「ナマエちゃんおはよう。子供達を紹介するわね。右からミルキ、キルア、カルトよ。三人とも、ご挨拶して」
「ママ、こいつ本当に異世界人なの?」
「俺達と見た目何も変わんねーじゃん」
「…はじめまして」
「まあまあお利口さんはカルトちゃんだけね!二人とも!きちんとご挨拶しなさい!」
理解出来ない言語を話す暗殺者一家。
好きなことを想像すると飯を三杯は食べられるという言葉がどこかの世界にあったけど、今の私は脳内で三途の川を三度は渡った。
単に固まっているだけだが、地に足をつけて立っている自分を褒めてやりたい。
「あ、母さんごめん。翻訳機付きの小型機械、俺が昨日壊したから今はナマエと話せないんだよね」
「何してんだよイル兄!その機械って、世界を超えることが出来る機械だろ!?そんな貴重な物を壊すなんて!せっかく色々調べようと思ってたのに!」
「いやそこじゃねーだろミルキ。こいつ、元の世界に帰れなくなっちゃったじゃん」
「おかしなことを言うねキル。ナマエはもうどこの世界にも行かないんだから、必要ないだろ」
「何をしているのイルミ!!」
暗殺者一家に囲まれて、謎の言語が飛び交う中に身を置いて、魂というものがあるのならば半分口から出掛かっていたその時、母親が今までよりも一層甲高い声で何かを言ったため魂が胸に戻ったどころか腹の底まで逃げた。
「文字の表を作ってあげなきゃ駄目でしょう!?まったく、そういうところはまだまだ気が利かないんだから!」
「あ、そうかそうか。ごめんね、ナマエ」
「いやそうじゃねーだろ」
すると銀髪の少年が私の前に来て笑いながら肩をすくめる。
「アンタもとんだ奴に拾われちゃったな。ま、その分俺が構われなくなんのは嬉しいけど」
言葉は相変わらず分からない、けれど……こ、この少年、可愛いな……。
この世界に来てから見ていたのが怯えた中年男だったり無表情なイルミだったりそもそも顔が分からない母親だったりと、そのせいもあるかもしれないが、少なくとも普通に笑っている。
可愛いものは、好きだ…こわくない。
もしかしていくら暗殺者一家といえど子供にはそういった訓練はさせていないのかな。
「ほらカルトちゃん、ナマエちゃんにお名前を教えてあげて?」
母に促されて一番の子供が私の前に立ち、黒く濡れたような瞳が見上げてくる。
「…僕、カルト」
「………………」
「まあ駄目よカルトちゃん。ナマエちゃんは今何も分からない状態なんだから、ゆっくりゆっくり教えてあげるのよ」
「…カ」
昨日のイルミと、同じようなことをしている……名前を教えてくれているのかな。
「か」
「!ル」
「る」
「ト…!」
「と」
「カルト…!」
「かると」
ところで昨日から思っていたんだけれど、私は彼らに敬称をつけなくて良いのかな…。
失礼にならないように……き、機嫌を損ねないようにつけたいのだが、なにぶん言葉が分からない。
「紙」
「かみ」
「扇子」
「せんす」
だけど、まあ……次々と色々な物を見せその言葉を教えてくるカルトはとても嬉しそうで…か、可愛いな!
やはりこの可愛さ、子供はまだ暗殺者にはなっていないとみた…!
「お母様、僕がナマエに文字表を作りたい」
「まぁーカルトちゃんはなんていい子なのかしら!そうね、後で一緒に作りましょうね」
砂漠のオアシス、暗殺者一家の一般人…!
ーーという私の感動はこの後の朝食の際に崩れ落ちることとなる。
「ほう…吐血位はする筈だったが…この異世界人、中々に鍛えられているな」
容姿からして父親だろう、紹介されたが名前は分からないその銀髪の男が私を見ながらどこか感心したように何か言う。
「すげーじゃんナマエ。このままいけば、耐性つくのも早そうだな」
そして同じ銀色の髪の先ほどの少年が変わらぬ笑顔のまま何かを言っている。
えっと、なんで、どうしてだ!?
どうして、体が痺れているのに……誰も、助けてくれないどころかまるで良いものを見つけたときのように楽しんでいる…!?
ーー朝食を出された時、はっきりいって手をつけたくはなかった。
だが同時に、お菓子の家作戦を練っている彼らはまだ私を殺さないだろうと考えた。
むしろ昨日負った傷を治させ健康にさせ万全の状態で戦わせるだろう、と。
そして私も、戦いはしないが逃げるために体力をつける必要があった。
なので出された食事に手をつけた。
その結果がこの有り様だーー。
「あー良かった。この分だと思ったよりも早くこの家に馴染んでくれそうだね」
イルミにあやされるように頭を撫でられるが、体が痺れていて何も出来ない。
…いや例え体が動かせたとしてもその手を払いのけたりなんてことは絶対に出来ないけど。
私は恐らく毒を盛られたんだ。
食事中、彼ら一家からの視線を痛いほどに感じていたけどそれは異世界人を珍しがっているからだとばかり思っていた。
それでも暗殺者一家からの視線は(眼力が物凄い奴もいるからか)私の鼓動を速くさせるには十分で、息が荒くなって、気分が悪くなってーー気づいたら指の先まで痺れていた。
それにしても……と私は、平然と食事を続けている銀髪の少年を見る。
彼も既に、暗殺業に足を踏み入れていたのか……おかしいな、視界がぼやける。
けれどそんな、暗闇の底に落ちていきそうな心地の私に差す一筋の光。
そう、カルト…!
解毒薬が入っているのか注射を持ち私の横に立つカルトは、苦しんでいる私を見て息をのむと唇を引き結ぶ。
そうして私の腕に針を差すと解毒薬を入れたーーーーほんの少しだけ。
まったく減っていない注射の中の解毒薬。
つまり変わらない私の容態。
息を乱しながら戸惑う私の様子をまじまじと見ているカルトはゾクゾクとしたように熱のこもった息を吐いて笑う。
「カルトちゃん、教えるのが楽しくてナマエちゃんが可愛いのは分かるけど、あなたの悪い癖よ。そうしていたぶるの」
私は絶望した。
なので、逃亡した。
朝食を終えると各々どこかへ行ったり、母親、イルミ、カルトで何やら話し始めたのを見て、私は計画も練っておらず無謀かもしれないが全身に鳴り響く警鐘に従いその豪邸を飛び出した。
もうこんな家、い、いられない!
暗殺者のエリート一家すぎる!
英才教育を受けすぎている!
気配を消し、たまにいる執事達を避け家を出ることは出来たものの敷地が広すぎてどちらに行けば良いのか分からない。
遠く離れた先に本当に微かに、普通ならば分からないであろう気配(私は気配には人一倍敏感だ。災いに出会わないように)…というよりも獣のような息遣いがあるが…いったいどこへ向かえばここから出られるんだ?
心が挫けそうになっていたその時、後方から一瞬だけ微かに人の気配がした。
そうして肩に誰かの手が置かれた時、私は心の折れる音、というものを聞いた気がする。
「気づいたらいなくなってるから心配したよ。ナマエって、念能力者でもないのに気配隠すの上手いんだね。怪我の血の臭いが無かったら、見つけられなかったかもしれないな」
あまりの恐怖は表情や震えとして外に出ることはない。
代わりに内側、心臓が物凄い速さで動くから、一生に心臓が動く回数は決まっているという話もあるけれど、ならば私は早死にだ。
「キルがさ、ナマエが逃げたんじゃないかって言ったんだ。逃げる理由なんてどこにも無いからまずないと思ってたんだけど、良かった、俺と会っても焦ってないところを見ると、食後の散歩ってところかな」
イルミが少し身を屈め私の頭に手を置くと目線を合わせる。
「でも庭には罠だったり番犬もいるから、一人で勝手に出ちゃ駄目だよ。何かあったら俺に言うこと。分かった?」
駄目だ、言葉が分からない以前に状況、表情、声音からも何一つイルミの伝えてきていることがさっぱり分からない…!
「そうだ、何かしたいことがある時はこう言ってよ。ーーイルミ」
聞きなれた名前に私はそれを真似て繰り返す。
「いるみ」
「しか……いない」
「しかいない……?」
「そうそう上手。続けて言ってみようか。ーーイルミしかいない」
「いるみ、しかいない」
イルミが笑った…………こわっ!
「うん、知ってるよ」
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