私の生まれた世界は、その時既に成熟期をとうに過ぎ終焉へと足を踏み入れていた。
世界旅行が出来る小型機械を時計のように腕につけ、もういくつもの世界を巡った今、何故あの世界が他の世界と比べて消滅しようとしていたかが分かる。
あの世界は成長し過ぎたんだ、それも、かなり速いスピードで。
私のような世界旅行者の他にも時間旅行者など様々な旅行者がいて、つまりはそういった技術が発達していた。
だけど速すぎる技術革命に世界の成長とのズレが生じ、また時間や世界、様々な境界線に歪みが発生しーーそうして世界は破滅の道を歩み始めた。
ありとあらゆる災厄でほとんどの者が命を落とした。
私はどうやら生まれながらに戦闘能力が比較的高く、また唯一の家族である母から更に鍛えるよう脅されていたため(とてつもなく嫌だったけど、生存確率が上がることは良いことだった)生き延びた。
そうしてそんな母も死んでしまったその日に、私は世界を移動した。
世界を壊したのは確かに人間だったけど、人がいなければ、世界でないから。
と、まあそんなわけで色々な世界を旅行している私だがーー
「痛っ……!?」
世界を超えた瞬間に斬りかかられたのは初めてだった。
何この世界こわすぎる、移動したい。
ーー世界を超える時、移動者のことを光が包む。
その光が消える間もなく視界に現れたのは長刀。
流石に避けることが出来ず肩から腹にかけてを一瞬で熱さと痛みが襲い、次いで飛び散る私の血。
座り込んだ私が見上げるのは、カタカタと震える手で長刀を握り恐怖をその目に宿らせて私を睨み下ろす中年の男の姿。
まっ待て、どうしてお前が恐怖を体現させているんだ。
こわいのはどう考えても、私の方だ!
恐怖に捕らわれ固まる体を脳内で叱咤し次の攻撃を振り下ろそうとしてくる彼から逃れようとした次の瞬間、いくつもの針が、彼を襲った。
小さな針、けれどそれが持つ衝撃が彼の体を揺らすことで現れる。
少しの瞬間を置いて、吊していた糸が切れたように彼の体はグラリと傾きそのまま地に落ちた。
既に息が無いことは一目で分かる。
針の飛んできた方を向くとーーいつの間に距離を詰めていたのか近すぎる距離で私を見つめる猫目(という言葉でおさまらないかもしれない)の男。
「ねえ、大丈夫?」
あまりの恐怖に悲鳴も出ない。
だけど外に出ない分抱いた動揺は体内を駆け巡り傷口から流れる血の量が増した。
真顔でお互い見つめ合う中(私は固まっているからだけど)彼の大きな丸い黒目がちらりと傷口に向かう。
「ああ痛そうだね。手当てしなきゃ」
言うと私を抱え歩き出した彼に、思わず目を丸くして腕の中からまじまじと彼を見上げる。
も、もしかして良い人…!
躊躇なく男を殺したから、それについては、こっこわいけど。
「お前、異世界人でしょ」
「!知って……?」
「うん。知らない人がほとんどだけど、知ってる人は知ってるよ。ーーそれにしても、異世界人が光から現れ光に消えるっていうのは分かってたけど、あんなに光り輝いているものなんだね。眩しくて思わず目をつぶりそうになったよ」
「馴れていない者には、そう感じるかも…しれない」
「だろうね。だって確かに目も眩しかったんだけどそれ以上に心臓にキてさ。目を超えて心臓まで届く光なんて驚いた」
それはあなたの目がとてもとても大きいからではないでしょうか。
そうは思うが口には出さない。
私は小心者なのだ。
いやしかし目が大きいは褒め言葉か?言っても気に障らないか?
「大変だねまったく。世界を超えた途端に傷つけられて。でもお前はこの世界でのその傷の癒し方はおろか何も分からないんだもんね、可哀想に。でも大丈夫さ」
彼は、口元で弧を描いた。
「俺がお前を、助けてあげる」
・
・
・
私が現れた建物の中から外に出て、今は彼ーーイルミが呼んだという飛行船に乗っている。
執事の人も何人かいたのだがその人達、そして私が自ら手当てをする、という言葉を拒否してイルミが傷の手当てをしてくれている。
慣れた手つきで包帯を巻いてくれるイルミを失礼にならない程度に見ながら私は感動していた。
この世界に来たその瞬間、私は、なんて世界に来てしまったんだろうと思っていた。
だけどイルミは、確かにたたずまいや眼力は私の知る一般人のそれとは明らかに違うしさっき笑った時も目は変化がなく真顔よりもこわく思えたが……こうして手当てをしてくれる、優しいのだ。
私は静かに安堵の息をつき辺りを見回した。
先ほどまでいた建物、夜景を見下ろす飛行船、世話をする執事達。
考えるにイルミは金持ちなのだろう。
恐らく私に斬りかかりイルミに殺されたあの男は、イルミの財産を狙った何者か。
強盗の罪が命を失うことで釣り合うのかどうか、この世界の基準は分からないがイルミのしたことは正当防衛。
見た目だけで人を判断するのはやっぱり駄目だな。
常日頃思っていたけど、直さなきゃ。
「何か気になる物でもあるの?」
「立派な飛行船だと思って」
「ああ、まあ俺の家、この世界じゃ有名な暗殺一家だしね」
「…………………………」
えっ?
「ナマエが斬られたのも、ターゲットの奴が光を俺の技だと勘違いしてあの長刀を振り回しちゃった結果なんだよね。あんな奴に傷つけさせちゃってごめんね」
「…………いや……えっと……暗殺一家…?なら、イルミは……」
「俺?俺ももちろん」
暗殺者だよ。
140705