「名前ー、呼び出しー」 昼休み、教室の窓側、後ろの席で数人と思い思いの時間を過ごしていた時ドア付近のクラスメートにそう声をかけられた。 その言葉に友達はメイクを直していたりお菓子を食べていた手を止めて殺気のようなものを滲ませながら戦闘態勢に入る。 私もゲームをしていた携帯を机に置くと指を鳴らしながら立ち上がる。 だけど目に入った、廊下で青ざめながらアワアワと両手を意味もなく横に振っている黒髪ボブの女に疑問符を浮かべる、と同時に闘志が体の中から抜け出ていって、拍子抜けしながらも一人廊下へ歩いていく。 「名字さん、ご、ごめんなさい私、呼び出しってあの、喧嘩とかじゃないんです!ただ、聞きたいことがあっただけで……!」 「ふーん、アンタが」 腕を組んで壁に寄りかかりながら、自分より低いソイツをじろじろと上から下まで見る。 「何?」 「あっ、えっと、その、名字さんって……笠松君と付き合ってるんです、か……?」 ああ、と私は納得して頭をかく。 「付き合ってないよ」 「えっ!?本当ですか!?」 「別に、嘘つく意味ないじゃん」 「あ、そ、そうですよね…アハハ」 私が怖いのか、私が笠松と付き合ってないことが嬉しいのか、なんにしても落ち着きなく合わせた両手の指をパタパタと遊ばせる女。 けど、珍しい。 笠松のファンは結構いる。 黄瀬ファンの数には敵わないけど、黄瀬を目当てにバスケ部の活動を見に行く奴らが、笠松のことも可愛いとかかっこいいとか、まあつまり笠松の魅力に気がつくから。 まあ私は昔っから気づいてたけど! じゃなくて、ファンは笠松にも結構いる。 けど、好きな子、となれば大分絞られる。 そして好きだとしてもその子達はどちらかといえば大人しくて、華奢で、石けんのいい香りがして、なんていうか守りたくなって、つまりはザ・女の子!だ。 なんでこんなに詳しいかといえば、通学時の電車の中で痴漢に遭ってるところを助けた子達がそういう子だからだ。 律儀にお礼をされて友達になったその子達は、自惚れじゃなく私に憧れというものを抱いてくれている。 笠松君のことも憧れているし好きだけど、名字さんも憧れ!笠松君と唯一たくさん話せる女の子が名字さんってすごく納得!だって名字さん素敵だもの!すごい、抱いて。 最後は若干捏造だけど、こんな風なことを言われたことが何度もある。 「あ、あのそれじゃあ…………名字さんって笠松君のこと好き、なんですか…?」 すると相変わらず窺うように見上げてくる女が少しだけ好奇心を瞳に覗かせながら聞いてきたその言葉に、私は不快感を隠すことなく表情に出した。 「好きか嫌いかは置いといてさ、だったらどうなの?アンタに何か関係ある?」 「あ……イエ…………すいません」 「もういい?じゃあ私戻るから」 くるりと踵を返して教室の中へ戻っていく私の背中に女の慌てた礼が飛んでくる。 場所に戻ると変わらず椅子に座りながらもギラギラと目に闘志を燃やしていた友達数人、お前ら黄瀬の前でそんな顔したことないだろ。 「なんだった?」 「笠松との関係について聞かれた」 「うわめっずらしー!いや、名前と笠松君が付き合ってるんじゃないかと思ってる人は多いけど、わざわざ聞きにくる人なんて」 「見た目大人しそうだったけどね」 「でもなんか気にくわないんだよね。私が笠松を好きなのかどうかも聞かれたし」 それはないわ、と一様にハモった友達の声を受けながらポッキーに手を伸ばす。 「ま、名前が笠松君を好きかどうかなんて、分かりきってることだけどね」 肩を組み寄りかかってきた一人がグシャグシャと私の頭を撫でる。 同じことをやり返したら甲高い声でキャンキャン文句言われるけど、今日も黄瀬君のためにバッチリセットしてきたのに!って。 ーー笠松と初めて会ったのは、小学一年の時。 クラスは別で、存在も知らなかったけど、ある日の帰り私はガキ大将と喧嘩をした。 口喧嘩じゃなくて、殴る蹴るエトセトラの。 好きな子にちょっかいをかけるなんて可愛いものじゃなくて、男子も女子も自分の下、つまりは自分が山のてっぺんじゃないと暴れるタイプ。 しかもその年齢にしてはガタイが大きかったから力でものを言わせてた。 そして私(当時のあだ名:男女)は帰り道、つっかかってきたソイツに飛び蹴りを喰らわせた。 力や体格の差で一撃では仕留めることが出来なくて、反撃してくるソイツと揉みくちゃになりながら喧嘩をしていたその時、笠松が現れた。 オイ、と律儀に一言入れて私達を止めた笠松は、ガキ大将の顔に真正面から平手を喰らわせる。 その衝撃で地面に腰をついたガキ大将は唖然としながら笠松を見上げて、次いで怒りに顔を染める。 「お前、となりのクラスのかさまつ!」 そうして私は隣のクラスの笠松に。 「女にケガさせてんじゃねーよ」 恋をしたのだ。 結局その後、日本全国に加えて世界を飛びまわる母親の仕事の関係で私は笠松とろくに話すことも出来ず転校したのだが、高校生になり再び戻ってきたこの場所で、同じ学校に進学していた笠松と再会した。 運命を確信した。 …ま、笠松はその時のことなんて覚えてないだろうけど。 フフッとその時のことを思い出して頬を緩めれば、友達はみんな優しく笑う。 黄瀬の前でそういう顔をすればいいのにと思うけど、こいつらは私が笠松の話をした時に限って微笑ましそうにこう笑う。 「やっぱりいいよ名前、平常時とのそのギャップ。なんていうかケンシロウとかラオウが実は乙女だったみたいな」 「例えおかしいだろ」 ・ ・ ・ 「あ」 「ヤッホー、笠松」 「おう。あー、今日は、帰んのか」 「週末は助っ人に行くけどね。今日はバイト。笠松は今日もバスケ頑張れ!」 「ああ、サンキュ」 下校時間、廊下で偶然笠松とはち合わせたから内心ガッツポーズしながら並んで歩き出す。 笠松は私に対して、男子と話す時よりは口数も少ないしどもることもあるけど、他の女子と比べればずっとたくさん話してくれる、嬉しい。 部活動も盛んな学校だから放課後も活気に溢れてる学内を歩きながら、昼休みの会話が脳裏をよぎって私は笠松に対してファイティングポーズを取った。 「名字?な、なんだ?」 目を丸くして足を止める笠松に、私はフッと笑うと肩にかかる髪を後ろに手で払う。 「いや、笠松には私がケンシロウに見えてないようで安心した」 「ケ、ケンシロウ?」 「まあラオウでもいいんだけど、とにかく敵と見なされてないみたいで良かったわ」 「や、サッパリ分かんねえんだが…」 140813 |