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あの後、傍の窓を割って建物の中に戻ると階段を下り、警察や消防の人間で混雑しているエントランスを掻き分けていくと、見つけた救急隊員の元へ駆け寄った。
彼らにコナン君を託してから再びビル内へと戻った私は、エレベーター前で大人たちに必死に何事かを言っている子供たちの姿を認めて走り寄ると、驚きと歓喜の声を上げる彼らにコナン君のことを伝えた。
そして哀ちゃんから、蘭と、彼女に付き添った園子が一足先に病院へ向かったことを聞くと、子供たちと一緒にタクシーに乗って、搬送先である米花総合病院へと向かった。
到着した手術室の前、赤く点灯している「手術中」のランプを認めると足を止める。
痛ましい思いでそれを見詰めていれば、腰の辺りに小さな衝撃を感じた。
見下ろせば、歩美ちゃんが縋るように抱きついている。


「名前お姉さんのバカバカバカ!」


私は膝を折ると、泣いている少女に沈痛な面持ちで詫びた。


「本当にごめん。私のせいで、コナン君が……」
「違うもん!」


え、と軽く目を開けば歩美ちゃんは、くしゃりと顔を歪める。


「コナン君のことは心配だけど、それだけじゃないもん!歩美たちは、名前お姉さんのことだって心配で−−」


言い差して、歩美ちゃんは泣きじゃくる。
そうだぞ、と元太君が怒ったように声を上げた。


「俺たちコナンから聞いたんだからな!このままじゃ名前の姉ちゃんと犯人の男は間に合わなくて、爆発に巻き込まれるって!それで名前の姉ちゃんもそのことに気づいてたってな!」
「なのに何であんな真似したんですか!名前さんを犠牲に助かっても僕たち、何も嬉しくなんてないですよ……!」


言うと子供たちは声を上げて泣き始めた。
私はその涙を拭おうと、背中を撫でようと手を伸ばしかけて、しかし止めると手を握りしめた。
ごめん−−と呟くように詫びれば、背後から駆けてくる足音が聞こえた。
振り返れば、それは蘭と園子だった。
立ち上がれば、私を認めた園子が顔を輝かせ、かと思えばすぐに泣きそうに顔を歪めた。


「名前お姉さま、良かった、無事だったんですね!」
「うん。でもコナン君が……」
「私たちも警察の方から少しだけ話を聞いて、飛んできたんです」


言った蘭に子供たちが、具合は大丈夫なのかと問う。
蘭は、もう平気、と笑って見せると私を向いた。
私は頷いて口を開いた。


「爆発に巻き込まれて、恐らく飛んできた何かがぶつかったか、どこかにぶつかったかしたんだ。血の量は大したものではなかったのだけど、出血したのは頭だったから……」


ごめん、ともう何度目かの謝罪の言葉を口にすれば、蘭は強く首を振った。
優しい笑顔で私を見詰める。


「コナン君なら、きっと大丈夫です。それに名前さんが無事で本当に良かった」


噛みしめるように言って、蘭は園子と共に子供たちを宥める。
数歩退けば、哀ちゃんが静かに問うてきた。


「どうして子供たちを慰めてあげなかったの?」
「哀ちゃん……それは」
「あなたなら得意でしょ、そういうの」


哀ちゃんは言って、ちらりと笑うと私を見た。


「大丈夫よ。彼、簡単にくたばるような玉じゃないから」


彼女の言葉通り、日付が変わろうかという頃に手術は終わり、出てきた医師は安心させるように、待っていた私たちに微笑んだ。


「手術は無事、成功いたしました。容態も安定していますよ」
「良かった。ありがとうございます」


安堵したように息を吐いて、蘭は頭を下げた。
コナン君を乗せ手術室から出てきたストレッチャーに子供たちが駆け寄る。
着いた病室のベッドに移し替えられた少年の目は未だ閉じているし、頭には痛々しく包帯が巻かれているが、眠る様子は穏やかで、覗き込んだ子供たちは顔を見合わせると嬉しそうに笑みを零した。
そうして安心したように体の力を抜くと、緊張が解けたのか一人が欠伸をした。
伝染したように一人、また一人と欠伸をする様子に蘭がくすくすと笑う。
哀ちゃんが腕時計を見やったとき、病室の扉が開いた。


「遅くなって、すまん!新――じゃなくてコナン君も皆も無事じゃな。良かった」
「博士!どうしてここに?」


歩美ちゃんの問いに答えたのは哀ちゃんだ。


「私が呼んだのよ。あなたたち、江戸川君が心配なのも分かるけど家に何も連絡せずにここまで来たでしょ」
「あ!そういえば、そうでした」
「やべえ!父ちゃんと母ちゃんに何も言ってねえ!」
「どうしよう、きっと二人ともすごく心配してるよ」
「大丈夫よ。私が博士に連絡して、博士から皆の家に連絡してもらったから。あなたたちに頼んだところで、きっとそれどころじゃなかっただろうしね」


哀ちゃんは言うと、さあ、と手を叩く。


「江戸川君の無事も確認できたことだし、今日のところは帰るわよ。博士の車で送っていくから」


抗議の声を上げる子供たちに、哀ちゃんはにべもない。


「文句言っても駄目よ。もう遅いんだし、お見舞いはまた明日」


子供たちのやり取りを笑って見ていた園子が蘭を振り返ると言う。


「蘭も、もう帰れるんだよね?」
「うん。体の方はもう心配いらないって」
「だったら今日は私たちも、もう帰ろう。家で落ち着いた方が体も休まるよ」
「そうだね。コナン君の着替えとか、必要なものも持ってきたいし」


頷いた蘭は「名前さんは−−」と私を振り返った。
私は微笑うと首を振る。


「私はもう少しだけ、ここに残るよ」


言えば、ここに至るまでの経緯と、それに対する私の心情を酌んでくれてか、皆は頷くと気遣う言葉を掛けてくれ、そうして別れの言葉を残して去っていった。
それを見送った私はそのままロビーに留まり、鞄から携帯を取り出すと、思った通り入っていた快斗からの着信を認めて折り返しの電話を掛けた。
少しも待たずして通話となり、電話口の向こうからは快斗の焦ったような声が聞こえてきた。


「名前さん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよ、快斗。私は平気」
「でもいま病院にいますよね!?」
「うん、付き添いでね。私を庇って怪我をしてしまった人がいて」


快斗は、付き添い、と呟くと安堵したように息を吐いた。


「良かった……俺もう、いつ病院に行こうかと思って」
「連絡が遅れたね……ごめん」
「いえ、元々今夜は遅くなるって聞いてましたから。ただ日付が変わる前には帰ってくると思ってたから不安になって、場所を見れば病院にいるし、その近くのビルで事件があった、ってニュースが入ってきて、俺もう−−とにかく名前さんが無事で本当に良かった」
「うん……ありがとう」


私は快斗に、まだ病院に残ることを告げ、不在を詫びると、気にせず休んで欲しいということを伝えた。
了承し、気遣う言葉を掛けてくれた快斗に改めて礼を述べ、そうして通話を終える。
病室へ戻るとベッド傍の椅子に腰を下ろし、眠る少年の顔を見詰めた。


――逃げなければ、いつか必ず、光があるんだ。


私はこれまで、ずっと闇と共にあった。
黒の組織のような連中が、自分たちでは決してなり得ない理解者を欲するように、私もまた光を求め続けてきた。
だが希望は悉く潰え、そんなものはないのだと、同じ理解者であった異界の者にその死を以て教えられた。
青い鳥を見つけよ−−あの言葉の真に意味するところが何なのかは分からない。
ただ私はそれを、歩みを止めなかったところで先にあるのは闇だけだという意味だと捉えた。
だから逃げようとした、闇から−−全てから。


半ば自棄になっていたことは確かだろう。
道の先に希望がないと分かりきっているのに歩き続けられる時期はとうの昔に通り過ぎたし、希望が例の闇だということを受け入れることはできなかった。
だが短慮に過ぎたかと言えばそうではない……とも思う。
仕掛けられた爆弾、逃げるという一つしかない選択肢、しかし間に合わない逃走手段。
恐らく私は、エレベーターに時間的にも重量的にも余裕があれば大人しくそれに乗っていただろう。
主催者の男と違って、私にとって大事なことはあのビルで死ぬことではなく死ぬことそのものであり、あの場で死ぬことに拘る理由はなかったから。
だがあのとき、生きる道は完全に閉ざされていた――少なくとも私はそう思った。
そして、良い機会だ、とも思った。
出来過ぎたこれは運命なのだろうと都合の良いように解釈し、流れに身を任せた。
もはや死を逃れる気などなかったし、たとえ生きたいと望んだところで、その願いは到底叶わぬ状況だった。
だが――。


この小さな探偵さんは、そんな絶体絶命の状況を打破した。
犯人の男と私を救い、そうして光があると言ってくれた。


「……本当にそう思う、コナン君?」


返事がないことを分かっていながらも問い掛けて、私は自嘲の笑みを零した。
たった一言に縋りたくなってしまうほど私は光を求めていたのだろうか。
長年追い求め続けてきたことは確かだが、闇のことなど何も知らない、ましてやただの小学一年生の男の子に「光はある」と言われたくらいで再び胸に微かな火を灯すほどに?


……それとも言ってくれたのが「彼」だから、なのだろうか。
自分よりもずっと年下の少年を見やると、私は軽く笑って首を振った。


――だが。
到底変えることなどできそうにない状況を打破し、突破口を開く彼の姿はまるで光の体現者のようだと、そう思ったこともまた確かなのだ。






それから色々なことに考えを遣っては、うつらうつらとしていたが結局コナン君が目を覚ますことはなかった。
廊下から聞こえる足音が増えてきた頃、私は微睡から抜け、目を擦ると立ち上がって背を伸ばした。
カーテンの隙間から明るい陽が射し込んでいる。
空気を入れ替えようかどうしようか迷っていれば、ドアが開き看護師が一人入ってくると、私に目を留め軽く礼をしてからコナン君の容体を確かめ「問題ありませんよ」と笑むとカーテンを開けて去っていった。
私は明るくなった室内に目を細めながら歩いていって窓を少しだけ開けた。
爽やかな風に乗って、鳥の囀りや人々の話し声が聞こえてくる。


そのとき背後で僅かな声がして私は、はっとすると振り返った。
身じろぐコナン君の枕元に駆け寄れば、彼は目を閉じたまま小さく言う。


「……名前、さん」
「――コナン君?」


彼の名前を呼び返してみたが反応はないし、起きる気配もなさそうだ。
どうやら寝言だったらしい。
小さく笑みを零せば、コナン君は再び言った。


「逃げちゃ、駄目だよ……名前さん。自分の、運命から」


私は目を見開いた。
自分の運命――その言葉を噛みしめるようにして呟く。
やがて私は恐る恐る手を伸ばすと、少年の頬にそっと触れた。


「……君は、温かいな。子供体温、だからかな」


コナン君が起きていれば怒られそうなことを言って、私は小さく笑った。







ひっそりと病室を退出した私は、エレベーターホールに向かい角を曲がったところで正面から誰かにぶつかった。
すみません――と謝りながら顔を上げて、目を丸くする。


「昴――」とその人物の名前を呼んで、思わず笑った。
「すみません――っと、名前でしたか」
「うん。初めて出会ったときのことを思い出すね」
「ああ、そういえば僕たちの運命的な出会いは、こうしたものでしたね」


私は、そうそう、と笑うと、彼が抱えた花束に目を留めた。


「コナン君のお見舞いだね」
「ええ。阿笠博士から、昨夜都内のビルで起きた爆発事件に少年探偵団の子たちが巻き込まれ、コナン君が怪我をしたと聞いたもので。名前もその場にいたそうですが」
「うん……彼が傷を負ってしまったのは、私を救おうとしてくれたからなんだ」
「……大丈夫ですか?」
「まだ目は覚めてないのだけれど、心配はいらないようだよ。手術は無事終わったし、容体も安定しているから」
「コナン君のことではなくて」


え、と顔を上げれば昴の手が頬に触れた。


「名前のことですよ。顔色が良くない」
「ああ−−実は私、昨晩からここにいたんだ。だからあまり寝ていなくて」
「……本当に?」
「本当に、って」
「顔色が優れない理由は、本当にそれだけですか?」


私は昴を見上げると、頬に当てられた手をやんわりと剥がして、肩を竦めると笑った。


「入院患者よりも見舞客の方が心配されるなんて可笑しいね。帰って寝ることにするよ」
「なら、送っていきますよ」
「いや、いいよ。コナン君のお見舞いに来たんでしょう?早く行ってあげるといい」
「そうですが、彼はまだ眠っているのでしょう?だったら物音を立てて起こさせるのも悪い」
「その点に関しては心配いらないと思うな。恐らくは蘭たちも、必要な荷物を持ってそろそろ来る頃だろうし」


それじゃあね、と言って昴の横を通り過ぎた私は、しかし手首を掴まれて足を止めざるを得なかった。
困ったように微笑いながら振り返った私は、見据える彼の双眸がいつもと違い開かれているのを見て取って僅かに瞠目した。
点滴台を押しながら歩く患者が、不思議そうな視線を投げかけながら私たちの横を通り過ぎていく。


「……離してくれないかな」


笑みを湛えながら言った私に、しかし昴の力は緩まない。
私は彼から視線を逸らすと心中で溜息を吐いた。
どうやら曖昧に流してくれるつもりはないらしい。


「……少し一人になりたいんだ」


かと言って、正直に告げたところで気持ちを汲んでくれるとも限らない−−パーソナルスペースに遠慮なく踏み込んでくるのが、そういえば探偵というものだった。
更に力を強くした昴に、私は苦笑を零すと、向こうからやって来た数人の看護士に声を掛けた。


「すみません、この方が迷ってしまったらしいのですが」


昴の意識がそちらに向いた隙に、私は彼の手から逃れた。
首を傾げてやって来た看護士たちは昴を見上げると僅かに頬を赤らめた。


「どちらの患者様のお見舞いにいらしたんですか?」
「いえ、僕は−−」
「ご案内いたしますよ」


既に昴を取り囲んでいる看護士たちに彼を任せて、私はさっさとその場を後にした。
エレベーターホールに着くとボタンを押して箱が到着するのを待つ。
やがて軽い音と共にランプが点灯し、着いたエレベーターに乗り込むと一のボタンを押した。
閉まっていく扉、訪れた独りきりの空間に、ようやっと息を吐いたそのとき−−閉まり掛けた扉の隙間に手が差し込まれた。
驚いた私は、開いた扉の先に立っていた人物に更に目を見開いた。


「昴−−」


乗り込んでくる昴に思わず後退る。
昴が一歩を踏み出す度に一歩を引いていれば、すぐに壁に背中が着いた。
振り返った刹那、顔の両横に手が突かれて、私は昴と壁に挟まれる格好になる。


「何をそんなに怯えているんだ?」


再び扉が閉まりエレベーターが下降を始める中、昴が言った。


「あの……だって君、はっきり言って怖いよ」
「嘘だ」
「いや、さすがにこれは嘘じゃ−−」
「名前が怖がっているのは俺だけじゃない。俺を含め、誰か周りの人間に距離を縮められることだ」


そういう意味か、と私は眉根を寄せた。


「……分かっているのなら、その気持ちを尊重して欲しいのだけれどね」


溜息混じりにそう言って、私は口許で笑うと昴を見上げる。


「それとも昴は相手の嫌がることを、わざとして楽しむような人間だったのかな」
「強ち間違ってはいないな」


その返答に目を丸くした私は次いで呆れて息を吐く。
いったいどう逃げたものか、と周囲を見回せば昴は言った。


「お前は不思議な女だな」
「……それ、ここ最近でもう何度か聞いた言葉だね」


もしかして彼らは、私が異界の者だということを本能的に察知しているんじゃないだろうな。
考えてみれば頭脳明晰なだけでなく、野生の勘が鋭そうな人間ばかりだし。


思っていれば、昴の手が私の頬に触れた。
顔を上げた私は、開かれているその目の色に僅かに息を呑んだ。


「その微笑みを――お前を覆う薄っぺらくも頑固なベールを、剥がしてやりたくなる」


頭の中で警鐘が鳴ったと同時に、ドアが開いた。
どうやら一階に着いたらしい。
ほっと安堵の息を吐いた私は、ドアの前に立っていた二人の人影を認めると目を丸くさせた。


「あ、あの……昴さんに名前さん」
「もしかして、お邪魔でしたか……?」


頬を赤く染めて私たちを見ているのは蘭と園子だった。
私は、いや、と笑うと昴からやんわりと距離を取る。
そんな私の行動に、昴も特に何をするでもなく、ただ困ったように微笑って二人に向き直った。


「名前が、コナン君の怪我は自分のせいだと言って聞かないもので、ついかっとなってしまったんですよ」


その言葉に二人は驚き、そうして納得したような声を上げると、次いで気遣うような眼差しを向けてきた。


「そうだったんですね。名前さん、コナン君のことは、名前さんのせいなんかじゃありませんよ」
「そうですよ!悪いのはぜーんぶ、あの犯人じゃないですか!」
「うん……ありがとう」
「って、そういえば名前さん、まさか昨晩からずっとここにいたんですか!?」
「ああ――気づいたら眠ってしまっていたみたいで」


蘭の問いに苦笑して返した私は、そういうことだから、と二人に言う。


「私はもう帰るよ。だから代わりに昴をコナン君の病室まで案内してあげてくれないかな」
「勿論です」


突き刺さるような昴の視線から目を逸らした先には、心配そうな表情を浮かべた蘭の姿があった。


「名前さん、ちゃんと寝てくださいね。顔色、良くないから……」
「うん。心配してくれてありがとう」


私は微笑うと、彼女の頭を優しく撫でた。


「それじゃあね」


言って足を踏み出せば、しかし手首を掴まれる。
また昴かと何度目かの緊張を走らせた私は、振り返ると目を丸くさせた。


「……蘭?」


名前を呼べば蘭は、はっとした。
どうやら私を引きとめた行為は無意識のものだったらしい。
園子にも不思議そうに顔を覗き込まれて、蘭は慌てたように私から手を放した。


「ご、ごめんなさい名前さん――嫌だ私、何してるんだろう」
「私は気にしてないけれど……」
「ちょっと大丈夫?もしかして昨日の夜、眠れなかったの?」
「ううん。そうじゃないんだけど」


照れたように笑いながら首を傾げる蘭を少し見詰めてから、私は問い掛ける。


「それじゃあ今度こそもう行くけど、良いかな?」
「あ、あの――コナン君、明日が退院予定日なんです」


思ってもいなかった返答に私は目を丸くさせながら、そう、と言う。
園子が不審そうに眉を上げて蘭を見た。


「いきなりどうしたのよ、蘭?」
「あ、いや……その――だ、だからまた明日コナン君のお見舞いに来てくれませんか?」
「あ、そっか。がきんちょは名前さんを助けようとして、そのまま気を失っちゃったんだもんね。目が覚めて名前さんの姿がなかったら焦るか」


園子の言葉に蘭は何度も頷くと、どこか必死そうな眼差しを私に注いだ。


「私、コナン君と一緒に待ってますから。名前さんが来てくれるのを」
「蘭――」
「ちょっと、どうしたのよ?まるで名前さんが、いなくなっちゃうみたいな言い方して」
「そうだよね、何でだろ……でも名前さんと、もう会えなくなっちゃうような、そんな気がして」


ああ、と園子が納得したような声を上げる。


「確かに名前さんって影が薄いわけじゃ決してないんだけど、ふとした瞬間にいなくなっちゃいそうな雰囲気してるかも。線が細いと言うか何と言うか」
「ふふ、そうかな」


私は笑うと、蘭の目を見詰めた。
浮かぶ不安の色を認めて、この子もまた鋭いな、と苦笑を零す。
だが彼女に嘘を見抜かれる心配はしていない。
蘭は確かに勘が鋭い方だが、それが真価を発揮する相手は、きっと別にいる。
それに彼女は探偵という、ひどく厄介な人種とはまた違うから。
……まあ怪盗であるというのに何故だか嘘を見抜いてくる不思議な人間も一人いるけれど。


「明日だね。分かったよ」


私はにこりと微笑んだ。


「きっとまた、会いに来るから」


断言した私に、蘭は安堵したように笑ってくれた。
その様子に微かに胸が痛んだが、私はその気持ちを振り切るように踵を返すと三人に別れを告げ、今度こそ病院を後にした。


その足で電車に乗った私は、前に訪れたキャンプ場近くの記念館を目指し、図形の一つを見に行った。
元の世界から飛ばされる際に目にした図形――恐らくは「行く道」に必要な図形であるのだろうが、やはり前来たときと同じく光は出現しなかった。


そのことを確認した私は黒羽家へと戻った。
快斗はどうやら留守らしく、そのことに安堵しながら私は身支度を整えた。
この世界に飛ばされたときに着ていた服に着替えると、机の引き出しから封筒を取り出す。
現金と、そうして数日前にしたためた手紙が入っていることを確認すると、それを机の上に置いた。
私は首に下げたネックレスに手を掛ける。
小さく笑うと、それを封筒の隣に置き、そうして私は家を後にした。





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