指輪と手錠の違い | ナノ
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体を持ち上げられる感覚に、ハッと目を開く。
どうやら気を失っていたらしい、乗る時と同じように私を抱えているイルミは、着陸し開いた飛行船のドアから外へと下りる。


「ああ起きたね。血が足りなくなったからか気絶してたよ」



いや、気絶したのはショックのせいだ…!
まさかイルミがあ、ああ、暗さ…だっ駄目だ、言葉にするのもおそろしい…!
だけど、どうして私を助けた…?
いや、とにかく逃げなきゃーー


「イルミ」
「何?」
「ここは……」
「俺の家だよ」


俺の、家。
「ああ、まあ俺の家、この世界じゃ有名な暗殺一家だしね」
イルミの、家。
「ああ、まあ俺の家、この世界じゃ有名な暗殺一家だしね」


あ、悪の総本山…!!


逃げなきゃ、と再度決意した瞬間、前方に感じる人の気配、止まるイルミの足。
見ればそこにはフリルのたくさんついた洋服を身にまとい機械式ゴーグルをつけた女が立っている。


「イルミ、あなたが仕事先から女性を拾ってきていると話を聞いたわ。どういうことなの!?そんな怪我をしてる、弱そうな子を連れて帰ってくるなんて!強かったり家柄が高いのならまだしも!」
「母さん、ナマエは異世界人なんだよ」
「えっ!?」


母さん、だと……。


夜の闇の中佇む暗殺者一家の母に、心拍数が物凄いことになっている。
驚きに口を開けたままゴーグルだけが忙しなく機械音を立てていることも恐怖だ。


「め…迷惑になるから私は行く。イルミ、手当てありがとう…礼は必ずするから、今夜は」


失礼する、と続けようとした。
暗殺者一家の敷地に身を置いているという自分の状況に、震え噛み合わなくなりそうな歯をどうにかして簡潔に、明確に。


「駄目だよそんなの」「駄目よそんな!」


けれど告げられた否定の言葉に、再び血の気が引く。
流石にここで気を失うのは不味いとなんとか持ちこたえたけど。


母親が両の手のひらを合わせながら音も立てずに物凄い速さで近寄ってきた。


「まあまあまあごめんなさい私ったら気が付かなくて!異世界の方なんて初めて見たものだから分からなくて…」


先程までとは一転、歓迎されているらしいムードに口の端がピクピクとひきつるのが分かる。


「お構いなく……」
「だから駄目だって。ナマエは俺のそばにいなきゃ」
「そうよ!異世界人であるあなたに外の世界はまだ危ないわ!」


ここより危ない場所がこの世界にはあるのか…!?


「それに異世界の方なら大歓迎だわ!…って、あら?大変!ナマエちゃん震えてるわ!怪我のせいかしら、寒い?大丈夫?」
「本当だ震えてるね。母さん、ナマエは俺の部屋に連れてくから」
「まあ!イルミなら安心!ナマエちゃん、今夜は遅いから明日の朝にでも我が家を紹介するわ!」






と、いうわけでイルミに抱えられたまま広く大きな屋敷の中を進み部屋に着いた私はこれまた大きなソファーに座らされた。


「よーしよーし、ほら、大丈夫だよ。血もそんなに流れていないさ」


そうして泣いている子供をあやすように優しく抱きしめられ頭を撫でられている。


「あれ、なんだか更に震えてるね」
「へ、平気だ…から、離れよう」


イルミからやんわりと距離を取り立ち上がり、ようやく抜けた体の力に息をつく。
見てくるイルミの変わらない眼力から逃れたいこともあり、私は窓へと寄った。


逃げたい…けど、この体では難しい。
傷を負っていることもそうだし、何より後天的能力がまだ使えない。


色々な世界を巡り、死なないため、おそろしい状況に遭わないようにとそれらの世界特有の能力を身につけてきた。
だがそれらの能力は世界を超えて直ぐには使えず一定の期間を置く必要がある。
そしてそれは世界を超える小型機械も同じことで、世界を超えてから一定期間は使えない。


落胆を胸に抱きながら縋るように左手首のそれに触れた。


「ねえ」


するとすぐ後ろからイルミの声がして、弾かれるように振り返るーーなんて俊敏ではなく私は錆びついた機械のように振り返った。


「それ、何?」
「…世界を超えるための機械」


瞬間、イルミと、そしてイルミの纏う何かに寒気を覚え体を固くした。
そしてイルミの腕が動いたのが見えたと思った次には、音を立てて壊れる、その機械。
破片を散らして腕から離れていく、世界を超えるための、その機械。


「そっか。それじゃあもういらないね」


イルミが言ったーー何かを。
その機械が壊れてしまうと私は異世界の言語がまったく分からなくなってしまうのだ。

イルミら一家の目的、そしてこれから先のことを考えて私は人生を諦めかけた。




イルミら一家は暗殺者一家。
母親の言葉からして強い者を好み、珍しい異世界人には興味がある。
おそらく彼らは未知の存在である私をしこたま強くさせてから戦い殺す気だ!
どこかの世界で見た絵本、幼い兄妹がお菓子の家に住む魔女によって太らされてから食べられようとしていた話のように…!

だけど彼ら兄妹は確か魔女を焼き殺して無事に脱出出来たはず…私だって…!
こ、殺しはしない(出来ない)が、逃げてこの危ない世界を超えてみせる!


…ただ問題は、もうこの世界の文字が聞き取れなくまた読めなくなってしまったことだ。
機械自体は、どの世界にいたって材料が変わったって造り出す知識と技術が私にはある。
けどそれ以前の段階、この世界での情報収集で躓くなんて…。


「あれ、もしかしてナマエ俺の言葉分からなくなった?この機械、翻訳機みたいな役目も果たしてたのかな。ナマエ、ちょっと俺の名前呼んでみて」


わけの分からない言葉をぺらぺらと話す暗殺者。
イルミに対する恐怖心が大幅に増した。

けれどイルミが自身を指差しているので名前を呼べば良いのかと言葉をつむぐ。


「×××(イルミ)」
「やっぱりだ、何言ってるのか分からないや。あーあ、これで本当の本当に困ったことになっちゃったね、ナマエ」


やはり聞こえてないようだ。
しかし何故だか上機嫌に見えるイルミが私の両頬を包み目線を合わせる。
無意識の内にヒュッとひきつったように息をのめばイルミは笑みを形取った口を開く。


「大丈夫だよナマエ、俺が教えてあげる。ナマエにとって必要なことを、ね」
「…………」
「ナマエ、俺の真似をして」


笑顔、ではなく唇の端を少し横に引いたイルミ。


「イ」
「……い?」
「ル」
「る」
「ミ」
「み」
「イルミ」
「いるみ……?」


イルミが笑った。
端正な顔立ちに影が出来て、おそろしかった。


「最高だね」




140706