでも、ここに糸くずが付いてるよ。ほら」
 燭台切は私の頭に手を伸ばす。髪に何かが付いているらしい。手元に鏡が無い今、自分では確認ができないのでそのまま取ってもらおうと身体を任せっぱなしにしていた。その瞬間である。
「主!」
 障子扉が勢い良く開いて、私の顔は朝日に照らされた。うおっまぶしっ。と思っていたら、私の顔に影が落ちる。どうやらそれに気がついて、自分の身体で影を作ったらしい。
 一体誰が来たのか、と少し顔を上に向けると、それは今しがた見ていた顔、だった。
「おはよう。なんだか出てくるのが遅かったから、『何か』あったのかと思って心配になって来ちゃったんだ。……で、君は今何をしようとしてたのかな?」
「……主の頭に何か付いてたから取ろうとしただけだよ。ところで君、身支度も整えてない主の部屋に無断で入室するなんて、失礼にも程があるんじゃないかな」
「ずっと出てこないんだ、主の身に何か起きていたら心配だろう? ――というか、君が入ってからの時間が長すぎるんだよ。主を起こしたらすぐに退室するべきだと思うな、僕は」
「ふ、二振り(ふたり)とも落ち着いて」
 どんどん険悪な雰囲気になっていく二振りの間に無理矢理割って入ると、二振りはようやく離れた。そして、同時に視線を向けられる。その顔は先程まで言い争っていた二振りとは思えないもので、一振りは心配そうに、もう一振りは少しだけ怒ったような顔をしている。
「ごめんね、主。一振り目の僕が入室してからずっと出てこないから、何かあったのかと気が気じゃなかったんだ……何も無くてよかったよ。ああそうだ、どうせなら僕が髪を整えようか? 昨日練習したんだ、よければ試させてほしいな。きっと君に似合うよ」
「主、やっぱり二振り目の僕は離れあたりに住まわせたほうがいいと思うんだ。今日の近侍は僕なのに、彼は毎回割り込んでくるだろう? 僕は僕なりに君のことを考えて仕事をしているんだから、こうして邪魔されるとすごく腹立たしいんだ」
「あー、うん、えっと」
 私はどもりながら視線を二振りから外す。どうしたものかとあー、うー、と視線をあっちこっちにやっていると、同じ顔の、違う表情をした二振りが同時に口を開いた。
「「主?」」
「き、聞いてるよ。とりあえず二振りとも、一回退室しようか。私、まだ顔も髪も服も全部寝起きのままだから恥ずかしいというか……」
「じゃあ僕は布団を畳んでおくよ」
「そういえば君に似合いそうな髪飾りが」
「ああもうラチがあかないっ! ほらほら出ていこう、気持ちはとっても嬉しいから! 二振りともありがとう!」
 私は何か言いかけた二振りをの身体を無理矢理反転させて、背中を思いっきり押した。一応主である私の言うことに逆らう気はなかったのか、体格差の割にはすんなりと押し出すことができたので、私が流されなければこのまま居座る気はなかったのだろう。
 二振りに部屋から出てもらい、すーっと障子扉を閉めて一息つく。ああ、また二振りに寝起きの間抜けな格好を見られた。しかも見た目に気を使う二振りに見られたのだから、これは女子として絶望的ではないだろうか。
 
 こんな感じで、我が本丸には燭台切光忠が二振りいる。



「ふぅ、今日はこんな感じでいいか……」
 私は身支度を整えると、ゆっくりと自室を出る。辺りを見回しても、燭台切たちは居ないようだ。
(あれ、いない……てっきり二振りで待機してるかと思ったけど。じゃあ朝ごはん食べに行こうかな)
「主、ここの髪の毛跳ねてるよ?」
(と思ったらいた!)
 私は少しだけ肩を跳ねさせた。どうやら少しだけ離れたところに待機していたようだ。
「……どこらへん? あと、びっくりするから一声かけてほしいかな。私の寿命縮んじゃうから、ね」
「えっ……ご、ごめん、君の寿命を縮ませるなんて僕はなんて真似を――!」
「そっそこまでショックを受けなくても!」
 燭台切は顔を青くさせて口に手を当ててよろめいた。そんな本気で捉えなくてもいいだろうに。
「ごめんね、君の命が尽きるまで僕はずっと傍に居るから」
「うんありがとう、で髪の毛のどこが跳ねてるって!?」
 自分で振っておいてなんだけど突っ込むのもなんだかアホらしくなってやめた。私は結構会話が雑なのである。
「ここだよ」と後ろの髪に指を遊ばせている燭台切の顔がすでに復活していることから、彼も単にボケ倒しただけなのかもしれない。主が主なら刀も刀か。
 もう一回寝癖を直しに戻るかどうしようか、と悩み始めた私を、燭台切はじっと見つめている。なんだろうか、と目を合わせると、燭台切は綺麗な笑みを浮かべながら口を開いた。
「主」
「……なに?」
「僕はどっちだかわかる?」
 燭台切は――いや、燭台切たちは、時折こうして問いかけてくることがある。自分は一振り目なのか二振り目なのか、という、どこか遊戯めいたものだ。
「君は、燭台切くんは二振り目のほうでしょ」
「……流石主、正解だよ」
「はは、何度やっても間違えないってば。大事な仲間なんだから、それくらいわかるよ」
 この言葉も、もう何度も口にしているな、とどこか他人事のように考える。
まるで人間の双子がするようなそれを、私が間違えたことは今までに一度も無い。一振り目の燭台切と二振り目の燭台切は、見た目はほぼ同じだが内面は少々違う。
 どうやら、同じ本体を持つ刀剣男士でも性格に差が出ることがあるらしい。
 充分な練度上げと練結を行うことで、最終的に性能に差が出ることはないが、どうも性格だけはそうはいかないらしいのだ。基本的には同じベースを持った刀剣であるので同じような性格になるのだが、その男士が置かれている環境や状況、主の接し方によってかなり異なるものになるケースが確認されている――という資料を読んだことがある。
 我が本丸には同じ本体を持つ刀剣男士はこの燭台切ら二振りのみであるので、ほかのケースは分からないが、なるほど確かに多少違う性格をしているな、と合点がいったものだ。
 そして間違えたことはなくても、私はこの問いかけが少しだけ苦手だった。じっと見据えてくるるその金色の目が、私を試しているような気がしてならない。付き合いの長い一振り目ですら、たまに問うてくる。
 彼らからしたらちょっとした遊びなのだろうと深く考えたことはないが、どこか陰っている気がする金眼の奥にはもっと何か深い意図が潜んでいるような気がして、つい目を逸らしたくなるのだった。
「そうだ、主。今日のおやつは僕が作ろうか?」
「え? まだ朝ごはんも食べてないのに気が早すぎない……?」
「ああ、ごめんね。僕の料理の腕もだいぶ上達したから、早く主に成果を見て欲しくて、つい」
「そういうことか……じゃあ、作ってもらおうかなあ」
 二振り目の燭台切はこの本丸に来たのが少し遅い。
 彼はどこかの時代、どこかの場所にある濃い霧に包まれた里、という怪しさ満点の政府が用意した演習場のようなところで玉を集めると貰うことが出来た、褒美の刀だった。つまり、二振り目は本丸での鍛刀や戦場で拾った刀たちとは違い、政府出身という少し珍しい刀剣男士なのだ。
 そのせいなのか、一振り目とは少し性格が違う。なんというか、ほんの少しだが、幼い。幼いというか好奇心が強めで、私に対してだいぶ楽しそうに接する。だからこそ彼らを見分けるのは割と容易だ、と思っている。
「燭台切くんは色々試すことが好きだよね」
 そんなことを考えていたら、ぽろりと口から溢れてしまう。しまった。口に出す気は無かったのに。
「そうだね。折角人の身を得たんだ、出来ることはたくさん試していきたいし、楽しまなきゃ損だろう?」
「っふふ、確かにそうだね」
 人間の都合で勝手に喚び出しつかっている側としては、こうして楽しそうに過ごしてくれたほうが少しは気も楽になろうというものであろう。楽しそうに目を細める燭台切につられて、私も笑顔になる。
「最初は戸惑ったけれど、もう料理やおやつ作りに関してはだいぶ上達した……って言えるかな。君の食べたいものなら、だいたい作れる自信があるよ」
「それは頼もしいなあ。じゃあ今日楽しみにしてるね……ところで、なんで近侍の燭台切さんじゃなくて、燭台切くんのほうが呼びに来たの」
 そもそも呼びに来てもらわなくてもいいのだが、燭台切たちが近侍の時は必ず私の身支度が終わるまで部屋の前で待機し、その後皆が待つ大広間まで同行されるという流れが当たり前になりつつあった。
「ああ……一振り目の僕は最初梃子でも主の部屋の前から動かないって様子だったんだけど、どうやら厨で事件が起きたみたいで急いで戻っていったんだ。すごく不本意そうにしてたけど、主に変なものは食べさせられないからって、そっちを優先したみたいだよ」
「なるほど。というか、仕事が増えて大変なんだから近侍をやる日くらいは食事当番はしなくてもいいって言ったのに……」
 燭台切は元主の影響を受けているのか他の刀剣男士よりも料理をすることにやや興味があるらしく、一振り目も二振り目も料理当番を自ら進んで引き受けることが多かった。もちろん全員当番制ではあるし、他に料理好きな男士もいるのだが。
「……近侍だからこそ、主の食べるものをしっかり作りたいんだよ。近侍という大任を任された以上、主の身の回りのことは全部請け負いたいからね」
 燭台切は視線を少し落としながら、少しだけ笑みを浮かべて言った。
「う、うーん、そこまでしてもらうほどの人間じゃないのになあ。それにしても、随分はっきり言い切るね」
「僕の考えていることくらいはわかるよ」
「――そっか」
 彼らは先ほど私を起こしに来た時のように少しだけ喧嘩をすることもあるが、こうして自分の仕事を任せたり任されたりする程度には互いに信頼があるらしかった。やはり元は同一の存在なだけあるといったところだろうか。
「さ、みんなお待ちかねだし、食べようか」
 そんなおしゃべりをしている間に大広間に着いていたらしい。おそらくすでに全員揃った広間からは、わいわいと賑やかな声が響いている。
「ああ、またみんなを待たせちゃった……燭台切くん、ありがとう。さて、今日も一日頑張らないとね!」



(中略)


 しばらくは互いに何も口に出さず無言の時が流れていたが、やがて燭台切が神妙な面持ちで口を開いた。
「少し、いいかな?」
「――いいよ、何かあった……?」
 どうもこれから明るい話をするわけではなさそうだ。私は背筋を伸ばして、真面目な表情を作り燭台切に向き直った。
 少し言いづらそうにしていたが、燭台切はおずおずと口を開く。
「一振り目の僕って、主に結構執着しているように見えるよね」
「あぁ、うん、そんな感じはあるね……」
 私は動揺が悟られないように、少し目を逸らしながら答えた。先ほどまで自分でも少し考えていたことを、まさか同じかたちを持つものの口から聞くとは。
「それだけじゃなくて、何か抱えているようにも見えるだろう?」
「う、うん」
 私は戸惑いながら頷いた。最近の一振り目は、時折怖い。まさに先ほどその一面を見た。……昔から叱るときは結構怖かったが、近頃は少しだけベクトルが違う、気がする。
「それで、主と一振り目の僕の間に何かあったのか、少し気になってね。もし僕が君を傷付けるようなことがあれば、同じ燭台切光忠として許せない――」
「ち、違うよ! むしろ傷つけたのは私の方で……!」
 はっとして口を紡ぐ。あのことは、あまり他言しないほうがいいだろう。例え同じ燭台切光忠であっても、だ。
「主?」
「……いや、なんでもない。とにかく大丈夫、燭台切くんが心配してるようなことは何も無いよ」
「ならいいんだけど」
 燭台切は私を心配そうに見つめている。
「でも、彼の様子が少しおかしいのは事実だろう? 原因があるはずだけど……何か、思い当たる節はないのかい?」
「まぁ一応は……」
「―あるんだね?」
 燭台切の瞳はまっすぐ私を見据えている。そう、あるのだ。
「君さえよければ話してくれないかな」
「えっと、その……ですね……燭台切さんって、練度が上限まで上がって、練結も終わってるのは知ってる?」
「もちろん。悔しいことに、まだ彼に勝てそうにないんだよね……」
 刀剣男士たちは戦場で経験を積むことで強くなってゆくのだが、その目安として数値が設定されていた。上限は九十九である。一振り目はすでにその上限まで達しており。二振り目は六十半ばといったところだ。
「うん、それでね、この本丸ではその練度が上限まで上がった男士はちょっとおやすみしてもらって、まだ経験を積んだほうがいいなっていう男士を第一部隊に編成して出陣してもらってるんだけど」
「僕も最近はよく出陣するしね」
 合間合間に相槌を打ちながら燭台切は聞いている。
「そういうわけだから燭台切さんは結構長いこと出陣はしてなくて……その、遠征も行ってないんだよね」
「うんうん……えっ?」
「その、もしかしたら本丸が襲撃される可能性もあるから、強い男士に残って貰わないといざという時にまずいかなあと思って、いつも燭台切さんに残ってもらってるんだよね……」
 今までに本丸が襲撃された例は無いらしいが、だからといって今後も無いとは限らないのだ。そう思うと、つい信頼のおける刀を本丸に残してしまう。
「あっ、あとは、さっき本人も言ってたけど」
「まだあるのかい……?」
「う、うん……その、近侍も最近やってもらうことが少なくなった。あ、だから料理当番を買って出てくれることが多いのかな」
「……ごめん、主、それはいつごろから?」
「燭台切くんが来てからちょっと経った頃から、だからかれこれ数ヶ月……?」
「「…………」」
 一瞬、静寂が訪れた。
「それ、君のせいってことに、なるんじゃ……」
「うん、そう、そうだね……」
 改めて言葉にしてみると酷い、と私は顔を覆う。そうだ、私は一振り目の燭台切を蔑ろに扱いすぎているではないか。いくら練度上限で出陣する機会がないからとはいえこれはあまりに酷いだろう。斬ることが本分である存在を、こんな飼い殺しにするなどと―。私はとんでもない外道である。
「っ、今度は出陣してもらうよ……明日にでも。そりゃ、本丸にずっといたら私に対して怒りも生まれるよね……」
「……多分僕としては、それだけで気が立っているわけじゃないと思うよ」
「えっ?」
 燭台切はやれやれといった風にため息をついた。


サンプルここまで

(明るいように見せかけて最後ちょっと不穏なハッピーエンドではない短編です)






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