短編 | ナノ

刀拾いました壱 書き下ろし番外編サンプル部分

番外編 燭台切光忠は拾われる


 僕は、主を捜索するために皆と出陣し、遡行軍との連戦で力尽きた燭台切光忠。今はヒトの身を持たない。本来あるべき姿の、刀のままだ。主に供給された霊力が尽きて、もうヒトの形を保てなくなってしまったから、本丸の外のとある時代で、あるべき姿のままそこにある。ただ、そこに存在している。
 森の中は今日も暗く、何も動かない。ここにはなぜだか、動物が一切近寄ってこない。遊び道具にされて折れるだなんて無様な結末は迎えたくはないから、幸運ではあるのだろう。それにしたって、本当に何も動かない静寂しかない空間だった。実はここだけ時間が止まっていて、歴史上から切り取られているんじゃないか、とすら思う。でもそれはありえない。なぜなら、ここには植物は生きていて、それらはゆっくり、ゆっくりと僕の身体を蝕むように絡めとっていくからだ。締めつけるように、ここに縛りつけるように。
 ここに来て何年が経ったのか、一応覚えてはいるけどあまり思い出したくはない。というのも、苦い思い出ばかりが蘇ってくるからだ。失踪してしまった僕らの主はとても優秀で、あの主にならずっと尽くしていけると思っていた。きっと他の皆もそう思っていただろうし、今も僕らの本丸が残っているのならそう思い続けている仲間が何振りもいるに違いない。 
 だけど、主は僕らの前から姿を消してしまった。ひっそりと、まるで最初からそこに居なかったとでも主張するかのように。ひっそりと、なのに主張するだなんておかしいか。
 なんにせよ僕らに何も告げずに消えてしまうなんて酷い主だと思う。それでもやっぱり主のことが好きだから、皆は捜索すべきだと言ったんだ。そして一振り、また一振り力尽きていく。
 正直、そんな仲間の姿を見てしまえば、もう主に対しては怒りの感情ほうが強くなる。あの人はどうして僕らを捨てたのだろう。―もし何か事情があったならば、それを説明してからでも遅くなかったはずなのに。いや、もう居なくなった人間について考えるのはやめよう。野暮ってものだ。
 やっぱり、昔のことを思い出すのは辛い。どうしたって暗い気持ちになるだけだ。それもこれも僕がここから自らの意志で動くことができなくなって閉まっているから、これくらいしかやることがないのが悪い。
 それでもふと考えることがある。僕は、残りの刃生をここで終えるのだろうか、と。誰にもつかわれず、もう敵を斬ることもなく、刀としての本懐をまともに遂げられないままに、この暗い森の中で一人錆びて折れる、それが僕の結末なのかと。
 そう考えると、情けない話だけど少しだけ涙が滲んでくる。滲む涙も肉体も最早無いけれど、そのことを考えると心がどんどん死んでゆく。これなら蔵の中で眠っている方がずっとマシというものだった。なんせ、自ら動けなくともヒトは手入れをしてくれる。僕を、刀として大事にしてくれるのだ。それがここではただの捨てられた鉄の塊で、言い換えてしまえばただのゴミなんて。あんまりな刃生だろう。
 もうそのことを考えたくなくて、今日も眠りにつく。きっとそのうち、残り僅かな霊力も完全に尽きてこうして考えることもできなくなって、僕はただの依代となる。もう魂の宿らない、付喪神ではない鉄塊になる。どうせもう誰にも見つけられることはない。ならばいっそ、早くこの意識を手放してしまいたいとすら思う。……今日はもう眠ろう。

 その音は、いつもの風が木の葉を揺らすだけの木々のざわめきかと思った。しかし違う。これは、違うみたいだ。
 僕はもう途切れる寸前だった意識を無理矢理に引っ張り上げて、周囲を見渡す。僕ら付喪神は、肉体はなくともヒトの器があった時と同じように自分たちを立ち上がらせて、周囲を見ることくらいなら出来る。霊力がもう少しあれば、会話だって出来ただろう。
 ――話が逸れた。沈みかけた太陽が僕に少し反射する。そして僕の聴覚は、今まで訊いたことの無い音を拾った。なんだろう。動物だろうか。ここには数年間何も近寄らなかったというのに。……動物でもなんでも、動くものが見れれば少しは嬉しいと思えてしまう辺り、僕はもうだいぶ憔悴しきっていた。
 がさり、がさりと周囲の植物が書き分けられる音が聞こえる。まさか、本当に動物が? それにしては、的確に僕に近づいて来ている気がする。
そして、目が合った。正確には、僕が一方的に見つめた。
僕の近くに来たのは、人間の女の子だった。

 …………。どうして、こんな普通の格好の女の子がここに? そして、女の子とは言ったけどそう幼くもなかった。まあ、僕からしたらこれくらいの歳の女性も皆幼子だ。
そんなことはどうでもいい。何故ここに、人間が? 僕が久方ぶりに見る人間の姿に混乱していると、彼女は僕を恐る恐ると言った様子で握ってきた。柔らかい。確実に戦う者の手ではない。それでも、僕は何者かわからない人間に安々と手を触れられるのを許せる質の人間じゃない。ただ今の僕は悲しいほどに無力で、何も抵抗する手段を持たなかった。
 女の子は手に触れただけでは僕のことが何なのかよくわからないといった表情を浮かべている。数秒の間を経て、彼女は僕に絡まった植物を取り除き始めた。……この数年取れることの無かった僕の身体を這う異物が、一人の人間の手によってどんどん取り除かれていく。少しだけ、戸惑う。土汚れも軽くはたいて落としてくれた。
 そして彼女は僕を両手に取り、まじまじと眺めている。――売りにでも出されるのかな。いや、こんな放置され続けた僕にそんな価値があるのかは知らない。それに見る人間が見ればすぐにただの依代だとわかるだろう。そこまで高い価値はきっと付かない。
さあ何をする気だ、と彼女をじっと観察していると、予想外の一言がこぼれてきた。

「に、日本刀だ」

 …………。これは僕ら刀を間近で見たのは始めて、という反応だ。まぁ、戦いそうにない女の子だしね。そして今はじめて気がついたけど、この子の格好は妙に薄汚れている。まるでどこかから脱出でもしてきて、この森をずっと歩いてきましたとでも言わんばかりだ。
 それとも、どこからか迷い込んだのかな。なんせこの時代の人間の一般的な服装ではない。これは一体いつの時代くらいのものだろう。主の時代に近いのかもしれない。
 そこで僕ははたと気付く。もしこの子が意図的にここへ迷い込んだのだとしたら、それは歴史改変のためなのかもしれない。遡行軍の可能性は大いにある。それか、何も知らない人間を遡行軍が捕えて、その手足にされている、そんな可能性もあるだろう。彼らのやり口を詳しくは知らないからなんとも言えないけど、知らないからこそその可能性も疑ってかかるべきだ。
 自分に対して疑念を抱きはじめる僕の存在を、彼女は感知していないようだ。どうやら、僕がどういう存在であるかはわかっていないみたいだね。審神者や遡行軍ならば、刀だけでもこのかたちを見た瞬間に殆ど理解することが出来るだろうから。つまり捨て石にされた一般の人間か、無いとは思うけど純粋な迷子か。どちらにしろこの格好からして何か事情を抱えていることは確かだ。
 そして、彼女は僕を鞘から抜こうとした。
 やめろ。いきなり現れたどこぞの者ともしれぬ人間が、気安く僕に触れて、あまつさえその刃を振るおうとするなどと、許さない。もしこれ以上おかしな真似をしたら――。
 しかし彼女は、本当に僅かに鞘から引き抜いてすぐに戻した。どうやら、僕が本物の刀かどうかを確認したかったみたいだ。慣れない手つきで恐る恐る僕を戻す。……まぁ、それなら今の行動は不問にしておこう。

「どうしてこんなところに……」

 彼女はぽつりと呟く。それは僕自身が訊きたい、というか言いたい言葉だよ。
 そう呟くと彼女は眉間にしわを寄せて、僕を手にしたまま何やら悩み始めてしまった。その間に観察をする。
 ――格好に関してはやっぱり薄汚れていて、服のところどころがほつれたり土汚れや何かの植物が絡まっていたり、といった様子だ。傍らには何やら大きな箱がある。よく見るとそれには取っ手と車輪がついているところから、あれは物を運ぶ用途があるのだろう。この子が持ってきたものだろうか? 箱を持ち運ぶなんて、この子はもしかしたら商人か何かなのか。いや、それにしたって色々と異質な雰囲気を持っている子だ。
 何かを考えていたらしい彼女が「うぇぇ」と言いながら顔を青くさせている。何か想像したのだろうか。なんにせよ僕を手にしたままあまり変なことを言わないで欲しい。
 しばらく何かを考えこんでいた彼女は立ち上がった。――僕を手にしたまま。
 もしかして、持っていくつもりなのか。一体何をする気なのか、何に使う気なのか。
 そう考えた瞬間、僕は彼女のことを斬ろうとした。でもできなかった。今の僕は意識だけが残る非力な刀の付喪神で、実体がない。それを改めて実感すると悲しくなる。
 どうしたものかと彼女の顔を見る。もし少しでも怪しい動きを見せたら、この身の最期の力を振り絞ってでもなんとか斬ってやろうと思った。――彼女は、どこか泣きそうな顔をしていた。あまり、悪事を働きそうには見えない。仕方がないから、しばらくは彼女に持っていてもらおうか。僕としても、ずっと、ずっと動けないでいたここから移動できるのは悪い話ではない。それに、認めたくはないけど、久方ぶりに人の手に握られるのは、あまり悪い気はしない。彼女の手は、少しあたたかかった。


「何もない……」

 彼女がため息をつきながら、絶望に満ちた声で呟く。
 僕を手にしてからは、特に使う素振りを見せるわけでもなく大きな荷物を片手に、僕を片手に森をうろうろしている。やっぱりこの子、この森に迷い込んだみたいだ。それにしては状況がいまいち掴めない。最初から森に入るつもりならこんな格好でこんな大荷物は絶対に持ってこないだろう。もしかして、何か変わった事情があるのかな。

 その後もしばらく森のなかをうろうろしていたけど、やがてぼろ小屋を見つけた。

「建物、だ……!」

 彼女はぼろ小屋を見つめてぼうっと立ち尽くしている。
 ――大丈夫かい、と口を動かしそうになってはっとする。今僕が話しかけようとしたところでこの子に声は届かない。第一素性の知れない人間にそんな気遣いは無用だ。
 彼女も我に返ったのか、ゆっくりとぼろ小屋の入り口に近づいていった。中から人の気配は感じられないからおそらく無人だろう。彼女はコン、コン、と木で出来た引き戸を叩く。

「どなたかいませんかー……」

 律儀に声を掛けるなあ、と彼女を眺めていると、返事が無いからか中は無人と判断して中に入ることにしたようだった。……結構躊躇いなく扉を開けていたけど、もし中に誰かが潜んでいたらどうするんだろう。この警戒心のなさからして、平和な時代から来たという線が濃厚だろうか。それにしても、もう少し警戒したほうがいいと思うよ。
 中はとてもじゃないけど進んで入りたくなるような状態じゃなかった。すごく埃っぽいし、蜘蛛の巣まで張っている。それでも外よりはいくらかマシかもしれない。
 彼女は疲れてるのか躊躇いなく座り込んだ。けど、運良く玄関先に置いてあった箒で掃除を始めた。流石にこのままの状態では耐えられなかったんだろう。僕のことは、ある程度汚れを落とした大きな荷物の上に置いてくれた。……薄汚れた畳の上にそのまま転がされるのかな、と思っていたんだけど……一応、配慮はされてるのかな。複雑な気分になるね。
 簡単な掃除はすぐに終わったみたいで、女の子は畳の上に勢い良く寝転んでしまった。まだところどころ汚れてるけど、もうそれどころじゃないんだろうな。第一彼女自身が薄汚れているから、あまり意味をなさない掃除だったのかもしれない。

「はあ……なんなんだろう、もう」

 その様子をじっと眺めていると、僕も手に取られて、畳の上に転がされた。彼女が少し近い。もう少し丁寧に扱って欲しいけど、僕を見る目がなんとなく優しかったのであまり邪険にできない。……といっても今の僕では口を聞けないから、邪険にしようがないんだけど。

「……つかれた、…………」

 彼女が深く目を閉じる。そのまま死んでしまうのかと思って、僕は少しだけ焦った。どうして自分が焦ったのかはよくわからない。
 しかし割りとすぐに目を開ける。あまり驚かせないで欲しいな。心臓に悪い。今の僕に心臓という臓器は無いけど。
 しばらく僕を眺めていた彼女は、そっと鞘の部分を撫でてきた。……なんのつもりだろう。それだけにとどまらず。つついたり他の部分を撫でられたり、じっと観察をされる時間が続いた。正直、格好付かない今の僕をあまりまじまじと見てほしくはない。
 しばらくそうしておそらく僕だけが気恥ずかしい時間が続いていたけど、彼女は何かを思いついたとい表情をして身体を起こした。そして、持ってきていたあの大きな荷物を漁り始める。――ああ、その箱ってそうやって開けるんだね。僕が横で眺めていると、荷物から目当ての物を取り出せたみたいだ。そのまま僕のことも再度手にとった。

「失礼しますよっと」

 そして、今度は完全に鞘を払われた。
 何をするつもりなんだ。思わず彼女の首元に手を伸ばして、片手で締め上げるように手を添える。一瞬彼女の顔に何か反応があった気がする。――気がついてる? まさかね。僕は今、顕現出来ていない。
 でも、やっぱり今の僕では何もできやしない。彼女は少し怪訝そうな表情を浮かべたけど、すぐに元に戻って、色々な角度から僕を眺めている。一体何をするのかと殺意を込めて睨みつけていると、彼女が呑気な口調で独り言を呟く。

「おお、本物っぽい……な? よくわからないけど」

 それだけ言うと僕は鞘に戻され、鞘の上から布で拭われた。
 …………。振るうでもなく、刀身に触れられることも無かった。どうやら、僕が本物の刀かどうかを再度確認したかったらしい。なんだか拍子抜けだ。

「手入れ方法とか全くわかんないから申し訳ないけど、一応拭いとくか。今日はお供してくれてありがとう」

 彼女は少し笑みを浮かべ、僕にお礼を言いながら僕の鞘だけを拭う。少し汚れていたから、砂埃などの汚れが布にとられていくのが見える。――人の手で綺麗にしてもらって、しかもお礼を言われるなんて、何年ぶりだろうか。本人が言っている通り雑でちゃんとした手入れ道具ではないけど。……この子、悪い子ではないのかな。
 鞘の見た目だけは少し綺麗になって、僕の意識もほんの少しだけはっきりしてくる。この子のおかげだろう。まだ何者かはわからないけど、とりあえず僕にとって害になる存在ではなさそうだと、付喪神としての直感が囁いている。

「さて、明日に備えて寝るか。なんとかなるといい、な……ふわあ」

 肉体的に限界が来たのだろう、彼女は大きなあくびをして横になった。その前に座布団を横に敷かれて、ご丁寧にその上に置かれた。彼女はもう隣で眠りに落ちている。
正直、どうしたらいいかわからないな……とりあえず敵でもなく悪意もなさそうだから、斬る必要はないだろう。僕を大切に扱おうという意志はあるみたいだし。
 ――しばらくは少し彼女に付き合ってみることにしよう。といっても、僕は自分から動けないんだけどね。どういう子なのか、近くで観察してみよう。
 久しぶりに過ごす屋内での夜は、森の地面に寝そべっていたときよりもずっとあたたかかった。

(サンプルここまで)






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