どうやら『しかいないの』とは何か頼みたいことがある時に使う言葉のようだ。
現にあれからイルミにこの言葉を使えば嬉しそうに(目は変わらないが)口元で弧を描き(こわいが)機嫌良さそうに色々としてくれる。
もちろん暗殺者であるイルミに物を頼むだなんて恐れ多いが、向こうから言うように要求される。
長男ということもあってか面倒見が良くまた頼られたいタイプなのかもしれない。
だからといって、扱いやすい、だとか、そこを上手く利用してやろう、等とは微塵も思わない…というか無理だろう。
そうして毒を盛られ少しずつ少しずつ解毒され言葉を教えてもらって……という毎日を繰り返していた明くる日のこと、私は一番に覚えたかった言葉をイルミに披露した。
「そと、でたい」
彼らは、そもそも私を強く育ててから倒すという計画を練っているだけあってか育てるという行為が好きだ。
だから私に毒の耐性がついてきていることや言葉を覚え始めていることを喜んでいる。
なら成果として披露したこの願いを、聞き入れてくれないだろうか…!?
「え、それって、俺今から仕事なんだけど、着いてきたいってこと?」
「イルミしかいない。そと、でたい」
「ーーうん、うん、そうだよね、俺のそばにいたいよね。ごめんね今まで、俺が仕事の日、寂しかったろ?一応危険かなと思って連れてってなかったんだけど、一緒に行こうか」
手を引き玄関へと向かうイルミの後ろで私は思わず顔を輝かせていた。
彼らがそのまま私を解放してくれるとは思ってないけど、外に出る機会さえあれば隙を突いて……!
だがしかし、暗殺者は非情だった。
「イ、イルミ、そと……」
「そんな顔しないでナマエ。俺だって辛いけど仕事だし、流石にここから先へは連れていけない」
飛行船に乗せられたまでは良かった。
が、なんとイルミは一人だけで降りていこうとしているのだ。
外、つまり自由はもう目と鼻の先なのに出られないこの生殺し。
鬼の所行。
「俺が戻ってきた時に言うべき言葉を教えてあげる」
するとイルミが私の両頬を両手で包み、お互いの額を合わせる。
私に言葉を教える時にする行為だ。
「待ってた」
「まってた」
「会いたかった」
「あいたかった」
イルミはいつものように私の頭を撫でると同乗している執事達に「それじゃあ、よろしく」と何かを言い開いたドアから飛び降りていった。
その後を追おうと、というか外に出ようと駆け寄ったが立ちふさがる何人もの執事に行く先を阻まれる。
その隙に閉まるドア、次いで無くなる風。
「……そと、でたい……」
「イルミ様なら直ぐに終わらせ戻ってきます。今しばらく、ご辛抱を」
何を言っているか分からない…けれど退いてくれないところを見ると主人の意向に沿うようだ…執事の鏡か。
外に恋い焦がれ、窓まで寄るとその冷たさに手を触れるとため息をつく。
せめて技が使えるようになれば……。
今朝も確認したが未だ使えないままの、今までの世界で習得した技が出ないかとダメ元で自身の手のひらを見ながら集中する。
「!なんだ!?」
するとグラリ、飛行船がバランスを失った。
空の上で、地震が起きたかのようにグラグラと不安定に揺れている。
技が、使えるようになった!
馴染み深い手のひらの熱さ、重力の狂い。
技をかければ、飛行船は再び安定し、けれど地上へと降下していく。
いける、これなら…!
状況確認と飛行船の持ち直しに混迷している執事達の横を走り過ぎ出口へと向かう。
自由の素晴らしさを胸に溢れる喜びからも再確認しながらドアの開閉のレバーを操作した瞬間、外に感じる微かな気配。
「イ、ルミ……」
思わず声が震えた。
開いたドアから入ってきたのはついさっき出ていったばかりのイルミで、彼は風(とイルミの出現)によろめく私を抱き留めるとレバーを操作しドアを閉める。
技も思わず解いてしまい、飛行船は通常運転に戻った。
「状況を説明しろ」
「はっ。突然操縦がきかなくなりバランスを崩した次にはゆっくりと下降を……原因は未だ分かっておりません」
「そう。……もしかして、ナマエがやったのかな。……念?」
絶望の中自分の名前が言われて恐る恐るイルミを見上げる。
「出口の直ぐそばにナマエがいたし、出てこようとしていたみたいだったから。…そんなに俺に会いたかったんだね。俺も早く仕事終わらせてきたよ」
イルミが私に、言葉を教える時と同じことをした。
これは、教えた言葉を使え、という時でもある。
「ま……まって、た。あいたかった」
笑いながら(多分笑った。棒読みだったが)抱きしめられた。
・
・
・
習得してきた技が使えるようになったあの日から、私は念というものについて修行させられていた。
着々と強くさせられている。
お菓子の家作戦が進められている。
だけど逃げるため強くなることは私の望むところでもあったし、何故イルミが、気配に人一倍敏感な私でも中々察知出来ないのか分かった。
「イルミ、どう読む」
「特質系。ナマエ異世界人だしね」
そうして今日はイルミと父親のシルバの前で水見式というものをする。
水がたっぷりと入ったグラスに浮かぶ葉。
そのグラスに手をかざし発をした。
「「「!」」」
瞬間弾けるように割れるグラス。
内心で叫びながらも、危険物が飛んでくるという状況は初めてではないので冷静に顔の前で腕を交差させた。
そして流れた水の中から小さな黒い結晶が残ったのを見てイルミとシルバが反応を示す。
「不純物か……?具現化にも属しているのか」
「…それよりこの結晶、なんか嫌な感じがするんだけど。何だっけな、このちょっと懐かしいようなやつ」
この結晶、不思議なモノを感じる……それに水見式というのをした瞬間、常に感じているイルミとシルバへの恐怖が抜け出ていくような感じがした…。
もしかしてこの結晶はーー。
「恐怖」
するとシルバが低い声で何か言った。
「俺達が感じているのは恐怖だ、イルミ」
「恐怖?こわいってこと?…ああそういえばこんな感じだったっけ。だけど何に恐怖を感じるかなんて人それぞれでしょ?親父と俺のこわいものが同じだとは思えないけど。ていうか俺達、感情の訓練も受けたんだけどな」
「俺達が感じているものは恐怖という同じものだが、先を辿ればその対象は別のものなのかもしれない」
「なら相手が恐怖を抱くことが何かを察知してそれを具現化するのか。確かに具現化系でもあるけど、それだけじゃ補えない特質な部分があるね」
「今は水見式だから見えているのは黒の結晶だが、実際に具現化するとなれば相手によって見えるものは違う筈だ」
「成る程ね。…あれ、でもそれじゃああの時の飛行船は何だったんだろ」
いつもよりも更に聞きなれない単語を連発する二人の会話の内容も気になるが、私はそれよりも確かめたいことがあって結晶へと手を伸ばす。
「ナマエ、触っちゃ駄目」
するとイルミに厳しい声を飛ばされてーーけれど抱く筈の恐怖は無く、代わりというように手の先の結晶が大きくなった。
やっぱり、アレは私の恐怖から生まれたものだ!
そして私が恐怖を感じれば感じる程、それを栄養に成長する。
だが私の中に恐怖が蓄積されることはない。
これはーー良い技を習得したぞ!
「でもどうして恐怖なんだろう。俺達といてこわいことなんて何も無いのに」
しかし吸収するスピードを上回り恐怖を感じているのか、相変わらずイルミはこわい。
「別の世界で経験したんだろう。ナマエの覚えの速さと元々の実力…いくつも修羅場を潜り抜けたそれだ」
はやく、別の世界に行きたい。
20140724