指輪と手錠の違い | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
私は色々な世界を廻ることができる。
廻るための小型装置があるのだが、それの作り方を知っている。
その装置は一つの世界を超えると壊れてしまうというか、消えてしまう。
つまり一つの装置につき超えられる世界は一つだけ、一度きりなのだ。
作り方はどの世界にも不思議と隠されているから、世界を超えたくなったらそれを探し出してまた作り、使用する。
それを私はもう何回も繰り返してきた。


しかし私は、決してこの世界移動を望んじゃいない。
自分で装置を作り使用しておいて何を言ってるんだ、という感じだが、私が世界を超えているのは、平和を手にするためなのだ。


平和で穏やかで、争いのない世界で暮らしたい。
誉れなんて求めないから、その代わりに争いも拒絶したい。


だというのに私がこれまで移動してきた世界の数々は、どれも穏やかとはほど遠い。
修羅場を乗り越え何とか生きるために色々な能力を身につけられたのは良かったが、私はそもそも能力なんて必要のない生活をしたいのだ。


私は決して諦めない。
平和な世界は必ずある。
そう信じて、私は今日も、世界を超えた。






ーー今回の世界は、とりあえずは安心できる。
高層ビルやら整備された道、歩く人々などすべてから、近代的であると見られる。
重要なのはこうした文化や技術が、争いで壊されることなく残り、続いているという点だ。


ーーいつだか昔、世界移動したかと思えばそこはどこの世紀末かというほどの荒野で、歩けば死体に遭遇する、なんて場所だったときには絶望したものだ。
だからそれに比べればこの世界はひとまずOKである。


しかし注意しなければならない点は、一見平和に見えていそうで実は違う、ということだ。
もしかしたら道行く人々がいきなり変身するかもしれないし、いきなりカードバトルを繰り広げるかもしれない。
誰かの前を通ったら強制的にモンスターバトルを挑まれる可能性だってあるのだ。
短パン小僧やミニスカートには要注意である。


あとは、世界に暮らす大多数の人間は普通であるのに、ごく僅かな人間が飛び抜けてヤバいとか、そういうことにも注意しなければならない。


とは言っても、毎度毎度残念なことに、世界を超えて一発目のお仕事は大抵いいものではない。
何故なら私には身分証明書などがない。
つまり真っ当な経歴を証明するものがないのだ。

比較的いい世界には穏やかな職業も多いが、くわえて情報管理もしっかりしているため、素性の知れない私を雇ってくれることはない。
しかしそうした審査がそもそもないような世界は大抵荒れている。
だから危ないかもしれない職に就くしかないのだ。

まあ危険が伴うということはそれだけ激務で、したがって報酬も高い。
そのお金さえ得られれば後は裏社会から足を洗って真っ当な生活にシフトチェンジする手段が生まれる。


今回就けた職は美術館の警備員だ。
今までは兵士やら何やらと戦場に赴くような職しかなかったから、それに比べればはるかに安全だと言える。


これは幸先がいいぞ、もしかしたらこの世界が私の探し求めていた運命の場所なのかもしれない。
私はこの世界で天寿を全うするのだ。







ーーと、そう思っていたときが私にもありました。


ーー警備員の就職面接では腕っ節を問われた。
既に内定が出ている男五人を倒してみろと言われたのでそれを果たして合格したが、働く前から気まずすぎた。
職に就けたことは嬉しいが、同期をボコったのだ、職場でハブられるのは決定している。
それどころかお返しされるかもしれない。

しかし他に道はなかったのだ。
美術館の経営者は、私が負けた場合には女として飼ってやるだとかをほざく、まあ屑だった。

言っても私はこうした屑には慣れている。
関わらないで済むのならもちろんそうしたいのは山々だが、今はお金が必要なのだ。
私には経営者の男が札束にしか見えないので多少の無理は許容できる。


ということで同期からの仕返しに怯えつつ美術館にいた私だったが、その心配は杞憂に終わった。
何故なら私以外の警備員は、その同期たちも含めて全員血の海に倒れているのだから。




気配を絶って、廊下の壁に体を寄せて、そうっと場所を覗き見る。
男女がそれぞれ一人ずついて、館内の展示品を次々に大きな袋へと突っ込んでいる。
その奥の広間からは掃除機が吸い込みにくい何かをそれでも吸い込んでいるような音がする。

私は顔を戻すと、ゆっくり天を仰いだ。


賊が襲撃してくるなんて聞いてないんですけど……。
かつて美術館がここまで危険だった世界があったろうか、いやない。
盗賊などはどこの世界にもいるけれど、こんな、警備員を皆殺しにするか普通。
うえ、血の匂いがここまで……。


壁にもたれ掛かるようにしたまま、ちらりと視線を前に移す。
窓があって、外には坂があり、その先には街が広がっている。


逃げたい、切実に。


ーーそれにしても同僚の皆さんは勇敢だったな、賊が来たと分かれば我先に「俺の手柄だ!」やら言って突っ込んでいって。
まあ全員殺されてしまったわけだけど。
ーーああ逃げたい。
だけどお金は欲しい。


うじうじ悩んでいた私はやがて、仕方ない、とため息を吐いた。
ーー瞬間移動を使おう。



私がこれまで習得してきた能力の大半は、逃走に役立つものだ。
そういうものを率先して身につけてきた。
瞬間移動然り、他には空を飛ぶこともできる。
私と相手の位置を入れ替える、なんて能力もあるが、それは相手を混乱させてその隙に逃げるためのものだ。


私は再びため息を吐いて、覚悟を決める。
そうっと覗けば、賊の二人は展示品を詰め終えたのか袋から手を離していた。
ーー今だ、と私は床を蹴った。

袋の元まで一瞬でたどり着いた私はそれに手を伸ばして掴み取る。
賊の反応は速く、男のほうが腰に差した刀を抜刀して振ってきたが私の勝ちだ。
瞬間移動の術を使ってーーそして何故だか、袋だけがその場から消え去った。

え、と目を見開くのは私も男も同じこと。
しかし唖然としている暇もない、男の振る刀はやや動きを鈍らせただけで止まりはしない。
私は何とかその隙に床を蹴ると宙を翻り距離を取って刀から逃げた。


追撃を警戒しつつ、私は自分の手許に視線を落とす。
瞬間移動した展示品と、美術館に残った私。


に、荷物だけ瞬間移動した……!?
どうして……!


「念能力者だったんだ。どうりで気配が薄いと思った」
「一般人を装うたぁいけ好かねえな。おい、展示品をどこへやった」


念能力という聞き慣れない単語に引っ掛かりを覚えるが今は生憎それどころじゃない。


「答えろ」


すると答えない私に苛立ちを見せた男が凄んで、その途端に空気が濃いものへと変わった。
殺気に似たそれは体にまとわりついて肌を突き刺してくる。
ひい!と内心で叫んだ私は瞬間移動の能力を使おうとするが、何度やっても、今度は発動すらしなかった。

今すぐ逃げなければいけないのに固まってしまって動けないでいると、男がさらなる怒りに眉を上げた。


「てめぇ……!」
「待ちなよ、ノブナガ。もしかしてこいつ、本当に念能力者じゃないんじゃない?」
「はぁ?マチ、お前も見ただろ。こいつが触れた瞬間、展示品は消えた。これが念能力じゃないってんなら、マジックか何かかよ」
「まあ、そうなんだけどね」
「……勘か?」
「勘だ」


前の賊二人の言動に集中しなければいけないのだが、私の頭は別の問題を処理することでいっぱいだ。


ーー能力に制限がかかってる、のか?
瞬間移動は使えたが一度だけ、それも飛ばせる対象が一つだけになっている。
本来ならば私と、私が触れているものならば際限なく飛ばせる能力なのに。

結果私自身ではなく展示品を逃がすような形になってしまったが、移動先は経営者のオフィスを選んだので、展示品を置いてのこのこ自分だけ逃げおおせるという結末よりはよかっただろうか。
いやそれとも、展示品を見捨てて自分だけがこの美術館からも経営者からも遠く離れたどこかに逃げてそのままずらかるほうがよかっただろうか。
しかし逃亡生活は避けたい。
かといって今ここで殺されることなんてもってのほかだ。


「展示品を消したのはお前か」


訊かれて、ようやく私は口を開いた。
この非常事態に対する推測はとりあえずは終わったし、何よりこれ以上無視をすれば殺されそうだ。


「そうだ」
「だとよ、マチ、お前の勘が珍しく外れたな」
「まあこれで、念能力じゃないほうがおかしいといえばそうなんだけど……。物を移動させる能力か、特質系かな。団長が欲しがるかもしれないね」
「お前の意見は聞いてねえよ。俺たちは展示品をアジトに持ち帰る、それだけだ」
「分かってる。まあ移動できるのは物だけみたいだし、ってことはこいつ自身はここから逃げられないから簡単だね。にしてもお粗末な能力だ」
「いや……飛ばせるのは物だけじゃない」


言った女に、私は、能力を自由に使えないこの状況が悲しくて思わず呟いた。


「私は自分と、そして触れている物なら何でも飛ばすことができる」


ーーそう、できるはずだったんだ。
手を握りしめると女の視線がそれにちらりと向いた。


「へえ、つまりあんたは、自分もお宝と一緒にここから逃げられたのにも関わらず、わざわざ残ったってわけ。泥棒を倒す、か。警備員の鏡だね」
「警備員ーー」


言われて私はふと、未だに何かを吸い込むような音が続いていた広間に視線を移した。


ーーうわ、人間、吸われてるんですけど。


吸い込みにくい何かは同僚たちのことだったようだ。
死体となった警備員たちが次々に、ぎょろりとした目がついた掃除機に吸い込まれていく。
まあ吸い込みにくい、とは言っても普通の掃除機じゃ考えられないほどの吸引力ではある。
見ていていい光景とは言えないどころかこんなの視界の暴力だ。


私は苦い顔をしてそれらから目を逸らす。
逃げなきゃ、そう強く思って、前に立ちはだかる二人の賊を見据えた。


「敵討ちか、ご立派なこった」


刀を鞘に仕舞った男の間合いで、位置移動の能力を発動させて女と場所を入れ替える。
私はそのまま窓に向かって駆けていき、それを蹴破り外へと出ると、そのまま空を飛んで逃げていった。















「ーーと、いうことで警備の者たちはすべて殺された」


そのままオフィスへとやってきた私がした報告に、経営者の男は、そうか、と特に感情を込めずに言った。


「物が無事ならそれでいい。先ほどいきなり展示品が部屋に現れたが、これはお前の能力か」


頷いたところで口を挟んできたのは、経営者の脇に控えていた屈強な男だった。


「しかしお前は念能力者ではないだろう」
「ーー念能力」


再び耳にしたその言葉に眉を顰めれば、男は呆れたように笑った。


「念が何かも知らないくせによく言う。展示品が突如現れたことが誰のお陰かは知らないが、お前でないことは明白だな。一般人にこんな芸当ができるはずがない」
「偽ってまで金が欲しいか。ならばーー」


と、ここで経営者の男が何やらまた飼ってやるだとか面接時と同じようなことをほざきだしたので、私はその場から逃走した。
念能力がうんたらと言っていた男がしつこかったが何とか逃げおおせた。


この世界は駄目だ。
危険な奴が多すぎる。
賊もそうだが雇い主もひどい奴だった。
危険な仕事のただ働きなんて最悪なことをしてしまった。
悪い行いをした奴には罰が当たるんだからな。  


と逃げながら負け惜しみのようなことを一人ぼやいて情けなさに落ち込んだ。
ーーしかし次の日の朝、駅前で配られていた新聞の一面を経営者とその護衛の男が飾っていたのを見つけたときは何ともいえない気持ちになった。
何故なら二人は何者かに襲撃され、美術館の展示品を奪われ殺されていたのだ。

罰にしては、重すぎるだろ……。
やっぱりこの世界からは早く移動しよう。




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