不幸だ、私は思った。
いや自分が不幸体質なのはとっくの昔から知っているし、毎日不幸だと思うことはある。
けれどこれは久しぶりの大きな不幸だ。
ーー休日、何の気なしに街に出かけた私は突然二人の男に拉致されて、布を噛ませられたと思えばそのまま近くの小屋に連れられた。
そして計画的犯行だったのか小屋の中にあった椅子に手と体を縛られて座らせられている。
いったい何が目的なんだろう、また昔みたいに人身売買…?
ーーあの時はリヴァイが助けてくれた。
けれど今は私は兵士だ、…いや強い兵士ならまず拉致されないとは思うけれど。
だけど足は縛られていない…二人なら、倒せる。
…それにしても相変わらずの不幸体質。
「おい女、悪いがお前には餌になってもらう」
「むぐ?」
餌?私は聞き返した。
布を噛んでいるせいで発音はおかいしけれど。
「リヴァイ、よく知っているだろ」
「!」
「クク、やはりな。入念に下調べはした」
こいつら、リヴァイに何の用…?
「人類最強の男、人類の希望、そんなの俺達には知ったこっちゃねえさ!アイツはただの地下街のゴロツキ。その時受けた借りを返させてもらうぜ」
「だが俺達が束になったってリヴァイに勝てるわけねえ。だから、お前だよ、女」
呼吸が荒くなる。
口の中の布を噛みしめた。
「お前は大層リヴァイに大事にされてるそうじゃねえか。だから、餌だ」
「大人しくしなきゃお前を傷つける、ってな」
ハハハハ!と笑い合う二人の男に、私の体は動いていた。
勢いよく前のめりになるとそのまま足を踏み出し一人の男の腹に頭突きをくらわせ突進する。
小さな小屋の中の壁にまで激突させたら、もう一人の男に後ろから椅子を引っ張られた。
私はその反動を利用して体をひねり、その男に椅子の足をくらわせる。
バランスを崩し床に倒れ込んだ男を見て、私は床を蹴った。
「!!」
椅子を下にその男の上に体ごと飛び込めば、声もなく悶える男。
そしてバキ!と同時に堅い音もして、椅子が壊れたのか椅子と体を繋いでいた縄が緩くなる。
よし…!と縄から抜け出そうとしたその瞬間、けれど先ほど頭突きし壁に激突させた男が今度は私にタックルしてくる。
壊れ曲がった椅子の木が背中をガリガリと削ってきて思わず顔を歪めた。
それに男に顔を殴られる。
曲がってはいるけれど未だ椅子につながれ床に転がる私に馬乗りになって殴りかかってこようとする男。
もう一人の男がさっきの攻撃で気を失っているらしいのが幸いだった。
私は自由な足に力を入れ男の腹に膝を入れる。
咳き込む男、けれど苛立たしそうに爪を立てて私の太ももを握ってくる。
その痛みに眉を寄せながらもやっとのことで縄をほどいた私はその勢いのまま男に再び頭突きした、今度は頭に。
「ァガッ…!」
目を回らせたのかそのままひっくり返った男。
私は立ち上がると、自身の背中を傷つていた椅子の木を掴み折った。
先の破片には血が付いている。
そして今度は私が男に馬乗りになると、その木を思い切り男の肩に突き刺した。
「ウアアアア!!」
痛みに暴れる男の両腕を、両の太ももに体重をかけ抑えつける。
さっき爪を立てられた時に傷ついたであろう、太ももにも血が少し滲んでいた。
「よく、聞け!」
私は荒い息をしたまま男を睨みつける。
「リヴァイは強い、私よりも、ずっと…!だから、私の不幸体質なんかじゃリヴァイはどうにもならない…!」
だけど、私は続ける。
「リヴァイにもし不幸がかかりそうなら、私はそれをどんなことをしてでも止める!リヴァイに、不幸はうつさせない…!」
少し震える足をそのままに、私は立ち上がった。
「気絶してるもう一人の男にも言っておいて。もしまた何かしようとしてきたら、今度は、離れてなんかやらない…ずっとお前らに取り憑いて、不幸な人生にしてやる!」
決め台詞にしては、決まらなかった。
・
・
・
ーー小屋を出た私は、そのまま裏道を歩いて帰っていた。
表通りに出るには今の私の格好は酷くて…少し腫れた頬に、切れた口の端、極めつけは背中だ。
休日だからとブラウスとスカートという楽な格好で出た私の背中には、転々と赤が飛んでいる。
まあ今はまだ夕方になっていないし、他の兵士もいつもみんなギリギリまで街にいるから、今帰ったところで誰に騒がれるわけでもないだろう。
とりあえず部屋に行って手当でもしよう、…背中はどうしようかな。
不幸体質の私にとって怪我は慣れたもので(今回は少しヒドいけど)淡々と考えながら調査兵団施設の門をくぐる。
思った通り誰もいない中を歩き、自身に割り当てられた部屋へと向かうとーーいた、リヴァイが。
私の部屋の扉の横に背中を預け、腕を組んで。
私に気づくとその目を見開き腕を解くと体を起こしてこっちに来た。
「ナマエ、何があった」
「不幸が。だけどねリヴァイ、私自分で不幸を追い払えたよ」
「とりあえず手当しながら話を聞く。…チッ、ナマエ、お前はもう一人で外を歩くな」
いいか、部屋で待ってろ。
リヴァイはそう言うと窓から外へ出て行く。
私は素直に自分の部屋に入ると白いベッドの上に腰かけた。
ーーすると一分も経たずにリヴァイが包帯やら水の入った桶やらを抱え部屋に入ってくる。
リヴァイはベッドの横の机にそれらを置くと、自分は椅子を引いて私の前に座った。
そして腫れている頬を優しく撫でる。
「詳しく話せ」
「二人の男に拉致されたの」
リヴァイの眉が寄る。
「…それで」
「布を噛まされたまま小屋に連れて行かれて、椅子に体を縛りつけられた」
「名前は言っていたか」
「ううん」
「顔は」
「覚えてるよ」
「そうか、俺に特徴を教えてから忘れろ。場所は」
「覚えてる、でももういないよ。それに今回はリヴァイに頼らなくても不幸を追い払えた」
笑うとリヴァイに水に濡れたガーゼを口の端にあてられてぴりりと痛んだ。
「理由は言ってたか」
「うん、私はリヴァイの餌だって」
ぴくり、リヴァイの指が動いたかと思えば抱きしめられた。
「…悪い」
呆然としたまま紡がれたその言葉に私は疑問符を浮かべる。
「悪い」
「リヴァイのせいじゃないよ」
むしろ私の不幸体質が原因だし、ーーそれに昔リヴァイは私に言ってくれた。
私の不幸体質のせいでリヴァイに不幸を伝染させたのに、私のせいじゃないって。
私はリヴァイの腕から抜け出すと、リヴァイの肩に手を置き笑う。
「リヴァイのせいじゃない」
言うとリヴァイは何も言わずに、私の額と自分の額を合わせた。
そしてまた腫れた頬に手をあてる。
「殴られたのか」
「うん、でも倍以上のことを返したよ」
「ああ」
「それに顔はそんなに痛くないよ」
「…他に何かされたのか」
「えっと背中と、あと太股も」
言うと私は立ち上がり長いスカートの裾をまくる。
見ると血は固まったもののやっぱり赤い。
リヴァイを見ると、けれど何故かリヴァイは私に背を向けていた。
「リヴァイ?」
「水を変えてくる」
「リヴァイまだその水使ってないよ」
言うとリヴァイはハッとして私に詰め寄った。
「ちょっと待て、どうしてそんなとこ怪我する」
どうやらハッとしたのは水を使ってないことに気が付いたから、とかではなかったみたい。
リヴァイ呆けたのかと思った、少し。
「その男達の一人に馬乗りになられて」
「……」
「だから腹に膝蹴り喰らわせたの」
「ああ」
「そしたら太股を握られて…」
私は思わず言葉を途切れさせた。
リヴァイは普段から怒ってるように見えると言われているけど、今は本当に怒ってる。
「消毒する」
「うん、ありがとう」
私は再びベッドに腰かけてスカートの裾をまくる。
リヴァイも再び向かいの椅子に腰を下ろして脱脂綿に消毒液を染み込ませた。
けれどリヴァイはまったく患部を見ずに私の顔だけを見てきた。
「リヴァイって見ないでも手当て出来るの?」
「ああ」
「すごい、ね…っ」
「我慢しろ」
「う、ん…っい…、ハァ」
するとリヴァイが立ち上がって私に背を向けた。
「水を変えてくる」
「だからリヴァイまだその水使ってないよ。あ、あとね…」
すると私を見たリヴァイに、私は申し訳なくて眉を下げた。
「背中も手当てしてほしいの…」
「…水を変えてくる」
「だからリヴァイまだその水使ってないよ」
140224