アジトにいたクロロのもとに、お宝を一つだけ盗み損ねた、と連絡が入ったのは、ナマエを追ってウヴォーが会場を飛び出してから少しが経っての頃だった。
大まかな話を聞くと、実際に会場へとやってきたクロロと共にいる二人の人物を見て、シズクは首を傾げる。
「あれ?二人とも、アジトにいたの?」
「俺はこのあと、ウヴォーと祝杯を挙げる予定だったからよ。まあそれも無理になっちまったが」
ノブナガは笑みを浮かべて顎を撫でる。
「ウヴォーを吹っ飛ばしたっていう女の顔を、この目で拝みたくてよぉ。話を聞いて、団長について来たってわけだ」
俺はーーとシャルナークが口を開く。
「アジトにはいなかったんだけど、たまたまこの街にいて、団長に呼ばれたんだ。監視カメラの映像から、相手の情報を割り出して欲しいってね」
ステージに上ったノブナガが、瓦礫の山を見ると声を上げて笑う。
「ここにウヴォーが突っ込んだってわけか。そりゃここまでされて、追いかけずにはいられねえよなぁ」
「でもその相手、ウヴォーを吹っ飛ばしたくせに、その後すぐに逃げたんだろ?ということは、戦ってみたはいいけど勝てないことを実感した」
言ってシャルナークは、それに、と辺りを見回す。
「普通なら通報なり何なりするだろうに、警察の来る気配はなし。こりゃ早々に、ウヴォーにやり返されちゃってるんじゃないかな」
ステージの袖から裏へと向かうと、積み重ねられた出品物の山に埋もれるようにしてコルトピが立っていた。
シャルナークが、舞台裏の端にある証明や監視カメラを扱う操作台へと歩いていく中、クロロがコルトピに目を向ける。
「その女に盗まれたお宝は」
「呪いの花瓶だよ」
「団長、そのお宝はもう諦めたほうがいいぜ」
ノブナガが口角を上げて言う。
「ウヴォーの奴が、おそらく割っちまってるだろうからよ」
その時シャルナークが、団長、とクロロを呼んだ。
振り返り操作台のほうへと歩いていくクロロに、シャルナークはパソコンの画面に顔を向ける。
「準備できたよ。ウヴォーが、他の観客たちと戦っている時間まで戻した」
「ちょうどこの頃、女が花瓶を取りにきたよ」
「女の姿はーー煙に紛れてよく見えねえな」
眉根を寄せて言ったノブナガは、既に勝負のついているウヴォー対観客大勢とを見て、息を吐くと首を振る。
「それにしても呆気ねえな。ウヴォーもさぞかしつまらなかっただろうよ」
画面上では既に戦いは終わっており、ウヴォーギンは女の存在へと気づいたのか舞台裏のほうへと顔を向けると怠そうに首を回しながら歩いていく。
重い音が響いて少しが経って、舞台袖から人影が飛び出してきた。
宙を翻ってギャラリーに着地した女を認めて、シャルナークは目を丸くさせる。
「驚いた。ウヴォーを吹っ飛ばすくらいだから、女版ウヴォーを想像してたけど、まるで違うね。強化系かな」
女は冷めた目で、シズクの掃除機ーーデメちゃんへと吸い込まれていく死体を見ている。
その時ノブナガの大きな声が、シャルナークたちの耳をつんざいた。
思わず耳を塞いだシャルナークは、眉を上げてノブナガを振り返る。
「突然何だよノブナガ!うるさいなあ!」
「この女、例の女だ……!」
「はぁ?例の女ってーー」
「美術館で会った女か」
訊いたのはクロロだった。
ノブナガは大きく頷いて、画面上の女のことを睨みつける。
「忘れもしねえ。人を小馬鹿にしたような冷めた態度にぴくりともしねえ鉄仮面……こいつだ、間違いねえ」
ウヴォーが女へと向かっていって、二人の拳がぶつかり合う。
結果は話に聞いていたとおり、ウヴォーが女に吹っ飛ばされて、画面は再びその衝撃から白煙に包まれた。
クロロがじっと見つめる隣で、シャルナークが、お見事、と言う。
白煙がおさまった時、既にどこにも女の姿はなくなっていた。
ノブナガは唇を噛みしめ画面を睨みつけていたかと思うと、クロロを振り返って言う。
「団長、俺もウヴォーと、この女を追いかけるぜ。この女なら、もしかしたらウヴォーの奴も、まだケリをつけられてねえかもしれねえ。俺も借りを返してぇからな」
「借りって、何の話?」
「おめぇもあの場にいただろうが!シズク!」
え、とさらに首を傾げるシズクに、ノブナガは気を削がれたように肩を落としてため息を吐く。
「まあシズクは、一度忘れちゃったことは思い出さないからね。でも確かに、借りとか例の女とか、いったい何があったんだ?」
「シャル、前にお前に、とある美術館の情報を調べてもらったことがあっただろう」
「ああーーノブナガとマチ、それにシズクの三人でやったやつだっけ」
言ってシャルナークは気づいたように、あ、と呟く。
「もしかして、その時に何かあったの?」
「あれは一度、阻止されているんだ。ノブナガの言うとおりなら、この女に」
シャルナークは目を見開いた。
「それじゃあ俺たちは、もう二度もこいつに、仕事を邪魔されてるってわけだ。蜘蛛潰しか……厄介だね」
言うものの、シャルナークの声音は軽い。
どこか楽しそうな様子さえ見せながら、パソコンを操り始めた。
ノブナガが怒りに肩を震わせながら、この女、と呟く。
「こいつが会場を後にしたのは、ウヴォーに勝てないと思って逃げたんじゃねえ、戦う価値がないと判断して去ったんだ。警察が来ねえのも、もしかしたら、もう女は既に死んでる、或いはウヴォーと戦闘中で通報ができねえから、じゃあなく、通報できるのにしてねえだけっていう可能性もある。捕まえるだけの興味もねえんだろうよ」
「そんなに嫌な人だったの?」
「ああ、そりゃもういけ好かねえーーってシズク!お前からのその問いは二度目だ!」
「そうだったっけ?」
その時、シャルナークが不審そうに声を漏らした。
「おかしいな……」
「どうした、シャル」
クロロの問いに、シャルナークは不可解そうな顔で頭を掻く。
「女の情報が出てこないんだ」
「何ぃ!?そりゃどういうことだ!」
「名前と勤め先は分かったんだけどーー」
「それだけ分かれば十分だ。教えてくれ。急いで二人を追いかける」
言ったノブナガは、シャルナークから女の名前と勤め先とを聞くと、会場を走り去っていった。
見送って、シャルナークは肩を竦める。
「追いかけるってーーもう二人が出ていってから随分時間経ってるけど、居場所、分かるのかな。女が勤め先に戻ってるとは限らないし」
言ってシャルナークはクロロを振り返る。
「女の名前はナマエ=ミョウジ。戦闘が始まる前まで監視カメラの映像を戻したら、ある男と話していたから、男のほうを調べたら当たりだった。ナマエ=ミョウジはつい昨日から、その男に雇われてる。ただ、それ以前の記録がないんだよね。普通は名前さえ分かれば、経歴とか住所とか、色々分かるのに」
「自分で消したか、雇い主の誰かによって消されたかーーそれとも俺たちのように、もとから存在していない人間だったかの、どれかだな」
クロロの言葉にシャルナークは頷いて、伸びをする。
「やっぱり、ハンター証取ろうかな。ハッキングをするにしても、限界な部分もあるんだよね。まあこの蜘蛛潰しになるかもしれない奴が、簡単には調べられない相手だっていうことなんだけど」
「蜘蛛潰しかーー邪魔だな」
言ってクロロは、だが、と呟く。
暫し黙っていたかと思えば、やがてシャルナークを呼んだ。
「女の情報を、団員全員に送れ」
了解、と言って、シャルナークはクロロに訊く。
「命令は?」
「ーー見つけたら、連れてこい」
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