恋のサンクチュアリ | ナノ
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私は笠松が好きだ。
だけど、付き合いたいと思ったことは正直無い。
笠松と付き合う、という想像をすれば自然とバスケに打ち込んでいる笠松が出てきて、邪魔したくないという思いが生まれてくる。


だからといって笠松が別の誰かと付き合うとなれば私は全身にヒビが入って粉々に砕け散る自信がある。
新聞の見出しに『奇怪な死を遂げた女子高生…!』とデカデカと載る自信がある。


それでも、笠松と誰かが付き合うことが、笠松と誰かの想いが通じ合うことが身を引き裂くほどショックでも、笠松と私が付き合うなんてことはありえない。
私を恋愛対象として見ていない笠松を、昔笠松と友達になろうと積極的に話しかけた時のように、また振り向かせればいいのか、とはならない。
出来る出来ないを置いておくとしても、してはいけないんだ。

私は笠松のことが好きだから、笠松に幸せになってほしい。

そしてそれは、私じゃ叶えられない。



いっそのこと、笠松は私が幸せにする!くらいに男前だったら良かったのかな。
こんな中途半端ならオカマ…いや、オカマを侮っちゃ駄目だ。
友達にそれらしき奴がいるけど奴は包容力と力強さを兼ね備えた超人だ。



とにかく、私は自分の気持ちと折り合いをつけるべきだ。
笠松が女が苦手とはいえ、ああいうタイプに限って初めて付き合った子とそのままゴールインする、しかも周りの人間(例:森山)よりも先に。


「実際皆ってさ、黄瀬と付き合いたいの?」


昼休み、いつものように机の上にお菓子を広げながら集まっている数人に、紙パックのジュースを飲みながら聞くと、一様に目を丸くして見つめられた。


「付き合うって、どこに?」
「いやベタなボケのためのフリじゃないし!」
「名前ならどこに付き合うの?天下一武道会?」
「前々から言おうと思ってたけど類は友を呼ぶから。私がサイヤ人に見えてるなら友達のお前もサイヤ人だから」
「やだもう、付き合うって恋人になるってこと?名前って自分から恋バナなんてしないから分からなかった」


一通りケラケラと笑った皆は読んでいた雑誌を閉じたり化粧ポーチを仕舞ったりして私を見る。


「付き合いたいとは思ってないわよ。最近は」
「最近は、って…好きじゃなくなったの?黄瀬のこと」
「好きだよ。好きの意味はたくさんあるけど」


なんていうかさ、と友達は椅子の背もたれに寄りかかる。


「入学直後の黄瀬くんには、彼にとって優先順位が一番のものは無いように見えたから、もしかしたら、もしかしたらだけど黄瀬くんの一番になれる可能性はゼロではないんじゃないかって思ってた。まあ、例え一番になれたとしてもその期間はすごく短いだろうなとも、思ってたけど」


友達の太陽に透ける柔らかい髪色や可愛い色が差された目元、頬、口に、まん丸で色とりどりの砂糖菓子が脳裏に浮かぶ。


「でも、いつからだったかなー……バスケ部の練習見に行ったらさ、黄瀬くん、変わってたの」
「?黄瀬ってなんか、変わってた……?」
「名前が黄瀬くんと話すようになったのはその後からだもん。変わったんだよ」



黄瀬くんの中で、バスケが一番になってた。



「でも、なんでかなあ……黄瀬くんの中で私が一番になる可能性が遂にゼロになったっていうのに……今の方がずっと、彼のことが好きなんだよね」


綺麗に唇で弧を描いた友達に見惚れていた私は別の一人が、それに、と口を開いたので少し肩をビクリと揺らしてそっちを見る。


「たとえ一番のものが出来ても、黄瀬くんって器用だし、すごく気が利く人だから、髪型でもなんでも、少し変えれば気がついて、褒めてくれるの。そして嬉しくて、努力をすれば、自分のことを好きになれる。黄瀬くんを好きな自分に酔ってるって、言われてもいい。それでも私は、自分を好きにさせてくれる黄瀬くんが、好き」
「私も、黄瀬くんを好きになったことを後悔する日なんて絶対に来ないわ」


ね、と満足そうに笑い合う三人に私は思わず、黄瀬ってすげー…と呆然と呟く。


「ね、名前も一度バスケ見に来なよ。黄瀬君には負けるけど、笠松君もかっこいいよ」
「…やめとく」
「どうして?名前きっと惚れ直すよ」
「だからヤなんだよ」


頬に熱を感じながら、私は目を逸らして遠くの雲を見た。


「もっと好きになっちゃうじゃん」
「ーー……ハァ、私が握力300キロ位ある男だったら名前を放っておかないのにな」
「なんで握力300キロつけた?もしかして私の相手はゴリラにしかつとまらないとか思ってたの?」















「名字」
「○月○日、てんき、はれ。きょうもわたしはゲンキです」
「よし」


放課後、最近笠松が部活に行く前に私に会いにクラスまで来る。
泣いてるのを見られた次の日からこれは始まったから、なんていうか、あの時は部活があったからやむを得ず見逃したけど私の言った泣いていた理由に納得はしてない、っていうのがヒシヒシと伝わってくる。

毎日笠松から会いに来てくれるのは嬉しすぎることだけど、泣いてた理由を正直に話すことは出来ないから数日前からふざけて答え始めたけど笠松は真面目に「よし」と言う。
答えてる私の方が、何が「よし」なのか分からない。


「えーっとまずあさ、わたしはゲンキいっぱいにチカンをげきたいしまし」
「ち ょ っ と 待 て !痴漢って名字お前、遭ったのか?今朝!」
「わたしじゃなくていちねんせ」
「もうその喋り方いいから!」
「えっ……あっ…………うん」


なんだろう、この、猫とお互い楽しく夢中になって遊んでたのに、いきなり苛々しながら猫じゃらしをバシッと弾かれた感じ……笠松は猫っていうよりは犬だけど。


「今朝同じ電車に乗ってた一年生の女の子が痴漢に遭ってたんだよね」
「それで助けたのか…や、偉いな」


笠松に褒められた!


「けど、気をつけろよ、自分のことも」
「私痴漢されたことないよ。スタイルはいい方だけど、撃退してやるオーラが痴漢にも伝わってるんじゃない?」
「ス、スタ……や、つうかそれだけじゃなくて名字お前、その…か、かわ……ッ大体!お前昔から無茶しすぎなんだよ!自分より二回りもデカい奴と体当たりの喧嘩するし…」
「!?笠松、今のもっかい言って!」
「ハァ!?だ、だから…お前はその、かわ……」
「川?いやそうじゃなくて、昔って…!笠松、小学で私のこと助けてくれた時のこと、覚えてたの!?」
「助けたっつうか…お前こそ覚えてんのか?」
「当たり前!だって笠松は初めて私のこと女の子扱いしてくれたんだから!」


ハッ、でも笠松が昔から私のことを覚えていたってことは、私が長年笠松を好きなことが揺るがないように、笠松の私に対する友達認定も揺るぎないもの……!
ーー○月○日、てんき、はれ。ごごにゲンキがなくなりました。




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