ゾンビまみれの世界で拾われた燭台切の話 | ナノ

五話


「ああそうだ、光忠さんはその鮮やかな太刀筋で一回殺ってますけど……念の為、ゾンビの殺し方も聞いておきます?」
「そうだね、倒せないと僕がいる意味がないかもしれないから。是非聞きたいな」
「意味がないかあ」

 彼女はからからと笑った後に、手を手刀の形にして自分の首元に当ててみせた。

「これまたテンプレ、というかお約束といえるんですが……首、ですね。首を刎ねてやれば流石にあいつらは動けなくなります。あんなんになっても、頭と首が胴体からさようならするとダメになっちゃうみたいですよ」
「そうなんだ、そこは生きている人間と同じ……なんだね」
「はい。で、頭部破壊も有効ですね、つまりヘッドショットや脳天串刺しでお陀仏です!」

 彼女は今度は手を銃の形にして、こめかみの辺りを撃つ動作をした。なるほど、要は脳や首に致命傷を与えれば問題なくもう一度殺せる、らしい。

「逆に言えばそれ以外のところを傷つけても効果は薄いですね。まあ流石に四肢を全部切断すれば動けなくはなるので実質無力化できますが、それでもしばらくは首と顎だけで動いてきますからね。最悪それで噛まれ兼ねないですし……狙えるなら、首を狙っていきましょう」

 彼女の言葉に小さな疑問が生まれて、僕は問いかける。

「しばらく……ということは、最終的には動けなくなるのかな?」
「ええ、二回くらい試したんですけど……四肢切断で一日放置すると、力尽きて動かなくなるみたいですよ。もしかしたら定期的に人間を食べないと動けなくなるのかも? まあ、たまたま死んだだけかもしれないですけどね」

「あ、でも元から死んでるか!」と彼女はおかしそうに笑った。
 四肢を切断すると、最終的にはもう一度死ぬ。彼女はそれを二回も、どうやって試したのだろう。四肢を切断するなんてかなりの体力と精神力がないと実行できないに違いない。それに道具はどうしたんだろうか。色々と気になるところはあったが、その疑問は今は飲み込むことにした。
 考えこむ僕に気づいているのかいないのか、彼女は楽しげに続けた。

「やー、昔ヘッドショットが効かなくて、四肢切断で倒せるバケモノが出てくるゲームがあって。あれとは違ってこっちは普通にゾンビですけど、どうやらこの世界に生まれてきてしまったゾンビさんたちは頭や首が明確な弱点、四肢切断も微妙に弱点! って感じらしいですよ」

 それを笑って言える彼女が少し恐ろしいけれど、同時に哀れでもあった。きっと、こう明るく振る舞っていないとすぐに壊れてしまうのだろう。――もしかしたら、本当にこの状況を楽しんでいる可能性も捨てきれないけども。
 さて、と彼女は一言置いて、僕の顔を覗き込んできた。

「なので光忠さんが一発で首を刎ねられれば大体殺せるということで大丈夫です。私も頑張って頭に当てますが、ど素人なのであんまり当たらないんです……あまり期待はしないでください」

 これでも結構当てられるようにはなったんですけどね、と彼女は重たいため息をついた。

「わかったよ。できるだけ僕が君を守れるようにする」

 僕が頷くと、彼女は硬直して目をぱちくりと瞬かせた。その数秒後に口をふにゃりと歪めて、両手で顔を覆っている。

「み、光忠さんはやっぱり執事さんだったんですか? 誰かをお守りする立場にいたとか?」
「……そう言っても間違いではないかな、守るための戦いをしていたし」

 僕は複雑な気持ちで言葉を発する。遡行軍を倒していたのは、人々の築いてきた歴史を守るためだったけれど、まさかこんな未来があったとは思わなかった。この歴史を変えようとする者もいるのだろうと思うと、なんともいえない気持ちになる。
 彼女がぱちぱちと小さく手を叩いて感嘆の声を上げる。

「ひえーすごい。……あれ? 光忠さんは記憶喪失では?」
「……まあ、覚えていることもあるからね」
「なるほど。まあ、こんな世界なら忘れていたことが多い方が楽しそうではありますし、自分が何者かわかっていればそれでよさそうですね!」

 説明するのが少し面倒になってしまって、僕は雑に誤魔化した。彼女は特に気にしていないのか、笑みを浮かべて頷いただけだった。言及されなくてよかったと思いつつ、いずれ彼女にきちんと話さなくてはならない、という罪悪感が頭をもたげる。――僕が人間ではないと、ちゃんと言わなくてはならないだろう。
 しかし、今の状況で言ったところで受け入れてもらえるかはわからないし、彼女の精神状態はどう見ても正常に見えない。ちゃんと話すことはできるし理性的なように見えるけれど、常時保っているらしいこの妙な明るさはどう見てもおかしな方向に吹っ切れているようにしか思えない。そもそも、この状況で今まで一人で行動していた時点で、正気を保っているとは言い難いだろう。――今までに武器を持ったこともなさそうな女性が、元は自分と同じ人間を何人も殺しているのだろうから。
 彼女は安心したようなため息を一つついてから、また話を続けた。

「まあ、倒せるならちょっとは安心なんですけど……これ、結局は世界のどこかで増え続けているわけですから、キリがないんですよねー。ゾンビ映画とかゲームなんかだと、ここからゾンビ化の原因や無力化する手段を探るためになにか研究所とか大きな施設に侵入したりがあるんでしょうけど、悲しいかな私は運良く生きているだけの一般人なのでなんにもわからなくて」
「そうだね、普通に生きているぶんにはこんなことになるわけがないから……」
「本当そうですよ」

 彼女はけらけらと面白そうに笑った。

「そもそも……原因を突き止めたところで、もうどうしようもなくないですか? 我々人間はもうここから滅亡するしか無いですよ。私、ここ二週間くらい生きた人間に一人も会ってないですからね」

 彼女の言葉に、僕は息が詰まるような感覚に襲われた。女性が立った一人で、この得体の知れないなにかに囲まれながらなんとか逃げ続けてきたのだ。先程の話からも少しは窺えるが、これまでに一体どんな苦労があったのかは計り知れない。そもそも何故、今こうして生き延びることができているのかとすら思うほどだ。
 僕が何も言えないままでいると、彼女は起き上がって、ぱっ、と顔を明るくする。そして目を見開いて、嬉しそうに、かつ心底驚いているという様子で言った。

「だから、光忠さんを見つけた時本当にびっくりしたんですよ! この街にまだ生きている上に、まともそうなヒトがいるんだ! って――」

 当時のことを思い出しているのか、彼女は腰元に吊っている銃をとんとん、と叩きながら笑って言った。

「いやー、最初はまた死体か! 折角こんな入り組んだビルに食料を探しに来たのになあ! と思いつつ撃ち殺しかけましたけど! 殺さなくてよかった!」
「……はは、物騒だね。いや、こんな世界だと当然なのかな」

 すれ違う人はもうすでに人ではなく自分を襲うバケモノに成り果てているのだから、会敵すなわち即射殺、という思考になっていてもおかしくはない。
 彼女は僕が見る限り、ただ武器の扱いに少し慣れてきただけの素人――普段から戦うわけではない人間だ。身体の使い方を見ていても、それはすぐにわかる。
 ……ただ、元は自分と同じであったであろう姿かたちをしているものたちを、今は容赦なく撃って壊せる。それだけの女性だった。
 少しだけ間を置いて、彼女は僕に向き直る。

「光忠さん、私はあなたと会えたことがこの人生最後の幸運だと思います。もしよろしければ、このまま私と旅路を共にしてくださいね! ひとりでいるよりは生存期間は延びると思います!」

 まあ天寿を全うすることはきっと難しいでしょうが、と付け加えて、彼女はまだ続けた。

「……まあ、どうしても嫌だったらこのハンヴィーを降りても大丈夫ですよ。さっきは守るだとか仰ってましたけど、この短時間で心変わりもあるでしょうし……ほら、私が嫌だとか、どうせならこんなクレイジーな世界はひとりで堪能したいだとか。離別、それは避けられないものなのです……」

 冗談なのか本当に寂しがっているのかはわからないが、彼女は静かに呟いた。それに対して、僕は首を横に振って否定する。

「僕も、ひとりで生きられる気がしないから……このまま一緒にいてくれると、とてもありがたいよ。誰か、生きた人間とともに在りたいから」

 ヒトに作られたモノなのだから、もしいつか壊れるとしても、誰かの傍にいたい。
 彼女は僕の主ではない。それでも、たまたま僕を拾ってくれた人間なら、一緒にいるのが道理なんじゃないか、と思ったのだ。――せめて、彼女が死ぬまでの間だけでも。
 僕の言葉に彼女はきょとんとしたあと、嬉しそうにはにかんだ。

「それは……とても、嬉しいです。よろしくお願いしますね」
「ああ、改めてよろしくね。そういえば、君の名前を聞いていなかったかな?」

 僕が右手を差し出すと、彼女も握り返してくる。そのまま問いを投げると、彼女は一瞬目を丸くして、あ、と口を開けた。どうやら自分が名乗っていないのを忘れてしまっていたらしい。

「ああ、あー……名前。そういえば」
「うん。真名――本名が嫌なら、あだ名だとか、苗字や名前だけでもいいよ。呼び方に困ってしまうから」

 彼女は僕の言葉を飲み込むのに時間を掛けているのか、しばらく口をぽかんと開けたまま何かを考えている様子だった。
 いくらかの間を置いて、彼女はやっと言葉を発する。

「あー……私、名前……なんでしたっけ?」

 彼女は笑いながら首を傾げている。僕はそれに驚いて、思わず彼女の顔を見つめた。

「忘れてしまいました、最近、誰にも呼ばれていないから。――好きに呼んでください、なんとでも、呼びやすいように」

 目を細めて笑う彼女に何も言えないまま、僕は顔を俯かせる。握ったままだった彼女の手を、もう一度握り直した。

「名前なんて、もうどうでも良い世界になっちゃったのかもしれませんね」

 どうせ呼ばれることもなくなるんでしょうから、と彼女は言う。
 その言葉に胸が締め付けられながら、僕は言葉を絞り出した。

「どうでも、よくないよ……」
「……。そうですかねえ……」

 それから、しばらく彼女の手を握ったまま顔を上げられなかった。


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