美術館に忍び込み正義感あふれる警備員を吹っ飛ばしてしまった次の日、私は外を歩けなかった。
世界移動の機械をつくれるように手先にはそれなりに自信があるので、道端に落ちている壊れた電化製品等を適当に直したり逆に分解したりしてお金をつくりホテルに泊まっていたのだが、少し離れた場所にあるこのホテルの窓からでも美術館の周りに人やら車やらが集まっているのが見えた。
ただ不思議だったのは、泣きそうになりながらつけたテレビで美術館の事件を取り上げていて、その番組では展示物がほとんど無くなっていたこと、そして犯人の情報がまったくないと放送していたこと。
私は展示物を盗んでいないし、顔もバッチリ警備員に見られたのに……ま、まあ安堵するべきだよね。
そうして再び夜になり、この街を出ようかとホテルを出た時に突然感じたのだ。
惹かれ合う感覚、異世界の情報を。
向かってみればあったのは図書館で、昨夜の美術館と同じく不法侵入になってしまうが、この世界からはやく移動したい私としてはどう行動するかは決まっていた。
「こいつで間違いない?シャル」
そして嵌められた。
いや、嵌められたというよりわ、私がバカなのか!?
図書館中央の机の上に置かれた書物。
普段通りに自分の気配を絶ち、そうして館内に入る際も気配を探った。
けれどその本の前で立ち尽くす私を囲むようにしている二人の男と一人の女、内一人は昨晩ドアを間にタックルした彼…恐らくシャル、だった。
ーー絶。
イルミに教えてもらったけれど、念能力者はそういないと聞いていたのにこの三人……本当この世界の警備員への入れ込み半端じゃない。
「ああ。間違いない」
私の前に立つシャルがそう言った瞬間、左方にいた女が瞬時に私の両手首を後ろで縛る。
驚きながら自分の手に視線を落とせば、念が込められた糸が見えた。
しまった、これ、手錠代わりか…!
どうして私が図書館に来ることを読んでいたのかは不思議だけど、昨夜の美術館に続き図書館にまで不法侵入…!
確実に、牢屋に入れられる…!
力では糸を解けないことが分かった私は、そんなの御免だ…!と内心で泣き叫びながら異世界の技を発動する。
自分と他人の場所を交代させる技。
自分が受けたダメージや拘束が消えるわけではないけれど、立場を交代させた者にも私が受けている状態をそのまま受け継がせるものだ。
瞬間移動のような感覚と、驚いているシャルの声。
次の瞬間には私とシャルのいた場所は交代し、また代わりにシャルが女によって縛られていた。
「えっ、ちょ、何これ!?」
「不思議な術だね…念を練っている様子は無かったけど……」
糸を解き外す女と手をさする男を横目に手首に力を入れて糸を千切る。
女の手から離れた場所では拘束力は弱まるようだ。
そうして私は二階の手すりに腰かけている残り一人の男を見上げる。
「さすが団長。イイ人材を見つけてくるね」
「ちょっとヒソカ、この本に釣られて本当にこいつが来たら、アジトに連れて帰ってこいっていう団長命令、忘れてないだろうね」
「モチロン」
にっこりと機嫌良さそうに笑う男は口元にトランプをあてる。
正直言って見た目やら雰囲気は、捕まえる側よりも捕まえられる側のそれだ。
とにかく逃げようと床を蹴り飛び上がった私はそのまま飛んで逃げようとした。
けれど何故だか体はトランプの男の方へと引っ張られていく。
なんだこれ…!?と動転しつつも私は再び技を発動する。
一階にいる男と女のどちらと交代しても、どちらか一方の近くに行くことは避けられない。
なら縛る術を持っている女と交代した方が逃げられる確率は高くなるーーということで交代した。
「おや」
すると何故だか男は嬉しそうで、反対に女は心底嫌そうに顔を歪めて拳を繰り出していた。
み、味方にも容赦ない…!
けれどそちらに意識をやる暇もなく別の男の近くに移動することとなった私は瞬時に彼に手を掴まれその痛さに眉を寄せる。
い…痛い痛い!
ミシっていった!
人体が出していい音を超えてるよ…!
するとその瞬間、グンッと体を引っ張られるような感覚がしたかと思えばさっきと同じように私の体はトランプ男へと引き寄せられてーー未だに彼の近くでジタバタと暴れていた女同様に彼の腕の中へとおさめられた。
「やっぱり…場所が変わってもマチの糸に縛られていたところを見ると、君のその技、場所を除いては何も変わらないようだね。結構便利な技だけど、僕のバンジーガムはつけるも剥がすも僕次第…相性が悪かったね」
「ちょっとヒソカ!いい加減離しな!」
「う〜んでも、今の僕の状況って両手に花で、役・得」
「ヒソカ、ふざけてないでマチは離してあげなよ。ーーさ、予定通りアジトに戻ろう」
・
・
・
そうして私は車に乗せられると、街中を抜け人気のない方面へと向かっていることに青ざめながらも必死に脱出方法を考えていた。
ていうか私、この世界に来てからほとんど脱出のことしか考えていない…!おかしい…!
まだ街中を走っている最中で周りに人並みがまばらだが見えていた時は、誰かと場所交代をしようかなんて考えも、魔が差すように浮かんだ。
だけど関係のない人をこんな状況に置くのは申しわけなさすぎるし、なにより走る車にまたバンジーガムとやらでどうせ戻されるんだ。
どうにか車を脱出して空まで逃げる…という手もバンジー以下省略だ…!
それに、ヒソカ(紹介された)とはまだ出会って間もないけれど彼はいつでもバンジーガムで私を引き寄せられるのに、わざと遠くまで逃がしてから引っ張りそうな気がする…そうなれば精神的ダメージは倍増だ。
そうこうしている間に、車は道のない道をガタガタと揺れながら無理やり進んでいたかと思えば廃墟の前で止まった。
えっ?
あれ、私てっきり警察署に連れて行かれるのかと思ってたけど…ここどう見ても警察署じゃないよね?
もしかして……監獄?刑務所?
私も今まで色んな世界で色んな職を転々としたけれど、ここまで情状酌量の余地なしというか聴取さえない世界は初めてだ…!
そうはいっても手練れな三人の警備員に周りを固められれば素直に廃墟内へと歩いていくのがヘタレな私の足というもので。
真暗な中を進んでいけば、セメントの灰色の壁に蝋燭の灯りが揺らいでいる。
「来たか」
そうして開けた部屋に着けば、思い思いに床に座っていた数人が私を見る。
その中には昨夜の大男もいた。
中央で椅子に腰かけていた男が立ち上がると近寄ってきて、私を連れてきた三人は少し離れる。
その男の黒い瞳と髪に私は目を見張る。
「きのうの……」
「ああ。手荒な真似をしてすまないな」
やっぱり昨日美術館で会った、私を(多分)通報した男…!
警備員だったのか……。
だけど昨日は普通にスーツを着ていたのに、今の服は……他の人達の服装もてんで統一感なんてないけど、制服とか無いのかな……自分の好み?
裸にコート着てるけど、鍛えられた筋肉を見せつけることで囚人を威圧してるのか!?
効果は確かに抜群だけど!
と、とにかく不法侵入と…警備員への暴力はしてしまったけれど、展示物を盗んではいないことを伝えよう。
もしかしたら警察署レベルへは戻されるかもしれない。
「わたし、なにもうばってない」
「分かっている。絵を盗んだのは俺達だからな。ーーお前は結局、奪いはしなかった」
んっ?……えっ?
「うばうことをしたのは、おまえたち……?」
「私達盗賊、奪うの当たり前ね」
すると答えた黒づくめの男の言葉。
なんだ、盗賊か。
良かった、警備員じゃなかったんだ!
次いで血の気が引いたーー全然良くない。
140726