指輪と手錠の違い | ナノ
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幻影旅団の数あるアジトの一つにて、団長であるクロロ・ルシルフルは、廃墟の中の瓦礫に腰を落ち着け読書をしていた。
この廃墟は最近アジトとして使うようになり、また今夜を持って立ち去るつもりだったため電気は通っていない。
そのため欠けた天井から差し込む月明かりと、床に立てた蝋燭の火が明かりとなっている。

すると車のエンジン音と砂利を削る音が聞こえてきた。
車は廃墟の前で止まる。

クロロのいる広間ーーとしている部屋に入ってきた三人の人影を視界の隅に認めて、クロロは本を閉じるとそちらを向いた。
そして微かに目を見張る。


やってきた三人の団員のうちの一人であるマチが眉根を寄せて言った。


「ごめん団長、失敗した」











ーー今回の幻影旅団の盗みに参加した団員はマチ、ノブナガ、シズクの三人だった。
盗み先は丘の上にある美術館、三人は営業時間を過ぎた夜になると真っ正面から乗り込んだ。

裏の繋がりが深いと言われる人物が経営している美術館のためか、警備員は閉館してからのほうが数が多く、またその警備の者たちも明らかに真っ当な人間とは見えない者ばかりだった。
しかしA級の盗賊集団である旅団に敵う者たちではなく、ゴロツキ或いはチンピラがせいぜいといったところの奴らは次々と地に伏せていった。


マチとノブナガが目当ての宝を大きな袋に突っ込んでいき、シズクが死体をデメちゃんーー具現化した掃除機で吸い込んでいく。
見当たる障害は排除したため、そしてたとえ新たな障害が出てきたとしてもそれは気づいたときに排除できるため、三人は特別周囲に警戒をしていなかった。


そのとき女は現れたのだ。


美術館のすべての展示品を詰め込み終えた袋のそばにはマチとノブナガがいた。
女はそこに突如現れると袋に手を伸ばし掴み取る。

気づいたのはマチとノブナガの両方だったが、迎え撃ったのはノブナガだけ。
そばに現れるまで気づかなかったことに驚き、念能力者かと構えてみたがそれも一瞬、女の体からは微弱なオーラが垂れ流しとなっている。
つまり一般人だ。

他にいた警備員は気配を隠すのも下手くそで、それどころか力の差を理解せずに突っ込んでくる馬鹿ばかりであったから、それに比べればこの女は見込みがある。
あくまで一般人として、ならの話だが。


だからマチは手を出さなかった。
ノブナガの刀がいつものように敵を斬ると、そう思ったから。


「ーー!」


しかし結果は違った。
女の手の先にあった、展示品を入れた袋が忽然と消えたのだ。
驚きに、刀を振る手が僅かに勢いを止める。
女はその隙を見逃さず、床を蹴って翻り、紙一重で刀を避けると離れたところに着地した。


デメちゃんが死体を吸い込む音が別部屋から聞こえてくるなか、ノブナガとマチ、そして女が対峙する。


ふうん、とマチが口を開いた。


「念能力者だったんだ。どうりで気配が薄いと思った」


言っても、一般人のように垂れ流されているオーラは変わらない。
しかしこんな芸当、念能力でないはずがない。
何のつもりかと眉根を寄せるマチの横で、ノブナガが舌を打った。


「一般人を装うたぁいけ好かねえな。おい、展示品をどこへやった」


問うが、女はどこか凍りついたように動かない。
目の前で展示品を消すなんて能力を見せたくせに一般人を装うその姿勢が苛立たしくて、ノブナガは練をするとわざとオーラを増幅させて、女を煽った。


「答えろ」


けれど女は目を見開いて体を固くしただけで、オーラに対抗してはこない。

これだけ煽っても一般人のふりをする、それは念能力を使うまでもないという女の意思の表れだろうが、だとしたらそれは驕りだ。
この女も、今は死体となった警備員たちと何ら変わりない。
力の差を分かっていないのだから。


「てめぇ……!」
「待ちなよ、ノブナガ」


先に煽ったのはこちらであるのに見事女の挑発に乗せられたノブナガを、マチが止めた。


「もしかしてこいつ、本当に念能力者じゃないんじゃない?」
「はぁ?マチ、お前も見ただろ。こいつが触れた瞬間、展示品は消えた。これが念能力じゃないってんなら、マジックか何かかよ」
「まあ、そうなんだけどね」
「……勘か?」
「勘だ」


断言するマチに、ややあってノブナガがため息とともに天を仰いだ。
面倒くせえーーとノブナガは思う。


マチは僅かな興味を抱いたようだし、もしもこの場に我らが旅団の団長やその他のメンバー数人がいれば、マチと同じような反応を見せたはずだ。
しかし女の能力が念能力かそうでないか、そんなことは自分にとって微々たる問題。
大事なのは展示品がどこへ行ったのか、ということだ。
もしもそのことに目の前の女が関わっているなら必ず吐かせる、そうでないなら殺すまでだ。


おい、とノブナガは女に言う。


「展示品を消したのはお前か」


すると今まで黙りを決め込んでいた女がようやっと口を開いた。


「そうだ」
「だとよ、マチ、お前の勘が珍しく外れたな」


どこか納得いかないような複雑な顔をしたマチは呟く。


「まあこれで、念能力じゃないほうがおかしいといえばそうなんだけど……。物を移動させる能力か、特質系かな。団長が欲しがるかもしれないね」
「お前の意見は聞いてねえよ。俺たちは展示品をアジトに持ち帰る、それだけだ」
「分かってる。まあ移動できるのは物だけみたいだし、ってことはこいつ自身はここから逃げられないから簡単だね。にしてもお粗末な能力だ」
「いや……飛ばせるのは物だけじゃない」


言ったのは女だ。


「私は自分と、そして触れている物なら何でも飛ばすことができる」


女の手が強く握りしめられるのを見てマチは言う。


「へえ、つまりあんたは、自分もお宝と一緒にここから逃げられたのにも関わらず、わざわざ残ったってわけ。泥棒を倒す、か。警備員の鏡だね」
「警備員ーー」


女は呟くと、視線をマチから、別部屋へと移した。
開け放たれた扉の奥では死体が次々にシズクの掃除機に吸い込まれていっている。

その光景を見て、女は苦々しげな表情を浮かべた。
眉根をきつく寄せて、マチとノブナガに向き直るその表情は鋭い。


「敵討ちか、ご立派なこった」


ノブナガは言うと、刀を鞘におさめて構えを取る。
それを認めるとマチはノブナガから距離を取った。

ーー居合い切り。

女とノブナガの距離は近い。
女が一歩でも動けば即座に斬られるだろう。
それも展示品の在処を吐かせるよう、苦しみが長く続く傷を負わせる程度に。


マチは、女がいったいどう戦うつもりなのかと、その様子を見ていた。
移動する能力、だとしたらノブナガの居合いからも逃れられるのだろうか。
さっきの死体を見ていたときの苦々しげな表情からして、女はきっと仲間の敵を取りたいと思っているだろうから、そうそう遠くへ逃げるような真似はしないだろうが。


(ーー動く!)


そのときマチは、女の空気が変わったのを感じ取った。
ノブナガも同じで、目にも止まらぬ速さで刀を抜く。
けれどそのときその刃が自分に向かってくるのを見て、マチは目を見開いた。
ーー女とマチの場所が入れ替わっていたのだ。


ノブナガも同じように瞠目して咄嗟に刀を止める。
しかし止まり切らなくて、寸でのところで出したマチの糸がそれを何とか弾いた。


驚きを処理する間もなく女の気配のするほうを見れば、さっきまでマチがいた場所から走り出し、窓へと駆けていく女の姿。


ーー敵をとるんじゃないのか……!?


どういうことかと考えながらも、マチとノブナガもそのあとを追う。


「あれ?どこ行くの?」


なんていうシズクの声も聞こえたが、説明するのは後だ。
二人は窓を破って飛び出していった女のあとを追おうとして、そして足を止めた。
丘の上にあるこの美術館から飛び降りた女は重力に従って落ちていかずーー空を飛んで逃げていったのだ。










「くそっ、あの女……!」


強く壁を叩いたのはノブナガだ。 
廃墟だからなのかノブナガの苛立ちが大きいのか、その振動で天井からぱらぱらとセメントの欠片が振ってくる。


「オーラを垂れ流しにして一般人装ってたことからして食えねえ奴だと思ってたが、ありゃとんだ狐だ!狸だ!仲間の敵をとると見せかけてまんまと逃げ出しやがった!」


ノブナガとマチから事の次第を聞いたクロロは口許に手をあて何やら考える。


「移動と飛行か……奇妙な能力だな。関連性はないように思えるが。ーーマチ、お前の糸は」
「途中で気づかれたみたいで追跡不可能。それで団長、悪いんだけど今からもう一回お宝を盗りに行ってくるから、あの美術館の経営者の住所とか、情報ちょうだい」
「ああ、前にシャルが調べておいた資料がそこにある」


クロロが示したテーブルへと向かったマチの背中を見送って、シズクが訊く。


「それって私も行くの?」
「シズクはいいよ。人手なら私とノブナガで十分だろうし、今度は、展示品を汚さないようにと死体を吸い込んでもらう必要もないからね」
「なら今日の私の仕事は終わりだね」


言ってシズクは欠伸をする。
その横ではノブナガがわなわなと震えていた。


「まず間違いなくあの女は経営者のところへ向かう。報告と、そして展示品の受け渡しを兼ねてな。それがいつだかは分からねえがーー見つけた瞬間、今度こそ斬ってやるぜ」
「そんなに嫌な人だったの?」


訊いたシズクに、ノブナガは声を上げた。


「ああ、そりゃもういけ好かねえ女だった。瞬間移動でいつでも逃げられたのにも関わらず、わざわざ見せつけるように空を飛んで逃げていったところが特にな……!」
「でもそれってちょっとリスクが高すぎるよね。見せつけたいなら、展示品を飛ばした後すぐに空を飛んでいけばよかったのに、わざわざノブナガの居合いを見るなんて。ちょっと違ってたら、その人斬られてたよね」
「ってことは最初は逃げるつもりじゃなくて、俺たちと戦おうとしていたが、俺の実力を見て戦うに値しない奴だと判断したってことか……?」
「元気出して、ノブナガ。もしかしたらノブナガの実力に恐れをなして逃げたのかもしれないし」
「それだったらあんな悠々と逃げねえで、瞬間移動でさっさと消えるだろうが、くそ、あの女……!」


団員であるウヴォーギンには落ち着けといつも言っているノブナガが、今日はうるさい。
その様子を黙って見ていたクロロは視線をマチに移し、口を開いた。


「どうした、マチ」


え、と目を見開いて振り返ったマチに、クロロは続ける。


「何か不服そうだな」
「……ちょっと、引っかかって」
「何がだ?」
「……私にはあの女がどうも、念能力者じゃないように、思えるんだよね」


マチ、と鋭い声で呼んだのはノブナガだ。


「俺はあいつを斬るんだ。団長に変に興味持たれて、仮に殺すななんて命令されちゃあ困る」


クロロが笑った。


「安心しろノブナガ。今の話を聞いただけで、俺自ら何かしようとは思わない。したがって命令も出さない。ーー妥当なのは、その女が、念能力の達人だという線だな。オーラを一般人のそれに似せ、能力を使う際にもその跡を一切見せない」
「私も、そうだろうとは思ってる、……けど」
「引っかかるか」


クロロに訊かれ、その黒い瞳で見つめられてマチはそのまま口を閉ざした。




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