私の背には、前世と変わらず模様のような痣がある。
そして同じものが母の背にもあった。
「医者というか考古学者というか、とにかく古い馴染みにとても頭の良い人がいて、もう長い間この痣について調べてもらっているの」
まだ夕方なのに、雨を降らせている雲が厚くて日の光が入ってこない。
灰色の仄かな明るさが、私の影だけを床に映す。
「ナマエ、不幸は幸福が好きなのよ。幸福の明るさ、優しさを一番よく知っているのは対にある不幸だから」
不幸は幸福が好き。
優しくて、強くて、憧れて、輝いて見える。
私もリヴァイが好き。
「だからね、あなたは不幸に好かれるけれど、それはナマエの中にたくさんの輝きを不幸が見つけているからよ。そして幸福はとても優しいものだから、不幸に寄り添ってくれる…ナマエ、あなたは人よりたくさんの不幸に好かれても、その分たくさんの幸福も感じているはずよ」
強い雨音だけが部屋の中に響く。
「あなたはその身に、不幸も幸福も受けていいのよ、ナマエ」
私は写真の中、笑顔の両親を見つめ口の中だけで謝った。
両親が、死んだ。
事故死だったと、聞かされている。
十年目の結婚記念日だからと、結婚式を挙げた母の故郷…列車や車で行く距離にある隣国に二人は行った。
マフィアの抗争に巻き込まれのか、それはまだ調査中だと警察の人に言われたけれど、爆発の跡やその衝撃から逃れ残っていた拳銃などからして、その線が濃厚らしい。
「不幸も幸福も、この身に受けて、いい」
年月が経ち体も成長し、容姿もさらに前世の私に近づいてきた時のこと、母に言われた言葉を呟く。
「違うんだよ、お母さん」
前世で私は、幸せが欲しかった。
楽しくて、嬉しくて、愛しい幸せは、憧れだった。
リヴァイは私の幸せだった。
私はリヴァイと一緒にいられるためなら、どんな不幸もこわくなかった。
不幸も幸福も、その身に受けていた。
「でも…………違ったんだよ」
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玄関が開く音が聞こえて、私は荷物を詰めていた手を止めると廊下へ向かった。
「エルヴィン」
「勝手に入ってすまない。預かった手紙の中に、鍵が入っていたんだ」
「手紙……?」
頷くエルヴィンを、とりあえずと部屋に上がってもらう。
もうあまり荷物が無いからお茶も出せないけど…と断りを入れるとエルヴィンが口を開いた。
「どこへ行くつもりだ?」
「決めてない。色んな場所を転々としようかとは思ってる」
「一人でなくてもいいだろう。手紙というのはずっと昔に、君の母からいただいたものだ。自分達に何かあったらナマエを頼む、と」
私は困って眉を寄せエルヴィンを見上げる。
「エルヴィン、前世の記憶を継いでるならよく分かってるでしょ。私の体質と、私がどうしたいのかを」
「ああ分かっている。ナマエが寂しがり屋なことをな。…それにナマエも覚えているはずだ。私が長く、君と過ごしていたことを」
「…でも、リヴァイがいるよ」
「部屋はまだ空いている。それにナマエが望むなら今までのように私がリヴァイとナマエの間に入るさ」
「と、いうわけで、今日からナマエは我が家で預かることにした」
エルヴィンの言葉に続いて微かに震えながら私もリヴァイに挨拶すれば「当たり前だ。というか他に選択肢はねえ」と言って引き寄せられた。
リヴァイは着実に強くなっていて、初対面の頃はまだ前世の記憶があり体術などの心得がある私はリヴァイから簡単に離れることが出来たのに、最近では純粋な力の強さで上回られている。
「エ、エルヴィン」
「リヴァイ、ナマエの荷物を片付けるからナマエを離してやれ」
私の荷物を持ってくれるリヴァイ、そしてエルヴィンを見ながら考える。
この世界は平和だから、私の歳ならまだ一人で生活することを許されていない。
はやく、大人になろう。
「ところで、ナマエを家族にはしてねえだろうな」
「…ああ、そういうことなら大丈夫だ。大体リヴァイ、お前も保護はしているだけで、戸籍には入れていないよ」
「ならいい」
140731